もくじ

七夕

 七夕を飾る習慣は、母から教えられたのだろうか? 物心ついた頃から、七夕だけは毎年祝っていた。

 ほんとに小さい頃は、折り紙でぜんぶの飾りを母と作った。色とりどりの折り紙を鎖みたいに輪にしてつないだり、三角にたたんだ折り紙をハサミで刻みを入れて、真ん中で吊るすとレース飾りのようになったりした。短冊に筆と墨で書く願いごと。七夕にまつわる言葉を次々と書いた。母が、薄い和紙で紙縒り(こより)を作ってくれた。私もやってみたが、うまく縒れなくてすぐに切れてしまう。
 一つひとつ 笹の枝先に結わえていく時の しずかな喜び。

 三つ年上の兄が小学一年になった頃、母は彼に習字を習わせるために、近くの習字塾に連れて行った。その初日のことをよく覚えている。黒くて長い文机には、子どもが横に三人並ぶことが出来た。きちんと座った兄の横で、母と私はずーっと見学していた。少し飽きて来た私が----わたしもやりたい! とでも言ったのだろう。母は兄の道具でやらせてくれた。母は先生と相談した。何も字を知らない三才の子にでも教えてもらえるかどうか? 書家である男の先生はお手本の隅に絵を描いてくれた。そしてお手本の字の意味を優しくゆっくり説明してくれた。

 小学生だったある年の七夕、笹がなかった。七夕が出来ない! 私は母に要求した。どこかで笹をなんとか手に入れてくれと。きっとその頃の母は袋工場が忙しかったに違いない。ぼんやりしているうちに夕方になってしまった。母は近くの竹屋に行こうという。七夕だから何かあるかもしれないと。でも竹の棒しか売っていなかった。ちょっと思案して母は何本かの篠竹を買った。家に帰り着くと、母は篠竹をそれぞれ違う寸法に切りながらそのアイデアを説明してくれた。部屋の隅の鴨居に藤棚みたいなものを作るのだと言う。縦と横に竹を組んでひもで結んでいく。そしてその三角の形に組み上がった竹の棚に、短冊を結わえてぶら下げるのだという。母は自分のアイデアに自信があるようで、

 ----笹も竹も同じ種類だもん。これでちゃんと七夕になったよ。ほら、長もちする七夕のインテリア! だんだん乗せられてしまって、母と二人、飾り終わった時にはずいぶん夜も更けていた。

 母の子どもの頃の七夕の話。七夕の朝はいつもより早く起きて夜露を集めるのだそうだ。筆でそーっと転がすように。里芋の葉っぱにはおおきな夜露の玉が乗っかっているから、畑に行って集めたのだという。その夜露で墨を摺って短冊を書いたのだ。
 子ども心にも美しい情景なので憧れたが、その頃の私の周辺には材木ばかりが積み上げられているだけで、夜露の宿るところはなかった。

 この地方に住むようになったある七夕の朝、ふっと夜露の話を思い出した。家の裏手の小さな畑に里芋が育っている。朝はとうに始まっていたがお皿と筆を持って外に出て夜露を探した。まだ草の上にも里芋の葉にも夜露は残っていた。
 夜露を少しづつ集めていく楽しさ。 今年の七夕は、夫とだけのしずかな七夕を過ごそう。