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明治29年丙申の年に、風間家七代当主(幸右衛門)が、住居及び営業の拠点として建築したもので、八代当主(幸右衛門)が建築年に因み「丙申堂」と名付けた。
主屋を中心に南側は道路に面し薬医門と前蔵、西側に中蔵と奥蔵、北側に小蔵(金庫蔵)を配す。この建物は、明治27年の酒田地震を教訓にして建てたと伝えられ、広大な板の間に架ける梁をトラス状にし大黒柱で支えるなど工夫の跡が見られる。なお、平成8年12月に主屋、同11年6月に付属の表門(薬医門)各蔵、板塀、風呂場等が国登録有形文化財となり、また、同12年12月に国指定重要文化財となりました。 |