もくじ

手紙

 ----お母さんの手紙って、何も書いてないようで、いつもなんか物足らん、などと今思えば随分失礼なことを平気で言った覚えがある。いつものハハッという笑いの後、

 ----どこがそんな風に思えるの?

 ----季節の風情とかの上品な話題ばかりで、内心が書いてないようだから、と思ったままに答えた。私が学生の頃のことだ。

 最近手紙を入れてある箱の中に母の手紙を見つけた。最後の手紙だと思える一通を読み返してみた。若い学生の頃に感じていた「物足りない」という感じよりも、自分もトシをとったせいか、生活の慌ただしさと疲れが読み取れた。

 ----今月は、会社のお得意先の接待とか幼稚園の理事会とか、全部の日曜日に用事があって、なかなか自分の時間がとれなくて残念、というようなことが書いてあった。走り書きのようにすらすらとペンが流れて、便箋の罫線を無視したその書き方は、いつもの忙しさを伝えていた。が、それは亡くなる四カ月前の手紙だった。この前に私の方から出した手紙に、地元で開催される彫刻シンポジウムに参加するかどうか迷っていると書いたので、その事に触れて、

 ----ぜひ、いらっしゃい。思わぬ収穫があるかもしれませんよ、とも書いてあった。

 何が収穫だったのか。いっぱい見たり聞いたりして、とにかく彫り続けて、彫り終わったら逃げようと思ったほど孤立していた場所、、、もう守ってくれる人はいないし、その人はもう死にかかっている、、、ほんとうの収穫が何だったのかは、最近になってようやく理解出来たほど難しく、受け止めるには重すぎた。

 家族の繁栄は心の繁栄でなければならないし、その為に誰かが犠牲になっていたのでは、その人がいなくなってしまえば崩れてしまう。小さくなってしまった家族であれ、みんなが集まって支え合えば、また新しいあたたかさが取り戻される。そんな家族を知っている。 山で亡くなった友人の命日に、毎年伺うNさんのご一家。三十年もの永い間、家族の持つあたたかさを見せてもらって来た。長男の死、老後に建てた家の焼失、一家の主人Nさんの死。厳しい試練に小さな孫たちも みんなで手を取り合って生きているその姿に、たくさんの事を教えられて来た。

 いろんな所に、いろんなそれぞれの家族や生活があるのだろう。 家族を守るためだったら、どんなことでもやれる、がんばれるというのは、そこだけ見れば美しいだろう、、、けれども、もしそこに誰かを犠牲にしていたり抑圧しているとしたら、だんだん冷たい風が家の回りに吹き荒れる。そんな心の荒廃が、やがて目に見えるようになってしまう。

 ----うちの玄関には、いつもちゃんと花は生けてあるかねえ。どんな花でもいいから生けておくように言っておいてよ、と病床から伝言していた母の理想の家庭とは、、。

 私が高校生だった頃に、下宿に帰って部屋の机を見ると、母の置き手紙があった。

 ----あまり悩むと、心がいびつになりますよ、と一言書かれてあった。仕事の途中に、ちょっと覗いて行ったらしかった。 どこに、私の苦悩を読みとったのだろうか? と机の中やらそのあたりをごそごそと掻き回して、大いに焦った覚えもある。

 その夜、下宿の近くの公衆電話から家に電話した。

 ----ねえ、だいたいわかったけど、「いびつ」ってどういう意味?
  精一杯生きて悩み苦しんでいたように思っていたが、全く守られて安心していたティーンネージャーの姿が浮かんでくる。