家具関連のLINKはこちらでみてね
椅子ってなんですか 楽しい座る世界
新聞の記事(無断で借用です)インドのトイレ事情がありますので
インドでは見ませんでしたが、スリランカ、インドネシア等々では拝見したので
09年5月の朝日新聞の記事にあったのをUPします
また、始末に紙や布を使う習慣のある地域も世界では20〜40%でと
まだ詳細は不明ですが、少数ですね。だれか統計あれば、おしえてください
洋式便器の導入には水洗利用での下水道の完備などが多大な影響がありま
すね、その昔(最近で聞かないが、自分がパリで見かけた時代も、バケツな
ような物を窓から水をまくようにしてた姿を見かけたが)個人のアパートや
集合住宅では室内で用足しをして、朝にその始末をする方法がとられていた
ようでした。
日本でも箱便器などの陶器でできた容器や桶などであった時にも、後始末
は大変でしたでしょうか、つまり座る方法もスタイルも苦労してたのではな
いかと。
でもそんな排泄も人体構造と位置関係や量とか質には意外にしられてない
のでは、排泄後の処理で使う紙でもお国柄があるようですし、使用量におい
ても便の硬さ柔らかさなど、つまり植物繊維を中心の国と肉が中心、穀物だ
けの紙や尻をふく問題や処置や処理も、ことごとく違いがありそうだと、旅
行のたびに興味をもつにいたってますがね。
また、最近では老人世帯や、介護の問題でも、重要な要素で社会問題にも
成り始めてるオムツなど室内便器をも含めて、ここで、その辺のことからは
じめてみるのも。
この記述をみた時の感想や資料提供をお願いしておきたいと思いますので
宜しくお願いします。
日本での水洗便所の始まりは「『厠』(河屋)かわや」で、川の上に掻けて
不浄を流すものと理解すると説明がなされる文献などから、「水に流す」の
言葉の意味でお解りと思いますが、水の豊富な日本においてはあたりまえの
事かもしれません。
古事記など文献によるものでしか解りませんが、古代や中世の人口のそれ
ほど多くなかった時代には最適な方法であったのでは。その後、貴族社会の
到来により、家屋の環境が変化してゆくなかで、集落や町といった人口密集
にともなう、衛生概念と肥料や処理、運搬に都市社会と農業社会との分別な
どが進み、し尿処理が商売に結び付くまでにいたる時代まで、相当な時間を
要してきたことは、承知の通りだと思います。
12世紀から整備の始まりつつあるトイレを意味する用語には実に多く存
在しそうだ、桶屋、厠、川屋、側屋、交屋、糞屋、変屋(スチュワートヘン
リ「トイレ文化考」からの抜粋)関所、閑考場、隠所、装物所、便所、雪隠、
雪陳、青椿、忽雪隠、思按所、分別所、洗所、大便所、小便所、後架、更衣
室、起居、用達所、用立所、御用所手水所、手洗い、ふろ、ふろや、フール、
せんだぶく、いきがめ、つめ、川便所、不浄、御不浄、化粧室、山、お山、
遠方、杉屋、東司、西浄、などなど、まだまだあるよ、洋の東西を問わず、
ある時間を過ごすための工夫があり、その用語の使い方や作法にも、囲いの
ないものが、世界あちこちにあるのは承知の通りだとおもいますが。
現存する、ものでの資料に乏しいので、その方面に詳しい方がいたら、連絡
くださいね。
和式には、その資料のある古代のもは遺跡から出土する『かめ』(陶器や
素焼き)の物で、桶やタライなども一部、また、溝や水路遺跡から出土する
糞石などの解読で判断し、そこで用足しをしてた物と判断してるようです、
現在、参考になるものには古寺などの足跡や、建造物で多少、似たようなも
のもあるようです。
西洋文化でも、こと裏のことがら、あまり多く価値のある遺跡や資料もあ
りませんが、ギリシャ時代に、トルコに残る、エフェソスの遺跡で、私が撮
影した(カタログには記述がないので)ものをお見せしてみますが、過去に
ギリシャ本島でも同じ形態であった記憶があります。
次回は、アジアや和式便所の調査をしてみたいです。
利用方法も多種多様です
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