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1997年カナダにおける原科孝雄先生講演から

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T. Harashina 1997 Van Couver

The Presentation about Up-to-DateJapanese Therapeutic Environment

15th Harry Benjamin International Gender Dysphoria Symposium
Van Couver Sept. 1997

Prof. Takao Harashina, Saitama Medical School, Plastic Surgery


ハリー・ベンジャミン国際ジェンダー・ディスフォリア・シンポジウムでの講演から

(原文:英語)(翻訳:井上 けんな)

1997年9月、バン・クーバー(カナダ)

講演者:原科 孝雄(埼玉医科大学形成外科教授・総合医療センター形成外科)



 経済・科学技術・産業、そして医学に関して先進国の一つと考えられている(にもかかわらず、)日本は、ジェンダー・ディスフォリア(*1)に苦しむ人々にとっては長い間暗黒時代であった。なぜ日本でこの分野がそれほど未発達のままであったのか、その理由と、過去と現在の日本におけるトランスセクシャル(*2)の(置かれている)状況を検討する。

[スライド]

 この症例は、私の初めてのペニス再建症例で、12年前に行われたものである。この26歳の男性は、結婚後わずか3ヶ月にして交通事故でペニスを失った。我々は三角筋(*3)皮弁に肋軟骨を合わせて用いてペニスを再建し、患者は2人の男児の父親となった。この結果が泌尿器科の専門誌に発表されると、その事実がマスコミを通じて広く報道された。

 その後一人のFTM-TS(*4)が、ペニスの形成を希望して私の外来を訪れた。彼は針金を用いて自分自身の声帯を傷つけて(まで)自分の声を低くしようとしたと語り、それが単に自分の女性の(高い)声が(耐えられないほど)嫌であったからに過ぎないと知って、私は大変ショックを受けた。

 彼はまた、「性は変えられるか」(*5)と題した1冊の本を見せてくれた。これもまた私にとっては大きな驚きであった、というのはこの本は1976年、(今から)およそ20年(も)前に出版されたものであったからだ。

 私はこのほかに、一人のFTM-TSが発行している「FTM日本」というミニコミ誌を知った。彼はおそらく海外でGRS(*6)を受けた日本でただ一人のFTM-TSだと思われる。この雑誌を通じて(情報を得て)数人の患者が私の病院を訪れた。彼らは精神科医のカウンセリングを受け、またホルモン治療も受け(ることになっ)た。

 1995年5月、我々は(埼玉)医科大学の倫理委員会にトランスセクシャルの手術的治療の許可を申請した。すでに2名の患者に関しては、我々の準備は完了したと考えたからである。この申請は倫理委員会に大混乱を巻き起こした。委員会の議長を務める精神科の教授ですら、トランスセクシャルに関する知識は事実上何も持ち合わせていなかったからである。委員会が結論に達するまで1年かかった。

 1996年7月、埼玉医科大学倫理委員会は条件付きで手術的治療を認めるという決定を下した。条件は大きく(分けて)3つ付けられた。第1に、トランスセクシャルの診断と治療のためのガイドラインを作成すること。第2に、治療のためのチームを組織すること。第3に、この問題が社会的に認知されるよう努めることである。

 報道関係の反応は上々で(我々を支持する)積極的なものであった。日本においてトランスセクシャルの問題が初めて公に議論されたこと、(これまで世間の)大半の人が性転換手術は個人的な趣味の問題だとか、(水商売で)プロとして金を儲けるためだと考えてきたこと、などが理由(として挙げられる)だろう。

 マスコミの好意的な反応に押されて、厚生省は日本精神神経学会に、トランスセクシャルの診断と治療に関する国家的なガイドラインを作成するよう諮問した。昨年(1996年)9月には学会内に特別委員会が組織され、(また)埼玉医科大学にジェンダー・クリニック(*7)が開設された。

 今年(1997年)の5月に日本精神神経学会特別委員会は、トランスセクシャルの診断と治療に関するガイドライン(*8)を答申した。

 この時点ですでに我々は2名のFTM-TSの患者を選び、(後は)最終的な手術的治療の許可を求めるばかりになっていた(*9)。

 なぜ日本がこの分野でかくも立ち後れたかについてはいくつかの理由がある。

 最大の理由は、医師を含めて(ほとんどの)日本国民が長い間、性転換手術は法によって禁じられていると信じてきたことによる。1969年、30年近く前のことになるが、ある産婦人科医が3人の男娼の睾丸摘出術を行なったかどで罰せられた(*10)。優生保護法の「故なく生殖を不能とすることを目的として手術若しくはレントゲン照射を行ってはならない」という条文(*11)に抵触したことが処罰の理由であった。この時以来、法律や権威に弱い日本人は性転換手術が法律違反だと信じ続け、トランスセクシャルにとって(この種の)手術が必要であろうなどと(声を大にして)言う者はなく、この種の手術が公に行われることなどこの国では絶えてなく、ジェンダー・ディスフォリアに苦しむ人々の長い暗黒時代が続いた。しかしながら、公判の判決文を読んでみれば明らかなとおり、トランスセクシャルに対する手術は、患者がきちんと診察を受け、カウンセリングが行われ、手術前に(的確に)診断がついていたならば、正当な医療行為と見なされ得るのである。この医者が(この問題ばかりでなく)麻薬の問題にも関与していたため、やや厳しく罰せられたのは不幸なことであった。

 理由の二つ目は、多くの俗悪なテレビの娯楽番組が、これらトランスセクシャルもしくはトランスジェンダー(*12)の人々をコミックに登場する道化役のように扱うためである。こうしたテレビ番組は日本の国民(の深層意識)に強烈な偏見を植え付ける上で大きな役割を果たしている。

 第3の理由は、日本人が元来非常に保守的で、儒教の影響を強く受けているからである。このため性に関しておおっぴらに議論することを恥ずかしいと感じるので、わが国には事実上セクソロジー(性科学)というものが存在しない。

[スライド]

 これは1992年以来私の外来を受診した(TSの)患者数を示したものである。1995年9月は倫理委員会で議論された内容が初めてマスコミに漏れたときであり、1996年6月は倫理委員会が結論を公表したとき、1997年7月はトランスセクシャルの診断と治療に関するガイドラインが発表されたときにあたる。

 マスコミを通じて報道される度ごとに、外来を受診する患者数が増加している。奇妙なことに(合計)112名の患者の70%近くがFTMである。それはおそらく、毎回マスコミが、倫理委員会で手術について検討しているのはFTM-TSに関してである、と報道したからであろう。

 別の理由を挙げるならば、MTF-TSにとって除睾術などに関して必要な情報を得るのは比較的容易であり、大学病院を受診してカウンセリングに長時間を費やす必要がないからであろう。

 先に述べた優生保護法は乳房手術やホルモン治療に関しては規定していない。従って、多くのトランスセクシャルはすでに乳房切断術や豊乳術、ホルモン治療をうけてから受診する。すでにこうした処置を受けた患者を診断することは比較的たやすいと言えよう。

 医学的問題の解決は近づきつつあるが、法的問題の解決にはまだ長い道のりが残されている。

 すでに述べたように、優生保護法は必ずしも性転換手術を禁止したものではない。トランスセクシャルの診断と治療に関するガイドラインの答申があった後、法務省は、ガイドラインを遵守している限りGRSは適法と見なしうるというコメントを発表した。

 民法では、申請者がある程度長期間、できれば5年以上にわたって好みの名を使い続けているならば、(個人)名の変更は必ずしも困難ではない。

 戸籍すなわち出生証明書の(性別)変更に関しては、法廷で認可された事例は(1例も)ない。

[スライド]

 この男性は大企業の社員で、男性として長年勤続し、女性のパートナーと(すでに)20年以上生活を共にしている。彼はかなり以前に乳房切断術を受け、最近子宮筋腫のために卵巣及び卵管摘出術を受けた。

 彼の戸籍変更の申請すら、このような事由による変更はわが国では前例がないこと、および彼の外性器の外観が男性とは異なっていることにより、拒否されている。この件は現在最高裁にて係争中である。

 われわれはようやくスタートラインに立ったところだ。苦しんでいる人たちに対する福祉の向上に資するためには、まだまだ解決しなければならない問題は多い。

 私達を教え、導き、助けて下さった皆さんに特に感謝の意を表します。

[原文・終わり]


資料]原科孝雄教授講演・訳者註

上記資料中に用いた原語のカタカナ表記・略語・その他の簡単な註です。

                            [終わり]


 

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