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タツルの東南アジア旅行記 (2000/3/9〜4/6:29日間)

俺(タツル)は横浜の大学生。高校のときの友達、拓朗(タクロウ、名古屋の大学生)と二人でタイ、カンボジア、マレーシア、シンガポールを一ヶ月くらいで旅したときの旅行記。

 

3/23(木) (15日目)

 

【お金メモ】1B=3円くらい

朝食:25B、バス(カオサン→駅):3.5B、ケンタッキー(クリスピー6個):45B、宿(Station Hotel single+double、水シャワー、トイレ付き、ファン):150B、スイカ&パイナップル:20B、夕食(トムヤンクン):35B、Hot tea:10B、コンビニで買い物(歯みがき粉、せっけん、牛乳):25B、本屋で買い物(封筒×5、ノート):25B、ジュース:13.5B、ファンタ×2:15B、シェーク:15B

今日は9:00起床。朝食後に忍さんと写真を撮る約束をしていたが、なかなか来ないので、置き手紙をして出発!!ファランポーン駅に着いて、時刻表を見ると、すぐに出発だったので急いで乗りこむ。しかし...車掌さんがやってきて、違う方面の列車に乗ってしまったことを知る。最悪!!車掌さんはこの列車の方面にある”アユタヤにでも行けば”と言ってくれたがそんなわけにはいかない。次の駅で降りる。降りる時、リュックのひもがゆるんでいたらしく、中身を少々ばらまく。列車が動き出す前に降りなきゃと思って急いでいると、まわりの人がいろいろ拾ってくれた。みんな、ありがとー!両手に持ちきれず、口に物をくわえたりして、ようやく降車。約1時間待ちぼうけ。やっと列車が来て、ファランポーン駅へ戻って時刻表をよく見ると、アランナプラテート行は、1日たったの2本。今日はもうないということを知る。

そこで、宿さがし。駅のまわりには、Hotelか中国系の人が経営しているという旅社というguest houseしかなく、とりあえずguest houseを見てまわる。旅社の部屋は昼間でも薄暗く、ぶきみできたない。おまけに、けっこう高い。そこでHotelの割に格安のStation Hotel(駅前)に決める。部屋はファンの部屋だが、けっこうすずしい。風通しが良いみたい。しかも、広くて天井が高くて、きれい!!得した気分になった。ちなみにエアコンにすると400B。singleが一つとDoubleが一つで3人まで泊まれる。3人だと350B(ファン)。

生まれて初めてトムヤンクンを食べた。おいしい料理というより滋養強壮の料理みたい。やっぱり辛かった。生姜が丸々一個入っており、それをイモと間違えて食べてしまったりして大変!ヒーヒー言いながら完食。

 

3/24(金) (16日目) バンコク→アランヤプラテート

 

【お金メモ】1B=3円くらい

朝食(おかゆ):25B、新聞(タイ語):8B、タバコ:32B、列車内(ドーナツ:15B、水:10B、ジュース(抹茶味):12B、ご飯+ゆで卵4個:15B、フルーツ:5B)、宿(single+double、トイレ、水シャワー付き、ファン):100B、夕食(透明なめん):20B、洗濯石鹸:20B、おかし:10B、野菜ジュース:13.5B、水:6B、虫よけ(ポンプスプレー):85B、テーピング:45B

朝10:00ごろ起床。11:00ごろチェックアウトして、朝食を食べる。郵便局に寄って、ホームで汽車を待つ。汽車が来ると速攻乗り込んで、座席確保。列車の中には食べ物を売っている人が数人おり、何回も往復してくれる。本を読んだり、何か食べたり、ボーっとしたりして過ごす。現地人に声をかけられたりする。タイでは、僧侶に席をゆずる。単線なのですれ違いの待ち時間があり、けっこう待たされる。車両と車両の間の連結部分に蛇腹がなく、そこでタバコを吸う。終点に近づくにつれて、人が減り、最後の方は4人がけの1エリアを一人占めする。そして、とうとう到着。所用時間5時間30分。定刻である。

駅前にいたトゥクトゥクにその辺にいた白人2人と共に乗り、1泊150Bというホテルへ。着いてみるとDoubleの部屋はたしかに150Bだが、Twinの部屋は200B。でも、まあいいやーてことで、ここにする。部屋はなかなかこぎれい。なぜかdrinking waterをくれた。なかなか気のきいたサービスだ。書き忘れてしまったが、朝起きると、この旅行で初めての雨が降っていた。すぐやんだ。スコールか。

 

3/25(土) (17日目) アランヤプラテート→シェムリアップ

 

【お金メモ】1B=3円くらい

3輪タクシー(宿→国境):25B、ピックアップトラック(国境→シェムリアップ):200B、バナナ+ウエハース2枚:8B、パン(フランスパンの小さいの):10B、缶ジュース:15B、宿(チェンラゲストハウス?twin、トイレ、ホットシャワー付き、ファン、テレビ):5$、タバコ:9B、野菜いため+ごはん:20B、シェイク×2:20B、瓶ペプシ:10B

8:00起床。朝食も食べずに宿の前にいた3輪タクシー(アメリカンのバイクにリアカーの箱の所をくっつけたみたいやつ)に乗って国境へ行く。そこで日本人男性2人に声をかけられ、一緒のピックアップバスに乗ることにする。ピックアップバスというか、トラックとは、バン型のトラックの荷台にそのまま乗る乗物で、そのまま座るといたいので、それぞれの荷物を下に置いて、その上に座る。200Bは払ったものの僕ら4人しか集まらなくて、ずーっと待ちぼうけ。何時間か後に白人3人組が来たが、まだ出発しない。

そのまま誰も来ず、PM1:00ごろようやく出発。現地の人も数人乗りこみ、超せまい。おまけにガタガタ道。狭い上に動けないので足とかもしびれてしまう。しびれたといって体勢を変えるのも一苦労。することといえば耐えることくらいしかないので歌を歌って退屈しのぎをする。

一度、トラックを変えるが、現状はそのまま。良く見ると後部座席が空いている。どこかで降りたらしい。そこに現地人3人が乗り、けっこうスペースに余裕ができる。道はまったく舗装されておらず、おまけに波打っていてゆれるゆれる。一度橋が壊れていて渡れず、超遠回り。そのまわり道もこれまたひどく、360度 大草原(稲を作った形跡あり)で、そこにタイヤの跡、2すじあるだけ。どっかのサバンナにでも迷い込んだかと思った。ようやく正規の赤土の道に戻る。やはり波打ち、でこぼこ。(正規の道は舗装はされていないが周りとは違う色の赤土を盛ってできている)

橋がけっこうあり、いちいち通行料を払う。警察にもなぜかお金を払う。カンボジアの警察はくさっている。警察がそのトラックを襲うこともあるらしい。しかも、最近、ピックアップトラックがゲリラに襲われたり、昨日プノンペンで日本人が撃たれたという情報を国境を越えた後、GET。今さらそんなこと言うなーと思った。

途中2ヶ所、アスファルトの道があり、そこはすごくとばす。高速でもなく、たまに自転車とか走っているのに100km/h以上出す。もう髪は手ぐしも通らないくらいバサバサ。道沿いは牛ばっかり。たまに集落とかある。たまに豚もいたりする。子供は手を振っている。振り返したりすると、なかなか楽しい。

ともかく、ちょうど日没して、暗くなったころに到着。所用時間6時間。けっこうきつい。歩いてチェンラGuest houseへ。ここは日本人が多い。観光で有名な都市には日本人宿みたいのがあるみたい。ここは5$とやや高いが、かなり新しく、きれい。テレビが付いている。Hotシャワー・トイレ付き。明日は3$の部屋へ行く予定。ここのGuest houseの前に売っているシェイクは激うま。

書くの忘れたけれど、陸路の国境越えはラクチン。出入国カードと健康診断書みたいのを書いて、出入国カードとパスポートを見せるだけ。VISAと写真を見るだけ。健康診断書はなぜ書いたのか?いまだ謎。荷物検査もなかった。物売りの女の子にミサンガもらった。そういえば、タイ側の国境付近の食堂になぜかプリクラがあった。でも動いてなかった。

 

 

3/26(日) (18日目) 宿→アンコールトム→アンコールワット→宿

 

【お金メモ】1B=100Riel、1円=33Riel

宿(チェンラゲストハウス twin、ファン、トイレ、水シャワー付き、蚊帳):3$、朝食:2000Riel、シェーク:1000Riel、バイタク1日:6$、アンコールワット拝観料3日分:40$、昼食:1500Riel、缶ジュース×3:6000Riel、アンコールワットのガイドブック(日本語):160B、夕食:2500Riel、シェーク×4:4000Riel、タバコ:700Riel、水:500Riel

 

朝9:00起床。朝食を食べて、宿に住み込みのバイタク(バイクタクシー)の兄ちゃんとアンコール遺跡へ。まず、アンコールトムに行く。アンコールトムとは1辺が約3kmの正方形の都市のことで、堀と城壁で囲まれている。”アンコール”は”都市”、”トム”は”大きな”という意味。ちなみに”ワット”は”寺院”。中は森林で、中央にバイヨンという寺院がある。テレビか何かで見たことがある。遠くから見ると、ボロボロの石の塔が林立しているようにみえるが、中に入ってみるといろいろな彫刻がしてあった。ボロボロにみえた塔には、それぞれ4方向に大きな顔が彫刻されており、それぞれの塔は一つの民族を表しており、大きな顔もちょっとずつ、ちがう顔をしているらしいが、ほとんど同じに見える。昔は49本の塔があったらしい。顔は観世音菩薩の顔。“クメールの微笑み”といわれている。第1回廊と第2回廊があり、外側にある第1回廊には、普段の生活の様子から、チャンパ軍(ベトナム)との戦争の様子まで描かれていた。戦争中にワニや虎に食べられている人もいた。髪の短いのがクメール軍。普段の生活の中には、猿がしらみをとっていたり、クメール人と中国人が闘鶏をしたりしていて、おもしろい。いちいちガイドと照らし合わせて、全部見るのはしんどいので途中でやめ、第2回廊へ。ここは、神話などが描かれているらしいが、きたなくて、よく見えない。再び階段を登ると、そこには塔がたくさんある。仏像もあった。一度、ピンズー教に改宗したらしく、仏の彫刻の顔が削り取られていたりする。昼間は激暑い。1時間ほど休んで、他のアンコールトム内の遺跡を見るが、かなり風化が進んでいて、ひどい。

そして、アンコールワットへ。アンコールワットは巨大な寺院で広大。こちらはアンコールトムよりは風化されておらず、割ときれいに残っている。とりあえず有名な回廊の彫刻を見てまわる。超長いが一応一通り見る。ラーマヤナの物語を描いているらしい。大蛇で綱引きしたり、猿人と人が戦ったりしている。ずんずん中央の塔へ進んでいき、登る。階段はかなり急。登りきって下を見るとまさに絶壁。たまに落ちる人がいるらしい。頂上で日本人最初の落書きが残っていることを知る。1700年代初めくらいに森本右近太夫という人が書いたらしい。速攻降りて、見に行く。あった!!しかも墨で書いてあった。隣の柱にはその落書きを真似したと思われる墨の落書きがあった。でも途中で終わっていた。面倒になったのかな?それから、また登って30分位ボーッと夕日を見る。

帰る途中にあった写真屋で、現像を頼む。27枚4$、36枚5$。宿へ帰り、飯を食って、シェークを飲みまくって寝る。シェークはタイよりカンボジアの方がうまい。

 

3/27(月) (19日目)

 

【お金メモ】1B=100Riel、1円=33Riel

宿(CHENLA guest house):3$、朝食:2500Riel、シェーク:1000Riel、アキラ地雷博物館 おみやげ(ガスマスク5$、ポルポト紙幣×2:6$、旗:3$、標識:3$):18$、寄付:1$、ジュース:1$、ジュース:2000Riel、絵ハガキ:20B、ジュース:2000Riel、アンコールの写真集:3$+1000Riel、シェーク:1000Riel、やきそば:2500Riel、タバコ(Marlboro):3800Riel、シェーク:1000Riel、夕食 in restaurant:2.7$、水:500Riel

今日はなんと、AM5:00に起床!!朝のアンコールワットへ行く。朝日が昇る前のグラデーションを背景にしたアンコールワットはとてもきれい。日が出ても、まだアンコールワットにかくれていて、後光がさしているみたいで、すげーきれい。アンコールワットは朝にかぎる。

一度宿に戻って、朝食を食べて、地雷博物館へ。アキーラー(通称アキラ)は少年のころ、ポルポト派で地雷をうめていたらしい。そのつぐないとして、今は地雷を無料でとっているという。地雷博物館は、まだできて、半年しかたっていないらしい。博物館といっても展示物の上にわらぶきの屋根があるくらい。地雷だけでなく、銃や手榴弾などの兵器もたくさんあった。ガスマスクとか買う。アキラ曰く”来年までにはメジャーになる”。どっかのヤンキーみたいでおもしろかった。彼は地雷で魚をとる。川で地雷を爆発させると、気絶した魚がいっぱいうかんでくるらしい。アキラにカンボジアのことについていろいろ聞く。ポルポト派のえらい人達はみんな捕まって、もう活動していない。地雷は600万個くらい残っている。フンセン派が政権をとっているが、親ベトナムできらいな人も多い。投票所にフンセンの兵士が来るので、フンセンに投票する。カンボジアは主にタイとベトナムとの戦争が昔から多く、国土も切り取られてきたので、カンボジア人はタイとベトナムがきらいな人が多い。

カンボジアの戦争の歴史を書くと、クメール帝国として栄えたときは、西はバンコクあたり、北はラオスほとんど、東はベトナム中南部、南もマレー半島北部までと広大な国土を持っていたが、西からシャム(タイ)、東からはベトナムに攻められ、国土を切り取られてゆく。その後、フランス、日本、アメリカと次々と戦い、ほぼ全敗。フランスの保護国、植民地などになるが、1953年シアヌーク王のもと、独立。しかし、ベトナム戦争にまきこまれ、親米派のクーデター。そいつをポルポトが倒し、恐怖政治。’75〜’79に国民の3分の1を虐殺。そして、’79年にベトナム軍侵攻があり、親ベトナムの現政権成立。その後も政府、ポルポト、他反ベトナムの2派の4つどもえで内戦。最近ようやく平和になる。なんか、かわいそうな位、戦争ばかりしている国である。普通の市民とか超被害者。

おみやげを買って、映画「天空の城ラピュタ」の題材にもなったといわれるタ・プロムへ行く。木の根が寺院の石と石との間に割って生えていたり、木そのものが石の屋根の上に生えていたりする。遺跡そのものは、もうボロボロ。なぜか観光客少ない。10人くらいしか合わなかった。昼だからかな。宿に戻って寝る。PM8:00ごろ起きて、カンボジア料理を食べようと、近くのレストランへ行く。fried beef with gingerをたのむ。ただの肉のしょうが焼きにソースかけてあるだけ。やっぱり屋台でないとカンボジア料理ではない。カンボジア人は片足、もしくは、両足のない人が多い。

 

3/28(火) (20日目)

 

【お金メモ】1B=100Riel、1円=33Riel

ボートレンタル:7$、朝食:2500Riel、シェーク:1000Riel、船上レストラン:3000Riel、ジュース:1000Riel、ジュース:2000Riel、宿(チェンラゲストハウス):3$、モトバイ:6$、シェーク:1000Riel、夕食1:2500Riel、夕食2(なべ):2$、タバコ×7:3500Riel、水:500Riel、バイタク×2:1000Riel

朝8:20ごろ起床。朝食を食って、拓朗がアキラの所へ行きたいといったので、まずそこへ行く。ポルポトの旗をもう1枚買う。その足でカンボジア最大かつ東南アジア最大の湖・トンレサップ湖へ。ここで6日前、定期船が襲われたらしい。トンレサップ湖岸は干物くさい。水は茶色ですごくきたない。このトンレサップ湖上には、カンボジア人やベトナム人が約2万人住んでいるという。水上レストランで大きな魚の塩焼きを食べる。薬味(ちょっとからい、みょうが、マンゴー、唐辛子)といっしょにして、ご飯と食べるとうまい。魚だけで食べると味が無くておいしくない。レストランて言うか食堂。ぐるっとその辺を回って岸へ。やっぱり干物くさい。

シェムリアップとトンレサップ湖との道は、3分の2くらい舗装されていて、超快適。きれいな道があたり前と思っていた自分がちょっとなさけない。カンボジア(俺の行った所)はほとんど舗装されていないデコボコ道。日本政府よくやった!!そこで観光をやめて、同じGuest houseにいた人とだべる。

話の成り行きでカンボジアなべを8人で食べに行く。1人はどっかのバイタクの兄ちゃん。鍋はまあまあおいしかったとして、大切なのは、2人組の日本人の姉ちゃん。1人はちゃらちゃらした人がきらいで、人の好き嫌いが激しすぎる人で、注意されると怒り出しそうな姉ちゃん。もう1人はその姉ちゃんにふり回されているような、けっこうかわいい姉ちゃん。先の姉ちゃんは、とてもだまされやすい人だと思う。長い間、ずっと前からこのGuest houseにいる中年のヒッピー風の白髪まじりのおっちゃんを医学部教授と思い込む。おっちゃんのBack packerはよくホラをふくが、このおっちゃんは医学部教授になりすましている。医学部教授はそんなにひまじゃないだろー!何でおなかをちょっとさわっただけで腎臓悪いの分かるん?腎臓って腹の奥の方にあるんじゃないの?医学部の先生が、そんなロン毛にしていいの?などなどあやしい。そして、その姉ちゃん、今度はバイタクの兄ちゃんを異常に信頼したらしい。食事中は、日本人の僕らとろくに話さず、片言の日本語を話すカンボジア人の兄ちゃんと話していた。どうも昨日からいろいろ親切にしてくれたらしい。でも...。途中でバイタクの兄ちゃんの友達が1人来た。携帯で呼んだらしい。そして、流しのバイタクをたくさんつかまえて(たくさん?2台)、いざ出発という時になって、て言うか、出発した後、”私ら、お寺見てくるー”て言って、バイタクの兄ちゃん達と、どっかに行ってしまった。それから約1分ボケーとしてバイタクに乗っていたが重大なことに気がつく。今からお寺見に行く?もうPM10:00だぞ!しかも、男2人の女2人。カンボジアのお寺に街灯なんかあるわけないし、だいいち、カンボジア人でも夜は1人で歩いたり、女の子だけで歩くのはいやがるのに。でも、もうどこの寺に行ったのかも分からないし、どうしようもない。1時間くらいGuest house前で待ってみたが、門番の人がもう寝ろと言うので、部屋に戻る。2人はここではなくて同じ通り沿いの近くのGuest houseだから見落としただけかもしれない。もし、無事だったとしても、もっと警戒してほしい。そんなんだから、また日本人がねらわれる。そんなんについて行くのは日本人くらい。ちなみに今日、初めて原チャリで2ケツならぬ4ケツする。

 

3/29(水) (21日目) シェムリアップ→アランヤプラテート

 

【お金メモ】1B=3円くらい、1B=100Riel、1円=33Riel

宿(何かのHotel):100B、ピックアップトラック:5$、パン×2:1000Riel、タバコ:700Riel、足ない人に:300Riel、ジュース(ココナッツ):10B、トゥクトゥク:30B、夕食:20B、ジュース:13.5B、デザート:10B

AM6:00に起床。適当にパンを買って、ピックアップトラックに乗り込んで6:30出発。5$しか払ってないのに、Guest houseのMamaが”いいよ”て言って、本当は荷台の料金なのに、座席のある運転席の後ろに乗せてくれた(本当は7$)。ありがとうMamaさん!人がいっぱいになるまで市内をグルグル回って、結局8:00ごろ出発。あの波うち、穴あり、崩れたアスファルトありの悪路にゆられながら、PM1:40ごろイミグレーションに到着。なぜか、帰りの方が速い。途中、橋が何本かあるが(10本くらい。長くても20mくらい)、そのうちの1つで車が車輪を橋にあいていた穴に落として止まっていた。俺らのピックアップトラックはそんなことおかまいなしに、わき道から進んでいった。カンボジアへ行くとき、通れなかった橋の横に木造の急造の橋ができていて、難なく通れた。途中、一度トラックを乗り換えるが、その時、座席を現地人に取られたので荷台へ。

ともかく、イミグレーションに到着。適当にはんこを押してもらって出国。出入国カードを書いて、タイに入国。この間約15分。速攻で終った。ジュースを飲んで、一休みしてトゥクトゥクでアランヤプラテート市内へ。前に泊まった宿に到着し、速攻で爆睡。PM7:00ごろ起きて、夕食を食べに行く。

 


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