■2011年4月30日(土)
『HIROKO SHIMABUKURO★歌うたい2011』2011年4月30日(土)SHIBUYA-AX
追加公演も無事終了のとりあえずメモ。
特に夜の公演は「本東京公演」であり「ファイナル」であり
その言い方は冗談抜きで「二日間だけだけど最後」というような
島袋さんの言葉からも感じられた気がした。
FCイベントの時代からいろいろな会場、スタイルで見てきた中で
一番ライブらしいライブを見せて楽しませていただいたと
清々しい余韻があったなあ。
昼公演
ジーンズ、白いハット、薄いブルーのノースリーブワイシャツ
濃紺のネクタイ、濃紺のベスト
リクエスト曲 岡本真夜「TOMORROW」(エピソード紹介無し)
ゲスト 上原多香子さん
夜公演
ジーンズ、黒いハット、光沢のある白いフレンチスリーブのカットソー?
その上に昼公演で着たベスト
リクエスト曲(エピソード紹介無し)
the brilliant green「There will be love there -愛のある場所-」
ゲスト 上原多香子さん
髪型は昼夜とも「帽子用のセット」という凝ったまとめ髪で、夜は
客席からの期待に応えてアンコールで帽子無し。
avex松浦さんからのお花から生花を一つ拝借して髪飾りにしたのが
似合っていた。
SPEEDではいろいろバランスの問題でかぶれないから ここぞ・・って
わけじゃないけどー、と ご本人の弁。
追加公演ではあるけれど、9日のセットリストとは大幅に曲順を
入れ替えていて、「ありがとう」の代わりに「ヒーロー☆」C/Wである
「Spring 」が追加。
トップとアンコールラストに「Baby don't cry」を持ってきていて
会場が大きくなったこともあるのか当初の「ゆったり」とは どんどん
違うものになってきていたが、もちろん中ほどは着席で聴かせ、もっと
もっと早くこういうライブを見たかったなと、今日も年寄りの繰言じゃ。(笑)
昼は手順としては行き当たりばったりな印象もあって、上原さんが二度に
分けて出てくれたのだが、それでも最初の登場の時の「ウェディング
シンガー」観劇の話がけっこうおもしろかったし、そもそも彼女を
引っ張り出すに至るまでの島袋さんの言葉の数々に上原さんへの信頼や
愛情が感じられて楽しいひと時だった。
また上原さんが上手で、オフだというのにビン底メガネをかけて出て
みたりで、それは正論を言えばバンドメンバーとうまくMCを回せれば
一番いいのだが、年に一回程度のライブ活動だもの、SPEEDだもの(笑)
「上原さん、ありがとう」だね。
昼、一度引っ込んだ上原さんに叩かれたとかで さすりながら出てきた
島袋さんの肩がみるみる赤くなっていたのもメモメモ。(笑)
そして上原さんを招く前の「SPEEDの時の役割」という言葉が印象的で
SPEEDライブでの自分の様子を的確に再現していたのも おもしろかった。
自覚あるのね、と。
夜は全体的に会場からの掛け声がSPEEDツアーを元ネタにしているものが
目立って、島袋さんも多少の今さら感はあったかもしれないが ていねいに
拾ってMCに生かしていた。
当然SPEEDに関わっていないバンドメンバーが置き去りになるのは
仕方ないかな・・。
ひとりMCは もう経験を積むしかないのに、ラジオがなくなって久しいし
年月だけはたっていても継続した経験が積めないので進歩は遅くなる
あるいは一進一退だったりすることを今日も少し感じた。
もっとペースを上げて続けたいね。
昼に「悦ちゃんが(沖縄から)来ている」やらお母様はバンマス栗本さんと
同い年やらの話が出て、お母様が53才前後なことも判明。
「なかなか厳しい」だったかな?記憶あいまいだけど つぶやくように
何か言っていた。何があったのだろう。(笑)
「DVDは」「CDは」「売り切れグッズの通販は」の声が出るたび9日同様
事務所の皆様へ大きな声でお願いしましょうのマイクが向いて、ついには
客席とのあうんの呼吸も楽しい。
特に夜は平哲夫社長と伊秩さんが並んで座っていらしたので、きっと
声は届いたはず。
夜に上原さんが「寛ちゃんが緊張していた」と笑った時、客席から
「なんで」の声がかかっていたが、もちろんそうやって偉い方や
お身内がいらっしゃっていたからで、笛の話の時にちょっと出た
楽屋のお子さんというのは、2階席で開演前に目立つ動きをしていた
小学校低学年くらいの女の子のことかな?(推定)
私が確認できた関係者様は桐谷美玲さんと、あとは二階最前列に
最初ちあきしんさんと徳垣友子さんが座っていらして、反対側から
伊秩さんが入って足を大胆に組んで(笑)、その右隣に平社長、それと
前後して徳垣さんの右に寛マミーさんが入ってみえたところ。
寛マミーさんがすぐ徳垣さんと親しげにお話を始めたところまで
見えた。
終演直後にまた二階を眺めると、寛マミーさんが本当に満足げな
笑顔で、同じく笑顔の徳垣さんたちと立ち上がってお話し、やがて
席を離れていく背中が見えた。
思わぬところで長年イメージだけを抱き続けた「彼女の支え」を
目で知ることになったのも大きな出来事だった。
9日の「貧乏だったので」という言葉も、お母様がご覧になっていたら
出てこない言葉だったのかもしれないなあ。
この緊張は、まさしく大切な大事な、あるいは何かの決定権を持つ
方々の前で歌う緊張でもあった。
また思い出したら整理します。
■2011年5月1日(日) 愛し思産子
昨日のライブにいらっしゃった徳垣さんは「モーツァルト!」
ゾフィ役であり、「ウェディングシンガー」のリンダ役でもある。
寛ちゃんが多香ちゃんの「ウェディングシンガー」打ち上げ公演
を観に行ったという話は、そのままの意味と徳垣さんはじめ
「モーツァルト!」と重複する他共演者さんとのつながりという
意味もある。
徳垣さんのブログをチェックしたら、挨拶とともに
「Coco d'Or3」を進呈したらしく、何かと交友関係を
ひけらかすことの無い性格だから誤解されがちだけど
たまに「ホント」に出てくる大切な周囲の方々との関係を
垣間見たような気がした。うれしいね。他人事ながら。(^^")
その徳垣さんは「ウェディングシンガー」リンダ役では
抜群のプロポーションを見せつけていて、でも実物の
徳垣さんはご存知のように身長もあるし もう一般人の
世界からは恐いくらいの細さの方である。
そして それが舞台ではちょうどいい「抜群」に見える。
とすると、いつも思うことながら舞台であれだけ衝撃的な
腕並み(笑)に見える上原さんの太ももは、そばで見たら
一体どれだけの細さなんだろう。いやはや。
× × ×
最初の発表から何年もたっているのに、やっぱり月に4回聴けば
「ないものねだり」の良さがわかってくる。
「童神」といい、これだけの歌ごころを持つ人が2010年を
前を向いて〜 どんな時も〜
消えーることのーなぁーいー
歌いにくそうなワンフレーズに乗せ切れない思いが、どんなにか
ジレンマだったろうなと思う。
SPEEDでしかできないことのために精一杯を尽くすことは
素晴らしいし楽しませていただいたのだが、それと引き換えに
なったものの大きさを感じた一夜でもあった。
思い出すことがいっぱいある。
昼公演で「童神」をお母さんがカラオケで「こう(手の振り付き)歌う」
と言っていたっけ。
暗い中オープニングに登場して、歌前にいきなり水を飲んだこと。(笑)
グッズがあっけなく売りきれてしまって多くの人がホイッスルの
やり取りに参加できなかったこと。
それをあまり本人が認知していなかったこと。
腕が一時期に比べかなり鍛えられた細さだったこと。
9日同様ジーンズのラインが最高に美しかったこと。
スタンドマイクでフリーのアクションになると昔から変わらぬ
動き癖があること。
「スキップやって」の声かけがあって、そこでちょっとだけ
スキップ苦手な今井さんの名前が出たこと。
大阪弁の話で仁絵ちゃんの名前が出たこと。
ああいう生バンドでのライブのMCでメンバーとのやり取りは
大事なのだろうが、昨日の「好きな食べ物」を聞いて回ったのは
ご本人も仰ったように意味不明すぎたかもしれない。(笑)
バンマス栗本さんを「くりちゃん」とギョーカイっぽく
何度か呼んでいたものの、栗本さんもさすがに そこまでの
MCサポート力はなく、メンバーの名前が覚束ない場面があったり
リコさんの「イクラって言ってしまって寛さん すみません」の
件はツボだったけど(笑)、やっぱりバンドのボーカルではない
わけだから なかなか難しいものがあると感じた。
SPEEDでは「役割」があり、前に出れば出しゃばりと言われ
横で黙っていても何か言われ・・・推定だけど(笑)
そんな中でトークの力を磨くのって大変だと思うけど、歌うこと
ライブをすることを長く続けたいなら頑張ってほしいなと期待
します!
あと、栗本さんが大阪出身ということでSPEEDライブ同様
不慣れな大阪弁の発音に戸惑うの巻の流れになっていたけど
いまだに突っ込みたくなる気持ちが消えない。(笑)
--------------------------------------------------------------------------------
『HIROKO SHIMABUKURO★歌うたい2011』2011年4月30日(土)SHIBUYA-AX
