ホーチミンの通勤風景(メトロポールH横)

亡父が見たベトナム


1996.1 父(64歳時)のベトナム旅行

2001.7.26 突然の心臓発作の為、さっきまでそこにあった日常を置き去りのままkoroの父は帰らぬ旅に出ました。
あれから1年...やっと父のアルバムを開ける心境になった最近、父がベトナムを旅行した時のアルバムを見ていると中から旅行記を書き綴ったメモが....。
HPを持っている訳でもない父がどんなつもりで書いたのかは不明ですが、史跡めぐりの旅行が好きで、毎回旅から帰ると山のような写真持参で遊びに来ては生き生きと解説してくれた父を偲んで亡父旅行記のページをUPしてみました。

旅行日時も古いですし、他人に見せるというより父自身の覚え書きのような記録ですが、お暇な時に「ふ〜ぅん..」と眺めて頂ければ幸いです。

by koro(2002.7記)
※写真はカーソルを合わせると説明が表示されます。



予定の日程
1 千歳16:40発JL876にて関空18:50着。空港内のホテルで前泊。 
関空11:20発VN941にてホーチミン15:10着。滞在先のメトロポールホテルへ
専用バスにてホーチミン市内観光(旧大統領官邸、歴史博物館、ベンタン市場、永厳寺、サイゴン教会、市庁舎)
クチ地下トンネル見学
メコン河クルーズ、メコンデルタの街ミトー見学
自由観光後 ホーチミン23:35発VN940にて帰国。
06:25関空着。関空10:40発JL873にて千歳12:30着


『ベトナム訪問の旅を終えて』

1月8日〜9日
出発日は悪天候の為、16時40分予定だった新千歳出発が22時30分頃となり、関西空港に着いたのが午前0時10分頃、ホテルでは少し休んだだけで 定刻の1時間遅れ、12時20分頃にベトナムに向かって出発しました。

ベトナム料理(象の耳と言う魚の唐揚げ)ベトナムの『タンソニャト空港』に着いたのが16時30分頃、入国手続きでは、事前に添乗員が渡してくれた記入済みの書類をそのまま出せば良かったものを、咄嗟に機内で配られた白紙を提出してしまった為に書き直しをさせられ、書類の小さな字を読むのに苦戦...ホテル到着は18時過ぎとなりました。

部屋で1時間程休んでからレストラン《ベトナムハウス》へ出掛けショーを見ながらベトナム料理を戴く。味を心配していましたが、私の口に合い美味でした。特に“ヌックマム”(魚醤、日本の醤油に当たる物)は独特な匂いや臭みがあるのですが、馴れるととても美味しいものです。(秋田のショッツルに似ている?)


1月10日
歴史館・ホーチミン像前にて実際に使われたと言うギロチン米軍の戦車9:30にホテルを出発。『歴史博物館』(ベトナムの先史時代から共産党誕生までの資料を展示)、『戦争犯罪展示館』(ベトナム戦争関係の資料を展示)へ。
『戦争犯罪展示館』ではアメリカ軍の使用したジェット機、戦車や銃砲、爆弾(ナパーム、ボール、枯葉)や当時使用されていたと言う“ギロチン”も..背筋がゾクッとしました。

店の庭園内にアメリカ軍から捕獲した戦車、ヘリコプター、高射機関砲、バスーカ砲等が並べられたレストラン《Rex Garden》でベトナム料理の昼食を摂り、午後は『ヴィン・ギェム(永厳)寺』、サイゴン大教会、市庁舎、そしてベンタン市場を見学。 永厳寺七重の塔

ベンタン市場は衣料品、日用雑貨、履物、食品、飲食店など日常必要とする着るもの、履くもの飾る物等、何でも売っています。通路の幅は小樽駅前の三角市場程で差ほど広くはありませんが、店や人の数など相対的な規模は小樽三角市場の数百倍もあろうかという大きな市場です。
1歩足を踏み入れると、種々の匂いが入り混じった異様な香りが漂う入り組んだ通路を溢れるように人が行き交い、机も椅子もない食堂は通路にベッタリ座って食事を摂る人で賑わっています。

殆どの商人は中国系のようでした。店舗がなくても、道路の端に少量の品物を並べるだけで成立する商売..彼らの生活力・経営力には驚かされます。 
こんな市場には少々興味があるのですが、スリも多いとの事で治安面の心配、又言葉も出来ない土地で迷子になるのが怖くて単独行動は出来ず、少々残念。

一旦ホテルに戻って休憩し、夕食はレストラン《Le Mekon》でアトラクションを見ながらフランス料理を戴きましたが、私の口には合いませんでした。 


1月11日
大統領の狩猟物統一会堂(旧大統領官邸)正面7:30ホテルを出発。前日はマレーシアの大臣が来て会議の為、公開中止となっていた『統一会堂』(旧大統領官邸)へ。
統一会堂は国外から国賓待遇の来客があったり、国内代表者会議などがあると一般公開が中止となってしまうのだそうだが、今日は特別な行事もなく公開日であった。

入り口を入ると『大会議室』『宴会場』特別豪華なのは、南ベトナム政権の時、各国の大使が大統領に『国書を提出した部屋』で壁面が大きな漆画で飾られている。
上階は大統領と家族の為のスペースで、大統領夫人の宴会場、娯楽室等、最上階にはダンスホールがあり、屋上はヘリコプターの発着場となっていて、アメリカのマークをつけたヘリが置いてありました。

地下室は秘密の軍事施設で、司令室、作戦室、暗号解読室、アメリカと連絡を取り合って放送していた放送局等、当時のままに公開していました。

昼食は会堂近くのレストラン、《THANH TRA》で中華料理を摂り、大変美味でした。

午後は自由行動なので、現地人ガイドに頼んで買い物に出掛けました。
現地の人は値切りが上手です。日本人、特に「道産子」は気性の故でしょうか?値切りが下手ですね。私は何も買いませんでしたが、同行の女性軍はかなりの量をガイドに値切ってもらい買い物したようです。

ビンタイ市場街を歩いていると子供の物売り、物乞いや、老人、身障者、乳飲み子を抱いた母親の物乞いなどが次々に寄ってくるのには閉口しました。
交通事情も最悪で信号がきちんとしていないうえにバイクの数が非常に多い。この国では四輪車は車体価格の3倍もの課税をされるので、バイクを買う人が多いそうです。70cc以下のバイクは無免許で乗れる為、子供までもがバイクにまたがり、それも一人乗りは珍しく、二人乗り、三人乗り、時には五人乗りのバイクも見ましたが、警察は見て見ぬふりをしています。道路を横断するのも命懸け、慣れない私たちだけでは道路は恐ろしくて歩けません。
走っている車やバイクは一様に猛スピードで、私達が乗った観光バスもパトカーを平気で追い越し、狭い道路をクラクションを鳴らしっ放しでバイクの間を縫って走行していました。

この日の夕食はレストラン《BFN NGHE》でアトラクションを見ながら海鮮料理をとりました。


1月12日
地下道入り口野戦病院 この日は、ホーチミンより西北に70km、車で1時間ちょっとの所にある『クチの地下道』を見学に行きました。
粘土質の土を鍬とざるだけで掘りあげたというクチの地下道は全長約250KM。迷路状に入り組んでいる上に、所々に落とし穴もあり、アメリカ軍も手を焼いたところらしいです。
兵士達の案内を同行したガイドが通訳しながら奥へと進みます。通路の幅は観光客の為に少し拡張したそうですが、それでも私の肩幅強。高さも身長165cmの私でもかがんで歩くのがやっとです。地質は意外と硬い感じ、狭く、通気が悪いためか、息苦しさを感じ、よくこんな所で抵抗したものだと感心しました。

メコン川クルーズ昼食はレストラン《TRUNG LVONG》でとり、午後からは『メコン川クルーズ』をしました。
最初に『フルーツ島(タイソン島)』へ立ち寄り、ベトナムで採れるフルーツを食べて来ました。10種類位食べてきたかなぁ?新鮮なのでとてもおいしかったです。

次には『ヘビ園』へ立ち寄りました。毒蛇(コブラでした)が威嚇するシューシューと言う音を間近に聞くのは初めてでしたが不気味なものです。 私は錦蛇を首に巻いてみました。意外に温和な蛇なのですね。写真に撮ってもらいました。ニシキヘビと記念撮影 フルーツ島の果物 パパイヤ

夕食は水上レストラン《MAXIM.S》でショーを見ながらの食事となりました。
ボートはゆっくりサイゴン港を夜風に吹かれながら遊覧、船の上ではドンちゃん騒ぎです。暗いイメージのある社会主義の国でこんな事が許されているのか?と不思議な気がしました。


1月13日
ホワイトパレスよりフロントビーチを望むオプショナルツアーで『ブンタウ』にある『ホワイト・パレス』を訪れました。
ここはもともとフランス総督の別荘だった所ですが、南ベトナム政府時代には大統領ゴディン ジェム.グェン バン チューが使っていた事もあるそうで、庭には大砲がずらり、海のほうを向いて並んでいました。

ホーチミンから車で2時間ほどの所にあるブンタウは魚醤ヌックマムの生産地としても知られますが、ホーチミンから最も近い海水浴、リゾート地と言うだけあって、住みやすい所のようで、バックビーチは遠浅で波も静かでした。

この日は昼食は中華料理で済ませ、 夕食はレストラン《CHECK DINA REX》で最後のベトナム料理を食べて23時45分にタンソンニャット空港を出発しました。


1月14日
6時20分頃関西空港に到着。搭乗予定だった10時40分発の便が機体整備不良で欠航のため13時55分発の便に乗り換えて新千歳空港に15時45分頃到着となりました。


今回の旅行で印象に残った事
・ベトナム料理、中国料理が旨かった事。
・フルーツが新鮮で旨かった事。
・物価が安い事(反面、賃金も非常に安い)
・教師の給料が安い
・バイクの数が非常に多い事。(バイクの殆どはホンダ製品。ホンダ=バイクで意味が通じる。庶民の夢はいつの日かホンダドリームに乗る事。)
・『アオザイ』を着た女性が非常に美しかった。(スタイルはスリムで顔も美人が多い)
・ベトナムの女性は働き者。(カカア天下のようです)
・宝くじ、競馬が盛ん(どんな田舎にも売っている。子供までもが販売に携わっている)
・人々の生活は貧しそうだが、逞しさを感じた。
・物乞いが多い(老人、子供、身障者、乳飲み子を抱いた母など)
・子供達も家計の手助けを良くしているようだ。(日本の子供は甘やかしすぎに思う)
・不衛生な面が目立った。(道路で食事をしている・川などゴミだらけだった)
・中国人の生活力・経済力の旺盛な事。(恐らくベトナムの経済を左右しているのは中国人(華僑)だろうと思いました。)
統一会堂2階テラスよりサイゴン通りを望む 1/10レストランRex Gardenにてウエートレスと ベトナムの文化財水上劇場(動きがとても速い) ベトナム料理には欠かせないライスペーパーを干している


ベトナムのこと

時差→日本−2時間
通貨→ドン 1USド=11000ドン 100ドン=0.91円(95.9現在)
気候→南北に細い国なので南・中・北の部分によって気候が違う。南部は熱帯11〜4月の乾季と5〜10月の雨季。中部は9〜1月が雨季、8、9月は台風の影響も..。北部は亜熱帯で四季がある5〜9月は雨季で暑い。



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最終加筆2002.7.12


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