映画「デビルマン」プレミア試写会
■2004/09/05(日) 「デビルマン」プレミア試写会
3時開場・3時30分開演の予定は大幅に遅れ、その間ずっと「光の中で」が
エンドレスで流されていたものだから、結局1時間近く「光の中で」を
否応なしに(^^;)客は聴き続けるという事態。
そして すっかり耳になじんだ4時近くになってようやく幕が開くと
まぶしい光の中に浮かび上がるシルエット。
思いがけず試写会は いきなりhiroの歌う主題歌から始まった。
真っ白い薄手のタンクトップを重ねたような ぴったりしたトップから
そのまま淡いベージュのロングスカートが続いていて、左の腰のあたりに
同じベージュの布で作ったらしい ゆるやかなドレープの花を模した飾り。
それは寸前まで聞き続けたCDの歌唱に遜色無いどころか すでに進化して
力強くさえあった。
それでも2番あたりに大きく声がひっくり返ったりして課題は残っている
のかもしれないけれど、同じく「バラード」と言われた「Eternal Place」
より格段に余裕があり、相変わらずよく動く左手も以前と違い
歌の邪魔をせず、むしろ表情を豊かにする役目を果たしていた。
曲そのものは、本当に普通。シンプル。
強烈な吸引力も無いが 無理も無い。
それは良くもあり悪くもありなんだろうけど「王道バラード」というほどの
バラードでもなく、テンポのいい「流れ」はある曲で歌いやすそうだった。
あの時、一瞬ではあったけど長いこと私の待ち望んでいた「hiroのライブ」を
味わえた気がした。
国際フォーラムCという彼女の歌を聴くにおそらく最適だろうというホールは
ここにあった。大げさでなく、夢を見た。
hiroが引っ込むと出演者、監督の登場。
主役の伊崎弟、全く挨拶とか司会とのやり取りが その辺のお兄ちゃんで
伊崎兄の方がきちんと対応できることが 僅かな時間でも伝わってきて
おもしろかった。
冨永愛は手足長すぎ。他の方々と人間としての作りが違う。(笑)
酒井彩名、カワイイ。(^^;)
そして感激だったのは阿木燿子・宇崎竜童夫妻を初めて見て
時間の流れが嘘のように見た目も人柄も素敵だったこと。
そして原作の永井豪先生が呼ばれ、難しいことは言わず試写会らしい
コメントがあった。
次に花束を抱えたhiroが再び登場。
髪はショートをラフに、それでも変でない程度に(^^;)セットしていて
右のまつ毛に何かつけているらしく動くたびにキラキラと輝いていた。
その花束は永井先生の誕生祝いということらしく、ケーキに
ハッピーバースデーの歌と続き、出演者の中央に立つことになった
寛子ちゃんは、終始にこやかにふるまっていた。
■2004/09/06(月) その映画
そして始まった「デビルマン」。
映画と原作は別物と言いながら実写版、完全映画化を謳うから
細かいことよりも その世界観とやらを受け止めるべきなんだろうけど
ホラーだめ、バイオレンスだめ、アニメだめ、CGだめの人間が
居眠りする暇も無いほどの戦闘・殺りく・暴力シーンの連続。
それでいて残酷なシーンが後に嫌な記憶として さほど残らない。
それほどの悪い意味での「作り物」感が強烈で、宣伝文句にある
「世界観」など到底 理解できなかった。
舞台挨拶で「すごいCG」と繰り返されていた特撮シーンも
この何か月の宣伝で見尽くした予告編の寄せ集めと大差が無い。
最終的には、破滅した街に生き残った少年とデーモンに合体されて
しまったはずの女子高生がドラマ的な「救い」となるべく
歩き出し、そのバックにメッセージとして「光の中で」が流れる。
けれど、少年はただ子どもであることが理由であるとして
元いじめられっ子である女子高生が その「救い」となるまでの
必然性が不足しているので感情移入がしにくい。
原作を知る方に教えていただいたところによると、原作は
もっと救いようが無い話だということだけれど、2時間に収めて
なおかつ廃墟に差す光のごとく未来にまで思いを届けようと思うなら
若い出演者たちが、生身の肉体を持つ人間として もっと魅力的で
あらねばならなかった。
髪の色だけでしか区別のつかない伊崎兄弟は、残念ながら
そういう意味での いいところが無かった。
唯一 酒井彩名だけは生き生きとスクリーンの中を動いていて
まあ終盤はアレなわけだけど、もっと素直にもっと日常を描きこんだ
「ちゃちな」アイドル映画だったら良かったのにと思えた。
ということでhiroのファンとしての「救い」は、試写会だったために
長いエンディングの間も席を立つ人がいなかったこと。
落ち着いた中で「初の映画主題歌」を聴き終わり、拍手を送ることが
できたこと。
主題歌を歌わせていただけたことが光栄だというのは本当だと
思うけれど、たぶん寛ちゃんの苦手なタイプの映画だよ。(笑)