知恵の木 1997年 33cm×20cm 油彩 Home 画像を拡大 |
ぼくたちは ただお互いのことだけを見て
楽しく夢中で走り回っているうちに楽園の外へ出てしまっていたんだ
後ろを振り返ることもなかった ふたりとも全く気にしていなかった
そこに何があるかなんて まして知恵の木があるなんてことは
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ウィリアム・ブレイク(イギリスの詩人、銅版画家1757〜1827)の幻視によると、失われてしまった最古代の芸術があり、それ以後の芸術は全て、その模倣なのだそうだ。あのすごいエジプト彫刻さえもが「模倣」であった芸術が過去に存在したと思うだけでも、わたしなんかは大いに感動してしまう。きっとそういうものがあった時代にこそ、「楽園」は存在したはづだ。いや、そこはきっと「楽園」そのものだったろう。そこでは人々は互いに許しあい、憎悪や、戦争はなく、人が人に良かれと思うことをし、他人に役立つことが人の最大の喜びであったろう。宮沢賢治が病床で夢見た社会だ。私の直感だ。失われた最古代の芸術とは、そこには、彫刻も絵画もない。詩も音楽もない。工芸も。演劇もない。在るのは、想念。観念だけ。イメージが、形象という意味ならば、イメージもない。「芸術の観念」だけの世界。(現代の観念芸術とは何の関係もない)その形象化が、最古代のエジプト、ギリシャの芸術となって現れたのではないか。というものだ。現代の自由な雰囲気のなかで、かえって表現者たちは、自分のしたいことが何なのかを見失っているという。何でもやれる、と言うことは、何にもやれない、ということなのだという。束縛(基準)のないところには、自由(方向)もない、ということになるのだ。結局、芸術表現の形式すべてが問われているといわれて久しい。しかし差し迫った問題は、それが芸術の領域にとどまらず、生きる基準の問題だということだ。失われた最古代の芸術(生活)を取り戻せないだろうか。「楽園」を追放された、アダムとイヴたちは、制限を取り払われた代わりに、方向を失ってしまった。もう一度私たちの中に「楽園」を取り戻さねば。神の横にいて何の疑問も抱かずに正しく幸せに暮らしていた最古代の人々とは違って、私たちは自らの意志で、辛いなかから全てを選んでいかなければならないに違いない。私たちには「愛」という、ようやく今になって発見された大きな基準がある。現在、一番失くしたようでいて、実はみんなが求めているもの。ここから始めよう。
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この絵は、二人の男女が裸のまま、川の向こうにある「知恵の木」を知らないかのように、走り去っていく。アダムたちは、楽園を追放された時、ずいぶん悲しんだと思うが、この二人には、そういう悲劇の匂いがない。夢中で、しかも楽しげに、半ばからみ合いながら走っている。木の中に「果実」が在るのかどうかも定かではない。青黒く光る小川のこちらには、実をつけた草が生えているが、知恵の木のある対岸には黄色く光る空間の中を緑色をした霊が飛び交い、空は、異様な色に濁り、星の光も鈍い。彼ら二人は、そのようなもの一切に無頓着に走り回るのだ。2001・1/24記 |