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宝石 |
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----大切にしていたきれいな宝石を 失くしてしまったような気持ちがするよ、と母は「じいちゃん」の死の印象を語っていた。 およそ母には宝石なんて似合わないし、興味もなさそうなものなのに、どうして「じいちゃん」が宝石なんだろう、、、とその時は思った。 ひどいリウマチで苦しんでいた晩年の祖父の、一日於きとか二日於きの痛み止めの注射の為の通院。母は工場がどんなに忙しくても祖父から電話があるとトラックで出かけた。社長という仕事は、常に忙しいけれども、スケジュールは自由自在ということだったかもしれない。それにしても、よく動き回っていた。 大切な人のことを 宝石と言った母。 母の心の宝石が、いくつあったのか今となっては知る由もないが、、。 祖父、つまり母の父は、ほんとうの父親ではなくて、母の叔父にあたる人だった。父親が早く死んでしまったから、後をそっくり継ぐことになってしまった一番末の弟だったらしい。その辺の事情は、私が小学生の頃、母から聞かされた。 子どもの頃から見ていた「じいちゃん」は、母のルーツに繋がっている臭いを持っていた。遠くの深い緑の茂る山々と盆地、、、スイカ畑、、、朝鮮、、、トラの毛皮の敷物、、、引き揚げ船、、。 過去の記憶を共有する人がいなくなったということかもしれない。それは、母が心に抱いていた美しい風景や、家系の繁栄、そして未来という夢だった。 その祖父の死後、母は、自分では名乗らなくなっている旧姓が呼び名の会を作った。「故郷」というルーツである土地からはすっかり断ち切られてしまった一族の、心だけでもひとつに結ぼうとした母の思いつきだったと思う。銀行に口座も作った。弟たち各々できる範囲でやっていた祖父への仕送りをこのまま続けて貯えて行こうというアイデアだった。やがて大きな資金になれば、子どもたちの奨学金に使ったり、皆で旅行をしたりしようと発案していた。
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