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嘘 |
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| 母の、人を動かす能力。それを感じていたのは、私だけではなかったはずで、家族に限らずそんな彼女の能力を周りの多くの人々も当てにしていたようだった。私も悶着が起きる度に乗り出していた母の、その口元を見て大いに学んで来たように思っている。 私の結婚については母は作戦を練って父を説得、というより裏でいろいろと話しを進めて、そこに父を嵌め込んで行くというやり方をとった。 ----ちょっと、熊本に同窓会に行って来ます、と父に嘘を付いて飛行機で大阪までやって来た。私たちと両方の母親が会見したのは道頓堀の蟹道楽だった。二時間ほど会食をするとすぐにまた飛行機に乗って帰って行った。その時の行動力には唖然とした。そして、母の理解が得られたということで大船に乗った気がした。 作戦の成功への感謝もあって、結婚式なぞするものかと思っていた私たちだったのだが、結局母の言うなりに、両方の実家のある地方で二回も結婚披露宴をするはめになった。 「結婚は易すし!されど生活は難し!」で、はじめは順調な滑り出しでも、しばらくするとお金に困ったので頼むことになる。何度か援助してもらったが、ある日突然断られた。兄が母の袋工場を継ぐために家に帰って来ていたし、結婚もした。新しい家族の構成で営まれていたところに私は困った存在だったらしい。 甘くみていたので大変なショック、母の穏やかな言葉も耳に入らない。 ----家の中をうまくやって行くのに間でいろいろやって来たけどもうやめた。無駄だった。自分の思うようにやれば良かった、と言ったのは、最期の病室で、まだ話す気力が母にあった頃だ。 実際に母がいなくなってみると、父や兄との関係がまるで取れない。すべて母を介して関係が取れていただけだったのだ。どうせ壊れるのなら嘘は使わずに、はじめっからぶつかっていた方が良かった。 |