今なぜ、源氏物語の歌?
源氏物語は歌物語の最高峰。アリアを中心にオペラ鑑賞がされるように
歌を中心に据えて源氏物語を読み通してみようと思いました。
「散歩」のような気持ちで54帖を読破するつもりです。
「源氏物語」 (2009.7.11)
女三の宮と密会した柏木の歌(若菜下 第三回)
おきて行く空も知られぬ明けぐれにいづくの露のかゝる袖なり
古典文学大系 三 376頁
(口語訳)
起きて出てゆく行く先も分からない明け方の暗闇に、いったいどこの露がかかってきて、私の袖を濡らすのでしょうか。(すべて、あなたのせいですよ。)
(解説)
今年、二月には、朱雀院五十の賀。その準備のために、楽人や舞人が絶えず六条院へやってきます。それに合わせて、管弦の稽古に余念がありません。源氏は、女三の宮に琴を特別に教えます。女三の宮もほかの事はともかくとして、琴には格別な思い入れをして練習をしています。
明石上は、琵琶。紫上は、和琴。明石の女御は、筝の琴。そして、女三の宮は、七絃の琴。その合奏は、源氏の理想であり、すべてが満たされてゆく思いで、静かに夜は更けてゆくのでした。
しかし、紫上は、「ことしは、三十七にぞなり給ふ。」(古典文学大系 三 357頁)と描かれています。三十七は、女の厄年です。彼女は、現在の結核にあたる病で危篤状況になってしまったのです。源氏や人々は嘆きは勿論ですが、紫上の死によって、源氏もこの世を捨ててしまうのではないかと心配をしていたのです。
ところで、柏木衛門督は、女三の宮の姉の女二の宮と結婚したのですが、女三の宮のことを忘れることができません。あの蹴鞠の日に垣間見た彼女のことを忘れることができなかったのです。源氏が紫上にかかりっきりになっている折、女三の宮の侍女である小侍従の手引きによって、とうとう密会してしまったのです。
続きは、最新の歌(若菜下の巻)でご覧ください。
使用したテキスト
今回使用したテキストは岩波の日本古典文学大系で底本となっているのは青表紙本です。全5巻で結構ボリュームがあります。長年お世話になっている本です。