2011年 梅田芸術劇場「モーツァルト!」

■2011年1月8日(土) 梅田芸術劇場「モーツァルト!」1/8(土)公演
1/8(土)初日 井上さん・香寿さん・松田さん(アマデ)
新大阪からJRで大阪駅に着いて外に出た。
なんとなく北を目指せばいいのだと歩くと、いつの間にか
周囲の80%が おじさんと言うか「おっちゃん」である。
信号待ちの間、これが大阪か、これが梅田か、と感慨深く
少し心細かった。立派なおばちゃんなのに。
そして信号が変わっておじさんの波に混じって歩き出す。
しばらく行くとJRAの建物があり、周囲のおじさんたちは
全てそこに吸い込まれた。
何のことは無く、梅田には若者があふれていた。
梅田芸術劇場は、高層ホテルの一階にあった。
繁華街の真ん中なので時間をつぶすにも食事をするにも
いろいろと便利だ。
建物が新しいだけあって設備もきれいでロビーも配慮が
行き届いていて素晴らしい。
ただ一点、昼夜続けて座っても全く苦にならなかった帝劇の
魔法の椅子に比べ、座り心地が今ひとつというか、並。
昼夜観る日がちょっと心配だ。
3階まである大きなホールで、次回に備えて2階に行ってみたが
帝劇と違い高さと距離がある。
観やすいと言われる帝劇ほど良くはないような気がした。
さらに3階は絶望的な高さだった。(笑)
きれいに5時ジャストに開演。
FC様にいただいた良席なので双眼鏡いらず。
観る公演全部FCで申し込んでおけば良かったと今さら
悔やんでも遅い。過ぎた日は帰らない。(笑)
帝劇でオーケストラピットの左から1/3あたりにあった花道?は
こちらでは向かって左端に作られている。
漠然と、舞台の大きさも帝劇よりやや小さめかしらと感じたのだが
座席数は梅田の方が多いようなのでよくわからない。
舞台がそれほど高くないので前の席でも見上げるというような
ことは無さそうだ。
マダムニッセン登場。
帝劇で最後に観た頃よりセリフがはっきり聞き取れるように
なっていてうれしかった。
そしてドクトルメスマーのセリフとかぶる部分が ほとんど
聞こえなかったような気がするのだが・・?
早々にアマデ松田さんが小箱を持ちそこなったりしたが、もちろん
その後の演技に支障もなく、さすがに帝劇に続き初日を任される
だけある。
アマデ松田さんの日に双眼鏡無しはうれしい。
ウェーバー家のシーン。
怠け者に不細工にノータリン・・のシーンでゾフィ徳垣さんが
クルクル回っていたのも可笑しかった。
あれ?と思うように演出の細かい変化はその後もちょこちょこ
あった。
コンスタンツェ一幕は、若さそのままの甘くてきれいな声が
今日はまた冴えていて、この年末年始の摂生を感じさせてくれた。
演技は育ちの良くない感じ(笑)がさらにパワーアップ。(^^")
なんかすごく似合うのね。
それにしても所変われば・・ということかコロレド様のおトイレ
シーンはともかく、帝劇で当たり前のようにクスクス笑いを取る
シーンの反応が意外と薄かったり、今まで拍手も無いまま舞台が
転換するようなシーンでちゃんと拍手が来たり。
後半のラブシーンやコンスタンツェ最後の最後の歌でも拍手が
来ていてありがたかったし励みになるのだろうなあ。
温泉帰りの「出て行ってくれ」のシーンで、初めて涙腺をちょっと
刺激されて、本当にご立派になられて・・(リプライズ)
演出の変化で気がついた一つ。
ヴォルフガングの混乱後、男爵夫人が上手上空で歌っている時
ヴォルフガングが夫人の方向に手を高く差し伸べる。
当然何が起こっているかわからないコンスタンツェが その腕を
何度か押さえ降ろして抱き合おうとする。
噛み合わない二人、コンスタンツェの無力感が一層強調されて
せつないシーンになっていた。
そしてヴォルフガングの意識の中の夫人が消えて生身のコンスタンツェ
と抱き合う形になった時、初めて あの背中をさする仕草が出ていた。
「寛子ちゃん」としては、一時の痩せ方を思うと、帝劇後半に続き
いくらか戻った感じがして、顔もいくらか丸みを帯びてきた印象がある。
カーテンコールで小池先生だけでなく帝劇では来日されなかった
クンツェさん&リーヴァイさんまで登場で、幕間にお見かけした
「偉そうな方」がクンツェさんご一行だったと知ったのだが(笑)とにかく
そういう状況でどの出演者も力が入らないわけがなく、同様に島袋さんも
いつものように(強調)丁寧で熱の入った演技だった。
デュエットのところで一度だけ裏返ってしまったけれど、「ダンスは
やめられない」は声の調子も良く見せ場を堪能できた。
ピアノ周辺、ピアノ上の演技、表情はすごいよね。
ほんと、誰か同意してほしい。(笑)
年末年始を挟むと、一観客でさえ集中力が途切れる。
ゆるむものがある。
そういうものから ぐいぐいと引き込まれていく醍醐味。
ラスト、真ん中に立つ島袋さんを見るファンとしての至福の時を再び
迎えることができた。
日曜が見られなくなってしまったけど、行って良かった。
カーテンコールの先生方の挨拶の後。
最後の最後に幕が下りる時、たまたま小池先生が前にいらしたので
遠慮して後ろに下がり気味だった島袋さんに、先生が「前に出て手を
振ってあげてね」というジェスチャーで促した。
それでも先生より後ろに控え気味に笑顔で形だけ右手を振った島袋さん。
本当に彼女らしいなあと、この私の感じた「らしさ」の意味の
複雑さに自ら苦笑しながら、それでも満ち足りた思いで劇場を出た。
■2011年1月16日(日) 梅田芸術劇場「モーツァルト!」1/15-1/16
土日の天気予報を見て金曜夜遅くに関西まで先乗り。(笑)
結局ご存知のように帰りの日曜が雪の影響で大混乱で
新幹線もずい分遅れた。
梅田芸術劇場「モーツァルト!」は、初日以来一週間ぶりの
3公演で、それぞれの席から観たのだが、一番良かったのは
10列台後半の中央だった。
かなり前の席でも観たのだが、脇の方だと死角ができたりして
意外と観にくかった。
1/15(土)昼 井上さん、香寿さん、黒木さん(アマデ)
1/15(土)夜 山崎さん、涼風さん、坂口さん(アマデ)
1/16(日)昼 井上さん、涼風さん、黒木さん(アマデ)
ということで大雑把なくくりになってしまうし、大阪は初日しか
見ていないので いつからの変化かもわからないし、そもそも
帝劇で見過ごしていたことかもしれないが、今回気がついたこと
などいろいろ。
ちなみに前日金曜日の一回公演の後に稽古があったことが
アンサンブルの方のブログに書かれている。
はっきりわかりやすく変わっていたのがシカネーダーで
「私が誰だかご存知か」が2007年のリズミカルな言い方に
戻っていた。
ウェーバー一家がらみでは、セシリアの「マンハイムへは
どなたと?」「んまぁ〜おかあさま・・」のシーンの
一家集合やセシリアのリアクションがさらにマンガ的な
動きになっていた。
が、あいかわらず帝劇ほどウケないのが不思議。
大阪のお客様の笑いのツボは よくわからん。(笑)
アルコ伯爵のお笑いネタへの反応もあいかわらず薄いように
感じる。
男爵夫人・涼風さんはよりいっそう声色が劇画的なセリフ回し
になり、それでいて生身の人間としての感情をわかりやすく
表現する方向になっていて、Wキャストの妙と言うか
絶対に香寿夫人が極めた方向へは向かわないぞという意地さえ
感じさせて・・すごかった。(笑)
父子の言い争いになってしまった場を離れる時の表情とか
ここまで来ると どちらが好きとかいうのを離れて楽しい。
アマデは、松田さんが東京にお帰りなのか、土曜が大阪初日という
黒木さんが昼を連投して、坂口さんと二人で週末を務めていた。
一幕ラスト、演技の手順をこなすだけでも子役さんはすごいんだな
と思うのだが、松田アマデの手順を超えた演技というのはやはり
今でも鮮烈だ。
山崎さんの回は、かなり前の列だったのだが、「レクイエム」作曲の
シーンでは完全に目がイッていて、熱演と片付けるのは申し訳ない
ような・・大熱演だった。
肝心の寛さん。
一幕はさらに動きがいい。軽い。たまに新喜劇っぽくなる。(笑)
墓場のシーンは、ドクトルメスマーとかぶる部分が微妙に減った
気がして(印象)、聞き取りやすい。
マンハイムのウェーバー家のシーンで、上手のイスに座っている時
大きなアクビをするようになっていたのだが、これはいつからだろう。
おもしろかったのは、マンハイムでアロイズィアの歌を邪魔する
シーンで鍋をお玉でたたいてセシリアに叱られるのだが、土曜は
セシリアがお玉でコンスタンツェの頭をたたこうとし、日曜は今度は
鍋で「たたいたろか」風だったこと。
そしてプラター公演でヴォルフガングと一家が再会したシーン。
ヴォルフガング「ご主人は?」
セシリア「死んだわ」
この時、日曜のコンスタンツェは派手にのけぞってズッコケ芝居を
していた。ここまで できルンです。(笑)
そしてこれもいつからかは わからないのだが、階段セットの陰に
なって見にくかったヴォルフガング混乱シーンでのコンスタンツェの
芝居が、途中まで立ったままやってくれるようになっていた。
それでも最終的には白いスカートの裾しか見えなくなるけれど。(笑)
そして幻の男爵夫人の歌が始まり、コンスタンツェがすがりつく
シーン。
初日で、夫人に向かって高く差し出すヴォルフガングの腕を押さえ
こもうと、自分に向き合わせようと必死の様子だったと書いた。
16日公演では再度反対の腕が高く上がり、さらにコンスタンツェは
押さえ込もうと、自分のものにしようとする。
やっとヴォルフガングが自分に向き合った時の安堵の表情。
それでも出て行くヴォルフガング。
すれ違いや無力感を強調してせつないシーンだ。
この後、「ヴォルフガング!」と追いすがり、しばらく悲しみの表情
の変化を見せてから以前は袖に駆けていったのだが、ここが素人ながら
冗長に感じていて、それがごく短い時間でライトが消えるように
なったのも印象的な変化だった。
表情芝居と言えば、バーデンの温泉から「魔笛」作曲中のヴォルフガング
の元に帰り、すったもんだで「帰ってくれ!」と言われるシーン。
これがずい分長い時間をコンスタンツェの表情のみに託されている
のだが、この表情によるコンスタンツェの決着のつけ方、ますます
素晴らしいものを見せてくれていた。
こういう短期間での変化、成長、もう一つの意味でも感動してしまった。
土曜夜の終演後、前にいた二人連れの女性の会話。
A「ヒロって ひとりコンサートみたい?」
B「うん、ひとりコンサート・・でも思ったより良かった。」
A「うん。すごく良かった・・」
静かな、ぽつぽつと交わす会話が心にしみた。うれしかった。
がんばろう。
■2011年1月17日(月)
ちょこちょこ思い出す。
一幕最初のモーツァルト一家の演奏シーンでのパパの
「わたしのーうたをーおきききーくださいー」の後、パパの
指揮が派手で念入りなアクションになっていた。
大阪バージョンは何かとこっちの方向らしい。
井上さんヴォルフガングを土日で2公演観たけど、アルコ伯爵の
アドリブへの返しが全くなくなっていた。
これは意図的なもの?
土曜夜に、革命ばんざいの市民のシーンでアンサンブルの
森山さんの姿が見えず、翌日お聞きしたところによると高熱で
重要シーン以外は休まれたということだった。
「ここはウィーン」で男爵夫人とのからみがあったり、なんと
言っても酒場のおふざけシーンでの大司教様役は彼がいないと
成り立たないわけで、寛ちゃんがよく書いている「ケガなく
無事に」こそ生の舞台のスタートであり最大のテーマなんだろうな。
× × ×
ダンスパーティ帰りのシーン。
下手から出てくるコンスタンツェが、まず上着をパタパタする。
そして2010-2011バージョンでは念入りににおいを嗅ぐ。
今風に言えば、ちょーっと遊んできちゃった奥さんがダンナの前に
出る時に服にダバコの臭いでもついてないかしらと気にするかの
ように。
「ただいまーコンチェルト書けたー?」
ここの軽さというか現代劇のようなセリフ回しの浮いた感じ。(笑)
そして「誰もいない・・」以後のジャスト年齢を超えた やさぐれ感。
やっぱり「ダンスはやめられない」は歌い手としてのファンに
とっても たまらない魅力に満ちている。
一幕のお茶目な仕草も可愛さも決してお姫様的なものではなく
お姫様にはなりようもなく(笑)、26才の島袋さんが この先伸びて
いける道を見るような気がする。
■2011年1月20日(木)
1/15(土)夜の公演は横の方だったけど かなり前で、これはライブでも
一緒だけど こういう位置にいると とりあえず前に来る方を見る確率が
高くなる。
一幕最初のメスマー邸に登場するたくさんの貴族役の方々が、当たり前の
ことながら それぞれ本当に細かくお芝居をされていることや、「ダンスは
やめられない」でコンスタンツェが散らかした(笑)あれこれを手際よく
拾う様子などもよく見えておもしろかったのだが、なんといっても
舞台右半分でのコンスタンツェ演技が細部まで見られて本当に貴重な
体験だった。
温泉帰りの「ダンスはやめられない」リプライズのシーン。
「仕事が終わればー」
このヴォルフガングのワンフレーズを聞く短い時間にも こんなにも
丁寧なお芝居をされていたとは、それまで どんなにオペラグラスで
ガン見しようと気づくことができなかった。
SPEEDのhiroを「女優」と呼んでくれるメディアはなかなか無いけれど
舞台に限らず いろいろな声がかかることを期待したくなった。
あと、これはいつも感じるのだが「紙に書いた誓いなんていらない」と
戻ってきた後のラブシーンで、ベッドに倒れこんで照明が落ちた後に
ベッドを乗せたセットがひっこむガラガラガラ・・・の音の気まずさには
いまだに胸がざわざわする。(笑)
そんなこんなでmy大千秋楽が近づいている。
もうコンスタンツェの登場するシーンは、脳内再生で実況できる気がする。
というか、実際している。(笑)
一観客にさえ人生の大事が起きてしまった3か月間。
舞台の上で かけがえの無い存在である人がどれだけの努力で自らを律し
維持してきたかと思うと頭が下がる。
大きな楽しみを、本当にありがとう。
■2011年1月23日(日) 梅田芸術劇場「モーツァルト!」1/23(日)
本日の梅田芸術劇場、入り口前には「完売いたしました」の
告知が晴れやかに貼られていた。
満員がいいに決まっている。完売がいいに決まっている。
チケットぴあ、最後の一枚をクリックして完売にした男・・か
女かはわからないが(^^")、こくばんの方からうれしいことに
さっそく感想をいただいた。初「モーツァルト!」だそうだ。
コンスタンツェ一幕と二幕の変化。
まさにそうなのだ。
いつかの帝劇で幕間に耳にはさんだあれこれも、すべて一幕の
コンスタンツェが島袋さんの演技による十代だとは気づかず
認めず元アイドル、SPEED、元SPEED(笑)と揶揄される。
しかし年月の経過を生身の俳優でわかりやすく表現できているのは
もしかしたらコンスタンツェとナンネールだけなのではないか?
まあ、男爵夫人はアンチエイジングにずい分なお金をかけておられる
のだろうけど・・(笑)
と、鼻息荒く始まったのだが、このこくばんの方が2階で
初・生「ダンスはやめられない」に驚き、感動して、つい
前のめりになってしまう葛藤と闘っておられる頃、ななめ下あたりで
私はmy大千秋楽を迎えていた。
決して絶好調の歌声ではなかった。もっと良い時があった。
それでも全然悔いが無い。
一幕のオーバーアクションは前回観劇の時の「死んだわ」→ズッコケが
健在で、こういうあたりも先日見かけたツイッターでの感想でも「演技が
薄っぺらい」と言われた所以なのだろう。
私でも どうも大阪に来てから「新喜劇風」「コント風」と言いたくなる
動きが目立つような気がする。
が、これ全て演出だから仕方ない。
その演出をそれぞれの俳優さんが、寛ちゃんがどれだけ達成して
いるかという問題だけなのだ。
あれが力不足なのか大阪公演の演出の100%なのかは こちらにはわからない。
二幕では、先週盛んに書いていたヴォルフガング混乱の後の抱擁シーンが
また変わっていた。
ヴォルフガングが腕を男爵夫人(の幻)に差し伸べて・・という動きは
無くなったが、自分を見ていない、遠くを見ているヴォルフガングに
コンスタンツェが気づいていることは より伝わる形になっていた。
「ダンスはやめられない」は、しばらく定着した動き。
「燃えて のって」の、あの斜め上から引っ張る振りは2007年にもあって
帝劇では最初の頃はやっていなかったような気がするのだが、あれは
どこまで彼女の裁量に委ねられているのだろうなあ。
ピアスをはずしポケットに入れる、靴を脱ぐ、ベッドの上の手紙を一瞥する
ビンを持つ、落とす、ピアノに寄り添う、ワイングラスを掲げて置く
上着を脱いで置く、ピアノの上のトランプやバラをとばす、グラスを
とばす、一度伏せて顔をあげる、ピアノに乗る、怯える表情で・・・
全て段取りはわかっているのに、何度見ても震える。ずっと見ていたい。
それはコンスタンツェの慟哭であり、大劇場の満員の客の前で歌い踊る
島袋寛子さんの晴れやかな姿でもある。
千秋楽の近づく日曜日。満員の一回公演。
舞台も観客の拍手にも熱気が感じられた。
カーテンコールで とばす市村さんにいつものように笑い、そして
はっきり声に出して「ありがとうございます」を繰り返す。
その表情が、いつになく感極まった様子に見えた気がした。
こうして幸せな余韻を残し「モーツァルト!」が終わった。
カーテンコールが終わり 席を立ち上がる時。
隣の奥様二人連れは、右の方が急遽 左の方を誘ってお越しになった
様子だったのだが、その左の方が開口一番仰った。
「どうも見たことある、聞いたことある声だなー思ったら島袋寛子って
ほら、あれの子じゃないの!」
そうです。あれなんですよ。
第一声に選んでいただいてうれしかったです。(笑)