広い道 狭い道

1998年

W 60×H 55×D 20 大理石

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 この作品をつくっていた時、突然の訪問を受けた。まさに「広い道」を歩いている作家の。
そして、ちょうど広い道の方の面を荒彫りしている最中だった。人のようなシルエットのものたちが、ダンスの一連の形を繰り返しているという場面を彫っていた。その中央にいる少女は、立ち止まって「踊ろうか?戻ろうか?」と思案している。彼女の着ている服が特別のデザインであるのは、霊界では、皆がそれぞれ、そのものに相応しい服を与えられていると聞いていたから。(これは実は、またもや夢に見たもの達なのだが、あんまり不思議なので、ノートに描いておいた。意味はそのうち解るだろうと思って。)
 その時は裏側になっていた面には、狭い道もすでに彫り始めてあったはずだ。彼は、そっちの面には気が付かなかった。広い道を選ぶもの達は、他にも道があろうなどとは考えた事もない。
狭い道は深い梢に囲まれていて、遠くからではそこに道があるなんてとても見えない。
大小の樹木は、あたりを様々な緑のグラデーションで彩る。木陰には、話しに夢中になっている子どものような天使がいる。別に取り立てて面白い事があるわけでもない狭い道。平安と静ひつの象徴、優しい光と風の中を歩く。
 聖書の中にある言葉(マタイ7.13)から彫り始めたのだが、自分でも奇妙なものが出来そうな予感があった。
裏と表のある彫刻。一度に全体を見ることは出来ない。人はふたつの道を一度に両方を歩くことは出来ない。
多くの人が、広い道を歩いた先に狭い道がくっ付いてると思っているみたいだ。どうも、そうではなくて、初めから別れている道のようだ。現実には、人はいつでも会えるのだが、心は道が違えば再び会うことはない。
誰でもほんとうは知ってることなのだ。
 道に迷ったように、毎日目的もなく歩き回っている人を数人知っている。少し頭が変になっているのかと思うのだが、じーっと家に居る訳にもいかないようだ。彼らは、街に出て行っては帰って来る。何を探しているのだろう?
誰も彼らを相手にしなくなって久しい。
『陽のあるうちに歩きなさい。』とも言われているのに、きっと彼らの眼の方が暗くなってしまっているんだ。
ほんとうに誰もがおかしくなって、狂ったように広い道に出かけて行く。
2001/4/29記