今なぜ、源氏物語の歌?
源氏物語は歌物語の最高峰。アリアを中心にオペラ鑑賞がされるように
歌を中心に据えて源氏物語を読み通してみようと思いました。
「散歩」のような気持ちで54帖を読破するつもりです。
「源氏物語」 (2009.12.6)
落葉の宮に迫る夕霧の歌
(夕霧の巻 第一回)
山里のあはれを添ふる夕霧に立ち出でん空もなき心ちして
古典文学大系 四 101頁
(口語訳)
山里の物寂しさを募らせる夕霧が立ち込めている中を、私は、帰ってゆく当てもない気持がしています。
(解説)
真面目人間といわれていた夕霧。恋女房の雲井雁と子供に恵まれた生活を送っていました。しかし、柏木の遺言によって夕霧の心の平安は崩れてしまったのです。落葉の宮への思いが夕霧に芽生えてしまったからです。
落葉の宮を訪問していた夕霧に思わぬ好機が巡ってきます。落葉の宮の母、御息所が、物の怪治療のために比叡山の麓の小野の里に移ったからです。柏木の兄弟は、さまざまな理由でこの宮の後ろ盾にはなりません。夕霧がいろいろなお世話をしたのです。まず、御息所や女房たちの歓心を得ることに夕霧は成功したのです。
「八月中の十日ばかり」、月の美しいころあいを見計らって、夕霧は、落葉の宮のところへと出かけます。(勿論、雲井雁にはそれなりの言い訳をしてからですが。)物の怪が、移っては困るという配慮から、落葉の宮は御息所の部屋から少し離れた部屋に数人の女房といます。折りしも、御息所の容態が悪化。女房たちは、御息所のところへと急いで出かけます。落葉の宮の部屋には女房もほとんどいません。霧も立ち込めてきて夕霧にとっては絶好のチャンスです。「霧が立ちこめて出かけることができません。私はどうしたらよいのでしょうか。」といって歌ったのが今回の歌です。
続きは、最新の歌(夕霧の巻)でご覧ください。