■2003/05/04 (日) 2003春〜ゴー!マッキングGOLD

自分のパフォーマンスを お金を払って見に来ている何千人に対して
形をつけて帰さないといけないという時、それは どういう種類の
タレントだってこれだけのことをする。してみせる。
それがコンサート、ライブだということを十分見せてくれた後藤真希。

いかにもMCが不慣れで、ネタの仕込みも中途半端。
会場の掛け声に「ありがとう」以外反応することができず、特に前半は
芝居がかった台本通りの言葉しか発していなかった。
なのに、否定しようのない満足感があった。

ソロ個人としては、持ち歌は少ないけれど、そこは娘。時代のユニット
でのヒット曲やら ごまっとうのソロバージョンを散りばめ、とにかく
「歌」を歌っていた。歌うことで観客とつながっていた。
娘。の歌を歌うことはなく、そこに何の物足りなさも無かった。
実際に歌っている声かどうかなんて、考える必要も無かった。
ダンスではなく「激しいフリ」にすぎなかったけど、全力で踊り続けていた。
メロン記念日の寸劇や持ち歌を差し引けば、1時間半無かったかも
しれないけれど、あの歌を好きとか嫌いとか以前の懸命さが伝わった。
ハロプロの お約束のようなノリ方は、もちろん できなかった。
しようという気もなかった。
でも、取り残された感が全くなかった。自分は十分楽しんでいたから。

「手を握って〜」という、テレビで見ていて かったるいこと この上なかった
歌が仮のラストにきて、それを会場に歌わせた時。
それは、10曲余を ふれあいトークでつないで、さあ最後は盛り上がりましょうと
「Bright Daylight」を歌われた時には、感じることの無かった種類の
満足感があった。
この人は、今 自分の持てる力を全部見せてくれた。
それが昨日書いた「アイドルのファーストツアーの良さ」であり、それを
いまだステージで味わうことができずにいる、SPEEDでないhiroと、
味わうことができないファンである自分が寂しかった。

ゆるい感じもいい。
聴かせるステージもいい。
でも、「できる範囲の精いっぱい」だけでは、もうどうしようもない
ところにきているのではないかと思った。

■2003/11/06 (木)

昨日過去ログページを更新していた時、いつか自分が書いた言葉を思い出した。
後藤真希コンサートのくだり、そう、あの時の気持ち良さは、歌がどうだとか
ダンスの技量がどうとか曲が好きか嫌いかではなくて、とにかく彼女の
今 持てる力を全て見せてくれたということへの満足だった。
そのチャンスを与えられなかったhiroの「今できること」が、このツアーにあった。
SPEEDだから楽しそうなのか、SPEEDだからいいのか。
違〜う。私たちは比較対照になる「hiroのできる全て」を見せてもらっていなかった。

■2003/08/07 (木)

【二つ目の仕事】

昨日出演した C'sスタジオのゲスト予定表というのはビル入り口に立っていて
一年ほど前からあそこを通るたびに見ていたのだけれど、とにかくhiro-後藤真希の
流れなどありえない、って感じのところで、記憶にある限りでは、ソニンでびっくり
織田裕二で仰天(笑)というところ。
ほんと、翌日が後藤真希じゃなかったら、ちょっと凹んだだろうなあと話していたら
「後藤真希のファンもそう思っているだろう」と言われた。あら。(^^;)

それで、昨日の寛子ちゃんは、昼の番組と同じ局のチャート番組の録音を一本こなし
夕方から別FM局の生放送に出演だったようで、これが聞いたことない局だなあと
思ったら、数年前にできたばかりの局らしい。
新聞のラジオ欄の隅に、一日分の放送が たった9行で紹介されている局で
試しに周波数を合わせてみたけれど、建物の構造なのか、土地がよくない場所なのか
全然入らなくて断念した。

AMならいくらでも生の帯番組があるんだがな、その方が よりたくさんの人の
耳に届くのに・・と思っていたら、今日の後藤真希は しっかり夕方からの
地元テレビ局の生エンタ&ニュース番組に出演で、けっこうな文字数で
新聞テレビ欄を賑わせていた。
さあ、ここでhiroを見たいかというと・・げに複雑なファン心理。






2003春〜ゴー!マッキングGOLD
後藤真希コンサート(センチュリーホール)