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「どうもこの病気の原因は脳のなかにあるようですね」
ある日診察をしながら治療師が言った。左右の脳のバランスが崩れていると言うのだ。それから唐突に、
「あなたにはおじいさんが見えますねえ。それにその人は相当深くあなたに関わっているようですよ」
その頃では片道30分くらいのところを自分で車を運転して治療に通えるまでに回復していた。家に帰ると彼にその日の治療結果を報告する。治療は本来のカイロプラクティックだけでなく、背中の広い範囲に鍼を打ったり、恥骨に灸を据えたりもするというものだった。
まだ夏の暑さが依然として残る家に帰り着くと、台所の食卓の上に一冊の本が開いたページを下にして伏せて置かれていた。回っている扇風機に煽られてしおりの紐の端がひらひらと揺れていた。
「ようやく最近きみに直接話しかけるようになって来たようだねえ。きみが倒れたばかりの時はあの先生、ぼくにだけ話しかけてたんだよ。ちょうどここに書いてある、芋虫になって転がっている主人公が、人間扱いされない、てのと同じだよ。あっははは」
それでも「おじいさん」という整体師の言葉におよぶと急に興味をひかれたようだった。
「ええ?なんか急に占い師みたいなものの言い方だなあ。でもその『おじいさん』て、きみのお祖父さんのことだろうか? その話ならぼくも何度か聞かされた、、、、あれだろう? 伝説の『おじいさん』ね、キュウシュウの山のなかの広い原野を単身で切り開いたというさ。あんたんとこのある種ご自慢のルーツってやつでさ。まあ確かにあんな何トンもあるような大きな石を彫り刻んでいる時のきみは、女としては並外れたバイタリティーだもんなあ。その辺はあの『おじいさん』の血そのものだとも言えるかも知れないなあ」
広い仕事場を求めてやって来た山間の休耕地に、小さな小屋を建て石を彫り始めた頃、フォークリフトのような機械を持っていなかったので、すべて人力で石を動かしていた。
一トンくらいある石を、梃子を使って空き地の端から端へ真夏の炎天下一時間もかけて転がして行くのを、ある時彼は小屋の中から見ていたことがあったのだ。
力のある男でも無理だと思えるような作業でもやらねばならないと思ってやっていた。
北風が吹きつける寒々とした夜の戸外で、だるまストーブひとつに木をくべながら大理石を何時間も彫り続けていたこともある。
それらのことは歯を食いしばるように頑張ったというのではなく、そんな風にやるのが当然と思っていただけのことだったが。
しかしいったん倒れてみれば、そういう労働の苛酷さが相当な負担をからだにかけていたということだろう。
「あの時は面白かったなあ」と今では笑い話になっている。
「角材で骨組みだけ作った所にビニールや毛布をかけて、そのなかで作業するのだから。あたりが暗くなるとなかからの明かりが毛布の破れ目から点々と洩れているし、その端が風に煽られてひらひらもしているのだから、あれではまるでヨタカみたいだものなあ。もっともその本物は見たことないけれども、、、」
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