もくじ

夕焼け

 夕焼けをながめて泣いている。母は私に、なぜ泣いているのかとたずねている。なんとか説明したいのだが言葉がみつからない。

 「ゆうやけが、、、。ゆうやけが、、、」

 母の実家のある山奥の村から帰る汽車の窓から見た雲の群れ。赤く染まった雲は、遠ざかる山々の向こうまで延々と続いていた。
 私が四、五才の頃の思い出のシーンだ。

 母が生まれた家も土地も、その後しばらくしたら無くなってしまった。そこにひとりで住み続けていた祖父が、すべてを引き払って私たちの住む町にやって来たからだ。すでに母は祖父の再婚の相手を見つけたり適当な家を借りたりして、祖父の新しい生活の準備をしていたのだった。

 小さい頃の私は、たびたび婚礼の儀式で三三九度の盃に神酒を注ぐ巫女にさせられたが、祖父の再婚の祝宴でも巫女になった。東京からも祝いに駆け付けていた祖父の息子たちと私たちの家族が見守るなかで、その頃私たちが住んでいた製材所の二階でささやかに行われた。母の手料理とパーティーの企画はいつも独特のものだったから、その時も誰もが満足のようだった。

 小さい私は祖父はこの人しかいないと思っていた。少し大きくなって複雑な話が解るようになってから知ったことだが、早く死んでしまった家の跡継ぎの長男に代わってその残された妻と結婚したのが、私の知っている祖父だったのだ。つまり私の母の実の父は早く死んでしまっていて、母の叔父がその後に一族を担うことになったという。
 小さい頃から毎夏過ごした山と森に囲まれた土地の思い出は、そこで生まれて育った人たちとの共有の記憶として残った。 夕焼けのことも心のどこかに忘れられたままにされていた。

 私が高校生なった頃だったか下宿先からたまたま家に帰っていた時、母が
 「この前、Tさん(母のすぐ下の弟。母は実の弟にもさんづけで呼んでいた)とふたりで球磨まで行って来たよ。印を押すためだけにね。
 昔の土地譲渡の証書が不完全だったらしい。

 その時に聞かされたあの夕焼けの向こうに拡がる山々に囲まれた大地の夢。それは初めてその土地にやって来て、そこに住む事に決めた人の夢だった。九州の北の方から、少しづつ南下して歩き続けて、良い土地を探していた青年がここと決めた時以後、母が祖父を連れ出すまでのストーリー。その土地での一族の物語りは、三代目で終結してしまった。

 すでに会社を始めていた母には、山奥のあの大地に未練はもうなかったようだが、すぐ下の弟のT叔父は、母が死んで間もない頃、私のアトリエにやって来て、
 「長男を連れて、球磨に行って来たよ。息子にもぜひ見せておきたかったから」と言った。ただ今のあそこにはもうほんとうの生活はないと見切ってきたようだったが。 ふる里を失くしたものたちが、何時か帰るべき所を探しているようにも、あるいは後に残る人々に教えたい夢があるのか、いつまでも話し続けるT叔父だった。

 すっかり忘れていた私にも、その事を、もう一度思い出せ、というような機会が訪れた。インターネットのサイト企画で、原風景を描くということになった。あの日の夕焼けから辿っていくしかなかった。

 ひとりひとりに刻印されている夢。その源泉を見つけだす旅。過去への心のなかの旅は、たくさんの人が湧き出して来て、その中には今までに会ったこともなかった人もいた。もうこの世にはいない人々。しかし、この世を支えているものたちの存在を知った。

 だけど、母のゆめはまだ続く。