1999.12.23

自分にとって最後のSPEEDライブが終わり、帰りの新幹線の指定席に座ると、
通路を挟んだ あちら側で、同じくドーム帰りらしい20代の女性の方が1人、
大量の生写真を黙々と整理されていました。
コワイ・・と、連れがささやくのを 制しながら、コンサート三昧だった あの頃の
自分も あの通りだったんだろうかと思うと・・コワイ。(笑)
誰のファンなんだろう、と思ったけれど、声をかけることは できなかった。
今 知り合ったところで、この人とも、二度と会うことはないのだろうという、
なげやりな気持ち半分。そして少し眠りました。

ふと目がさめたら、熱海あたりで、連れも、通路の向こうの女性も熟睡中。
シーンとした車内。

彼女たちのライブを見始めてからの、夢のような5ヶ月間の終わり。

窓の外の暗闇に、ポツポツと浮かぶ灯りが流れては消え、
自分にとっての、最後のライブだったんだという気持ちが実感となってきました。
SPEEDにとっては最後のライブではないし、たとえ解散しなくても、現時点で
来年のライブがあるという保証も無いのに、私は しみじみと寂しい。
それぞれがソロになろうと、あの数々の名曲や4人だからこそできたパフォーマンスは
もう決して見ることはできないのだから。

帰ってから、会場でお会いした方々に お礼のコメントをしなければ、
などと思うのですが、なぜか書き込めない。きっかけが つかめない。
どこに書くともなく、ごちゃごちゃ思い出すままに書いてみるのですが、
一体誰に語りかけているのだろう、と 思った時点で「今日は終わり」になってしまう。
この喪失感。

12/19 東京ドームが終わって

話には聞いていましたが、なんでステージが終わるのを待てないのでしょう。
せいぜい、千葉埼玉神奈川群馬に帰る方々でしょうに。
私なんて、夕食とって、おみやげ買って、余裕で10時半には帰宅してましたけどね。
そういう方々がいてこそ、ドームの席は埋まるんだなぁ、と つくづく思いました。
SPEEDさんは、明るくなった通路を、ゾロゾロ帰りを急ぐ人の流れを見ながら、
東京ラスト、最後の長い挨拶をこなしたんでしょうね。
その気持ちを想像すると、この時の「ALIVE」で セリフを忘れた寛子ちゃんに、
「苦笑」された時の私の気持ちと同じなのかもしれません。(^^;

歌の方は素晴らしかったんじゃないでしょうか。
寛子ちゃんの歌の可能性というものを、見せつけられた思いです。
これで歌い続けることに対して迷いがあるなんていうのは、ちょっと納得できない。

中央だったので、規制退場が後の方でした。
ヒマでミキサー席の伊秩さんを見てたら、なぜか中年女性1人と、若い方2人
(ともに一般人っぽい方)引き連れて、みんなと同じスタンド方向の出口から
お帰りになりました。

そういえば、一曲目が始まって少ししてから、一組、もう少ししてから一組、
4〜50代の場違いな ご夫婦が 案内されて、ミキサー席脇から
超良席の方へ入っていかれました。
ご家族?というのは私の願望で(笑)、とりあえずVIPなんでしょう。
なんにしても、規制退場の「規制」を受けない方っていうのが けっこういらしてたのは、
さすが東京公演、と 大通路沿いの私@一般人は思ったのでした。

他の地区での公演と違って、カメラ目線が あまりにも多かったので、
ライブビデオを撮ってるのかしらん?と思ったのですが、
初日とヘアスタイルの違うメンバーもいたようで、実際どうなんでしょう。
「RISE」ビデオと変化を持たせるように、「ハッピー」に入れ替えたとか。(邪推)
「RISE」と同じく、一つの独立した作品として、良いビデオができますように。

近くはなかったけど、ほぼ正面から見られたというのは、良い経験でした。
「Body & Soul」のイントロに浮かび上がるシルエットを、
生で この胸に記憶できたというのは、なんと素晴らしいことでしょう。






東京ドームが終わって