Ken1_times
ぼや記
09-08
発行元
studio ist
代表:コジマケンイチ

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連休ですね。
09.9.22
 巷は連休。シルバーウィークっていう言葉ってありました?いつ出来たのだろう?マスコミが作り出す言葉に振り回されっぱなしですね。いつしかその言葉を使っているので恐ろしい。

 さて、変わらず今日も工場へ向う。
全く、アホみたいに毎日毎日・・・。そういえば休んでいないなぁ〜。
・・・かといって、大変だ自慢をしたいわけではなく、工場でなんかしている方が、落ち着くと言うかなんと言うか。仕事があってもなくても結局一緒。仕事があればそれをしているし、なければ頼まれてもいないものを作るだけ。
だから毎日毎日工場へ向う。
近所のオッサンに「お前、家賃の元をとっとるなぁ!」と言われてしまいました。別段、そういう気でもないのですが・・・。

さて、現在は追い込み中のパーティションが大詰めを迎えている。
最初は「うわぁこりゃ大変だ!」と必死の覚悟を決めて仕事に取り掛かるものの、もう残りの工程が少なくなってくると何というか・・・寂しくなる。
ここ2.3日、連休に入るや否やこれは中断して別件。
7年前に作ったオブジェ的サインが錆錆になっていたので、再生仕事に精を出していた。(この件、後日単発で書きたいのでこの辺で)
いよいよ パーティション、ゴールを目指してらすとスパート。

めぐる季節
09.9.16
 いつの間にか、いや急すぎるくらいのスピードで「秋」という季節がやってきたように思う。例年で9月と言えば、残暑が厳しくヒーヒー言っていたように回想する。
涼しく、過ごし易いのは良いのですが、日が暮れると、まるで晩秋のような空気になっているように思うのは私だけでしょうか?まるで冬が目前に迫っているような・・・。

そんな事を思いながらも、今日も変わらず制作に勤しんでおりました。
夕方くらいにLPガスが空になり、予備のものと入替えたのですが、「もう空か!?」と少し恐ろしくなりました。・・・というのも50KのLPタンク1本で通常のペースだと2ヶ月から3ヶ月もつのです(コークスも併用しているので)が、今回1ヶ月少々で空になってしまったのです。
確かにそれだけ仕事をしてると言えばそうなんですが、その実感がないと言うことに少し不安を覚えます。「一体何してたんだろう?」的な。
・・・うむ、まさかの記憶障害?

前回も少し書きましたが、どんどん現在が過去へと流れてゆくわけですが、そのスピード感が増しているのでしょうか?これが歳を取ると言う事なのかな?それとも現代という時間の流れが、速すぎるのかな?
どちらも当てはまるのかも知れないなぁ〜などと客観的に自分をみたりしながら今日もビールが飲める幸せを感じております。

追い込み中

やばい
09.9.13
 本人中々必死なのに、進まない事ってありますよね。
そんな時期なのかな?そんな時ってありますよね。(答えを強要してる?)

 あ〜もう9月も中盤ではないですか!!
何かと進行具合が良くないのです。といっても勿論怠けているわけでもないのですが・・・。
・・・いや、待てよ、最近またメタボ具合が上がって来ているところをみると、やはり怠慢なのだろうか?などと自問自答を繰り返してみたりして。

 一人というのは自由で良い反面、何かの仕入れだの打ち合わせだのと工場を空けると、製作物はそのまま。見積となれば、頭がその事ばかりで動かなくなり、やはり製作が止まってしまうというのが、どうにも辛いところ。結局、私などが「忙しい、忙しい」といったところで、所詮しれた忙しさなのだ。
淡々と刻々と時間は刻まれていて、どんどん現在を過去へ放り込んでいる。ちょっと速度を緩めてくれてもいいのに。
あーがんばろっと。

怒涛のシーズン到来
09.9.9
 陽が陰ると肌寒かった今日ですが、急に秋ですね。・・・とは言え、日中はまだまだ暑いですが。

 食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、云々となぜかこう言われますよね。「食欲の秋」というのは、動物学的に越冬する為の体力を蓄えようとするのだ!と言う説を聞いたことがありますが、なぜかスポーツや芸術とかも秋ですね。それだけ過ごし易く、動き易い季節だからでしょうか。

 さて、この9月に入って急に忙しくなりました。受注依頼の制作に加えて、11月に控えている個展の作品を揃えて行かねばならない為、いつもの事ではありますが、バタバタせねばならないようです。
まぁ、忙しいほど張りがあって、いいものです。
気合だ!気合だ!気合だ!

対個展新作で、のんびり(する事は少ないのですが)、イメージスケッチを書いて〜作って〜っという流れではなく、直感で手を動かしてゆく「勢い」をテーマに、自分の中の色々な自分を探ってみようと思います。

ただ、展示がバラバラにならなきゃいいんだけど・・・。
ん〜案ずるより生むが易しか。

変わらぬ日々を生きれるシアワセ
09.9.5
 今日は9月5日。忘れる事の出来ない日付である。
というのも、今から5年前の今日、お昼に近づいた頃だったか、1本の電話をもらった。
私の中で人間として、またモノ創りにおいての師匠、憧れの存在だった彫刻家 打波隆夫さんがお亡くなりになったという電話だった。
「そんな冗談はアカンでぇ!」と言い返した程、突然の出来事で、その頃は寝屋川の工房だったのですが、そこから飛んで行った記憶がある。
あの時の電話、車を走らせている最中、やけに晴れ渡っていた空など、まるで昨日の事のように記憶や感覚がいまだにある。
しかし、実際の時の流れはあれからもう5年も経っている・・・。

 もっと色んな話を聞きたかったな。技術も習いたかったな。もっともっと・・・と希望は数々あれど、もう先生はいない。
でも、あれから「こんなとき先生ならどう言うやろ?」「どうするやろ?」等々、いまだに指針となっている。

しかし、遠いなぁ〜。ちっとも近づけない。

地味な喜び方
09.9.3
 アスリートなら何かしら新記録などを打ち立てると、その喜び方も半端ねぇ。全身で喜びを表現していて、見ている側も嬉しくなるもの。

これを僕ら創り手の世界に当て嵌めると・・・。

何かのコンペで1等賞を取った時か?・・・いや、凄い事とは言え、土台、他人と競って勝つということが主ではないし、実際100m?秒で走りました!という明確なものがあるわけではない。
結局、一つ、一つと新作が出来上がった瞬間がそうなのだろうか?などと考えてみました。今まで出来なかったりした技法を取り入れてみたり、自分の中の新しい感性を具現化することで新作というのは出来上がる。
やはりきっと、その瞬間がボルト選手が弓を引くようなパフォーマンスをするその時なのだ!そう結論に達したわけです。

・・が、しかし、そうならばなんて地味なんだ!なんて笑えてしまいました。
その場にギャラリーの誰が居るわけでもなく、応援だの歓声だのがあるはずがない。(もしあったら怖い)
服はただでさえボロボロなのにドロドロになった状態で、何処をとってもカッチョいいわけない。
究極なのが、喜び方。個人差があるかも知れませんが、僕の場合は上手く出来た、いわゆる勝利の場合、心の中はウキウキだけど表面上は「うんうん」と頷きながら直視するだけ。一応笑顔です。
予想を超えて上手く出来なかった敗北の場合は、心の中は曇り空で「ウーム・・・」と言わんばかりに見つめるだけ。一応真剣顔です。(これらは手を入れなおします)

後姿だけでは、その違いがはっきりしません。
今度からは派手に喜ぼうかな?泣きが入るくらい悔しがろうかな?などと思いつつ・・・うーん・・・何かむなしい。
他人から言わせりゃ、「何故これがよく出来てて、これが駄目な訳?」とよく言われます。結局、僕らは選手であるけれど、一方で審判だったり、監督だったりコーチだったりするわけで、複雑なんですね。
 

9月ですねぇ
09.9.1
 残暑お見舞い申し上げます。・・・は、ちょっと遅いかな?
朝晩はすっかり涼しくなりました。インフルエンザも再流行し始めているようです。皆様お体にはくれぐれもお気をつけてください。

 現在は9月1日になったばかりで、今日は寝た後に生きなければならない訳ですが、とうとう8月も終わり、今年も終盤に入りました。
去年の今頃と言えば、引越し先、新工房の場所を決めて、工場レイアウトに悶絶し、金策だの賃貸保証人だのと何だかんだで駈けずり回っていた頃かな?
もうすぐ1年かぁ〜。早かったなぁ。早かったけど色々あったなぁ〜。
引越しを終えた途端にリーマンショックで、100年に一度と言われる不況へ突入。
もともと行ける所まで行くまでさ!ってのが真情で、ずっとそうやってきたものの、今回は「こりゃどうなる事やら?」とドキドキものでした。下手すりゃ半年もたない最悪ゲームでしたが、とにかく1周年は迎えれそうです。

工場もすっかり落ち着いて、やっと使いこなせるようになった今、ガンガン作っているのであります。

幅が広がる
09.8.30
 選挙も終わりました。民主党が圧勝で、いよいよ政治も変わるのでしょう。(変わるのだろうか?) よりよい日本になって欲しいと願うばかりです。
さて僕は、変わらず作っている。
やっと旋盤を使う機会がやってきた。
もともと、絶対必要なものではなかったものの、縁あって工場にやってきた旋盤。洗った後、ずっとレジャーシートに包まれたままだった。

先日、制作を終えたサインの取り付け方法が変わったために、取り付けの金具が必要となった。
これを作るに内径Φ9のステンレスのパイプが5cmだけ必要なものの、それだけの為に4m1本取るのもなぁ〜と考えていた際、「あっ!作ればエエやん!」と旋盤があることを思い出したのだ。
高校卒業後(機械科でした)殆ど触っていないので、最初手間取ってしまいましたが、穴を開けただけとは言え、パイプは完成しました。
旋盤と戯れながら、機械や工具の恩恵というものに、改めて感動して感謝しました。これは有効で、使い方次第で出来上がるものの幅が広がる事にワクワクします。
機械があれば、綺麗に難なく出来上がる工程も、なければ大変な工程になります。以前も書いたことがありますが、ナイナイづくしで始まったモノづくり。道具の有難みが身に沁みます。

備えあれば憂いなし
09.8.25
 コークス炉の風の吹き出し口の画像です。
コークスが落ちてしまわないように網状の何かが必要な訳ですが、薄っぺらい網だとすぐに溶けて無くなってしまう為に、太目の鉄で組み網としています。
それでも使っていると左上のようにボロボロになってしまう為に、定期的に新調せねばなりません。
使いたい時にすぐ使えないとイヤなので、作り変えました。嵐が来る前に備えておかねば。

 しかし、もう8月も残り数日。今週末は選挙ですね。皆さんはもう支持政党はお決まりですか?
僕は正直悩んでいます。「これや!」っていうところが見当たらないのです。今まで与党としてやってきて、どうにも解せない点の多い自民党。これはイヤだなぁと思いつつも、馬の鼻先に人参をぶら下げるような感を持つ民主党もなぁなどと思います。
僕の一票はさて置き、結局はどちらかが政権を握るのでしょうが、暮らし易い、夢の持てる日本であって欲しいと願うばかりです。

などとボヤいている最中、またまた邪魔が入りました。(下画像)
パソコンを触っているといつもこれだ。
狭いスペースにうりうりと言わんばかりに大きな体を押し込めやがる。
・・・でもそこがまた可愛かったりして。

ウエディングベ〜ル
09.8.20
ではありませんが、まるでベルマークですね。
「オーダー!カレーライス〜!」チリンチリンと振り回しても良さそうですが、これは、現在作ろうとしているランプスタンドの一部です。「氷山の一角」などとよく使われる言葉ですが、まさにこの先が本番なのです。
それなのに、このカタチ中々難しく、手間取ってしまいました。

 シンプルなモノってのは特に、出来上がってしまえば「まぁ、こんなもんでしょ」的に簡単に流されてしまいますが、カタチが単純化すればするほどディティールを出すことが難しいもので、正面からいけてても斜めから見るとおかしいという具合に作業は迷宮入りしてゆきます。
そこから抜け出せるのは1時間後なのか?半日後なのか?1日後なのか?あっと言う間に時は過ぎ、はまってしまえば恐ろしいほどの時間を意図もなく浪費してしまえるものなのです。

 最近でこそ、はまることも少なくなりましたが、昔は結局、「う〜む、寸法を変更しよう」だとかひどい時は、散々時間と熱を浪費した挙句に断念。新しい材料で作り直しをしたことも多々ありました。
え?作り直せたのか?って?
これがよくできたもので、はまっている最中に学ぶんですね。「あっ!こうやった方がよかった!」とか「ここでこうか!」とか。
 諦めないで取り組むことは大切ですね。愚直の精神は忘れずに持ち続けたいものです。

残暑お見舞い申し上げます。
09.8.18
 盆明け、あっついですねぇ〜。
今日などは塗装をしていただけなのに、まぁ、汗が吹き出る吹き出る。
工場内もムワっというかモワァ〜としているというか、蜃気楼が見えるんちゃうか?って感じでした。

夏の疲れが出るのはこれからです。皆様 残暑お見舞い申し上げます。

しかし、もう夏は終わりのようで、帰り道の河原で秋の虫たちの鳴き声が!そういえば涼しいし!と去ろうとしている夏に少し寂しさを覚えるのでした。
夏が去れば秋が来ますね。一番好きな季節です。

・・・まぁ、とは言いつつ、まだまだ日中は暑い。お体ご自愛ください。

お盆も過ぎましたね
09.8.16
 左手足首を痛め早数日。怪我の功名と申しますか? お陰で、休んではいないもののお盆モードというか?のんびりとした工場での時間を過ごせました。
無理をしない程度でゆっくりと製作していたわけですが、中々良いものですね。「こういった感じが、世の中の人がイメージする作家なんだろうなぁ」などと思いつつ、自分がハツカネズミのように思えてきたりして笑えました。

 しかし、その時ふと先日の鍛鉄家F夫人が言っていた話を思い出しましたのです。
一言で作り手といっても、沢山の素材がある。陶芸家、ガラス作家・・・。自然素材を手がける人は優しい感じの人が多いと。その中で金属、中でも鉄の作り手は頑固で偏屈な人が結構多くて、荒いというか、ジッとしてないというか?とにかくそういう人が多いと。(少々言葉が忠実ではないかもしれませんが・・・)

 大体 作業自体が騒音を立てまくり、やってる事といえば鉄を焼いては叩き焼いては叩きという原始的な運動。はやくしないと折角焼けた鉄もさめてしまうし、無用にコークスを焚くわけにもいかない。
結局、ドカドカ、バタバタしてるのが好きなのかも知れません。
さて、リハビリモードは巷のお盆休み同様、今日で終わりだな。

猫のおやつを欲しがる猫
「これ、ちょーだい」と言わんばかりに
蓋をトントンと叩きます。

やってもうた〜
09.8.12
 昨日の作業中の事。
しゃがみ込んで、ベビーサンダーでガリガリ削る作業をして、「嗚呼、やっと終わった!」と言う事で、スクッと立ち上がった・・・までは良かったのですが、左足が完全に痺れていたようで、足首がポキっと音を立てたか?と思うや否や・・・いや、倒れる途中でポキだったか(どっちでもええか)とにかく久しぶりに豪快なコケをしてしまった。(引っくり返ってしまった)

 ポキっという音は、骨折までには至っておらず、大したことは無いといえばないのですが、しっかり捻挫状態。加え、元々痛めていた左手首が自然に出た受身で、更におかしくなってしまったようで、どうやら筋を痛めたのでしょう、肘あたりまで痛みが拡張してしまいました。

 事故と呼べるほどの事故ではないのですが、とにかく怪我には常に注意を払って来ただけに、なんというか・・・我ながら情けなくなってしまいます。
 でも、これはこれで何かの警告、又は示唆ではないか?などと思えたりする私は、ノー天気なんでしょうか?
作例集もテコ入れせねばならんと思いつつ、何かと事務的な仕事が溜まっていたのです。見積もりもでたことだし、画も描かねばならなかったりする訳で、「ここは一つ、集中してやんなはれ」という天の声が聞こえてきたりして、昨日は痛くて作業を中断したものの、今日は無理して工場に行くのをやめにしてパソコンと向かい合って、溜まっていた画像の処理と作例集の手直しに取り組んでいました。

 しかし上手く行かないもので、プリンターの調子がとても悪いのを筆頭に、たまにパソコンまでへそを曲げてくれるものだから、作業効率の悪さに一人 イライライライラ。やっとの思いで終わったのが、夜の7時くらい。急いでカラーコピー屋へ車を走らすといった経緯で、結局自分って何をやってもバタバタしてて、要領悪いなぁ〜と怪我に加えた反省に終わる今日の日でした。

お盆休み
09.8.10
 
 お盆休みで××に来てます!・・・・・それっぽい画像ですが、これは今朝に撮りました朝焼けの京都タワーの画像です。確かに泊まりで、ホテルからの画像なんですが、わざわざ近場の京都に観光で泊まる訳もなく、設置や打ち合わせ、そして素敵な飲み会に参加できると言う事で、泊まる事にしたのです。

 明け行く空をみながらフと思ったのですが、人との出会いというのは、不思議なタイミングで訪れたりするもので、これが少しズレルと出会えなかったり、出会うだけで終わったり(大半がそうなんですが)。
そんな中、繋がっていける「縁」というものは何なんだろう?なんて考えてみたりして。
結局その答えのない疑問を目覚めのコーヒーで、又自分の中に流し込んだりして。

たまに違った環境に身を投じるのも悪くないですね。

マイスターとの戯れ
09.8.8
 今日は柏原で工房を構えているH氏の元へ。
彼は、元々ヨーロッパで修行を積んできた経歴の持ち主。
その時のお師匠さんの一人(ヨーロッパの修行は工房を転々とするらしい)が、来日していて、デモというか?講義というか?とにかく交流会があったので、出向いていった訳である。

さて、そのオランダから来られたマイスターHUUB SENSEN(フブ センセン)氏は驚く事に、ハンマーを振る大切な右手の指が2本なく、残りも小指を残し殆ど動かない状態。3年ほど前に事故があったらしい。
それでも叩く叩く。そのパワーも正確さも、とても不自由な状態に思えない程で、全く白旗です。

僕は、師匠と呼べる人はいるものの、手取り足取り教わった事はなく、自分のやり方を「こうだ!」と熱く教えてくれる彼とのしばしの時間はとても新鮮でした。いきなり「素手でやれ!」と言われたのには、ずっと両手皮手のスタイルの私は泣きそうになりましたが、とても良い経験をした夏の日の一日でした。

繰り返す作業
09.8.6
 サインが出来上がりつつあり、いよいよ終盤へ。
これは浮かせ文字の為に、今日は脚付けの作業。

 叩いた材料での文字製作自体も難儀なんですが、それが出来上がってからがもっとも細かい作業が続く。取り付けの際に必要な実寸の下絵に棒の位置を記した後に、浮かせて取り付けの棒を付けてゆく。直接溶接したのではズレる可能性が高いのと、強度の問題から裏面に少し穴をあけて棒を差し込み、溶接する。今日の製作はこの部分なんですが、文字が漢字を含め30文字近くあり、棒自体は3倍弱の数になる。

 長さを出して4mm棒をカット。抜け防止の為に埋まりこむあたりに傷を入れてから棒を差し込み周辺を溶接する。どうしても曲がったりするので、暖かい内にサインからの垂直と、各棒の平行を取る。
これを延々繰返す。
最初は正直「ゲェ〜」と思いつつも、やがて心地よくなり、終わりが近くなると何だか寂しくなるのが不思議だ。
作業をしながら考えていたのですが、結局、ひたすらに何も考えずに忠実にその作業をしていれば、目的を達成できるところが、楽なのかも知れないなぁ!?という結論に辿りつきました。

 ズボラさえしなければ必ず脚はちゃんと付く。結果は報われるわけで、精神的に穏やかになれるのかも知れません。造形している時は、時間を掛けてどんなに必死にやったって、結局「なんじゃこりゃ?」という結果に終わる場合もあるし、常時落ち着いていられないのです。

とにかく、これはこれでエエもんやなぁ〜と思いつつも、毎日これではやはり辛いなぁ〜などと思う、勝手なコジマでした。

梅雨明け
09.8.4
 着実に製作は進行しているが、やはり暑さのせいだろうか?少々へタレ気味で集中力がどうにも続かない。
しょっちゅう、水だのスポーツドリンクだのを飲むために、ミニ冷蔵庫の元へ。飲むものだから、ドッと汗が出て頭に巻いてるタオルだのTシャツだのをこれまたしょっちゅう着替えるハメを踏む。

集中力に欠けるというか、ロスが多い気がする。
だからと言って水分を取らないわけにも行かないのですが・・・。
ウーム・・・とにかく気合が足りないのだ!
怠惰を戒めねば。・・・でもやっぱり水は飲むでしょう。すると・・・。

画像は、だからと言って作ったわけではなくて、現在製作中のサインの一つ。穴は浮かせ文字の為のステイ棒が入ります。

そういえば、休んでいないなぁ。
09.8.2
 今日は日曜日。しかし、何も変わらず工房へ。
少し早く帰らねばならず、陽が沈みかけたまだ明るい中、短い通勤路をミニバイクを走らせた。

 家路を辿る中に川を3本越えなければならない。
ふと横目に川をみると六甲山の方角に入道雲がモクモクと聳え立っているではないですか。
一度行き過ぎたものの、ユーターンして川沿いの道へ戻り、しばし黄昏てみることにしました。

 タバコを1本ほど吸う短い時間でしたが、中々リフレッシュできたような気がしました。「遊びに行きたいなぁ」などと思うこともほとんど無く(仕事が遊びなメンタルですから)、別段ストレスがどうのこうのはないのですが、こういった息抜きはやはり大事なんでしょうね。
夏を五感で感じながら、またまた制作意欲が沸いてきました。
もう一丁!

ひまわり展 搬出
09.7.30
 もう7月も終わりですね。月末の今日は堺市役所前の広場に展示していた作品の搬出日でした。
ご覧頂いた方がたに感謝申し上げます。
堺に向う前に、京都へ受注作品の納品があり、午前中はその梱包、準備に追われバタバタしていた。京都へは定刻に到着したものの、一部取り付けなどが発生して、出発が少し遅れてしまいました。
京都市内はいつものように混雑気味で、それは想定内だったものの阪神高速が予想以上に混んで、堺への到着が遅れてしまいました。

そそくさと撤収を終えて、ホッとして荷卸しの為に工場へ向けて車を走らせました。高速から見える空が、何とも夏らしいというかなんというか?予定をこなせた安堵感からか?とても美しく見えました。

って、ホッとしている場合ではありません。ガンガン作らないといけなくなってきました。ありがたい事です。

雨の猛威
09.7.27
 全く、雨が多い。ここ大阪でもその雨の降り方は尋常ではないような気がする。被害こそ出ていませんが・・・。
その様相は、昔行った南の島で遭遇したスコールに似ている。ザッと降るというよりドバっと降る。

山口県をはじめ各所で災害となっているが、日本の地自体が、その変化についてゆけず、・・・又は慣れる様に対応する自然の流れが、悲しい事に多くの犠牲を生んでいる。
自然の前では、人間も無力なのだとドバドバ降る雨の前で痛感する。
お亡くなりになられた方方のご冥福をお祈りいたします。

 さて、幸せな事に異常な状態の中で、正常な毎日を送れている。やはり作っている。幸を運び入れる鳥と言われる、ツバメを作るべく、研究中です。どうやったら上手く、早く作れるのか?やってみて、反省しての繰り返しです。羽の感じが上手く行きません。難しいものです。

天神祭りの大阪
09.7.25
 タイトルからするといかにもお祭りに行ってきました!と言わんばかりですが、人が多い所は苦手な私。特にあの規模の人の賑わいの中へは、極力行きたくないのです。
でも貴重な夏の風物詩で、「あ〜、天神さんかぁ」などと思うだけでも、なんかエエなぁ〜と一人感慨にふけるのです。
好きか?嫌いか?で言えば、基本的に祭り好きなのかも知れません。

 仕事のキリもよく、夕方からまたまた工場の片付けを始めました。
最近ハンマーや挟みが増えて、雑然としていたので、もっと機能的に整理整頓できないか?というテーマの下に、静かな工場街にZZTOPの音楽を響かせながら、一人黙々と工場改良をしていると、遠くで雷鳴のような音が聞こえるではないですか。
音楽のボリュームを絞り、耳を傾けると、どうやらそれは花火の音。花火自体は見えないものの、暫く手を止めて夏の夜空を見上げていました。
一言で言えば「妄想」になってしまうのですが、その音だけで見えない花火も見え、見えるはずのない人の群れや屋台などがイメージとして浮かんで来ました。記憶の残像が、その「音」によってイメージとして浮かんできているのでしょうね。

ビールがあればもっと良かったのかも知れませんが、ほっこりとした数分を越えて、改良を再開。ロック&ブルースがまたバッチリはまって、ご機嫌さんで作業もノリノリなのでした。

凄い夕立がきました。
09.7.23
 とてもよい天気だったのに、夕方近くになると文字通り、雲行きが怪しくなって、「こりゃあ、ドバっとくるなぁ〜!」などと思っていると、予感はドンぴしゃ的中!

 雨が降るといつもの事なんですが、吹き込んでくるのでシャッターを閉めます。ただ、完全に閉めるのではなく、10cm程は風通しの為に開けています。
「よー降るなぁ〜」と何気なくその隙間を見ると、前の排水路から水が今にでも工場内に入り込んで来そうな勢いで盛り上がっているではないですか!
「こりゃ、詰まっとるな」と思い、長靴を履いた猫ならぬハゲ親父はイソイソと外へ出ようと扉を開けたのです。
すると・・・・・・・。

外開きなので、左手が外へ出たと思いきや、一瞬で肩までずぶ濡れのヒタヒタになりました。決して大げさに言っているのではなく、扉の向こうは滝と化していたのです。
「なんじゃこりゃ!?」と軽く松田雄作さんの真似をしながら、排水路の点検に表に出ましたが、これと言って詰まりはなく、単純に雨の量に排水が追いついていませんでした。
工場に戻るや否や、着替えたのは言うまでもありません。

結局、表の排水路からの浸水はないまま、雨は止みました。ホッとして、さぁ仕事を再会しようと振り向くとなんと!裏側のブロック塀から浸水しているではないですか!漫画か!?
ん〜・・・まったく。。。「チャンチャン♪」って感じです。

海の日
09.7.20
 昨日、イオ光の取り付け工事日でプロバイダが変わった。
本人的には、だからといって何が変わるわけでもなく、逆にメールなどもアドレスが変わってしまい、周りの皆様にお手間をお掛けして申し訳なく思っている次第です。

10年と少し前に始めてパソコンを買ってメーカーの思う壺で、推奨プロバイダと契約。しかし、そこが途中でニフティと合併?自動的にニフティとの契約に変わり、メールのアドレスも新しい物が頂けたものの、初期のものが使えたのでずっとfwis2528・・・・という意味の無い配列のものを仕事で使ってきたのです。(アドレスなどもあまり変更したくなかったし)
が、さすがにこの夏、その番号が使えなくなるとのことで、経費節減も兼ねてプロバイダ変更に踏み切った訳です。
このホームページもいずれ引越しするつもりでいるのですが、どうせだしリニューアルを!と思っております。(先の話になってしまうなぁ〜)
ちょっとドタバタで、ご迷惑を御掛けしますが、何卒ご容赦ください。

 リニューアルといえば、工場の整備がやっと一応今回分が終わった。棚というのは本当有効ですね。中々綺麗に片付くし機能的です。2Fのスペースも広がり、引越し当初から目論んでいた出来たもの置き場の確保が出来ました。あとは念願の天井クレーン(アーム式)の取り付けだなぁ。ホイストはずっと箱の中だ。もったいない。

 しかし、巣作りも大事ですが、仕事せなあかんなぁ〜。

ひまわりと彫刻展
09.7.19
 今日は、堺市役所前広場でのイベントの設置日でした。明日から10日間の会期で展示です。
私の出品は2001年にNYの合同展に持って行った、「Chaenge the world」と、古いもので、今見直すと恥ずかしいものの、現代という不遇な時代を全ての人が迎えている今だから、出品しました。
私を含め計5名の彫刻が展示されております。
街中にひまわりが沢山で、季節を感じがてら、お近くにお立ち寄りの際は是非ごらんください。

717
09.7.17
 今日は私の誕生日!・・・って、自分の歳の認識が定かでなくなってきている現状から言っても、誕生日だからと言って何の感情があるわけでもない。「祇園祭りだなぁ〜。あっ!誕生日だ!」くらいのもので、日常は何も変わらず、火の神と戯れている。

全く・・・オッサンになるにつれて、冷めるというか?なんというか?
まず、特別な日という、アニバーサリー的なワクワク感がかなり失せている気がする。誕生日に限らず、クリスマスや正月も結局そんなにトキメイテいない。(風情のない奴だ)

しかし、客観的に見直してみると、日々の日常の方が刺激的なのかも知れない。常に断崖絶壁のハタを歩いているようなもので、生死間を彷徨っていると言えば大げさですが、本質的なところでそれに近いところをウロウロしている訳だし、日々やってくる難題(作る事)の方が、スリリングなのだ。どんどんアブノーマルになっていっているのかも知れないなぁ。
大丈夫?俺! 
今宵はこの辺で・・・

New Face
09.7.15
工場の工具類にニューフェースが加わった。
喜ばしい事なんですが、ちょっぴり切ない工具や機械の運命を思った一件です。

事は簡単で、長屋工場の並びの一軒が閉まることになりました。そこで要る物があれば気持ち程度でお分けしますという流れで、スタジオイストに旋盤が入ったのです。
これは工場を諸事情で止めないといけない際に大半の人がよく言う台詞なんですが、(痛いほど僕も分かります) 「まだまだ使えるのだけれど、どの道スクラップにしかならない。だから喜んで使ってくれる人があって、そうしてくれるのであれば嬉しい」と。

モノを作るには、やはり色々なモノが必要で、我々はモノを作るために作れるモノを集める。
小さな工具でも中々なお値段で、一つだけそれがあれば良いという訳でもない。折角 手に入れたそのものも壊れてしまってまた同じそれを買わなければいけなかったりする。
小さい工具でもその状態の中、大きな機械となると楽勝で桁が変わるので、それなりの気概で手中に収める訳だ。
工場のオッサン達は小さな工具から大きな機械まで、大切に大切にそれらを使うわけだ。

勿論、この私も例外ではなく、殆ど皆無に近い工具量から始まって、一つ仕事をしては、一つ二つ工具を増やしてきた自分にとって、スタジオに詰まっている興味のない人から見ればゴミの山が、何よりの宝物である。工具を擬人化して言葉にするのも少し変だが、きっと一番の仲間なのだとずっと思ってきた。いわゆる、思い入れが強いのですね。
それが、何かしらの理由で作ることを止めねばならない場合、あの台詞にきっと辿り着くことだろう。

高価な物なのに、使って初めてその価値があり、使われなくなったとき、資産になるどころか下手をすると撤去費用を取られたりする工具や機械。
何か切なくなりました。何か悲しくなりました。
が、その分、大事に愛して共にモノを作るんだ!という気持ちになりました。
まずは清めの儀式(洗い)。灯油でこびり付いた油をゴシゴシと。僕が中古機械を手に入れた際はここから始まります。

power up!?
09.7.14
 突然ですが、工場のテコ入れをしている。
今日、棚を2台もらってきたのと少し製作の余裕が出たから、いきなりおっぱじめる事にした。

 「出来上がったものを置けるスペース確保」も大事な一面として、2階といいますか?巨大棚を作り、それは鎮座しているが、実際は整理しきれずにほとんど、その意図からはずれている。
どうにかせねば!とは思いつつ、積み上げてゆくしか活路は見出せずに「棚」は必要と踏んでいました。
で、その棚は頂ける予定があったので、この時をじっと待っていたのでした。

 家でもそうですが、模様替えとかしだすと、片付けているはずなのに見る見る散らかっていって、手のつけられない状態に陥ります。
「これは、どうなることやら?」と青ざめたのが夜の7時くらい。・・・というかハタと気づいたのが、その時間。
取りあえずカッコつけねば!と必死のパッチ。
ざっとは片付いたのですが、まだまだ混乱の最中です。

こりゃ明日も鳴門の渦潮じゃ!

夏の雲
09.7.13
 今日も暑かったですね!
三重県ではこの時期、記録的な暑さだったような。
昨日の都議選を越えて、政治も熱かったような。
世の中のそんなこんなの暑さの中、僕は変わらず制作に今日も熱かったのでした。

 心地よい風に誘われて、外へでる。
ふと空を見上げると、夏の光の中に白いモコモコした雲がポカンと浮かんでいる。短い夏がいつの間にか始まっていたのですね。
気象庁の梅雨明け宣言があったのか?まだなのか?知りませんが、もうこの空は間違いなく「夏」です。

毎年夏が何故だか忙しいのですが、今年はどうだろう? 
秋の向こうに個展の予定も入っているし、その秋は受注の予定も入っており、やはりこの夏もボヤボヤはしていられないような感じです。

 「火を使うので、夏は大変ね!」というふうなお言葉を頂く事が多いのです。ありがたい優しさで、確かにそうなんですが、実は夏こそ鉄を叩くに丁度良いのです。焼けるのが早いし冷めにくい。

 さぁ〜てバンバンいっときましょか〜!

作品の編隊
09.7.12
 海面は穏やかに見えて、海底で潮の流れがきついところがあるもので、この7月の時間の流れが結構 それに似ているような感がある。
(そういったスポットに陥る事は多いのですが)

何をしとったんやろ?と思うほど、時間が過ぎ去っている。単純に歳のせいなんでしょうかね?
現在はまだ、良いのです。・・・と言うのも制作した「モノ」が見えているので、何となく自分の中で合点がいくのです。
そのうち、この「モノ」たちがしかるべきところへ旅立っていきますが、そこで「何しとったんやろ?」という一種の恐怖が強まります。
・・・で、結局、「何かせなあかん!」になって、作って、無くなって・・・という流れの、この恐怖スパイラルが続くのです。(ちょっと大げさに書いてしまいましたが・・・)

しかし、何だかんだいって、作れる状態にある自分はきっと幸せなのです。


ランプ専用台の編隊


ガツンと
09.7.9
 世の中不景気だというのに、見積依頼が固まってきた。
見積と言うのは、中々大変でおっくうなのだが、大切な流れの一つで製作同様しっかりと取り組まなければならない。
最近は暑さのせいだろうか?それとも歳のせいだろうか?製作作業をして、夜間に見積というのがどうにも出来ない。

 見積といっても、いくらで仕入れたものをいくらで売るという単純なことではなく、画を描くところからはじまる。ポッと浮かぶときもあれば、中々まとまらない時もある。その後、どれ位の材料が必要で、どれ位の製作日数で出来上がるか?だからいくら位かな?っと、結局見積と言いつつ、大半は無いものを頭の中で具現化させて、その後諸々を予想をしている訳だ。もうかれこれ初心者でもないくせに、中々、手間取るし、読みきれないところが多い。
(・・・大概、見積は甘く、お客様は得をされていると思います。)

 さて、昨夜は久しぶりに夜間の見積一人会議をしていた。
気が付けば夜の闇が光に飲み込まれる時間になっていた。オールしてしもた〜と青ざめながら少しでも睡眠をと思い、6時くらいから3時間ほど眠る。
結局、こうなるとどうしてもしんどい訳ですが、無理やり起きるとなんだか胃が焼けているし、頭も痛い。
しかし今日は、椅子たちをしあげるのじゃ!の日だったので、気合一発工房へ。
誰と話している訳でもないのですが、「まだまだ〜!」「負けへんぞ!」っと独り言。(かなりイってる状態かな?)
さすがに夕方くらいには足にきて、ボンボンベッドを引っ張り出して、少し横になりました。そのカイあってか?テーブルまで仕上げるのじゃ!に目標がかわり、無事ゴールに到着したのでした〜。

あ〜、でも明日は明日で、ランプ台10台チャレンジの日だぁ〜(怖)

星の見えない七夕
09.7.7
 気が付けば2009年も七夕を迎えている。残念ながら天候は悪く、☆が見えない(まぁ、都会では常に満天の星はみれませんが・・・)

別段、七夕ゆえに星を見なければならない訳ではありません。いつも色々なところに目を向けると言う事は大事なのですが、日々それぞれに何かに追われていると、その余裕が中々持てません。
私などは特に風情のない生活を送っているように思います。
「七夕かぁ〜」と見、聞きしてやっと夜空を見上げてみたりするもので、そこに星がないとちょっと残念に思ったりしてしまいます。(勝手な話ですね)

とにかく、今年の星の見えない七夕は、混沌とした現実を思わせるような空だなぁ〜などと思ってしまいました。
夜をより暗く闇に染める雲は、不安や恐怖が具現化したモノのように感じたのです。星を希望に例えるのは安直ですが、その希望が見えなくなってしまっている。

でもでも、大切な事は厚く覆われた雲の上には、いつも変わらず無数の星たちが輝いているということです。
雲は風に流され、やがて去ってゆく。またやって来てはまた去ってゆく。

自分の中に暗雲が立ち込めた時に、雨に打たれるのをじっと耐える時もあるでしょう。湿度の高い状態に浸っているのもいいでしょう。そして、空気を取り込み思いっきりフーっと、風を起こしてそれを吹き飛ばしたならば、変わらず星は輝いているはず。

ラジオ体操でも久しぶりにやってみっか。

可愛い椅子たちが着々とゴールを目指して邁進中

お待ちの行列
09.7.5
 毎日暑いですね。皆様お体大切に!

さて、相変わらず作っている。
先月の末から取り組んでいるのは、テーブルが2台と椅子が8脚。
打ち合わせとか来客とか、1人でやっていると何か予定がある度に制作は中断されて、また作っては中断と言う感じで、なんか全然進んでいないような錯覚に慄くことが今回に限らず多い。

 数が固まると、製作は1つを仕上げて行くのではなく、言わば流れ作業的に工程を追いかけてゆく。(下の画は、木を張るための鉄の天板に脚が付いた工程)
なんか動物のようで、それを並べてみると、何かの行列のようで笑えてきた。勿論、その何かは仕上げてもらうのを待って居る他ないのですが・・・。
そろそろ単品仕上げ方向でいこうかな。
しかし、これからだなぁ〜。ガンバロウッと。

大雨予報前の晴天の朝
09.7.1
 暦は7月に入り、午後からは大雨だという予報のある夏晴れの朝である。まさに嵐の前の静けさといったところでしょうか?

 工房に行く前にこうやって書き込むことが多い。クーラーが利いた室内と反面、窓の外の光量が視覚的に温度の高さを感じさせる。それに加え、工房で火を使う事を思うと、出てゆくのに少し二の足を踏み勝ちになるのですが、そこは気合一発、出陣というのが、最近のパターンです。
さて、今日も一丁 頑張るぞう!

いい加減な感覚
09.6.27
 今日は気合一発、コークスに火をつける。
一気に工場の中は温度が上がる。
焼いては叩いて曲げてを繰り返す。
いつもは頭にタオルを巻いて、スキンヘッドを守っている物の、コークス焼きの時は、顔が変な焼け方(白ヘルメットをかぶった様な)をするので、サングラス一丁で作業を繰り返している。
正に汗が吹き出るといった感じで、髪の毛のない僕がタオルという障害物をなくすと、拭いても拭いてもサングラスの内側に溜まるように、ポタポタポタポタと止め処なく重力の赴くままにそれは零れ落ちてくる。そりゃ、顔プラス頭の面積があるのだからその量たるや倍では効かない。

ま、とにかく暑い訳ですが、涼を求めて工場の外へ。
すると、クーラーでも利いているんじゃねぇの?と言うくらい涼しさを感じます。近所のオジサン達が「見てるだけでも熱いわ!」と冗談クレームをつけがてら、「今日は暑い!」とボヤイている。

ふと、こういった感覚も結構いい加減だなぁと思いました。
火を焚いていなければ、外もウダル暑さなのに、より暑い所にいるものだから麻痺してしまって、逆に涼しさを感じてしまう。でも、またその中にいると、その感じていた涼しさも何処かへいってしまい、やっぱり暑さを感じてしまう。
・・・結局、どこからどこまでが暑いのか?
ん〜中々深い。
自分で自分が分からなくなりました。

とにかく、ダクトラインを改良して、熱気を外へ逃がせる分、助かってますね。暇な時にやっててよかった。

集中力
09.6.25
 暑い・・・。暑いと何もしなくても疲れてしまう。
更に火を使うので、クラクラしてくるのですねぇ。
昨年は山の中の工房だったので、暑いとはいえど涼しいものでした。
覚悟の上とは言えど、さすがに街中にある工場は、ひたすら暑い。

そんな事を考えながらも、黙々と作る。最初は「暑いなぁ〜」などと思っていてもその内にそう気にならなくなってきます。
段々 集中力が高まっていきます。(全然駄目な日もありますが)

・・・とは言いつつも、汗が吹き出てたまらないので、一日に何回も顔を洗いがてら頭を冷やすのですが、その鏡に映る自分の姿(顔)をみて 思わず笑ってしまいました。
真っ赤かなハゲ坊主。それはまるで、宮崎作品の「千と千尋・・・」に出てくる 坊が泣いているような姿ではありませんか!
よくアニメ系のキャラに似ていますねぇ!などと声を貰う事が多いのですが、また一つ自分で増やしてしまった訳です・・・不覚。

あっ、勿論 似ているというキャラで美形のものは一つもありませんのであしからず。
・・・嗚呼、集中力が途切れてしまった・・・。

門扉のパーツ製作

雨が降る
09.6.22
 本格的な梅雨だ。
雨が降らない日はジトジトと蒸し暑い。
ちょっと昔と違うと感じるのが、合間の晴れの日がいきなり夏日になる事と、雨の降り方が南国のスコールの様に降る事。

地球からの「異常信号」の発信が続いているのでしょう。

エコが叫ばれる世で、例えば車に視点を置いてみる。
TVで見たのですが、日本のCo2排出量比率で車が関係するのは17%らしい。例えば全ての車が完全に電気自動車になったなら、その17%は減るのだろう。電気自動車は部品点数も少ないらしく、排出量の半分近くの40数パーセントを占める産業からのそれも抑制するらしい。安直にみると素晴らしい事なのですが、経済的にはどうなんだろう?とか、多角的にみてみると少し不安を感じてしまいます。
勿論、エコ反対などと言っているのではないのです。

TVでのコメントを聞きながら僕が勝手に思ったのが、車に関係している現行産業は衰退するでしょうし、ガソリンの需要がなくなるのだから、それに伴う産業も衰退する事でしょう。
個人レベルで考えてみても電気自動車が浸透するまで、それは高価です。移行するなか、ガソリンの需要は減ってゆく訳ですから、値段も段々上がってゆく事でしょう。
資本主義社会では仕方のない事かも知れませんが、経済的余裕のない人は車に乗れない時代がくるかも知れません。車が絶対必要という論ではないものの、より「格差」が露出するような恐ろしさを感じてしまいます。
それは一過性のものだと思うものの、混沌とした時代がやってくる。今は、それの前触れに過ぎないような、そんな懸念を抱きました。

いい加減で無責任なボヤキで、どうすれば良いのか?なんて分かりませんが、エコロジーと平行して、その混沌とした時代を迎える覚悟が必要な気がします。メディアは美談しか言ってくれないから・・・。

久しぶりに歯医者さん
09.6.15
 ここ1ヶ月程になりますか、ずっと食べ物を噛むと痛む箇所がありました。ちょっと仕事も落ち着きモードで今のうちだし、いよいよ痛みも増してきたしで、観念して歯医者さんへ行くことに。

 苦手なんですよね。なんにせよ病院。特に歯医者さん。
不具合が生じて飛んでゆくのは、目医者さんくらいでしょうか。最高に足を運ばない歯医者さんは、とことん痛くなってからが常で、もうかれこれ7.8年は行ってない気がします。(実際虫歯もなかったのですが)

 そんな訳で、掛かり付けのところなどないので、自宅の近所へ飛び込みました。
すぐさま「小嶋さ〜ん」と呼び込まれ、着席。
「ああ、詰め物の下ですねぇ〜外して処置しましょう!麻酔大丈夫ですよね?」と軽やかに先生。
「ま、麻酔!」と動揺をかくせぬまま、「大丈夫です」の返事が震えてる。そして麻酔注射を打ち込まれキュィーンキュィ〜ン。

日頃、金属をゴリゴリキュィ〜ンキュィ〜ン削っているくせに、あの音がたまらなく恐怖で、変な汗はドッとでてくるわ、怖いしたまに痛いしで、アザができるかっちゅうくらい両手を握り締め、足はつるんちゃうか?っつうくらい力が入ったまま、涙目で術を受けておりました。

麻酔を打ったせいもあってか?いじくったからか?昨日より今のほうが痛いのですが、なんにせよ、もう行きたくないなぁ。
次の予約は来週に入ってます。

やっとこさっとこ
09.6.14
完成に至りました。
なんともミニマムな世界での製作の奥深さを痛感した案件で、本当色々と勉強になりました。こんな機会を与えられて、感謝している次第です。
画像にある私の手は男の癖に小さい方なんですが、パーで握れるサイズを叩き部材で組み立てて作るというのは、想像をはるかに超えて、苦悩に満ちつつも楽しいものでした。
残る問題は取り付けです。裏側に画鋲のような釘を仕込んでいるのですが、全体をずらさないように打ち込まないとなりません。
充分検討して臨まなければ!

とにかくは、出来上がってバンザイ!です。


京展会期終了です。
09.6.12
 昨日まで京都市美術館で行われていた公募展「2009京展」。
ご覧頂いた皆様有難うございました。またご意見など頂ければ幸いです。

さて、今日は搬出の為、京都に向けて車を走らせた。

作品自体は、単純に置いているだけなので撤収も早い。が、寒水石をばら撒いていたので、その回収と掃除に少し手間取った。
ランチが遅くなるのは想定内で、昨日の内に「懐石カフェ蛙吉」さんという昨年に店舗作りに関わらせて頂いたお店で「何時になるかはっきり分かりませんが・・・」というアバウトな予約を入れていた。
撤収が終わるや否や・・・。
久しぶりにオーナーさん夫妻に会えるのと空腹が満たされるであろう二重の喜びにイソイソと伏見稲荷へ向かったのでした。
美味しい料理(珍しい料理)と楽しい会話であっと言う間に時は過ぎ、「おっと今から荷卸をせねばならんのじゃ!」と現実に青ざめて、「ではまたまた〜!」とお店を後にした。
帰りの車は眠くてフラフラ〜でもでもビュンと工房へ。
いつもながらバタバタだけど、ちゃんと予定はクリアー出来て、ホッとしているのでございます。


粛粛と黙々と
09.6.10
 以前、「ドデカイタバコ」で触れたサイン関係の製作が続いている。まだやっとるんかい!?って話ですが、文字は終わっているものの、関連したモノがあるのです。

なんせ小さいので思うように進まない。一つ一つの作業を慎重に進めなければならないし、少しの誤差が見た目に大きく関わってきてしまいます。叩き出しの材料なので誤差はどうしてもあるのですが、あまりにひどいと致命傷となるので、修正を重ねる必要があるのです。

正直なところ、別件の打ち合わせとか、諸々があり、ひたすらにずっとずっと製作している訳ではないのですが、今回のような物件は時折中断するのが案外効果的なのかも知れない。
(施主さんをお待たせしているのに恐縮ですが・・・)

とにかく、小さなモノなのに多くを学びました。イサム野口さんは仕事は授業だと考えていたそうですが、若輩者のこの私も毎回毎回「全くだ!」と共感してしまいます。

小さくても大きな力を持ったものを目指して、もう少し。

デスクワーク
09.6.8
 前回のボヤキは日曜日の昼下がりに書いたものですが、その昨日今日と見積のお絵かきに没頭していた。
見積といっても、全てが無から始まるわけで、例えば門扉は門扉でもデザインが出てこない限り見積のしようがない。
どうにもピンとくるものが出てこなくて、期限の明日も迫るタイミングでやっと書きあがった。全く、酔っ払ってばかりはいさせてもらえない様です。
実はこの瞬間、もうその期限の火曜日になっている。
やること成すことスレスレのキワ際で、こんな自分が悲しくなる。
しかし、そのスレスレの状態で、やっと神が降りてくるような、そんな事が多いです。(だからと言って、ウサギと亀のウサギのようにダラケテいるつもりはないのですが・・・いや、やっぱりダラケているのかな?)

この世界に入って、まるで自分ではない誰かに作らされているような?そんな感覚をたまに感じます。それは、実質的な事からも無形の事からも 何か強い力に動かされ、生かされているような?そんな気になる時が結構あります。不思議な感覚です。

これってやはり・・・・・・・霊的なものなんだろうか・・・・

お〜こわっ!おわ!もう丑三つ時じゃ!
ここ最近、ただでさえ曜日や日付が分からないのに、時間の感覚までおかしくなっている。・・・あ〜おいらは一体どうなってゆくのだろう?
とにかく寝ようっと。
おやすみなさい、みなさま。

ピンボケの街
09.6.7
 タイトルそのまんまの画像ですが、深夜・・・いや明け方のなにわ筋。これは土曜日の早朝の絵です。
え?ウォーキングかって?・・・いえいえ、まさか!。
確かにメタボ気味で、我ながら自分が醜いなぁ〜と思いつつもだからと言ってそんなヘルシーな事をしよう!という思考に繋がってゆかない私。

ご想像の通りでございます。このピンボケ具合が、この通り。
友人と南で飲んでいて、毎度の事ですが、終電をやり過ごしてしまいました。んで、空を見上げると凄く素敵な色だったので、フラフラ〜と自宅に向けて歩いた訳です。

道路工事のオジサン達。ファーストフードのお店の人たち。新聞配達の人たち。ゴミの回収車の人、タクシーの運転手さん達。
大きな、とても大きな暖色の月が沈みかけている、そんな時間に沢山の働く人たちを横目に見ながらテクテク黙々と歩き続けました。
人知れず一生懸命働く人たちを見て、生きるという意志やチカラを見るようで、「頑張ってるなぁ〜大変だなぁ〜凄いなぁ〜」と感心というか、感動を受けつつ、「俺はまだまだ甘いなぁ〜」と心の中で懺悔が始まり半ば迷走・・・瞑想状態。
ハタと気が付いたら淀川の端。さすがに足も棒になり、膝まで痛くなるわで、この先は働くタクシーのお世話になることにして帰宅しました。全く、こんな時でも働く人が居てくれているから、助かるのですねぇ。ありがたいことです。

さて、んなこんなで懺悔を超えた今日。
今日は今日で、今日に日付が変わる頃、京都から大阪に向けた最終電車の中で、やはりアルコールに浸かりながら、フラフラフラフラ。(
連日かよ!)
今夜もまた、こんな深夜にたった390円で京都から大阪まで運んでくれる電車に感謝していたのでした。

ドデカイタバコ?
09.6.2
 遠近撮影での比率ではありません。
今、取り組んでいるサインなんですが、なんともちっさい。
10年以上やっていますが、このサイズを作ろう!と心に決めたのは初めてです。

 ・・・というのも、小さいのもある程度を超えると、これは大変。適当な文字で良いのであれば、出来上がった加減で良しとなれど、原版を追うとなると、技術的にもとても高度になってしまいます。何より集中力と忍耐というものが、この地味な作業には不可欠で、中指一本で隠れてしまうこのサインの製作には、ドーンと構えて望まねば上手く行きません。
元はフラットバーで、線の太さをあわせる(叩いているので均一ではないものの)ところから曲げ、組み付けの溶接と、全てが小さな動きの中で、淡々と製作を進めます。

 「これ、初期の頃だと絶対出来上がらないなぁ」などと思いつつ、おっと、ちょっと自慢しちゃいましたね。今日はボヤキではなくて、自慢話だ・・・・・・・・最低だ。

でも、悲しいかな 小さいだけに一般的には「大変な訳がない!」というのが人の心理。安易に取られ勝ちなものの、製作の現場での真実は手ごろな大きさがやはり作りやすく、大きくても小さくてもとてもとても大変なのです。ハイ。

5月も終わる
09.5.29
 時の流れとは本当に早いもので、もう梅雨の時期を迎えるではないか。
サブプライム破綻に始まった不況、豚インフルエンザ、そして北朝鮮が不穏な動きをしていたりと、世界というカテゴリーでよろしくない兆候が見える中、淡々と時は刻まれ、流れ去ってゆく。
「一体、世界はどうなって行くのか?」などという途轍もない不安を抱きつつも、個人レベルでもノホホンとはしていられない現実を日々生きている。

 以前、師匠に言われた事がある。
「いくら頑張ったからとて、必ずしも報われるという事はない。しかし、死ぬ気でやらんとアカン!」と。その言葉を胸に、それ以後、また今も、自分が出来る事を取りあえず一生懸命やるようにしている。・・・と言う訳で、創る作る。
集中し始めると、恐れや不安も不平不満も何処かへ消え去り、いわゆる「無」になれていい。


チカラ
09.5.25
 今月の中旬、みっちりと取り組んで制作した「チカラ」という彫刻は京都の公募展、京展に出品していた。
明日から会期が始まるというのに、前日の今日、審査結果が届いていた。

その結果は入選で陳列するとの事。
ちょこっとホッとした。
実際は審査員の趣向などもあるもんだし、選外であったとしてもそう落ち込む事はないものの、これを目指して作って、選外であればなんのこっちゃかよく分からなくなる。
すべては人目に触れるというのが第一歩。それが叶い、ホッとしている。

場所は京都市美術館で明日からです。詳しくはインフォページでごらんください。お近くにお立ち寄りの際、お時間ございましたら是非ご覧ください。

どんどんドン
09.5.24
 最近・・・というか常々思うことがある。
作る事って楽しい。
これこれあーだから・・・云々と、それに理屈など要らない。

逆に作れない状態ってのは、辛い。
イメージが沸かない時、時間が取れないとき・・・etc........

そんな山谷は繰り返しやってくる訳で、現在はどうかと言うと、どんどん作りたいのですねぇ。なんでか沸いてくるのですねぇ。
ありがたいですねぇ。
でもちゃんとセンスのエエもんを創らねば意味なしです。
・・・と自戒の念を込めて。

しかし、何をもってしてセンスが良いとか悪いとか、難しい世界ですね。

元気印
09.5.23
前回から早4日も経つわけだが、書いていた通り翌日には復活していた。ちょっとバタついていて復活記事を書けなかっただけで、バリバリだ!全く貧乏人は強い。

ちょこっと風邪気味だったりバテ気味だったり、センチメンタルジャーニーになったりした時は、決まって「ちくしょ〜負けねーぞー」が決まり文句で、自分に喝を入れる。画像はマタマタ最新作のものだが、絵的にはこんな感じだし制作意図も沿っている。
勿論誰と競っているわけではない。作ること・・・いや生きる事とは自分との闘いの連続で、安易な方へ行かぬように自分で自分に鞭を入れ続けなければ、僕などと言うぐうたらな人間はみるみる内に駄目になってしまう。
自分に喝!というわけだが、やはりコジ魔の勢力は強くて現在は1勝3敗(ダメじゃん)くらいの比率。それを2勝1敗、3戦全勝になるべく努力しよう!と思っている。

少々バテ気味
09.5.19
5/7から本格的に始めた久しぶりの彫刻制作。16日までドップリと浸かるハメを踏んだ。(兎角こんな感じ)
連日、夜間遅くまでの制作は、この不況下の静かな工場街で、「近くの民家から苦情が来るのでは?」などとちょこっとビクつきながらではあったが、集中して連日挑んできた。

目標は17日搬入のとある公募展。ギリギリではあったが、自分なりに納得のいくものを出す事が出来た。
ただ、タイトルにもう少し気を配りたかったというのは本音のところ。(仮題)としておけば良かったなどと思いつつ。

とにかく、そんなこんなで疲れが一気に出ているのか?体調がイマイチ優れない。・・・まさかの豚インフルではあるまいな・・・。
かといってポケっと休んでもおられず。
まぁ、そのうちに・・・いやきっと明日くらいにはどこふく風で、元気印なのだ。まったく貧乏人は強〜ぜ。


苦しみという快楽
09.5.11
 画像がボケているが、それくらいが丁度いい。
まだ、面と戯れている。いまだに途中である。
前回からもう1週間近く経つわけか・・・と浦島太郎気分と半面に「いつまでやってんだい?」ちゅう話だが、とかくこんなもんで、ちょっと遅れ気味なものの、想定の範囲内だ。早くて水曜日、遅くて土曜日くらいには仕上がる。・・・つもり。

 この面、大した大作になってしまった。もともとの顔が大きかったので、バランスを考えると巨大化してしまったのだ。
1600(mm)ワイドの奥行きが1800。全く置き場もないというのに、自分のバカさ加減に涙も出ない。

でもやると決めた以上は、・・・・・やらねば。


再起動?
09.5.6
 考えてみれば、昨年の年頭にドイツの個展を辞退して以来、忙しかったせいもあるが、どうにも彫刻に挑む気が失せていた。
上の絵にある面が、途中で中断したままで、「はよぉ作り上げんかい!」と見る度に怒る声が聞こえてくるようだった。

 工房移転、半年を越えた現在突然に作らねば!という衝動に駆られ再着手。
作りかけの作品達が、嬉しそうに触られている気がした。

ハッピータイム
09.5.5
 今日は前月に設置を終えた新築物件の完成記念パーティーにお誘いを頂いて京都を訪れた。私が関わったのは、画像の門扉と勝手口用の門扉の制作から設置。

 建築に関わった20〜30人程が、ゲストとしてお招き頂き、ご馳走を囲みつつワイワイ、ガヤガヤと時間が流れてゆきました。
依頼を受けただけでも有り難いことですが、こういった席まで設けて頂いた事に感謝しています。

 今回この物件は施主さんの絵を元に、言わば「作る」だけの仕事だったのですが、相手のイメージの中に自分を投入せねばならず、そこが中々メンタル的に大変で、またまた色々と勉強させて頂きました。そのイメージ的な面に加えて、実質「モノ」としての価値を上げる、表には見えにくい点で結構拘った作りになっています。
現在画像はないのですが、もう一枚の門扉は特に、作者の特質が現れるものです。例えば2人の製作者が同じ絵を元に作ると、仕上がり絵は大差はなくともよく見れば、違うモノが出来上がる訳です。

そんな思いを仕事を通して実感し、勉強させて頂いた訳で、またこれを明日へと繋げたいと思いました。

                        感謝合掌