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「牧葉」という字を母の描いた墨絵に見つけて、その意味についてたずねると、
----雅号をこれにしたのよ。読み方は「ぼくよう」いろいろ考えたけど、牧という字が好きだからこれにしたのよ。
牧場に生えている梢の葉っぱのことなのかなあ、、、 それとも、草原の草が風になびいている風情かな、、、「牧葉」という名は、いつも袋工場で走り回っている母のイメージには合わないような気がした。その時、中学生だった私の想像力が幼かっただけかもしれないが、母の意外な側面を見たように思った。
小さな色紙に描いた花の絵にも 大きな和紙に描いた阿蘇の山の絵にも「牧葉」という名が書かれるようになった。
私が中学を卒業する時、母のアイデアで、お世話になった先生にふたりで色紙を贈ろうということになった。母が描いた菊の花に、母が考えた「去る日近し 想い万感」という言葉を私が書いた。書のお手本を 書道を習っていた塾の先生に作ってもらった記憶もある。
母の方も おそらく南画の先生から習ったセオリーどおりの菊の花を 多少彼女風にアレンジしながら描き上げたのに違いない。母娘の名を並べて書く楽しさ。印も「K」という角形のものを わざわざその時作った。母はその時、「哲子」と書いたのか、「牧葉」としたのか覚えていないが・・・
ちょうど五十才の歳にやっと家を建てた喜びで、母は自分の絵を額装してあちこちの壁に飾った。どれにも「牧葉」という雅号が書かれていた。もう見慣れていて、あの「牧葉」を最初に見た時の意外な感じはすっかり忘れてしまっていた。
しかしずーっと後になって、再び「牧」という字に出会った。それは想像もしていない意外な形で。
それは母の葬儀の前夜だった。
形見分けをと、兄嫁とふたりきりになった部屋で、
----これ、なんでしょうか、とそうっと渡された緑色の表紙の小さなノートには、見慣れた母の筆跡の、青いインクで書かれた文字が、さらさらと流れていた。
少し目を走らせただけで、「牧」という文字が目に飛び込んで来た。そこにはもうひとりの母が「牧」という名で登場していた。
----これはお母さんの個人的なことが書いてあるから、私がもらっておくね、と辛うじて答えた。
母が現実生活を続けていくために押さえ込んで行かねばならなかった感情。生活の底部にずーっとあり続けた深く秘められた想いが暗い姿をして、今私に覆いかぶさって来るような感じがして震えた。葬儀が終わるまでの時間の長さは堪え難かった。
ひと月も経って、気持ちも落ち着いた頃、ひとり彫刻のアトリエでその緑色のノートを改めて読んだ。
文章としては、特にユニークでもないし、文学的に優れているわけでもない。日記風と言うのがいちばん近いかもしれない。ふたりの人物の文通形式になっている。一人は「牧」であり、もう一人の名前は偽名になっていたが、実際の誰かは私には分かった
全てが母の筆跡であっても、そこに書かれている内容は、私が小さかった頃に実際にあった話しであることも直感で分かった。いつも傍にいた私には分かる。そのふたりが交わす手紙は、袋工場や製材所を取り囲んで生活している人々とは無関係に綴られ、しかしそこを離れられない苦悩が表現されていた。
全部読み終わった後、その緑色のノートをストーブに入れて燃した。もう私の心の中にすっかり仕舞ったから、、、それに、あの夜、私にしっかり届いたことも偶然ではないのだから、、。
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