-PINK LADY TYHOON AGAIN-JAPAN TOUR 2003-
■2003/06/29 (日) あの時
知らない方もいらっしゃるだろうけど、ピンクレディの二人というのは
ともに芸能人でない方と結婚してらして、ともに子どもはいない。
それが こういう2年にも渡るツアーというのを可能にしているのだろうし
見ている側の、あいも変わらぬ「結婚=わかりやすい幸せ」の図式での
安心感がトークを楽しくしている部分もあったと思う。
二人の「解散後の関係」のチョットいい話エピソードの中に、もちろん名前は
出さなかったけれどケイちゃんと野口五郎の一件についてサラリと触れた
場面があって、それがMCネタとして笑い話になっていようと、当時の
週刊誌が伝えた以上の心の傷として長く彼女を苦しめたことが感じ取れた。
デビュー直後の写真を見てのトークの時の
>まだ この後の地獄の日々を知らない・・
という解説も笑ったけれど、ただの視聴者であった自分でも想像のつく
重みがあった。
やっぱりね、「あのころ」とか「あの時」っていうのは、最低40才(笑)
くらいにならなきゃ口にしてはダメだわ。
20代やそこらで、起死回生だの大人への脱皮だの過去の栄光との決別だのの
名目でSPEEDさんたちの衝撃の告白やら暴露話、男女の話など聞きたくない。
あと20年頑張って、それでもお金を取って人に見せられるステージを
できたなら、好きなだけしゃべってほしい。
それを見られる日が、いつか来るような気がした。
■2003/06/28 (土) TYHOON AGAIN
楽しくて、ちょっとほろりとさせる、いいコンサートだった。
って、それは大阪のライブハウスの話ではなくて、この地方で最高の
音響設備を誇る、本格的なオペラ上演が可能なプロセニアム型ホール
で、見たピンクレディ。
第三の都市の週末。
仕事で無理をすることも、人に迷惑をかけることも、チケット手配で
やきもきすることもなく「行ってみたい」コンサートに普通に行く。
昼夜二回公演の昼の部は、5階席まで人が入っていた。
先日の松田聖子もそうだったけど、本当に客席がいい。最高。
それは「この人(たち)が好き」なのだという自信、楽しもうと
来ているのだという気持ちの余裕?
いまどきの お決まりのアンコールであっても、きちんとアンコールする。
ダンサーさんのダンスタイムだって そこそこ手拍子は止めない。
待っている曲がくれば即 立ち上がる。踊る。(笑)
何より「聞く耳」があるので、ただ笑いのために茶化したり暴露したり
するのではない、しみじみと、時にズキンとくる昔話が披露される。
そんなミイちゃん(45)とケイちゃん(45)の話は また少しずつ聞いてください。
■2003/07/02 (水) かけがえのない あなたと私
【-PINK LADY TYHOON AGAIN-JAPAN TOUR 2003-】
もちろん あちらの方が年上なんだけど、ステージでの「ぼけネタ」や
体力が持たないだとかゼイゼイ言ってみせるのが ただのトークネタで
あることは明白で、その証拠に、そういうネタ直後のダンスは特に
動きが大きく「お」と思わせる効果を意識しているのがわかった。
とりあえずミイちゃんは、歌も踊りもできる人としてのキャリアの
ある現役の人なわけだから、このステージも余裕だったはず。
ケイちゃんは、元々キレの良くない(笑)こじんまりとしたダンスを
する人だったので、それが そのままスライドしただけで、特に
違和感も無し、歌の方もケイちゃんが年齢のこともあり、さらに
低音域に移行しているものの、当時の歌と比べて何も劣らない。
そう、間違いなく、20何年前と同じ歌とダンス量でピンクレディを
やっていた。
印象的な話があった。
実はモーニング娘。のちょっとしたメドレーなどもやったりして
MCでも名前が出てきたのだが、それは結局「かけがえのないミイとケイ」
へと続く話の前振りでもあったのだ。
結婚されて正確には姓は変わっているけれど、あくまでミイは
根本美鶴代であって、ケイは増田啓子(当時の表記)以外に
ありえないということへの誇りであり自信であり、それが
客席との絆でもあった。
そして忘れないうちに書いておきたいのは、私が何度か書いた
「KISS IN THE DARK」を きちんとシングルの一曲として歌ってくれたことで
私はイントロを聴いた瞬間「きた!」と心中ガッツポーズだったのだが、
他の曲に比べ明らかに客席の反応は薄かった。
それはつまり、客の多くが「当時ピンクレディにあこがれた幼児〜小学生」
だったということなのだ。
ただキャラクターの一つとしてすりこまれていたので、人気が下降した後に
出した英語詞の曲は視野に入らなかったろうし、記憶にも無いのだろう。
この曲ラストの聴かせどころ、ミイのフェイクは、時の経過を感じさせない
気迫と自信に満ちていた。