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2001年7月10日訪問。まずはロシア人墓地から。この区画がロシア人墓地として正式に認められたのは明治3年で、現在は43基の墓があるそうです。 |
| こちらは「函館中華山荘」、中国人墓地です。明治9年に清国人墳墓地として中国人遺体を埋葬したのが始まりで、大正8年の大修理の際にレンガ塀が作られたとの事です。 |
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プロテスタント墓地。ペリー来航の際の水兵2人の墓をはじめ、40基の墓があるそうです。 |
| 古い看板では「外人墓地」ですが、新しい看板ではご覧のように「外国人墓地」と表記されています。「外人」という言葉に対する認識が変わってきたからでしょうか。いずれにせよ、ここには外国人のみならず、日本人の墓もたくさんあるとのこと。 |
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「天下の号外屋翁の墓」。明治27年、信濃助治という人物が、衣類から足袋まで赤ずくめの格好で函館にやってきて、「天下の号外屋」と称し、新聞の号外を函館市民にまいたそうです。カトリック墓地向かいに建っている信濃氏の真っ赤なお墓、実は函館有数の心霊スポットなんだとか…。2001年11月9日訪問。 |
| 背後には函館山がそびえています。この辺はごく普通の日本人の仏式のお墓。全て海を向いて建っています。 |
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向こうに見えるのは、上磯の海岸線。背後を函館山に守られ、美しく海を見下ろせる外人墓地周辺は、まさに永遠の眠りに最適。夕日に包まれて、静かに一日が終わろうとしています。 |