AKINA NAKAMORI Live Tour 2004
■2004/06/20(日) 赤い花
一つのステージの客席に座るまでには お金や時間だけではない、さまざまな
タイミングと めぐり合わせがある。
中森明菜。
80年代前半、興味はあったがコンサートを見るチャンスが無いまま あの日を迎えた。
直後に発売された高価なライブビデオの鬼気迫る「難破船」を繰り返し見ながら
もう この人のステージを見ることは無いのかと大きな喪失感があったことを
今も忘れない。
その後 復帰して時折テレビで見かけるようになったものの、そのたび
歌詞を忘れる、声が出ない、という見るからに不本意な姿に「アイドルの末路」を
見る思いで、加えて さまざまなスキャンダルや噂話。
日々の生活の忙しさの中に、その存在は ますます薄くなっていった。
何が2002年のカバーアルバムのヒットに結びついたのだろう。
カバーブームという きっかけだけでは説明のつかない何かが、まだ彼女と
彼女を支持する人々の中にあったのか。
「売れる」ということは最高のクスリで、アルバムのヒットは
紅白出場にまで結びついた。
そして再び彼女は「コアなファン」以外もターゲットにした、大々的な
ライブツアーの成り立つシンガーとなった。
去年に続き 松田聖子と時期のかぶるツアー。
昨年の聖子ツアーは文句なく楽しいものであったし、ここ何年かは
安定したものを見せ続けてくれるのだろうという確信も持った。
今年こそ明菜のステージを見るべきなのかもしれない。
2003ツアーがリリースしたばかりのオリジナルアルバム中心の内容だったことが
何らかの影響を与えたのか、今年はヒット曲中心だというネット情報も後押しした。
いや、何を長々と御託を並べているのだろう。
一番聴きたい人=hiroのステージが僅かな期待さえ抱かせてくれず
お金と時間と気力が行き先を求めていただけなのかもしれない。
雨は まだ降っていなかった。これも確かに大きな理由の一つだった。
台風の影響か猛烈な湿気を含んだ風の中、「ヒット曲なら楽しめるかも」
という連れと2500席のホールに向かった。
■2004/06/21(月) AKINA NAKAMORI Live Tour 2004
2500席は ほぼ満員。
劇場の方向性から、5階まで すり鉢状に客席は かなりの段差で作られていて
そのサイドの相当見難いだろうというボックス席まで客が入っていた。
私たちの席は1階から なだらかに続く2階の後方中央。
顔の表情までは確認できないが、ステージの全景を見渡せる位置。
開演時刻きっかりに、ギターの音が鳴り、それは誰もが聞き覚えのある
前奏にフェードインしていった。
「夢先案内人」
山口百恵の曲であり、オーディション番組「スター誕生」で明菜が
歌った曲。そして客席が暗くなり、このまま静かに始まった。
マニュピレーターさんを入れると6〜7名編成のバンドが中央のスポットを
囲む形で、後は何も無い。(笑)
セットらしきものは後半 垂れ幕のようにツアーのイメージイラストが
背景になっただけ。
そしてデビュー曲「スローモーション」で彼女は登場した。
トップでくくる、本人がパイナップルヘアーと称するポニーテールに
白いリボン。
ボリュームのあるスカートを重ねばきして その上にさらに薄い白い
ベールをまとっている。
2階からは、10代の頃と全く見分けがつかない。
トークは、本人が何度も口にしたように、キャリアの割には下手。
この年代の元アイドルが自虐ネタを笑いに昇華しきれないのは、それこそ
明菜が明菜である証で、そのプライドの高さと どこまで本当かわからない
ような謙虚さ、気弱さが混在して独特の涼しい世界(^^;)をかもし出していた。
もちろん一瞬 仕込みかと疑ってしまった客席からのタイミングのいい
掛け声などに助けられて進行したり たまに笑いを取ったりはしていたけれど。
ステージは、本当に何の工夫もなく・・・と言ってしまっては彼女の
説明した 今回のツアーの意図からすると不本意なのだろうが、シンプルに
シングルヒットをつなぐだけの構成だった。
が、しかし、半端な元アイドルではない。
私など、山口百恵「以後」は、単にミーハーなお姉さんにすぎなかったのに
どの曲も、後半のあまり売れなくなった時期の歌に至るまで、一曲も
「聴いたことがない」などという曲が無かった。
あれを歌っても、これを歌っても、まだ あの曲がある、そういえば
あの曲はもっと後だったか、といった具合だ。
ダンサーがつくわけでなく、かつてと同じように半自己流の反り返る
振り付けがメインなので、一流ホールの広いステージを見事にテレビサイズに動く。
つまり 2階以上から見れば ほとんど動かない。
しかし初期の大ヒット曲の数々に続き「北ウイング」「飾りじゃないのよ涙は」
「DESIRE」「TANGO NOIR」・・そしてレコ大受賞曲やら あれやこれやが
立て続けに出てくるので飽きない。
単調な構成で、トークも練れてなくて、ステージとしては好みでないけれど
たぶん 多くの客がそうであったように、そこにいながら そこにいない、
それぞれの記憶の中の「中森明菜」を 見ていたのかもしれない。
期待の「難破船」は かなり短いバージョンだった。
それが彼女の中での この曲の位置なのだと、悲しい思い出とのリンクは
切らねばいけないのだとも感じた。
と、ここまで書いて何だが、とにかく声がよく出ていた。
一時のひどさから思うと、30代終盤にさしかかって ここまで歌えるように
なるとは、想像もできなかった。
もちろん素人の耳にもオリジナルからキーを下げた曲が いくつかあることは
わかったけれど問題はなく、10代の頃の曲も危なげなかった。
そして想像通り、後半になってくると「誰もが記憶する曲」は減っていき
少々退屈な空気は否めなくなった。
それを救ったのは おそらく昔からの熱心なファンとのやり取り、掛け声。
時間がたつに従って、hiro FCイベント並みに(笑)会場からの声掛けは
多くなっていった。
片瀬那奈の「ミ・アモーレ」カバーについて声を掛けた人とは
しばらくやり取りした後「どうでもいいかな」で笑いを取って打ち切り
片瀬の所属事務所が「私の前の事務所、研音」であるという醒めた言い方を
したり、当時のちょっとした業界の話は、その筋の方にとっては
おもしろかったかもしれない。
そして意外にもラストには「LIAR」がきた。
本人が「忘れている方もいらっしゃるかもしれないけれど」と承知しながら
あえてヒットパレードのラストに持ってきた曲。
ただ泣けばいいと思う女に あなたには見られたくないの
当時も「引っかかり」のある曲ではあったけれど、今の年代となり
なお聴き応えのある曲に成長していた。
ヒットパレードが誰の発案かは わからないけれど、本人には
明らかに「歌いたい曲」があるのだという気がした。
そして あっさりと引っ込み、先ほどからトークをリード(^^;)していた
会場の声が引っ張ってスムースにアンコールへ。
連れとも後で話したのだけれど、どこのどんなSPEEDライブよりも
この手のコンサートの客の方が素直にきちんとアンコールの手拍子と
声を出す。気持ちがいい。
アンコールに応えて出てきたのは、ツアーグッズTシャツに
猛烈に その細さを実感するジーンズ。
衣装替えは一切無いと言った通り、ここで豪華なドレスなんざ
着てこない。
そんなことで客を喜ばせようという気が一切無い。
アンコールは、5月にリリースされたという「赤い花」。
韓国ドラマの主題歌のアレンジと詞を変えてのカバーであると告げ
全身全霊、力の限りという熱唱。
非常に中森明菜という人に合った歌だった。
本人の言い方は、テレビとか歌番組に対して遠くなってしまった
昨今の状況を端々に にじませていたけれど、それを惜しいと思わせる曲だった。
韓国ブームにあやかって・・という ありがちな発想だと思う前に
「この曲を明菜にどうだろう」と探し、きちんとリリースさせる
環境を素晴らしいと思った。
「DISIRE」の「ハア〜どっこい」を、もう何のわだかまりもなく
客席にマイクを向けて煽っていたし、ヒット曲を喜ぶ顔を うれしいとは
思っただろうけど、歌いたい歌、聴いてほしい曲は 不思議なほど
伝わった。
歌い続けようという意思と、そのために やらねばならないことを
バランスをとってやっていこうとしているのかな、という気がした。