白い人 その7「おそれざん」
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 寝袋と炊事用具を積んだ車で二人はどんどん北へと走りる。陽の光りがいつも見ているより斜めに傾いているように思えると、北国にやって来たのだな、という実感が湧いて来た。

 トワダ湖の周辺に広がるブナの原生林を歩いた。一本一本の木の大きさに圧倒された。わたしたちの普段暮らしている地方ではあまり見ることのない大木が、それもまとまって大きな森を形成しているのだ。目も眩むほどの感動を味わった。
 その頃のわたしは病気あがりでまだ足元がふらついていたが、大木の根方に細々とついている沢伝いの道を、ゆっくりゆっくりと辿って行けるということが既に喜びでもあった。

 もともと北へ旅をしようと言い出したのは彼の方だった。バードウォッチングに凝っていた彼はブナの森を見たかったのだ。ただそれだけが理由ではなく、ずっと前にわたしがした八甲田山周辺の一人旅の話を、おそれ山という場所を中心にして彼が記憶していたということもあった。
 その一人旅で小さなノートにわたしが描いた鉛筆スケッチは彼の想像力を相当刺激したらしい。スケッチには、夕暮れの山と点々と火のともった宿坊が黒々と濃い鉛筆で描かれていて、その旅のイメージにほの暗いセンチメンタルな色どりを与えていたということもある。いつかは行ってみたいと常々彼は言っていた。

 ブナの森からおそれ山へ。霊場はちょうどオフシーズンとでも言うのだろうか、全くと言って良いほど人影が見当たらなかった。山道をゆっくり走る車の窓から辺りを見回し、以前の旅の記憶のどこかにひっかかるものを期待していても、さっぱりよみがえって来るものがない。わたしが以前来た時に比べてずいぶん様子が変わっていた。それとも方向でも違うのかとも思ってみたがそうではないようだ。泊まったはずのひなびた宿坊も見当たらないし、それどころか代わりに山門のすぐ脇には、観光地にはよくありそうな感じのきれいな食堂が営業中だった。

 その食堂前の駐車場に車を停めて、とにかくわたしたちは山門からなかに入ってみることにした。これも以前はなかった受け付けのプレハブに近寄り、小窓から入場料を払うと、まず荒涼とした岩肌と砂地の風景のなかに建つ本堂を眺め上げた。それからは不透明なトルコブルーに反射している湖の周りを巡る道や、水蒸気の立ちのぼる池の周りなどを歩いて行った。

 硫黄の池の匂いとその色、数々の地蔵堂に供えられた人形や玩具、折り鶴、子どもの着物などの色、プラスチックの風車などの様々なものの派手な原色が、その派手さゆえにこんな場では、むしろ逆に異様な雰囲気をつくり出していた。影響されて二人とも押し黙ったまま歩いているばかりで、段々と気分も悪くなって来るようだった。

 気分を変えようよ、せっかく来たのだし、と持参した弁当を湖の畔に座って食べ始めた。ところがいつの間にか口論になってしまった。その理由はつまらないこと、箸が一組しかないとか味がどうのとかいうことだったと思う。
 そこではっと二人とも思った、そのような諍いじたいが、ここの何らかの悪い霊気によるのではないかと。さらに悪いことにどんよりとして来た空から、その時ついに雨が降り始めた。細かい雨の粒が舞い始めると、湖の表面にも何か特殊な霧のようなものが漂っているようにも思えた。

 にわかに気味の悪くなったわたしたちは、これを潮時にもう山を降りようと山門から外に出た。駐車場に停めてあった車に乗り込む。しかしエンジンがかからない。最初勢い良く回りはじめたセルモーターが突然ぱたっと止まり、その後はいくらキーを回しても何の反応もなくなってしまったのだ。
 するとそれを見た食堂の主人をはじめ、なかで食事や休憩をとっていた地元の人たちまでもが、わたしたちの車を寄ってたかって直そうとしてくれる。
 ボンネットを開け、顔を寄せてエンジンルームを覗き込む。バッテリーは? ヒューズは? ポイントは? プラグは? セルモーターは? ○○は?、、、
  しかし、まったく何の反応も当のエンジンはしてくれないのだった。

 みんなが万策尽きたといった感じで、すっかりあきらめ、また飽きてもしまったので食堂やら何やらへ帰ってしまったところへ、ふもとのディーラーのサービスマンが、何時間もたってからやっとやって来た。
 ところがこの人がボンネットを開けて配線コードにちょっと触ると、セルモーターが勢い良く回り、次いで死んでいたようだったエンジンが、今までのことなど知らぬとでもいうように突然息を吹き返したのだ。
 あり得ないことに思えた。念のためもう少し詳しく点検しましょうということで、ふもとの修理工場まで行くことになった。親切だったけれど成すすべはなかった地元の人たちが見守るなか、サービスカーの後を追いかけるようにして駐車場を出たのだった。

 ふもとの町の工場で車のエンジンルームを覗き込んでいる工場主と、このサービスマンが互いに話している独特の方言は、わたしたちにはまるで分からない外国語を聞いているようだった。しかしくるっと振向いた彼が、
 「コノディストリビューターニモンダイガアルヨウデスガ、ブヒンコウカンヲシテミテソレデモマダチョウシガワルイヨウデアレバ、ホカノカショヲヒトツズツチェックシナガラシュウリシテイクシカナイデスネ。クルマ、オイテイケマスカ?」と、すらすらと流暢なキョーツーゴで言った時には、わたしたちは事態の深刻さよりも、この言葉と態度の華麗ともいえる変貌ぶりに驚いていた。
 しかしそれは顔に出さないで、また車をここに取りに来るには遠過ぎることを告げると、
 「マタイツトマッテシマウカモワカラナイデスヨ。エンセンニカーディーラーノアルヨウナカンセンドウロヲハシッテカエッテクダサイ」

 しかしそんな適切なアドバイスを無視するように、またもや山越え脇道ルートで、今度はコイワイ農場に向かい、アイスクリームを食べたり観光用の馬に乗ったりした。その後もウラバンダイの無人地帯のようになった寂しい池塘に一泊、朝靄の中に響くカッコウの声にひかれてその姿を探し歩いたりしていたのだった。

 ずいぶんずさんな行動のようだが、わたしたちにしてみれば、おそれ山を降りさえすれば後はまったく支障なく車が走り続けるだろうと、そんな風に何となく予感していたようでもあった。

 しかし家に帰り着いてから、近所のいつも車検を頼んでいるクルマ屋さんに車を見てもらったところ、
 「いやーあの時は参ったよねえ、だって-----いまオソレザンだ----って言うんだもの。ナナヒャッキロはあるでしょう、ここから。もう少し近くだったらすぐ見に行けたんだけどねえ、ははは、、、」と笑われてしまった。

 最果ての地で何の知恵も浮かばず弱り果てたわたしたちは、いやそんな場所だからこそワラをも掴む気持ちで、「おそれざん食堂」の公衆電話からこの人に電話をかけて相談していたのだ。それにやっぱり今その人が見ても、
 「こんな状態の車ではいつ止まってもオカシクナカッタ」とのことだった。