最終更新日:09/03/21
フェルメール館書庫:デルフト紀行
デルフト紀行(フェルメールを訪ねて) (02/10/09) |
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4.メヘレン・イン:運河を挟んだ向い(マルクト広場側) フェルメールが9才の時から住んだ家。結婚後も、義理の母親の家に移り住むまでここに暮した。現在は美容室。隣の(手前の)家の壁に「フェルメールの生誕地」と書かれているが、誤り。 |
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5.新教会:マルクト広場 1632年、フェルメールが洗礼を受けた。フェルメール家の洗礼と埋葬の場所。14ー15世紀の建築。「眺望」にも描かれている。塔は高さ108mで、国内第2位。現在、工事中で内部に入れず。写真の左は市庁舎。 |
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6.ファブリチウスが「View
in Delft」を描いた場所1652年、新教会の裏側を遠近法で描く。この絵は現在、ロンドンのナショナル・ギャラリー。右側の2軒目の建物は今も残る。 |
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ここで、デルフト眺望を描いた場所へ行くルートもあるが、駅に近い場所なので、私は後回しにした。広場に面するケーキ店で、ケーキ&コーヒー。 |
| 13.Pieter de Hoochの家 フェルメールに多大な影響を与えた画家。 |
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| 14.プリンセンホフ(Prinsenhof)博物館 当時、聖アガサ修道院。1575年からオラニエ公家の住居。1584年、William of Orange王子が暗殺される。3館共通入館料を払って入ったら、意外にも多数の絵画あり。大阪のフェルメール展で見たものも多い。 向かいは、ヌサンタラ(Nusantara)博物館。インドネシアの文化を展示。VOC(東インド会社)が持ち帰った物。 15.慈善院 |
| ここで、ウォーキング・ツアーは終了。市の南端にある「デルフト眺望」の描かれた場所に向かう。運河沿いの静かな通り。案内書記載の場所は、広い自動車道路の手前だが、私には道路を渡り、対岸と思われた。 ここで、東門を見ていないことに気付き、運河沿いに東に向かう。 |
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■東門:「眺望」と非常に良く似た雰囲気が残されている。まわりも静か。門を通って市内に入ると、まっすぐ新教会に通じる道がある。 |
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■「デルフト眺望」の場所:案内書に記載の場所から橋を渡り、スキー運河の外側に出ると、運河越しにデルフト市街を見ることになる。新教会を遠望。手前に岸壁もあって、ここぞ、その場所という雰囲気。絵画では、左奥に旧教会の尖塔、右に新教会の白っぽい尖塔。中央の赤い屋根の建物は現在の武器博物館。 |
| 1630 駅に帰着。アムステルダム直通は、30分ごと。 |
参考資料(08/09/20追加)NEW
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| オランダ地図 | デルフト(衛星写真) | ガイドブックの地図 |
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| 「デルフトの眺望」今昔比較 矢印は左から旧教会の尖塔、武器庫の赤い屋根、新教会 |
デルフトの古地図と衛星写真比較 赤丸は眺望を描いた場所と新旧教会 |
「デルフトの眺望」を描いた場所推測 |
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