| 2004年基調提案 2003年基調提案 科教協のご紹介 事実・概念・法則・・・について、など まねっこ世代の夢 |
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| 2006年今年の科教協全国研究大会は神奈川です 2007年は、愛知です。 2008年は、石川にほぼ決まりました。 |
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私からの“科教協”のご紹介 科学教育研究協議会という名まえからもわかるように、科教協は、自然科学教育の目的・日標から、その具体的な内容と構成、教え方までを研究し、その成果を広く全国のなかまに普及することをめざしています。自然科学教育の研究は、教育研究者と、自然科学研究者と、学校で子どもたちを教えている教師と、それだけではなく自然科学教育に関心をもつ全国のなかまの協力によってしか出来ません。とくにそれぞれの地域や職場での主体的で多様な実践と研究が集まり、それを基礎に組織的に研究が進められなければならないでしょう。“協議会”という名称にそんな気持ちが込められていると思います。その現われとして他団体には珍しい委員の全会員による直接選挙制をとってもいます。 科教協が設立されたのは1954(昭29)年11月28日です。私が、この世に生をうけてから5ヶ月後のことでした。当時は、戦後の理科教育、とくに「生活単元学習」の理科への反省と批判が広く起こりはじめたときであったと聞いております。(関心のおありであれば、「設立趣旨」を持ていますので、ご連絡を下さい。) まだ戦後の混乱がさめやらぬあの頃、まず「生活単元理科」の多すぎる教材の整理と、これを系統化するプラン、個々の教材の指導法についての研究と実践がなされたそうです。その研究から、理科で学習させるべき内容は自然科学の基礎的事実や法則であること。その系統化は事実や法則の必然的で本質的な連関、つまり自然科学の論理から導ぴかれなければならないこと。また、学習内容や指導法は、子どもたちの思考と行動の法則性に合致するようにしなければならないことが明らかになりました。これがいわゆる「教材の系統性」と子どもの「認識の順次性」の原則であり、その後の科教協の研究と実践の指針ともなりました。 また、これまでは見過されがちであった子どもたちの「つまずき」にまで目を向けて、1時間1時問の授業を記録にとり、それをサークルなどで集団的に検討し改善の方法を探るという「実践記録運動」が提唱され、実践事実に基づいた研究の方法が確立したのもこのころのことです。 このあと、精力的に多くのプランが作られることになります。私は、すでに作られたそれらのプランのマネをするところから科教協とのつながりができはじめました。(当時東京物理サークルでの、西岡さん、浦辺さん、上條さん、宮村さん、江戸川サークルの、宮本さん、江東サークルの藤本さん市川清子さん堀さんから学び始めたのが最初でした。その後、坂上さんや佐藤さん市川広義さんと……科教協の多くの仲間と、授業をし反省し、また授業に生かすということを、サークルの場で続けてきました。) 科教協は、毎月「科教協ニュース」を発行し、会員の実践と研究の成果を共有しております。また科教協の研究と実践の成果を広く全国のなかまに読んでもらうには市販の雑誌をもつことが望まれて、1958(昭33)年10月号以来、雑誌「理科教室」を発刊しております。当初は国土社から発行していましたが、それが新生出版に映り、現在は「星の環会」発行しており、現在まで570冊を世に送り出しました。我々の「広場」として、とても貴重な存在です。 現在科教協は,“自然科学をすべての国民のものに”という国民的なねがいをスローガンに掲げて、その研究と運動をすすめています。戦後のプランが精力的に作られた時期を過ぎ、私が参加したころから、私の周囲では、”実践を記録し検討すること”を中心に研究が進められました。しかし、指導要領と、それにもとずく教科書があまりにもひどい現在、国民教育としての自然科学教育の教育課程を創造する“自主編成”運動をすすめる機運が再び高まりつつあります。 研究者、現場の教師、広く自然科学教育に感心のあるひとが知恵をだしあっての研究が、あちこちで生まれています。 その一方で、現場への管理統制は厳しくなり、思うように子どもと学べない状況に苦しんでおられる方もいらっしゃると思います。 科教協は、自然科学教育を良くしたいと思うみんなの広場です。 |
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科教協委員長 吉埜和雄 科教協ニュース10月号の原稿です。これをもう少し短くしましたものを10月号に載せてもらえると思います。
■子どもたちのために、頑張りましょう みなさん今日は、科教協委員会の互選で委員長になりました吉埜和雄と申します。都立小山台高校に勤務する、物理教師です。前小佐野委員長がよく「青天の霹靂で突然『委員長』になった」とおっしゃっていましたが、私もまったく同じです。緊張しています。でも、科教協も科教協委員会も、民主的な組織運営で研究や運動を進めていますし、「自然科学をすべての子どもたちのものに」するための研究・運動に、どのような垣根も、いかなる権威もありません。誰もが安心して参加でき、まったく対等平等に議論しあい、実践し、学びあえる場が科教協です。つまり、会員のみなさんの力が科教協の全てなのです。 子どもたちの未来のために欠かせない研究と運動です。皆さん!頑張っていきましょう。 ■私は「まねっこ世代」です 私は、1954年(昭和29年)生まれ…科教協と同じ年です。科教協創設にかかわった創造的な方々と一緒に研究を進めた経験はほとんどありません。授業が成立せず、東京物理サークルで作ったプラン「力学の授業」を手にしたことが、科教協と出会うきっかけでした。自分のことを「まねっこ世代」といくらか自虐的に言っています。「力学の授業」をそのまま実践したのが出発点なので、「まねっこ世代」です。先日クラス通信「ゆず」(実は通信の名前も「まねっこ」なのです。)に「夢」を書きました。民教連の研究集会で、教師が生徒に夢を語っていないという話があり、じゃあ…という気持ちで書いたものです。ね、すぐに真似をするでしょう。では、「まねっこ世代」の夢がどんなものか…というと 『教師としての夢』――――――――――――――――――――――――――――――― 授業をしていて、一番嬉しいのは、「ああそうか」とか「わかった」という表情を見せてくれる瞬間です。そういう瞬間をたくさん作れるようになりたいと思います。 それに、自然科学(特に物理)を学ぶことを誰もが楽しみ、自然科学を誰もが好きになるようにしたいということです。 なぜそうしたいと思うかというと、自然がどうなっているか知ることは、生きていく上でも必要な知識であるだけではなく、世の中を見るときの見方というか、価値観を形成する要素の一つだと思うからです。 人としては、相手を思いやり相手を一人の人間として認めることができることは、なによりも大事です。さらに、自分の考えに基づいてものごとの判断をするときに、誤った判断や誤解に基づいた判断を避けるためには、社会がどうなっているか(社会科学)、自然がどうなっているか(自然科学)をちゃんと理解し、「何が大事かを判断する物差し」を自分で持つ必要があると思います。 自然科学を学んだら、それで良いと言うことはありませんが、自然の仕組み(自然科学)をある程度学ぶことは、物差しを確かな物にするために、必要だと思います。 皆さんの方がよくご存じのように、この夢の実現は、この年になっても、まだまだ程遠いのです。それを実現するためには、…… @ 自分が、自然科学をもっと勉強しないといけないと思っています。 A 授業のプランや、方法も改善しないといけないと思います。試験の時に書いてもらう感想は、その方向を探る大事な資料です。 B 一人で考えているのでは、もともと知恵がないし、効率も悪いので、科学教育研究協議会という研究会に参加して、他の先生方の知恵を借りることにしています。東京物理サークルとか、小山台理科サークルとか、みんなで知恵を出し合って考えたり、やってみたりすることが夢に近づく近道だと思っています。 ――――――すでに配ったクラス通信なので、お恥ずかしいのですがそのまま載せました― ■「すべての子どもたちに」を目指して 中学の教科書に「1Jは、1Wの電力を1秒間使用したときに発生する熱量である。」と書いてあります。「1J」がどのくらいの熱量なのか、わかりにくいと思います。文科省は、学習指導要領が基礎基本だと言いますが、教科書を見ると基礎基本ではないことがわかります。ですから、「自然科学の基礎的な事実、法則、概念を教えよう」という主張が注目を浴びます。 さて、科教協の「自然科学をすべての国民のものに」という主張で、これから注目されるのは「すべての」ではないでしょうか。遠山文科大臣は、「学びのすすめ」で基礎基本は大切だと言いましたが、相変わらず「個を大切にした教育を」と言います。実態は、教育の多様化、能力別の教育です。小学生の頃から能力別クラスで、高い方に行けるかどうかドキドキする生活を強いられれば、だれでも間違いを恐れ、安心して勉強もできないでしょう。私のクラスの生徒が、「問題集を開くと涙が出てきます。もう勉強はしたくありません。」と言います。小学生、いやもっと小さい子どもたちの心が、この苦しみに包まれるのです。また、家庭の経済状況と進学状況の相関もいっそう強くなっています。 子どもたちが、安心して、友達と一緒に学べる場とは、「どの子も同じように大切にされる場」です。「すべての」を主張し、どの子も同じように大切にされる教室や、理科の授業を目指して、今まで以上に知恵を出し合いませんか。 ■全国的な交流を 科教協の成果とつい口にします。東京には東京の成果があり、成果を受け継ぐ人のつながりがあります。千葉には千葉の、愛知には愛知の、…と、成果は全国各地にあるのです。 私には、「実践や研究の成果」は「地域の人脈」の中で受け継がれ、それを越えられないように見えます。各地の研究の大元を創った方々の間では活発な交流がありました。各地に研究の基盤ができるにつれて、「学び合い」は減ってきたのではないかと感じるのです。本や資料では、熱い思いや感動は、なかなか伝わりません。「あんな授業をしたいなぁ」とか「あんな先生になりたいなぁ」と思うのは、生の授業をみたり話を聞いたときではないでしょうか。 地域の壁を越えて学びあうことで新たな発展は生まれていきます。互いの研究を、ぬくもりが感じる距離で交流することが必要です。それがまた、楽しいのですよ。きっと。 ■新たな出会いをつくりませんか 前任校の時、職場の協力も得て、東京の森岡さんと「小山台理科サークル」という地域サークルをやっていました。4年間サークルは続きました。『理科教室』の5月号にサークルの中村さんの実践が載りました。私の異動にともない現在は休止中ですが、会場を確保して、新たなスタートを切りたいと思っています。 幸運にも私には、共同研究の場や一方的に学ぶ場がいくつもあります。それで、聞き学問で知識が増え、いつの間にか授業も良くなれば、儲けものです。 会員のみなさんが「この指とまれ」の役をやって、あちこちに隠れている「同じ思い」の仲間へ呼びかけると、「楽しい理科サークル」が、全国にできるのではないでしょうか。 ■一人ひとりが大事にされる科教協 「とにかく少しでもよい授業を子どもたちに」と願い「まねっこ」してきた私のような「ただの教師」から見ると…、会員一人ひとりが大事にされる科教協とは、日常的に通えるサークルがあることだと思えます。そこで、授業のことを語り合えるサークルの押し売りをしたいと思うのです。委員会の組織部の丸山さんと、小さな「通信サークル」を作ろうと話しています。それがサークル誕生の種になり、つながりが生まれ、実を結ぶことを願って。 なお、私のクラス通信や、理科通信、サークルの情報は、ホームページで公開しております。ぜひ、のぞいてください。 |