−勝手に対談−
ミルとnanaoの『変奏曲』狂想曲(その1)

 某プロバイダー(NIFTY SERVEですが)の主催する「コミック専用会議室」が、ワタクシnanaoと、ミルさんとの出会いでした。お互いに『変奏曲』ファン、さらにウォルフ贔屓だ、ということがまもなくわかり、しばしこの話題で盛り上がり、掲示板での対話を繰り返していたのでした。

 今回、森野泉さんの発案によって、「勝手に竹宮ふぁん倶楽部」のホームページ上に、『変奏曲』の専用ページが設けられることになりましたので、これ幸いと便乗し、二人の対談を企画してみた次第です。  まことに勝手に二人でしゃべくりまくっていますが、そして対談は実はまだ、メールにより現在進行中なのですが、さらにいつまで続くのか全然わからないのですが(笑)、私達の身勝手対談、名づけて「ミルとnanaoの『変奏曲』狂想曲」、しばしお相手くださいマセ。そんで、共感していただけるところありましたら、どなたでも結構! ぜひメールくださいマセ。では、どうぞ。(nanao)

nanao
わたしが最初に『変奏曲』を手に取ったのは、貸しマンガ屋の店先でしたよ。あのストロベリーコミックスのウォルフのアップが微笑んでいる文庫本ね。もともと『地球へ…』のシロエが好きだったので、「おっ、シロエに似てる!」という気持ちもあって思わず手に取ってしまった。で、中身も見ずに借りてしまった。それが運の尽きでした(笑) 一読してハマりましたね。

ミル
貸しマンガ屋……懐かしいなぁ。学生時代、朝から晩までクラブ活動やってた時期がありまして、時に恵みの雨で練習が休みになったりすると、ぽろっと立ち寄ったりしてましたよ。
竹宮さんのマンガに最初に出会ったのも、その頃。合宿中の風呂屋帰り、友人の下宿先に上がり込んだときに見つけたのが『スター』。で、運命の出遭い! なんて直観しちゃった。
でも、その後ブランクがあって…。再会は、やっぱり友達の家で、『夏への扉』でした。竹宮恵子という名前を意識したのは、そのときだったと思う。

で、決定打が、我らが主題『変奏曲』というわけですよ。といっても、正確には、『変奏曲』の断片、ですけどね。最初の出会いから数えると、もうかれこれ20年以上? おぉっ、年とるはずだぁ。(^^;)
リアルタイムで読んだわけではないし、続けて読んだわけでもない。次に出会ったのがOL3年目くらいの頃だったような…そう、すっごいプランク。

nanao
うわぁ、ずいぶん長いブランクですねえ! ミルさんは、わたしの印象では根っからのウォルフファンって感じがするんですが、やはりアナタも彼にハマったの?

ミル
んふふふ…ところがどっこい、、今でこそ、ウォルフ! ウォルフ! と、あちこちで叫んでおりますが、衝撃の出会い! という点でいえば、やはりエドアルド(長いこと、エドアルトと思っていた)・ソルティなんですねぇ、これが。最近出版された中公文庫版のでいうと『変奏曲1〜3』ですか。ボブとの絡みも素敵だし(肉体関係にこだわるでないぞよ(^^;)

nanao
エドナンか〜! エドナンをまず意識したとは意外だった!(笑)
でも、エドナンはいいよねえ、情熱的でいい。わたしはエドナンは『変奏曲1〜3』の中ではあまり意識したことはなくて、『ランボーとヴェルレーヌのように』で一気に好きになったんですよ。
『ランボーと〜』に出てくるエドナンは、なんだかウォルフの呪縛から解き放たれたって感じで、ホント生き生きして、のびのびしててよかった。このエドナンを見たとき、あんまりのびのびしてたんで、「おおエドナン! かわいそうに。『変奏曲』では、ウォルフの隣で苦悩してたんだねぇ」と思ったくらい(笑)

やっぱり『変奏曲』のエドナンは、キャラがちょっと重いのね。仕方ないよね、やっと人生のライバルに近づけたと思ったら、すぐさま失う宣告をされちゃうんだもんねぇ(しみじみ)。
それにしても意外なのだわ。ミルさんの衝撃の出会いの相手が「エドナン」だったとは。エドナンファンには嬉しい話♪

ミル
ウォルフにしても、エドナンを伴ってこそなおいっそう輝いて映る! なぁんてね。

nanao
本当にウォルフとエドナンは、セットで10倍輝くんだよねえ。でも珍しいところ狙いで、わたしは結構、ボブとウォルフのコンビも好きだったりするのよ。ウォルフはボブが相手であったほうが、心の中を話しやすそうな気がしませんか? エドナンが相手だと、愛されすぎてて下手なこと言えないときがありそうで……(^^;) こんなこというとエドナンファンに殴られるか。

ミル
ウォルフとボブとエドナンと…ですか(^^;) この3人の場合、かの『椿館の三悪人』のようにはまいりませんねぇ。ウォルフが入ると、あの(!)ボブ ですら(^^;) かわゆく見えるのです、わたしには。 もぉ、ウォルフってば、蓮のお池に柔和な顔(かんばせ)でたたずんでいても良いくらい、達観して見えるのですもの。だけど、そこはかとなくもの哀しい笑顔なんですねぇ、これが。

nanao
くぅぅぅっ、柔和な顔ね(;;) ホント、達観してるのよね、あの子。そこにやられてしまうのだわ、ワタシ。これを語り出すと三日三晩終わらないからヤメとく(笑)

ミル
それを語るとなると、十月十日(ってことはないか^^;)とにかく果てしなく続きそうな気がしますよ。ですから、それは少しずつ、ということで。
ところで、そろそろどれか作品一つ取りあげて突っつく、というのはどうでしょう?
全体を総括するには、大きすぎて…(^^;) 手にあまるのですぅ。むろん、一つ取りあげるとはいっても、そこはそれ、われら爆狂コンビ、脱線したって、越境したって、ノープロブレム、ということで。

nanao
おお! いい案ですね。しかしどれがいいかなぁ〜。どの作品にも愛ありすぎて、ワタシ、絞れないっす。ミルさん、どうか一つチョイスしてください。

ミル
ひとつチョイスとな? そうですねぇ。なかなか難しいところですが…。では、わたしがはじめて『変奏曲』と出会った記念碑的作品の『変奏曲1』からまいりましょうか。これなら最近出たばかりの中公文庫コミック版、その名も『変奏曲1』の2番目に収録してありますし、『変奏曲』を読んだことのない方でも、入手するチャンス大いにあり! ということで。

nanao
いい選択ですね! じゃ、それで行きましょう! さすが配慮のヒト・ミルさんだ!

ミル
内容に触れる前に、ごく個人的な話をさせてもらって、イーかな?
(イーとも! と言われたつもり(^^;)「配慮のヒト」が泣くか?)

前に書いたことと重複しますが、わたしが竹宮作品を知ったのは学生時代で、それもたまたま友人の部屋に放ってあった古い雑誌を開いたことがきっかけ。で、その第一は『スター』。自分の中で蠢く何かをキャッチしたものの、まだ、はっきりとした輪郭は見えてなかったと思います。
次が『夏への扉』。前回の『スター』と設定も何も違っていたのですが、わたしの中で蠢いていたものが、核らしき姿になりかけた、それがこの作品だったかもしれません。

nanao
『スター』は、アイドル歌手が、信頼していた付き人の少年の策略にハメられて、アイドルの座を奪い取られるっていう話ですよね? 『夏への扉』はビデオにもなった、少年たちが思春期を経て大人になっていくドラマ。瑞々しい少年たちの豊かな感受性が描かれていて、読んでいて思わず胸が熱くなるようなストーリー!

ミル
もともと自分の中にもやもやうずうずしていた「何ものか」があったのですけれど、それがはっきりとした「これ!」になってなかった時代でした。熱の核のようなものがあるのだけれど、いまひとつ頼りなく、ぼわぁっとしてる、そんな感じですかねぇ。高温の熱というよりは、低温やけど程度の熱、だからなおのこと厄介な代物だったんでしょうけど。
その低温マグマを一気に噴出させるには、もうひとつ、触媒というか刺激というか、そういうものが必要だったんですよ。

nanao
ああ、なんとなくわかります。『スター』も『夏への扉』も、ストーリーが常識の範疇におさまっているから、うずうずはするけど、起爆剤にはならなかったんですね。

ミル
その触媒・刺激剤となったのが、『変奏曲1』だった、ような気が…
この作品に関しての感想は、今でこそ、音楽とか、ウォルフVSエドナンとか、言葉と絵との憎いばかりの配置の妙だとか、重なっては離れ、離れてはまた重なり合いながら個別だったはずのパートパートが次第にひとつの大きな主題のもと見事なオーケストレーションの様相を見せ始めるあたりの恍惚だとか、それこそ言い出せばきりがないほどなのですが、当時のわたしがまず圧倒されたのは、正直にいえば、ボブとエドナンの関係、これに尽きます。

わたしはウォルフ贔屓ですが、それでも、出会いがしらの印象だと、エドナンは強烈でした。あの中のボブではありませんが、思わず顔を引っ込めちゃいたくなるほど。あれ以後、エドナン系列の少年はあまた登場しているようにも思われますが、彼以上、となると、わたしにはちょっと見当たりません。好きとか嫌いとかの範疇ではなしに、ね。

nanao
うーむ、なるほど、絶賛ですね。そして彼らの関係が刺激剤となったわけですね?
わたしが『変奏曲1』を読んだのは、前出のとおり貸し漫画屋から借りてだったのですが、このときのわたしには、ボブとエドナンっていうのは、ほとんど印象に残っていないのですね(笑) なぜだろう。主人公だったのに(笑)

で、わたしがボブとエドナンの関係について、改めて「あら、この二人、いいじゃない」と感じたのは、実はすご〜く最近、一昨年くらいに『変奏曲1』を久〜しぶりに読み直してみたときだったんですよ。

長いこと、この二人の印象は、わたしのなかでは、「なんかきれいな少年・エドナン」が「したたかなオヤジ・ボブ」に気に入られ、けれどもエドナンは彼自身の個性的な性格によって、さっさと主導権を握り返した。ってくらいでしかなかったんですね。むしろ、エドナンとウォルフ、ボブとウォルフという関係のほうにいつも目が行ってしまっていて、あまりエドナンとボブ、という二人を独立させて考えてみたことがなかったんですよ。

けれど、一昨年に久しぶりに『変奏曲1』を読み直してみたら、まず、ボブがすご〜く若いのでびっくりした! 自分自身が若い頃には、したたかなオヤジにしか見えなかったボブが、実はエドナンを前にして、すごく緊張したり葛藤したりしてた姿が見えてきてね。

例えば、フィルムをネタにエドナンを脅した晩、先に眠っちゃったエドナンにそ〜っと寄り添って寝てるところとか、翌日、「たのむ、今すぐ帰ると言ってくれ」なんて懸命に未練を振り切ろうとしてるところとか、「甘ったれた交際はごめんこうむる」なんて自分で突き放しておいて、書庫で本を読みふけってるエドナンの姿に惚れなおしちゃったりするとか(笑) もう、すご〜くかわいいよね、ボブって。「あら、この人って、もしかしたらこの物語のなかでは一番人間的かも……」と。

ミル
わたしも、あの中のボブ、気に入ってます。若かったのねぇ、ボブも。(ま、わたしも、あれから二十数年分、老けたわけですけどね ^^;;)
老けたホルバート・メチェック氏も魅力的ですが、「青二才評論家」と呼ばれていた当時のボブは、うーん、カワユイ(^^;)

nanao
ホント、カワユイ(笑)
ある意味で、エドナンやウォルフって人間離れしてるじゃないですか。エドナンはあまりに才能豊かで美しすぎるし、ウォルフはちょっと仏入っちゃってるし(殴)。だから、自分が若い頃には、そういう完成されたモノに憧れてしまう、みたいな気持ちが強かったのですが、ちょいと歳とっておばちゃんになってくるとね、ボブの人間らしさに惚れるわね。

ミル
nanaoさんが、ボブとエドナンを語ってくれたので、わたしのほうは、ウォルフとエドナンについての印象を語りましょうか。

nanao
語って、語って!

ミル
たとえば、王道が一本まっすぐに伸びている、とする。で、ウォルフだと、わずか脇道にそれて野の草花なんかに心を動かされて立ち止まっても、蝶が飛んできたといって、それを追いかけて森に分け入る、なんてことはしないだろうな、と思うんです、たとえ、どれほど心惹かれて一歩足を踏み出したとしても。

一方、エドナンときたら、蝶を追いかけ森に入れば、今度は森の虫に夢中になる、次から次へと心の振れるままにどんどん外れ、とどまるところを知らない、歯止めがきかない。ただ、自分が目指す位置だけはわかっているから、王道を踏み外すわけではない。道は、たいていどこかに通じているので、ひょっとしたらウォルフよりひと足お先に戻ることさえあるかもしれない。そう思わせます。

nanao
そうね、ウォルフは興味があっても、それが王道じゃなければ立ち止まるだけね。でも、エドナンはウサギやらカエルやらヤンバルクイナやら(なぜ)、どんどん追いかけていって、夜になったところで星の位置見ながら王道の近くに戻ってきて、突然、とんでもないヤブの中から、ズボッ! と顔出しそうね。で、また、何もなかったような顔して歩き始める。

ちなみにボブは、たとえバラが咲いてて興味があっても「花がないものにも美しさはある」とか言ってルーペで雑草見てるか、「花はバラ以外にはありえないね」と限りなく愛でるかのどっちかかな(笑)
しかし、おもしろいね、彼らの言動を何かのシーンに例えてみるのって。

ミル
ウォルフとエドナンに限らず、この手の対比は好きですね。で、わたしの場合、たしかにエドナン型タイプのキラキラした魅力に惹きつけられはするのですが、魂ごと魅せられる、という点では、ウォルフのほうらしいです、どうやら。

ウォルフ(や終笛/オルフェ)は、わたしの理想タイプなんです、子供時代からの。古い時代でいうならば「級長タイプ」。それもおさまり返ってるのではなく、幼い子供たちの面倒見なんかも良い、頼れる兄ちゃん。でありながら、どこか透き通った独自の世界を持っていて、凶悪な魔手とも互角にやりあえる! ま、少年ヒーローですかねぇ、つまりは(ウォルフのどこが?! と思われるむきもございましょうが、これ、わたしの思い込み、ネ ^^;)。

nanao
ミルさんのウォルフや終笛>理想のタイプが、よ〜おくわかりました!(笑) しかし、凶悪な魔手とも互角にやりあえる少年ヒーローとは、これまた、惜しげもなく大いにほめちぎりましたねぇ〜(笑) 出血大サービスですね!
わたしもね、ウォルフが、一見、「級長タイプ」であるにもかかわらず、なんとなくヒーローっぽい雄々しさがあるところが好きですね。いわゆる優等生タイプにしては異色キャラだな、と思ってます。
いわば、「優等生なのに奥歯を噛みしめて耐えてない」って感じ。そこが珍しいなぁと、しょっぱなから思いましたね。

ミル
まさしく、それなんです(苦悩型も、決してキライではないのよ。作品によってはモロ好み! ってのもありますもの^^;)。でも、まぁ、欲をいえば、そういう無敵艦隊、子供の守り神みたいな存在、悟り安定柔和強靭型タイプが、ある刹那見せてくれる亀裂! これがあるともぅもぅ、たまらん! のでございまするが(ボンノー ^^;)
ウォルフの場合は、亀裂発見! と叫んだ途端に修復されてる、という感じがしないでもないですよね。ちと、残念、かな?

nanao
あははは! 残念、残念! 優等生クンが、ある刹那に見せてくれる亀裂はたまらんですからねぇ。けど、ホント一瞬ね、ウォルフの場合は。すぐ修復されちゃう。
あと、実はわたしがくすぐられちゃうシーンは、「優等生のボケシーン」だったりもするんですよ〜。なんかね、「あんっなに、いつもしっかりしてて、よく物事の道理もわかってる賢い優等生が、どーおしてそんなすっとぼけたこちゃったかな〜っ」ってシーンが、ぐっさりやられますね。ワタシの場合。

なので、ウォルフの出てくるシーンで好きな場面をあげてみるとね、例えば「ぼくはそんなに人好きのしない顔なの?」と、エドナンに避けられてる理由をボブに尋ねるボケシーンとか、乗馬の上でたじたじしてるマエストロのシーンとかになっちゃいますね(笑) で、ミルさんが、優等生の亀裂を感じるのは、どんなウォルフからなのかしらん?

ミル
あはは、ウォルフのボケにはホント、すってんころりんしちゃうわぁ。
でも、純粋培養の天才にありそうなボケ方ですよね。
で、ウォルフの顔で好きなのは、エドナン相手に一歩もひかず喧嘩やってるところ。生気が漲ってるというか、好きですねぇ、すごく。穏やかな人が時折見せる、キツイ表情、ってのが好きなもので。これは亀裂とはいえないでしょうが、やはり、意外性は感じられるから。

nanao
おーお、いいですねえ。「冷静な判断を期待するよ」って言い捨てるときのあの顔ね。あの顔はいいねえ、すごく綺麗だ…(殴)…あ、話そらしてすいません(^^;)
あと、あのシーン見ててね、この人(ウォルフ)って、ものすご〜く怒ってるときでも、たぶんあれ以上の(怒った)表情にはならないんだろうな、とか思ったら、なんか笑えた。かわいくて。
ううむ、案の定、話がウォルフに傾いてきちゃいましたね(笑)

ところでミルさんにとって、エドナンはどういうふうに鮮烈だったのですか? エドナンとボブの二人の関係が衝撃的だった、というのは、『風と木の詩』を読んだときによく受ける印象のようなものかしら?
……といいつつ、わたしは『風木』を読んだときにも、あんまり驚きはしなかったんですね。なんかね、「ああ、そういうことはあるでしょうねえ」って感じでそのまま受け止めてしまったんですねえ。

ミル
なになに?……エドナンが如何に鮮烈であったか、とな?(だんだん口調が崩れていくぅ^^;)

nanao
崩して崩して〜♪

ミル
あのね、『変奏曲』に出会う前、少なくともわたしの辞書に「同性愛」という言葉はなかったんです。「少年愛」なんてのもなし。ただ、どういうものか、自分の頭の中の世界観として、限りなくそのニュアンスに近いものは既に存在していたの、「少年/愛」として。ありていにいえば、頭の中に存在しているその「なにものか」を自分の頭以外で探していた時期だったような気がするの、わたしが『スター』とか『夏への扉』などを読んである種の予感を持ったのは。

だから、『変奏曲』のボブは、「いた!」というような、そんな感じでしたね。「薄倖の美少女」でも「美人じゃないけどかわいい娘」でも「ドジでヌケてて、でもひたむきな乙女」でもない、ウェディング・ライセンス不認可の相手を堂々と求めている人間!!! という意味で。

nanao
ウェディング・ライセンス不認可の相手……つまり、世間的にそれが当たり前の関係であると思われ、自分でも疑っていなかった、「男性にとっての結婚相手となる対象=女性」ではない相手、ってことですね?

ミル
そういうことです。フォローに感謝感謝(^^;)
ボブの相手たるエドアルド・ソルティが、当時としては、というか、わたしの知るマンガ世界のなかの少年としては、異色だったんですよ。むろん、キツイ視線は、ぐっと来ましたけどネ、でも、それだけではなかったの。エドアルドは、「女の子のための男の子」ではなく、彼は彼として一個の存在を主張していたでしょ?

nanao
うん。していた、していた。性を前提とした存在ではなく、人間そのものとしての存在を強烈にアピールしていましたね。

ミル
ちょっと脱線になるけど、わたし、実はプラトニックのほうが好みなんです、信じられないかもしれないけど(^^;) だから、あのベッド・シーンは、視線右斜め下何度かという際どい読み方で耐えましたのヨ(^^;)
その点、nanaoさんは、高校生で、すでに「ああ、そういうこともあるでしょうね」と素直に読んでいる。しなやかなんだなぁ、と思いました。そういえば、竹宮さんが何かの本の中で「あの程度のことで(風木)あたふたしている母親では困る。アメリカでは、云々」というようなことを書かれていたように記憶していますが、あれ読んだ時、「母親ではないが、わたしも、困った人、ってことになるのだね」と思ったもんですよ^^。

nanao
いや〜、わたしは鈍感だったのかもしれません(笑) というかね、ワタシの周囲にいたのね、実際にゲイの知り合いとかが。だからね、ワリにはやいうちから、わたしは現実のなかにいたんですわね。
逆にそういう意味で、現実が勝っちゃってたのかも。そのぶん、わたしの視線はエドナンやボブや『風と木の詩』ではなく、ウォルフに行ってしまったのかもしれませんねえ。 なので、あまり同性愛や少年愛という側面を意識して『変奏曲』を読んだことはなかったのですが、美少年、というものにはちょっと焦がれてましたね。で、『変奏曲』に出てくるキャラは、二人ともすっごい美少年だとは思った。

ミル
エドアルドは、当時、あらゆる意味で「美少年」と思いました。美少年、というのは、わたしの場合、顔の規準はそれほど高くないんですよぅ(^^;)。全体的な、そう、オーラ、とでもいえばいいのかな、いわく言い難い、とにかく、いいも悪いも関係なし、ただただ惹きつけられてしまう、そういうものを身にそなえている少年、という意味なんです。
もちろんエドアルドは、顔もまさしく美しかったですけどね(^^;)
美少年、という観点で見ると、個人的な言い方を許してもらえば、ジルベールにそれを感じないんですよねぇ、なぜか、わたしは。

nanao
わかる! とかいうと、ジルファンに刺されるかもしんないけど(笑) ジルはむしろ美少女的な印象がありますね。わたしの感じでは。
少年の、いくら走っても疲れない元気な感じや、父親と闘っていかねばならない生まれもった少年の宿命や、母親と皮膚をはがすようにして訣別していく健気な感じが、あんまジルにはないわなぁ。

ミル
エドアルドは「四六時中美少年」という稀有な存在ですが、そうでなくとも、ほんの一瞬、「ふつうの子」が垣間見せてくれる美少年因子(なんちぅ言葉はミル造語ですダ^^;)、これが実は好きだったりする。

nanao
あうあうあう〜。いいです「美少年因子」(笑)
エドアルドもきれいだが、単に耽美なわけじゃないもんねぇ。
親から巣立っていかねばならない少年の健気さや、正義感や勇気あふれる少年の美質みたいなものはちゃんと持っていたものね。

はじめて椿館に宿泊した翌朝、親を思い出してふいに涙を見せるところとか、ウォルフの命があとわずかだと告白されて、「ぜひ自分と一緒に音楽活動をしてくれ」と頼まれたら、いままでの確執をすべて水に流して協力していくところとか。こういうのって、少年特有の素直さや義侠心なんだろうと思うよね。
じゃ、ミルさんにとっての『変奏曲』の第一印象っていうのは、いままでの価値観を崩されたっていうインパクトだったんだ。

ミル
うーん…そのあたりは、なかなか難しい…うーん(^^;)
価値観は崩されてないの。むしろ、ある意味では、確認できたといった感じが強かった。前に書いたと思うけど、わたしの辞書に言葉がなかっただけで、同性愛や少年愛のぼんやりした概念みたいなのは既にあったのね、自分のなかに。ただ、それを明確に表現してくれているものにわたしが行き当たってなかった、そこに、竹宮恵子という作家が出現して、目の前に形として提示してくれた、そんなふうなことだったんです。

『変奏曲1』の印象、それは、エドナンの「美少年度数」と、ボブの「正々堂々(邪な)^^;」、そして、この二人の、実に真摯でありつつどこかヌケてる関係の微笑ましさ、それに尽きます(ウォルフからは、何らかのシグナルをキャッチしてはいたものの、具体的形になってなかった、というのが真実でした)。

★勝手に対談(その2)(その3)(その4)

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