hiro Christmas Party 2005/ FCイベント Zepp Tokyo

■2005/12/25(日) hiro Christmas Party 2005/ FCイベント Zepp Tokyo


2階は関係者席、家族席(笑)の他に ちゃんと申し込んだファンも入って
ほぼ満員。
本人が「こんなにZeppって広かったっけ」と言ったように、席があれば
けっこうなホールだ。
すでに大きなロウソクが何本かとお母さんが買ったという大きな金色の
アンティークのマイツリー、その合間に楽器がセッティングしてあって
踊ったりダンサーをつけたりするスペースは全く無かった。

15分ほど遅れて開演した。
薄手のニットのように見える真紅の長袖のミニワンピースにベージュのブーツ
大阪で白アフロのようだったという帽子も想像通り。
髪は長めだったが、シャギーが入ってラフな感じでボリュームが出して
あった。

セットリストは大阪と同じだったようで、後はランダムに思い出すことを。

歌はやはりCoco d'Orにせよマライヤのカバーにせよ英語曲の方が気持ち
よさそうだった。
いつだったか岩崎宏美の話で、地声とファルセットの中間の声の幅が
広くなって物足りないということを書いたことがあったと思うが
今日の寛子ちゃんも特に過去曲を歌う時にそんな感じになりがちだった。
テクニックなのか逃げなのか生物学的に仕方ないことなのか21才という
年齢で考えることになるとは思いもしなかったが、その分 声に重さが出て
生きる曲があることも確か。
やっぱり好きな歌い手だ。
声が裏返るのも こう何年も続けば これがhiroクオリティ(^^")ということで
歌い込み不足だとかいう潔くない言い訳も もうしたくないような気がした。

2/1のベスト盤他の告知でデビューから10周年という流れになり、会場から
SPEEDという声がかかった時、否定するでも肯定するでもなく妙な曖昧さが
何だろうと思ったのだが、それは後で携帯サイト「ベール」に会場に
絵理ちゃんが来ていたとあったので、単純にそのあたりの遠慮があったの
だろうか。
一番誰でも思いつく絵理ちゃんの事情は口にしなかった。
10周年、何事も長続きしない私が歌だけは・・と語った時に、本当にサラリと
「途中はいろいろあったけど」という言葉が挟まったのが印象に残った。
「いろいろ」と言ってしまえる、聞ける日が来た感慨深さ。
かと言ってステージでスポットライトを浴びて演歌歌手が締めるような
口調で歌とか仕事への意欲を強く語ることはなく、これは最後まで
そんな感じだった。
「ツアーは?」の問いかけにも もう安請け合いすることはなく、段階を
踏んでいかないとね、という言い方をしていた。
それはアルバムをリリースするとか集客力の見込みを測るCDの売り上げの
ことだろうけど、今回の大阪・東京がそのステップの一つにはならなかった
感があって、道の遠さを感じているのかもしれない。

そして今日は2階にお母さんと弟さんがいらっしゃっているということで
何度も「お母さん」という言葉が出ていた。
夢ばかり追いかけてる娘で寂しい思いをさせた・・と感謝の言葉を
何度も言っていた。
もちろん そのたび「ファンのみんな」にも、というフォローがあるのだが
母への感謝の気持ちの大きさが まず第一のようだった。
それは もちろん見ていて嫌ではなかった。ちょっと不思議な感じはしたけど。

昨夜は新曲の振り付けをしていて、途中でマネージャーさんとケーキを
食べたとか、最後はコンビニで そばを買って食べたとか嘘とも思えない
地味なイブの報告もあり、お母さんからピアスなどのアクセサリーに混じって
ちんすこうやらチョコが詰まったクリスマスプレゼントが来たという話で
笑いをとっていた。
今日は家族でケンタッキーを食べるのだとも。

新曲の振り付けでキレのいい踊りをしていたら今日は首が痛いとかいう
話は半分ネタとして、来年は踊りたい気分だとサービス(笑)してくれたのに
意外と反応が小さかったのは残念だった。

大阪でのメールを使った質問コーナーは さすがにカットになったようで
そんなに 間延びした感じはなかった。
誕生日のファンも一人目がいなかった?からかステージに上げることなく
読み上げてサイン入りグッズのプレゼントの約束のみ。今日分は5名様だった。

歌は過去アルバム収録曲やC/Wが目立ち、それはファンからのリクエストに
もとづいているのだろうし、聴けてうれしい歌もあった。
レアなライブでもあったのだ。
ただレアじゃないライブが無いので、意外と多かったカップル他
普通にヒットシングルを期待していた方々には物足りなかったと思う。
新曲のC/Wの初聴きというのも貴重な機会だったはずなのだが、数々の(笑)
ヒット曲を省いてまでクリスマスソングやC/Wというのは、実際に見て
やはり疑問だった。
でも その新曲C/W含め、メリハリのある曲を歌う時は生き生きしていて
良かったなあ。
その姿を1時間見続けさせてくれれば何の不満も無いのに、どこで何を
勘違いし続けているのだろうねえ。
次にZeppほどの会場のチャンスはあるのだろうか。もったいなくて涙が出る。

客は大阪同様アンコールまで座りっぱなしかというような勢いで(^^")
途中 本人から促されて立ったような場面もあり、でもそのおかげで
歌がトークで寸断されても救われる部分があった。
終わりの方で「我慢して座って」という言い方をしてくれたが
まあ、かなりの人は まったりと楽しんでいたと思う。(笑)

そしてアンコールの後、バンドの皆さんがはけた後、なぜか彼女一人が
ステージに残った時に感じた一瞬の動揺。
一呼吸置いて「この場を借りて・・」と話し始めた時、確かに会場は
“固唾を呑んで”という状態になった。
が、しかし それはお母さんへの感謝の意を伝えたいということだそうで
「花」の一節をアカペラで歌い、再度、再々度 2階席へ目を向けたのだった。

これを後で知人に聞いてみると、大した意味は無いのではとか、久々の
イベントだったからでしょうと言われたのだが、私は彼女のメッセージを
感じてしまった。

大人になった娘が正面きって母に感謝をする場面は3つしかない。
深く傷つき、母に支えられた時
母の元から旅立つ時
母が亡くなった時


何に使われるのか やたらとローアングルから撮り続けるカメラにも
時折目線を向ける余裕もあり、終始謙虚ではあったけれど、やはり
自信の無さも見え隠れしていた。
もちろんパンピーとはケタ違い(笑)のスタイルの良さで、夏に
見た時ほどの痩せ方もしておらず健康そうだった。
愛工大の時のようなリップサービスもハッタリも無く、これもまた
今現在 等身大の彼女の姿だったのかもしれない。

どこへ行こうとしているのかはわからないけれど、ファンとして
彼女が望む所までは ずっと見守りたいなと思った。
今は そんな時期なんじゃないかと。



■2005/12/26(月) 失ってから気づくもの


昨日入り口で配られたペンライト(サイリウム)がバッグに入ったままに
なっていた。ちょっとおねだりして(笑)avexが用意してくれたというものだ。
それを見た同僚が声をあげる。

それ、子どもの文化祭で体育館にいた全員に配られたのと同じ!

Zepp だっちゅーの。Zepp。

× × ×

一つ思い出した。
本人座りのMCのコーナーで携帯サイト「ホント」の話・・に絞って
いろいろと話をしていた時のこと。
あの携帯写真日記を「ブログ」と言うのは このごろのブログの定義も
広くなっているのだなーと思っていた程度なのだが、「感想はこちらへ」
からファンがメールで送る非公開のコメントみたいなものを何度も
「・・バック・・(?)」
という表現をしていて、それが実に自信なさげな言い方だったのだ。
「トラックバック」という言葉を知っていて、「反応」「コメント」の
意味に取っているのだろうけど、いつかの「あさきゆめみし」作者の名前の
読み方と同じで、人前でトークしなければならないことがわかっているのに
なんで周囲の人にでも確認しないのかな。
もっと言えば周囲の人は教えてあげないのかなと不思議だったな。


いや、そんなことはともかく、昨日の私の最大の悔いは1500円で買った
貴重なB2サイズのポスターを東京駅売店→ホーム階段を上がって新幹線に
乗り込むという僅かな間に無くしてしまったことだ。
グッズ売り場では何点買っても袋の類はくれなかったので ずっと
ゆりかもめからJRからそのまま大事に持ち歩き、東京駅構内で買う
必要もないお菓子を買って紙袋をもらい、そこに入れて一安心・・
したのがいけなかったのだろうか。
急いで通ってきたホーム、エスカレーターを見に戻ったが見つからず
発車時刻もせまっていたのであきらめたのだった。
よくデパートのチャリティーでやっている「JR忘れ物大会」を見かけたら
ぜひ のぞいてほしい。
そこでhiroのポスターを見つけたなら、それはきっと私の物です・・

そのポスターは、いろいろな表情の彼女の写真を寄せ集めたものだった。
思えばグッズ売り場には実物大含めポスターの見本が貼ってあったし
何度も見るチャンスはあったのに、これから買うからと、もう買ったからと
一度もちゃんと見なかった。見ようとしなかった。
万事こういうことなのだろうなあ。
無くしてから気づくものが多すぎる。

それを気づかせたのがhiroちゃんのポスターかよ(^^")という2005年
クリスマスの思い出。
人生これからだ。