源 氏 物 語

目 次
浮舟との永遠の愛を思う匂宮の歌(「浮舟の巻」第1回)
ながき世をたのめても猶悲しきはたゞ明日知らぬ命なりけり
古典文学大系 五 223頁
(口語訳)
末長く愛する心を頼りにさせても、やはり悲しいのは明日も分からぬ命なのだ。
(解説)
秋も深まり、いつもの事ながら、薫大将は、宇治のことが気になって仕方がありません。御堂が完成したとの報告を受け、急いで宇治へと出かけたのです。山里の秋の風物の中でも思い出は、故宮、大君へと沈潜してゆくのです。
「宮、なほ、ほのかなりし夕を、思し忘るゝ世なし。」と浮舟への思いが語られて「浮舟の巻」は始まります。思い込んだら、どんなことでもやってしまう匂宮の性格を知っている中君は、匂宮の問にも真剣には答えません。答えをはぐらかしながらも、今更に思うのは、薫との結婚を勧めた姉の言葉でした。
新年を迎え、匂宮は、若君かわいがっていたところ、童が、小さな髭籠に小松をつけ手紙が結んである贈り物をばたばたと走ってもってきます。童は、宇治から届けられた旨を伝えます。宇治といえば、薫からの手紙かと匂宮は疑い、中君の顔色を伺います。中君は、決まり悪くてしかたがありません。手紙は、浮舟からのものだったので、匂宮は、ほっとすると同時に、誰の手紙かおおよその察しはつくのでした。
そこで、匂宮は、使用人の大内記の道定に命じて宇治の様子を密に探らせます。道定は「去年の秋頃から薫がたびたびやって来る。女がいるようだ。」と報告をします。その報告を聞くと、匂宮は、いてもたってもいられません。薫が絶対に宇治に来ない日を選び、道定の手引きで宇治の山荘へ忍び込むのでした。
馬で行けば、夕方に京を出発と、子の刻には到着します。以前、宇治に忍び込ときの案内人が同行したのです。
山荘に到着すると、明かりを灯しているのが見えます。人の気配です。よく見ると、二条院で見たあの女たちだったのです。忘れることができなかった浮舟が、腕を枕にしています。その様子は、中君にそっくりです。
女房たちが寝入ったのを確認して、薫の咳払いを真似て、匂宮は、浮舟のところに進入してします。浮舟は、薫とは違う人と気がつきますが、どうすることもできません。匂宮は、今までの思いを話し、涙まで見せるのでした。夜が明けて、侍女の右近は、二人を見て驚き狼狽しますが、何とか事を収めなければと必死になるのでした。
右近に京へ帰るようにいわれても、匂宮は、動きません。日が高くなっても帰る気配はないのです。そんな強引で気ままな匂宮に浮舟は、心のどこかで惹かれ始めていたのです。
硯を引き寄せて手習いをしたり、絵を描いたりする姿の美しさ。そして、愛の言葉を絶えず掛けてくれる匂宮に心は傾斜してゆくのでした。
今回の歌は、男と女が添い寝している絵を書きながら歌ったものです。
「たのめ」は、下二段動詞で「頼りに思わせる」という意味の言葉です。浮舟への愛を語りながらもその言葉を発する自分の命のはかなさへの悲しみが歌われているのです。愛の言葉の永遠性と命とが対照的となっているのです。こういう対照、命のはかなさを歌うというのはプレーボーイの資格十分です。
浮舟も、「心をば嘆かざらまし命のみ定めなき世と思はましかば(変わりやすい男の心を嘆かないでしょうに。命だけが定めないと思うなら)」と返歌をします。一見、匂宮を拒絶したような歌ですが、匂宮の心変わりがないことを求めた歌でもあるのです。浮舟の気持ちは匂宮に寄り添っているのです。