飯豊山の考古学的調査報告 (1/7)
(1ページ目は概要,2ページ目から写真で説明しています。このページも含め7ページあります。)

概 要

期 日

2000年8月17日〜20日

主 催

山の考古学研究会代表 菅谷文則(滋賀県立大学教授)

参加者

同会メンバー 15名
長島雄一・渡部満(山都町在住)

コース

8月18日
 山都町御沢登山口〜下ノ十五里〜中ノ十五里〜上ノ十五里〜笹平〜横峰〜剣ケ峰〜三国小屋〜七森〜種蒔山〜切合小屋(泊)

8月19日
 切合小屋〜草履塚〜姥権現〜(鍛冶跡)〜御前坂〜一王子〜二王子〜三王子〜飯豊山神社〜飯豊本山〜胎内くぐり〜本山〜往路を帰る〜地蔵山(血の池・地蔵)〜御沢

各地点の調査による主な成果
1.古銭の採集
・全部で100枚近い古銭を登拝路から採集しています

寛永通宝が95%を占め、江戸時代の信仰登山を証明していますが、中にはいわゆる古寛永があり、江戸初期からの登拝が推定されます。また初めて北宋銭が採集されました。これにより、江戸期より古い時代に信仰登山が遡る可能性がでてきました分布を見ると険しい岩場、あるいは岩場前後が多く、無事を祈願してあるいは無事に通過した御礼として蒔いたと考えられます。

2.鉄剣の発見
・剣ケ峰にある浅い洞から鉄剣が採集できました。

他に鉄鏃(鉄の矢じり)も含まれており、これから保存処理をして詳しい調査をします。

3.鍛冶跡の発見
・姥権現から御前坂にかけての平場には石組みをもつ小屋跡があり、中に鍛冶の時に生じる鍛冶滓(製鉄の際に出るカス)がありました。

ここで小さな鍛冶屋をしていたことが明らかになりました。
また同位置からは「先祖代々之墓」と記された墓石も見つかりました。
これは代々鍛冶を生業としていた人物あるいは家があったということです。散在する信仰のための剣などを作っていたと考えられます。

4.年号の発見
・草履塚に立っている大きな鉄剣に年号が刻んでありました。

草履塚に立っている大きな鉄剣の存在については知っておられることと思いますが、詳細に調査したところ、年号が刻んでありました。

「文久二年」(1862年)でした。幕末頃の刀です。いつから立っていたかはわかりませんが、とにかく138年前の刀です。 貴重な資料になりました。こう書くと持って行かれるのではないかと心配です。皆さんを信頼します。まずは山都町の指定文化財とし、守りたいと思います。

5.胎内くぐりの確認
・飯豊本山から御西方向に10分ほど行ったハイマツ地帯にそれはあります。

いくつもの岩が重なり合う隙間を使っています。中からは古銭が採集できます。俗界に汚れきった私もはいずりながらくぐり、生まれ変わってきました(笑)。

次頁から主な成果を写真で紹介します。

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