現代性医学シリーズ
性は変えられるか
《性転換症の医学的解明》東京医科大学教授・医学博士
穴田 秀男 著メディカル トリビューン 日本支社
- 古い本ですが、1964年に起こった優生保護法違反(この有罪判決で、日本の性同一性障害の治療が30年間の暗黒時代を迎えることになる)について詳しく解説しているほか、1970年当時の世界の動きを伝える基本的資料となると考え、1冊丸ごと掲載します。
- 原著はすでに絶版で、国会図書館にも所蔵されてないとのことです。(古書店で手にはいることもあるようです)
- 明らかな誤りと思える誤字・脱字はざしきふぐの責任で修整してあります。その箇所はいちいち指摘していません。それ以外は原文のままです。
- 長いので全体を14のパートに区切りました。これははじめNiftyのPatioに掲載する予定だったため、その制限にしたがったものです。
- この本の目次へのリンク
まえがき
男と女が異なる衣裳を身につけるようになって以来、時に男が女の姿をし、女が男のなりをすることがあった。古事記には、女装して近づいた日本武尊(やまとたけるのみこと)が、熊襲(くまそ)を倒した有名なくだりがある。この話は、戦前には勇者が計略をめぐらして強敵を征伐する話として小学校の教科書に掲載されていた。女の姿をしていれば、敵の警戒心はゆるむものなのであろう。また、敗戦時の旧満州では、日本人の女は髪を切り、顔に炭を塗って男の格好をしようとした。無秩序状態の中で危難から身を守ろうとする悲しい知恵であった。
このように、異性の姿、形を真似ることは、どこまで成功するかを別とすれば、だれにでもできる。しかし、それはうわべだけで、もともと男であり、あるいは女であることを変えるのは不可能とされてきた。この世に生まれてきたからには、男は男として、女は女として生きなければならない。このことは神の摂理として動かすことのできないものとなっていた。だが今や、男から女へ、女から男へ、肉体の構造まで作り変えることがあるていど可能になった。すなわち、手術を中心とする性転換である。
とはいっても、この手術は希望すればだれでも受けられるというものではない。もしそんなことになったらたいへんで、人類は自滅の道をたどることになるだろう。人間には人間を自由につくり変えるほどの力はない。性の改造手術が行なわれるのは、半陰陽をどちらかの性に決定するようなケースもあるが、その対象は主として発生学上の性と心理的な性の食い違いに悩む者を救うためで、肉体は男であるのに、心は女であったり、逆に女の体を持っているのに心は男であったりする人たちである。彼らはトランスセクシュアル(性転換願望者)と呼ばれるまれな存在で、手術はホルモン療法を含めて彼らを社会に適応させるための治療なのである。
性転換手術が公然と行なわれるようになったのはここ数年で、欧米とくにアメリカで盛んであり、すでに手術例は千数百例を越している。アメリカでは、精神科医、心理学者、内分泌専門医、泌尿器科医、外科医などのチームが慎重に時間をかけて診断し、厳格な基準によって手術が適当であるかどうかを決定する仕組みになっている。一度切りとった肉体の一部を完全に復元することはできない。患者の一生を左右する不可逆的な手術であってみれば、慎重のうえにも慎重を期するのは当然であろう。
手術が厳格な基準のもとで実施されなければならないということについては、わが国でも一九六八年八月八日、札幌医大で行なわれた心臓移植手術がきっかけで、死の判定問題から医の倫理が問いなおされる大問題になったことはご承知のとおりである。ただ、不可逆的であるという点では同じでも、性転換手術にはドーナー(提供者)は必要でなく、拒否反応の問題もないという点で、心臓移植あるいは他の臓器移植に比べてやりやすいといえる。しかし、だからといって安易にメスを振るうことが許されるわけではない。現にわが国でも四四年には、性転換手術をした産婦人科医が、優生保護法違反に問われ、慎重さに欠けるとして体刑と罰金刑とを言い渡されている。
私が性転換問題にかかわり合いを持つに至ったのは、一九七〇年八月にワシントンで第二回世界医事法会議が開かれて出席した際、ボルチモア市のジョンズ・ホプキンズ大学を訪ねたのがきっかけであった。そこで問題の重要性を知り、研究、治療が活発に行なわれていることを直接見聞したことから何かをしなければと思うようになり、自分で大きな荷物をあずかる形になった。わが国でもすでに性転換手術が何件か公然とではないが行なわれている。しかし、医師の間でもまだ一般に関心が薄く、未開拓の分野であることは否めない。わが国の医学の進歩のためにも、対策を急がなくてはなるまい。本書の生まれた理由もそこにある。この問題についてわが国が医学的にはもちろん、法的にも社会的にも世界の流れに遅れることのないよう大方の理解が得られればよいと思う。とはいっても、専門外の私にはもとより深い造詣のあろうはずはない。このため、私は主の問題の周辺について説明するとともに若干の私見を述べ、重要な部分にはこの問題に深い理解を示し、多くの研究者を援助しているアメリカのエリクソン教育財団から送られてきた資料を、許可を得たうえで使わせていただくことにした。
本書は一般向けにまとめたもので、性の文字はむやみに多いが、興味本位の意図から出たものでないことはご理解いただけると思う。専門家はもちろん、一般読者にも食い足りない中途半端なものになったのは私の勉強不足のせいである。不備の多い本書がいささかでも役に立てば幸いというべきであろう。
本書を送り出すにあたり、有形無形の協力と援助をいただいた多くの方々、とくにジョンズ・ホプキンズ大学のマイヤー博士およびエリクソン教育財団の関係者各位に心からお礼を申し上げたい。
昭和五十一年十一月三日
著者マイヤー博士から本書に寄せて
親愛なる穴田先生
あなたの性転換願望に関する著作が出版されることを知りました。親しい友人の一人として、研究仲間の一人として、心からお祝いを申し上げます。
すでにご承知のように、性転換願望と性転換手術につきましては、医師、宗教家、法律家だけでなく、一般の人々も理解を深めてきております。手術と同様、心理療法を受ける患者も着実に増えてきました。私どものところのジョンズ・ホプキンズ大学病院性判定クリニック The Gender Identity Clinic of the JohnsHopkins Hospital では目下、外科治療をした患者と外科治療をしない患者の双方について長期の追跡調査を実施中でありますが、いずれも良好な成績を示しております。
日本ではまだこの分野における組織的研究が行なわれていないと聞いております。日本の医学が自他ともに認める高い水準にあることを考えますと、日本におけるそうした状況は奇異な感じがいたします。私はあなたの労作が、この問題について人々の理解と関心を深める先駆的役割を果たすことを信じ、かつ期待しております。
先生のお仕事に深い敬意を表し、いっそうのご発展をお祈りいたします。
性判定クリニック所長、性判別委員会委員長、ジョンズ・ホプキンズ大学、
医学博士ジョン・K・マイヤー
性は変えられるか●目次
(註:ページ数は原著のものです) まえがき i マイヤー博士から本書に寄せて v 第一章 肉体のエラー I 肉体改造への願望 3 1 タイの少女からの手紙 3 2 人生相談に寄せられた悩み 6 II 性転換願望者とは 9 1 本人にもわからぬ原因 9 2 性別障害児 11 3 男女両性者 12 III 性転換手術の歴史とその発展 15 1 先天異常と遺伝 15 2 染色体の異常 18 3 半陰陽とは 20 4 奇形をなおすために 22 5 性別を決定する基準 23 第二章 性転換問題の深刻化と世界の状況 I ロンドンでの第一回国際会議 29 II ジョンズ・ホプキンズ大学を訪ねる 32 1 学問的関心と好奇心にかられて 32 2 世界に数知れぬほど多い患者 34 3 性判定クリニックの活動 35 4 マイヤー所長の来日 38 III デンマークでの第二回国際会議 42 1 唯一の日本人として会議に出席 42 2 日本の状況を報告 45 IV 性転換と道徳・宗教 48 1 医師に多い反対意見 48 2 性転換願望者と宗教 49 第三章 性転換の医学 I 性転換手術の現況 57 II 類似の症状を見分けるための診断 61 III 性転換願望の病理 65 IV 治療に対する医師の態度 68 V 患者の心の準備 71 VI 医学的処置(その一) 75 1 手はじめの面接 75 2 身体検査とテスト 76 3 精神科医の診察 77 4 補足的面接と同意 78 5 ホルモン治療 79 6 電気分解 80 7 カウンセリング 81 VII 医学的処置(その二) 83 1 男性に対する手術 83 2 病院での手当て 84 3 家庭での手当て 84 4 女性に対する手術 87 5 手術後のホルモン療法 88 第四章 性転換の後に I 生まれ変わった人たち 93 1 結果はおおむね良好 93 2 クリスチーヌの場合 96 3 ジャン・モリスの場合 97 4 日本における性転換の実状 99 II ユーゴスラビアでの第3回国際性転換会議 103 III 第二の人生の発見 106 1 ある変身 106 2 ある兄の手紙 108 3 ある母の手紙 110 IV 性転換者はどう扱われるか 115 1 各国の実状 115 2 性転換後の身分の変更 119 V 日本における法的な取り扱い 124 1 手術の合法性の限界 124 2 身分の変更は困難 127 第5章 性転換と法律 I 優生保護法違反とされた性転換手術 133 1 どの点が犯罪となるか 133 2 被告、弁護側の主張と裁判所の態度 136 II 性転換手術の内容と医学的評価についての裁判所の認定 139 1 性転換手術の概要 139 2 同性愛と性転向症 141 3 同性愛、性転向症の原因 144 4 同性愛、性転向症の治療と性転換手術 145 III 性転換手術に対する裁判所の考え方 150 IV 本件手術に対する評価 153 1 裁判所の事実認定 153 2 本件手術の違法性 156 3 弁護側主張に対する判断 157 V 量刑の理由 161 VI 判決に対する評価 165 第六章 性転換症と衣裳倒錯症 1 両症の傾向と相違 169 2 診断 171 第七章 性研究と治療の倫理的ガイドライン 1 倫理的性研究会議開催の主旨 179 2 会議の議題と将来への展望 181 <付録>国際性研究学会の報告 1 第一回国際性研究学会 189 2 第二回国際性研究学会 190 <参考文献> 191
(奥付)著者略歴穴田秀男(あなだ ひでお)
石川県金沢市に生まれる。
松本医学専門学校教授、信州大学松本医科大学講師を経て、現在東京医科大学教授、城西大学教授、信州大学、日本大学、杏林医科大学、城西歯科大学の各講師を兼ねる。医事法制の国際的権威。医学博士。著書
「医学への道」教学社(昭和28年)
「医師のための法律」金原出版(昭和32年)
「最新医事法制概説」金原出版(昭和35年)
「医事紛争と臨床の法律」世界保健通信社(昭和38年)
「医療の法律」同文館(昭和40年)
「診療看護の法律と医療事故」メジカルフレンド社(昭和46年)
「臨床法学・医事紛争」日本病院管理協会(昭和48年)
「医事紛争・その防止・処理と判例」金原出版(昭和48年)
「新編医事法制概説」金原出版(昭和50年)<現代性医学シリーズ>
性は変えられるか
《性転換症の医学的解明》 定価 ¥2,000(送料200円)1,976年11月25日 第1刷発行
著 者 穴田秀男
発行者 山形正弘
発行所 メディカル トリビューン 日本支社Sexual Medicine 編集室
東京都中央区八丁堀2−7−1(大石ビル)〒104
電話 東京(03) 553-0681/振替・東京8-69444
印刷・製本/(株)新生社性は変えられるか・1 終わり
差出人に見覚えのない一通の航空便を手にしたのは、昭和四六年八月末の暑い日で、私がデンマークで開かれる第二回性転換国際シンポジウムに出席のため東京を離れる直前のことであった。発信地はバンコックで、英文でタイプされた手紙には次のようなことが書かれてあった。
「突然こんなお手紙を差し上げる失礼をお許し下さい。というのも、私にはどうしようもないほど大きな、深刻な人生の悩みがあり、これを解決するために、ぜひとも先生のお力添えが必要であると考えたからです。先生にお願いすることで、この問題が解決できればこんなうれしいことはありません。どうぞ力をお貸し下さいませ。
私は、タイ国の一六歳になる少女です。少女といいましたが、これは私にとっては大変不本意な性別で、私の意志とは無関係に、押しつけられたものです。私は女性としていきたいとは思っていませんし、それどころか何とか少年になりたいと望んでいます。少年であることを望む私は、ボーイッシュに、少年らしく振る舞っています。しかし、完全に少年になるには、性転換手術が必要であり、今日ではそれが可能なことも承知しております。
私は決心して、アメリカのエリクソン教育財団に手紙を出しました。「少年になるための手術をして下さる病院と医師を紹介して下さい」と。ところが、その返事は「アメリカでは、二一歳未満のものに対する手術は、法律で禁じられており、あなたの希望をかなえてあげるわけにはいかない」というものでした。そこで私は「手術は日本でもできるのではないでしょうか。日本の適当な方を教えていただけないでしょうか」と重ねて問い合わせをしてみました。すると、先生の住所と名前を知らせてくれました。私は大きな希望を持ってこの手紙を書いています。手術に必要な費用は十分準備してあります。先生のよいご返事をお待ちしております」
私は、国際会議から帰った後で返事を出すことにしてそのまま旅立った。九月中旬に帰ってみると、留守中にもう一通、彼女からの手紙が届いており、それにはこう書かれていた。
「先生にお手紙を差し上げましたが、まだ返事が届きません。私は手術のための心の準備をととのえ、先生のご指示があればいつでも日本へ旅立つつもりでおります。日本へ行ったことはありませんし、そちらの事情も知りませんが、生まれ変わるためならどこへでも行くつもりです。きょうかあすかと先生のお返事を待っております」
私は急いで次のような返事を出した。
「たまたま性転換の国際会議に出かけて返事が遅れたことをおわびします。あなたの深い悩みについては、多少とも性転換願望について知る者の一人として同情を禁じ得ません。しかしながら、性転換手術は、おそらくあなたの想像される以上に大変なものです。失敗したらもとに戻すことのできないむずかしい手術です。そのために、アメリカでも、手術が果たしてその人にとって最善の方法なのかどうか、外科医、内分泌専門医、精神科医などが慎重に検討したうえで手術をすることになっています。また手術前、少なくとも半年くらいは、新しい性別で生活してみることが望ましいとされています。
アメリカでは二一歳未満の人は手術を受けることはできませんが、その他の国でも未成年者の場合は父母の同意が必要ですし、条件のきびしさも大同小異です。
日本の場合は、こうした手術はまだ合法的なものとして認められておりません。また、女性から男性に転換した例も私は聞いておりません。そんなわけで、あなたのせっかくの希望に答えられないことを遺憾に思います。ご自愛を祈ります」
このタイの少女がその後どうしたかは知らない。気の毒でも私にはそうするより仕方がなかった。こうした手紙のやり取りをしながら感じたことは、タイ国でも、性転換のことが新聞や雑誌に報じられ、これに強い関心を持つ人がいるということ、その願望の強さ、激しさが民族や国境を越えたものであることを知った。
自分が異性であると信じ込み、自分の肉体的特徴をも異性のものに変えたいという強い願望を英語ではトランスセクシュアリズムTranssexualismといい、そういう願望を持つ人をトランスセクシュアルTranssexualと呼んでいる。新しい言葉で、まだ日本語の定訳はない。これを性転向症(者)と訳す人もあるが、私はかりに性転換願望(者)と訳すことにした。
性転換願望には、男性でありながら女性になりたい人(男性性転換願望者)とその逆の場合(女性性転換願望者)とがある。タイの少女の場合は後者の例である。もっとも、タイの少女が厳密な意味で女性性転換願望者であるかどうかは手紙だけからでは断定できない。性転換願望者には、ふつうの同性愛者やゲイボーイは含まれない。彼らは自分の性の存在に悩まされていないし、時には両方の性を使い分けたりする。性転換願望者にあっては、本来の性が男であっても、女性に性的な興味や関心は示さない。(彼にとっては女性は同性なのだから)その逆もしかりである。
私は二年前までニッポン放送のテレフォン人生相談の回答者を一〇年近く担当していたが、性転換に関する相談が時折り寄せられた。最初は四七年八月、九州に住む性転換願望者らしい女性から、性転換手術をしてくれる病院を紹介してほしいと再三電話がかかった。また他の場所で、女性になりたいという男性の相談もたびたび受けている。これらに対しては、そのつど反省を求めているが、相手はなかなか納得せず、あきらめたわけではないようすである。
さきに、ふつうの同性愛者やゲイボーイは性転換願望者ではないと書いたが、こうした人の中に、一般の人よりもはるかに高い確率で性転換願望者がいるのは事実である。ゲイボーイは少なくとも服装倒錯者であるし、外見上は性転換願望者との共通点が多い。私はあるゲイバーで同行の医師と性転換の話をしていたところ、ボーイの一人から病院を紹介してくれるよう訴えられた。私が合法的に認められていないことを説明すると「では外国でもいいから」という。手術には相当の危険が伴うし、大変な費用がかかることを説明しても「十分覚悟していますからぜひ」と真剣な態度で迫るので大変困ったことがある。
名優が見事に別人を演じるように、扮装さえすればそれらしくなり、ある種の感情移入も可能である。歌舞伎の女形役者は、女より女らしい所作をするとさえいわれる。しかし、一時扮装してみるのと違って、性転換願望者は驚くべき熱心さで自分を変えて新しい異性になろうとしているのである。現に、こうした手術を国内で、あるいはヨーロッパで受けて変身した「ブルーボーイ」もすでにいるらしい。
アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学のイラ・ボーリー博士は、アメリカには控えめにみても男性二万人、女性五千人の性転換願望者がおり、頻度は男性が一〇万人に一人、女性は四〇万人に一人と推定しているが、以上のような状況から推察すると、わが国にもこうした人たちがかなりいると考えなくてはならないであろうし、欧米の例によってもわかるように将来急に増加する可能性があると考えねばならない。
性転換願望はいつごろ、どうして起こるのか、その原因については専門家たちの努力にもかかわらず、まだ解明するまでに至っていない。現在までのところ、いくつかの可能性を同時に考慮すべきであることが臨床研究からわかってきた。脳や内分泌腺の機能、神経学的メカニズム、文化的要因、その他の環境要因などである。動物実験の結果からは、出生前のある時期に、ホルモンバランスが変化すると、男性あるいは女性としての行動を統制する脳の諸領域に影響があることが示唆された。たとえば、妊婦がバルビツールなどの薬物を使用すると、ある種の子宮内ウイルス感染と同様、胎児の成長に影響があるとみられている。性転換願望がこのようにして起こるというわけではないが、それ以前に存在する要因が、こうしたことによっていっそう発現されやすくなるということはいえるであろう。出生後の初期の社会的環境とその子どもとの関係は非常に重要で、ある時期にこの関係が損なわれると、性転換願望の決定的な要因になりかねないのである。性判別の専門家のほとんどは、性転換願望の条件は、多分二歳くらいまでに成立するとみている。
このように、性別意識が、子どもの意志とは無関係に、早い時期に彼らにはどうすることもできない多くの原因によって形成されるとすれば、その異常について本人に責任がないことは明らかである。真性の性転換願望者を心理療法で治療しようとしても必ず失敗するのはそのためである。脅したり、体罰を加えたり、(医学においては、電気ショックや嫌応療法がこれに相当する)冷たく扱ったりして解剖学的特徴に一致する行動をとらせようと強制しても効果はない。そればかりか、こうした無理強いは野蛮であるし、時には取り返しのつかない結果になりかねないのである。
性転換願望者をもとの本来の姿に戻すことははたして可能だろうか。これについて専門家の大多数は「ノー」と答えている。しかし、この答には患者に救いと希望を与える助言──ホルモン療法と外科的な手術──がついている。今では世界中の多くのすぐれた医師たちが、この問題に関心をもち、研究を進めようとしている。そしてこのことは、早期診断やより効果的な治療が可能になり、患者の苦しみが取り除かれるのではないかとの期待を、いっそう強いものにしている。
小さな男の子が母親のスカートやショールで着飾り、口紅やネックレスでおしゃれをすることがある。あるいは、女の子がままごと遊びをすることよりも男の子と一緒にカウボーイやインディアンごっこの方を好むことがある。親たちは、それを、子どもが間もなく成長してそこから抜け出る過渡的な現象とみる。そしてほとんどの場合はそれでよい。小さな子どもたちは、自己を形成してゆく過程でいろいろな役割や活動について実験をしたがるものだからである。しかし、ある一定の目立った行動様式が異性のものであると認められるようなものであるときには問題がある。こうした状況では、家族ガイダンスと治療が必要である。こうした障害児は、遊びと探検の過渡的な段階を通過してゆく子どもたちとどのように異なっているのだろうか。典型的な少年の例をあげてみよう。
トミーが母親と姉の服を着ようとしたのは三、四歳のころからであった。彼は機会あるごとにそれをやろうとし、五歳になった今でももっぱら女性の服だけを着たがる。彼はくせや声の抑揚も「小さな女の子」そっくりである。トミーはいつも、彼の男の子の仲間や、乱暴なゲームを避けており、彼の友達である女の子と同じようなことに興味を示している。しばしば遊びで指導的な役割をするが、自分にはきまって母親の役目を割り当てる。彼は母親のすべての行為に深い関心をもっており、彼女の声とくせを忠実に真似ようとする。彼は三つか四つのころ、自分は女の子であると繰り返し主張し、そうではないといわれるとカンシャクを起こした。小便はいつもしゃがんでし、母親になぜ自分のおちんちんを取ってしまうことができないか聞きただそうとした。
この少年は、好むもの、避けるもの、その強い主張などによって、自分は女性の一員であるという確信を表わしている。しかし、問題児のすべてがこのようにはっきりしているわけではないし、特異な特徴を全部示すこともない。専門家たちは、こうした状態を決定するのは、異常な行動の頻度と確かさ、それに本人が口にするかしないかは別にして、子どもの確信ぶりであるとしている。このような子どもの治療は、身体的諸検査と心理療法、両親(少なくとも片親)の心理療法が含まれる。それとも五歳以前に専門家の診断を受けるようにしなければいけない。
解剖学的な性の異常にはいくつかのタイプがある。そのうちのあるものは出生時にわかるが、思春期までわからないままであることもある。その場合は、いくつかの両性の肉体的特徴が発達する。これらは男女両性者ないし、半陰陽と呼ばれる。もしこうした状態が出生時に認められたときは、染色体の型、外性器および内性器の形態、ホルモン上の性、生殖腺の性質の測定など、一歳未満のうちに十分な検査を受けるべきである。外科的な手術を幼児期に済ませておけば、その後に起こる重大な困難は避けられる。
一歳半以上、あるいは思春期に入ってからでは、問題は複雑になるが、その子どもが育てられてきた性、および本人が属していると感じている性に医師が考慮を払ってやれば、手術が成功するよいチャンスが生じる。こうした場合、本人の心理的な性は、専門家が処置を決定するさいの第一義的な要因とされている。男女両性児童は性転換願望者ではない。しかし、性転換願望者と同じような悩みを持っていることがあるし、手術を希望する者もいるが、その数は少ない。性転換手術を求めてくるのは思春期以後である。
子どもから大人への移行の時期には、肉体の発達が正常な人の場合でも混乱と葛藤が生じるものである。彼らは肉体の成熟と精神の成長がアンバランスで、大人の入口に立って一人で悩んだり、とまどったりする。何かの肉体上の異常がこの時期に現われた場合は、ショックを受けて引きこもってしまうこともある。鼻の形、耳の大きさなど、ほんのちょっとしたことが深刻な悩みになるし、性的発達における普通でない特徴には特に敏感になる。男子なら下りない睾丸、小さなペニス、大きくなった乳房、肥満、それに背丈の低さなど、女子では過度の発毛、ふくらまない乳房、月経の異常などが心配の原因になる。性的発達がもしこの時期に異常であることがわかれば、速やかに専門医に相談するのがよい。
こうした青年たちは、正常な異性愛の発達における肉体の異常に悩むのであるが、この異常があるていど正常になれば心配は薄れる。これに対し、性転換願望者の場合は、正常な肉体的発達が不安のタネになる。小さいころから自分は少女だと思ってきた少年にとっては、ひげがはえたり、声変わりがしたり、性器が発育したりするのは困惑そのものである。同様に、少女の場合なら、ふつうの少女が誇りにする乳房の発達や初潮はまことにいまわしいことになる。こうした少年少女たちにも専門家の援助が必要なことはいうまでもない。
●第一章 肉体のエラー (続き)
性転換手術は、半陰陽などの奇形──先天異常に対する外科的治療から発展したものである。こうした治療は、泌尿器や性器の奇形が他の部位の奇形に比べて比較的多いこともあって、わが国でも泌尿器科の医師がかなりの症例を手がけている。それらが正当な医療行為であることはいうまでもない。
奇形のことを一般にかたわというが、これには生まれた後で後天的に事故などによって形態や機能が損なわれるものがある。先天異常はこれに対して生まれつきの異常をいうわけだ。もっとも、奇形だ、かたわだといっても、正常と異常との厳密な区分はむずかしい。たとえば、白人は美人になろうとして低鼻術を受けるが、日本人は隆鼻術を受ける。クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史が変わっていたろうという話があるが、日本人がユダヤ人のような鼻をもったとしたら、外人が珍しくない現代はともかく、江戸時代ならかたわ者とみられたことであろう。
正常と異常との区別にはこのようにむずかしい問題があるが、一般には、指が六本あるとか、あるいは4本しかないとかふつうにあまり存在しない形態の異常を奇形というと理解してさしつかえない。形態の著しい異常は一見してわかるが、ていどの軽いものがあるし、外見ではわからない臓器の奇形や機能の異常もある。そこでこのごろでは、視覚的な言葉である先天奇形よりも、先天異常という言葉が多く使われるようになった。
先天的な異常の原因はいろいろであるが、大別すると、遺伝的要因、環境要因、遺伝と環境要因の組み合わせがある。環境要因としては、胎児の発育段階における栄養状態、妊娠中の感染、酸素の欠乏、ホルモンの影響、糖尿病などの代謝障害、放射線の影響、サリドマイド系睡眠薬などの化学物質や薬品等があげられる。肉体の未熟な母親や高年初産婦の場合も、奇形児を産む頻度が高いといわれている。
先天異常が重大なものである場合は、流産したり、死産する場合が多い。発育にそれほど影響のないものが生まれてくるわけで、生命の維持や外見的にもとくに大きな問題がないものを含めると、新生児の五パーセントくらいに何らかの異常が認められるという。先天異常の頻度はかなり高いものであることがわかる。
遺伝的要因としては、遺伝子によるものと、染色体の異常によるものとがある。遺伝子によるものは、一つの家系に同じ異常が高い頻度で現われる。色盲や血友病はその代表的なものである。色盲は男性に多く、血友病は女性にほとんどないといわれる。これは二つとも劣性遺伝であること、伴性遺伝であることによって説明される。
優性遺伝、劣性遺伝というのは、遺伝形質の伝えられ方で、父親か母親のどちらかから遺伝しAを受けたとき、Aによってもたらされる形質が現われるのが優性遺伝、両親から遺伝子aを伝えられたときだけ、つまりaaという遺伝子の組み合わせが成立した場合に限ってaという形質がみられるのが劣性遺伝である。ABOの血液型でいえば、A型とB型の遺伝子はともにO型に対して優勢である。植物の例で、赤い花と白い花を交配して赤い花が咲いた場合に、赤い花の遺伝子は白い花の遺伝子に対して優勢である、といえばもっとわかりやすいかも知れない。
伴性遺伝は、文字どおり性に伴って遺伝子が伝えられてゆくことをいう。人間の染色体は四六本あり、性の決定がそのうちの二本の性染色体の組み合わせで行なわれることはすでに述べた。女性のそれは両親からX染色体を一本ずつもらい、男性は父親のY染色体と母親からのX染色体の一本をもっている。色盲や血友病の遺伝子はこのX染色体の上にある。男性のX染色体にこうした遺伝子があると、常染色体の場合のように、対をなす染色体がないから、すぐその形質が現われる。しかし、色盲も血友病も劣性遺伝なので、対をなす優性遺伝子があれば、X染色体の遺伝子のはたらきは押えられて現われてこない。このため、色盲も血友病もXXの女性に現われることが少なく、XYの男性に多いのである。色盲の男性と正常な女性から生まれた息子は正常であるが、娘は色盲にはならないが色盲遺伝子を隠し持った保因者になる。保因者の女性と正常な男性の組み合わせでは息子の半分が色盲、娘の半分が保因者になる。色盲プラス保因者では、息子と娘の半分が色盲になり、残る息子の半分は正常だが、娘の半分は保因者になる。
2 染色体の異常 つぎに遺伝子の担い手である染色体の異常について説明しよう。染色体に起こる異常は一つは染色体数の異常、もう一つは染色体の構造の異常である。染色体は生殖細胞がつくられるとき、ある規則性をもって正しく分かれてゆくが、たまには間違って一本少なかったり、一本以上多かったりすることがある。また特定の染色体の一部が欠けていたり、部分的に多かったりすることがある。関連の放射線影響に関する特別委員会の報告によると、常染色体の異常は一パーセント、
性染色体の異常は〇・一パーセントくらいと推定される。常染色体の異常では、精神薄弱などを起こすダウン症候群が知られている。この異常があるとモンゴル系の顔に似るということでかつては蒙古症とか蒙古白痴とも呼ばれた。ダウン症候群の人は二一番目の染色体が一本多く全部で四七本の染色体をもつ。この余分な染色体が一五番目や二二番目の染色体とくっついて(転座という)染色体の数は四六本に見えるものもある。
性染色体の異常では、クラインフェルター症候群とターナー症候群が代表的なものである。クラインフェルター症候群は、外見はふつうの男性と変わりないが、睾丸の発育が悪くて小さく、無精子で乳房が大きくなる。尿中にゴナドトロピンというホルモンが異常に多く排せつされ、一七ケトステロイド低下を示すなどの症状がある。また細胞核の中に男性には少ない性染色質が女性並みに現われる。性別を調べる方法の一つに、性染色質検査法があるが、これだと女性の反応が出るわけである。クラインフェルター症候群の人は、X染色体が一本多く、XXYで、染色体数は四七本ということになる。子供はできないので子供に伝わる心配はない。
[表]
44+XX =正常な女性
44+XY =正常な男性
45+XX┐
├=ダウン症候群
45+XY┘
44+XXY=クラインフェルター症候群
44+XO =ターナー症候群
44+XXX=スーパー女性ターナー症候群は、外見は女性であるのに身長が低く発育不全で、卵巣がなかったり、あっても痕跡をとどめるていどだったりする。年ごろになっても月経がない。この女性はX染色体が一本足りず、染色体数は45本である。性染色体の異常ではこれらのほか、Xが一本多い女性(スーパー女性)やXYとも一本ずつ多い男性もある。スーパー女性といっても性器の発育はよくない。
性器や泌尿器の先天異常にもいろいろな種類とていどがある。外陰部の形が男か女かわからないような場合を半陰陽といい、仮性半陰陽と真性半陰陽に大別される。仮性半陰陽というのは、もともと男性か女性か、どちらかに属するのであるが、奇形のためにそれがはっきりしない場合である。尿道口が陰茎の先端に開いていないで陰茎の下面に開いている男の奇形、尿道下裂が多い。ひどい場合は陰のうまで二つに分かれ、その奥に尿道口が開いていることがある。このような場合は陰茎が小さく、外陰部が一見女性のそれのように見える。これが男性仮性半陰陽と呼ばれるものであるが、女でありながら陰核が大きく、両側の陰唇が中央部でくっついていて男のように見える場合は女性仮性半陰陽である。
これに対して、非常にまれではあるが、睾丸と卵巣の両方をもっていて男とも女ともわからない場合があり、真性半陰陽という。真性半陰陽は性染色体がXYの場合と、XXの場合とがあるが、本来の性は男性(XY)であることの方が多い。これらに対しては、性染色質や性染色体の検査によって本来の性を決定し、ホルモン療法と手術で治療する。
性器の先天異常では、ほかに宦官に似ていることから名づけられた類宦官症というのがある。生まれつき睾丸の働きが悪くて男性ホルモンの分泌が正常でない場合で、この病気の人は外陰部の発育が悪く、腕や脚が異常に長くなる反面、思春期を過ぎても性欲が起こらず、声変わりもしない。また、生まれつき睾丸がなかったり、一つしかなかったりする無睾丸症あるいは睾丸欠損症もまれにあるが、このような場合の大部分は本当に睾丸がないわけではなく、停留睾丸と呼ばれるものである。睾丸は腹の上の方でできて、胎児の時期にだんだん下がって来て、生まれるころには陰のうにおさまるのがふつうなのだが、停留睾丸は何かの障害があって下降の途中で止まっている状態をいう。これらに対してもホルモン治療や手術が行なわれる。
たまにではあるが、このような生まれつきの異常が存在することから出生の時に見間違えられて男が女として育てられたり、逆に本来の性は女なのに男として育てられたりすることも起こるわけである。正しい性の決定はおそくとも就学前に行なわれるべきで、成長してからでは育てられた性や本人の心理的性がからんで、治療もむずかしくなる。大きくなってからの治療は、ほんとうの性より、社会的、心理的性にしたがうのが適当であるとされる場合が多いようである。
奇形に対する治療であれば、睾丸や陰茎の除去にせよ、膣の造設にせよ、我が国でも治療行為として認められており、資格のある医師によって行なわれる限り問題はない。戦傷や事故による陰茎離断などに対する治療も同様で、これも人間を本来のあり方に近づけるための正当な医療行為である。いずれもヨーロッパでは第一次大戦ごろから症例の報告があるが、当時の外科手術のレベルでは、陰茎離断などに対する処置はなかなかうまくいかなかったようである。
欧米における性転換手術は、約三〇年前、西ドイツやオランダで手術が行なわれ、あるていどの成功を収めたことが伝えられて急速に広まった形跡がある。その背景に、医学の進歩、とくに外科手術の発展があったことはいうまでもない。性転換手術には乳房の形成または切断術、電気脱毛術、時には鼻を低くするなどの手術が含まれるが、中心はなんといっても性器の造設である。膣の造設には@羊膜、腹膜、皮膚などを使う法 A鋳型による持続的圧迫 B直腸とぼうこうの間に人口膣を設け、二次的上皮化を待つなどの方法が試みられたが、今日では皮膚を使うのが普通で、男性性転換願望者の場合、不要となる陰のうの皮膚が適当とされている。
女性性転換願望者に対する男性器の造設は、膣や陰唇の造設よりむずかしいものであるが、これも試行錯誤を繰り返した結果、かなり良好な成績が得られるようになった。ジョンズ・ホプキンズ性判定クリニックをはじめいくつかの大学のクリニックでは、いまでは立って排尿ができる尿道を含んだ立派な陰茎をつくっている。これは必要に応じて適当な硬度を保つことができ、性交によって相手を満足させることができるものである。
5 性別を決定する基準 第一章のセックス・チェックや本章でもすでに一部ふれたが、人間を男性と女性の二つに分類することには実はむずかしい問題がある。この二つの性に分けるやり方を維持することは実際的であり、必要であることは否定できないが、少なくとも個々の人間の性別決定にあたって外的な特徴を基準としてきたこれまでのやり方が常に合理的であり、妥当であるとはいえない。外部性器の奇形はわりに多く、時には正常な外部性器が見当たらない場合さえあるのである。
それでは、いったい性別の決定にはどんな基準が考えられるのだろうか。専門家がこれに関連して挙げる要因には次のようなものがある。
@性染色体の構成
A生殖腺
B性ホルモンの型
C外部性器
D生殖腺以外の内部性器官
E第二次性徴
F育てられてきた性別(普通出生時の性別)
G性役割あるいは心理的な性これらは普通の人間の性別を調べるにはどれでも利用できるし、二つ以上を試みてもよく一致してどちらかの性を示すに違いない。しかし、性転換願望者の場合は、他のすべての要素は一致しても、心理的な性は一致しないし、時には育てられてきた性も違うことになる。オリンピックなどで女性選手に適用される染色体検査法も、たとえばクラインフェルター症候群にかかっている人の場合はうまくいかない。生殖腺も、男女両性の生殖腺をもつ真性半陰陽がある以上、決定的な基準にはなり得ない。どちらの生殖腺もない生殖腺欠如症の場合も同様である。
では性ホルモンはどうか。これも薬の服用で変化するし、去勢によって大きな影響を受ける。ホルモンの投与、去勢は性転換手術で必ず行なわれる処置で、それによるホルモン分泌の変化は、第二次性徴をも変化させる。育てられてきた性別は、必ずしも出生時に外部性器を見て決められた性に一致するわけではないが、その個人が男性あるいは女性としての性役割を演じ、社会がそれを受け入れてきた現実と一致する。生物学的な性別のあいまいさは、どちらかの性の発達と社会への適応でほとんど解決できるので、これは半陰陽の性別決定には有効である。しかし、これも肉体上の性別で育てられてきた性転換願望者には役に立たない。
このように、性転換願望者など特殊な人の場合は、性別の基準が全部一致することは考えられない。こうした場合、本人の選んだ性別、心理的性別は利用し得る唯一の、もっとも重要な基準となるべきものであろう。もっとも、信じるところがどうあれ、一見、肉体的に男性である者を社会は女性としては扱わないし、法的にも女性とはみなさない。生殖能力のある男性を女性の仲間に加えることには危険もある。しかし、性転換手術が行なわれた後なら話は別である。生殖能力という点で、その人はもはや本来の性に属さないし、身体も心理的自我像に一致するようになる。不可逆的な手術を受けて変身した性転換願望者に対しては、社会は本人の心理的な性を認め、その人が幸福を求める権利を奪うべきではないというのが多くの人々の意見である。
性転換についての第一回国際シンポジウムは、イギリスのアルバニー・トラストとアメリカのエリクソン教育財団の後援により、一九六九年七月、ロンドンにおいて開かれた。
性転換手術が各地で行なわれるようになり、手術を希望する患者も少くないことが明らかになったため、情報交換と対策を話し合うことが必要になったのが、開催の理由だった。この会議には日本からの出席者はなかった。報告によると、会議に参加したのは一〇数カ国、四〇余名で、医師のほかに心理学者、社会学者、法律家、宗教家などが参加した。性転換手術に賛成し、これを積極的に進めようという立場だけでなく、神の摂理に反する苦々しい行為とみる人もいた。性転換願望は外科手術以前に大きな問題があることから、この会議はさまざまの立場から問題点を出し合って討議する形式がとられた。
議長をつとめたクイーン・シャルロッテ病院のC・J・デューハースト教授の開会の挨拶は、性転換問題について彼の知りたいこと、疑問に思っていることに答えて欲しいというものであった。これに対する答を断片的に収録すると、「性の障害による振る舞いを早く知ることは非常に大切なことである。ある場合には、二、三歳から四歳くらいでそれが起きる」「発生遺伝学的研究では、性別の混乱を起こす物理的な原因は分からないかもしれない」「性転換願望の症状が臨床的にはっきりした後では、患者を生まれつきの性に落ち着かせようとする心理療法は決して成功しない」「法の取り締まりが性転換願望者に重くのしかかっている」「医師は、手術が患者の精神的な健康や生命の維持に必要なことを証明すれば違法行為とはみなされない」などがあげられよう。
次のような報告も行なわれた。「西ドイツでは、性転換願望者には彼らが治療中の性転換願望者であるとの政府発行の健康証明書が渡され、彼らの不安軽減に役立っている」「西ヨーロッパでは女性から男性への手術希望が多くなっている」「妊娠中に睡眠剤(バルビツール)を飲むと胎児の男性ホルモン(アンドロジェン)と相殺される」「女性的な少年の振舞いは、家族の振舞い、環境、扱いに多くの原因がある」「ロンドンには、非公式に協力しあう性判定グループがあるが、研究と治療のための公式の組織はまだ整備されていない」。
また、この会議に寄せたクリスチーヌ・ヨーゲンセン(後述)からの祝電が発表された。「第一回国際会議が、このひどく誤解されがちな問題に、世界的な理解をもたらす突破口となりますように。何千人もの性転換願望者があなたがたに期待しています」
ロンドンで第一回国際性転換シンポジウムが開かれてから約一年後の一九七〇年八月、ワシントンで第二回国際医事法会議が開かれた。私はこの会議に出席したさい、性転換手術で有名なジョンズ・ホプキンズ大学を訪ねてみようと思いたった。わが国では、この種の手術をした医師が刑法上の処罰をうけた最近の判例があるのに、アメリカを初め欧米諸国では、有名大学において堂々と手術が行なわれているのはいかなる法理によるものかということと、半分は学問的好奇心からわざわざ訪問したのであるが、これが、私と性転換問題を結びつけるきっかけになった。
私はもとより、この分野ではまったくの素人であったし、そうした問題にかかわり合いをもつのにふさわしい人間であるとは当時はもちろん、今も考えてはいない。しかし、わが国の有能な医師、医学者が関心をもって乗り出してくるまでは、単なる紹介者の役割りであろうとそれを果たすことが私の役目ではなかろうかと、大学を辞しての帰りの車中で私は考えた。それに、門外漢であるとはいえ、私は大学で医事法制の講義を担当し、医療過誤問題を研究している。かたわら二〇年以上家庭裁判所の調停委員やラジオの身の上相談なども引き受けてきた。性転換願望者は心身の矛盾に苦しむ人たちであるし、そうした人々に対する手術が公認されるためには法律上の問題も多い。とすれば、私が性転換問題に首を突っ込むのもそれほど奇異なことではないのかもしれないとも考えられた。いずれにせよ、ひょうたんからこまが出たような形で、私は大きな荷物をあずかることになったのである。
要するに、ジョンズ・ホプキンズ大学の性判定クリニック(Gensder Identity Clinic)を訪問して、そこで人間の性にかかわる肉体と精神の問題の複雑微妙さ、それに取り組む新しい医学の流れに触れて、この問題の重要性を知った私は、わが国の医学の進歩のためにも、またいずれ顕在化してくるであろう患者の救済のためにも、早く対策に着手する必要があると痛感した。わが国ではまだ関心の薄い未開拓の分野であればなおさら、医学的にはもちろん、法的にも社会的にも、世界の流れに遅れないような対策を急がねばならない。もし家族の中に一人でも性を換えたいと熱望する者が生じた場合、家族の力でこれを阻止することはすこぶる困難のようである。これを放置しておけば犯罪者となるか自殺に追いたてることになる。どうしてもこれに社会が手をさしのべなければならない深刻な問題であることを知って一日も早くこの実状を紹介して、問題の発生を未然に防止することができたらと考えたしだいである。
ジョンズ・ホプキンズ大学は、首都ワシントンの北数一〇マイルのメリーランド州ボルティモア市にある一八七六年に開かれた大学である。とくにその医科は有名である。車で約二時間、ジョンズ・ホプキンズ大学付属病院の一角、広い森の中に軒を並べる性判定クリニックで、私はマイヤー所長の暖かい歓迎を受けた。
マイヤー所長は、多くの研究資料や写真を示して、性判定研究所の由来や現在の活動ぶりについて説明し、すでに多くの患者が同所の医師団の診断を受けつつあり、その一部に対してはホルモン療法の準備段階を経て外科的手術が行なわれていると述べた。また手術方法は急速に改良が進んでおり、手術の結果については長期にわたる評価が必要であろうが、患者たちは例外的なものを除いて手術を受けたことを喜んでいると語った。
私はそこでいくつかの初歩的な疑問を出してみた。性転換願望者はどれくらいいるか、最近になってそれが問題とされるに至ったのはなぜか、男から女へ、あるいは逆に女から男への手術が社会的に容認されているのか、神の摂理に反するとして宗教家などが反対するのではないか、等々である。
これに対し、マイヤー所長はもっともな質問であるとうなずいて、次のように明快に答えた。
性転換願望者はきれいな女性が男性の肉体をもっているようなもので、そのために悩み、本来の体になりたいと願っている。もちろんその逆もある。彼らの実態がはっきりつかめているわけではないが、ジョンズ・ホプキンズだけではとても扱いきれないほどの患者がおり、現に他の大学にも同様のクリニックがいくつか設けられている。性転換願望の原因ははっきりしないが、最近になってとくに著しく増えたわけではなく、医学の発展によって治療技術が進み、その効果が期待できることがわかってきて、潜在患者が名乗り出てきたものである。性転換手術に対しては反対や疑問視する向きもあるが、しだいに理解が得られ、社会的にも受け入れられようとしている。牧師には、教会で悩みを聞いているためかむしろ理解者が多い。
また、マイヤー所長らの研究報告から私は次のような性判定クリニックの活動を知った。
数年間の非公式の協同研究のあと、ジョンズ・ホプキンズ大学に性判定委員会と 性判定クリニックが設けられたのは一九六六年一月のことである。そして最初の 手術はその年の九月二十一日に行なわれた。このときニューヨーク・タイムズは「手術による性転換がジョンズ・ホプキンズで始まった」と大見出しで報道した。委員会としては、公表せずに研究と治療を進めたい考えだったが、性転換願 望をめぐる感情的な非難があったために、おおっぴらにせざるをえなかった。報 道されたことによる効果の一つとして、性転換手術を望む手紙がどっと寄せられた。一九六九年八月末までにその数は一、〇三四通に達し、その差し出し人たち は、いずれも手術の対象となる候補者であるようにみえた。電話による問い合わせは数え切れないほどであった。
しかし、手紙だけでは不十分な点が多いため、これらをふるいにかける必要があった。そこでマイヤー博士らは、スクリーニングの目的でアンケート調査を行なうことにした。その質問書は住所氏名、年齢、身長、体重、職業、学歴、宗教から医師の治療を受けたことの有無、手術の希望、結婚の経歴、結婚した相手の出生証明書の性別、子供の有無、性の問題で逮捕されたりしたことの有無、衣裳倒錯の経験などを記入するようになっていた。
その結果、五九九通(五八パーセント)の返事が寄せられた。一九四通は宛先にいない、あるいは宛先不明などで戻ってきた。残りの二四一通は受取人があったとみられるが返事はこなかった。
五九九人の応答者の内訳は男性が四三六人(七三パーセント)、女性が六三人(二七パーセント)で、男性と女性との比率は二・七対1であった。これはイラ・ポーリー博士の推定4対1に比べると女性の比率が高い。年齢では男性は一三歳から七一歳、女性は一五歳から五四歳までであったが、男女とも二〇歳から三〇歳までが大多数を占めた。応答者の国籍は五八パーセントがアメリカで、残りはカナダの四四人を含め、一四カ国に及んだ。その多くは人口密集地に住み、社会経済的には下層の中クラス、男性は女性的な、女性は男性的な職業についているものが多いこともわかった。男性の五一パーセント、女性の三七パーセントは少なくとも一回、精神科医を訪ねていた。また全体の約二〇パーセントが女性ホルモンあるいは男性ホルモンを使用していた。
興味深いのはその結婚歴で、男性の二二パーセントと女性の一一パーセントは解剖学的な異性と正式に結婚していた。一方、解剖学的な同性と結婚に似た同居をしている者はこれより多く、男性の二四パーセント、女性の三二パーセントを数えた。両方をやっている者も男性に二人、女性に八人いた。男性の五三パーセント、女性の五二パーセントは、結婚も同居もしていない。大多数は宗教をもっているが、性転換願望の障害にはなっていない。
衣裳倒錯は全体の五二パーセントにみられ、全体の三分の一がほとんど常時、異性の服装をしていると答えた。異性の服装をしないのは二三パーセントであった。衣裳倒錯を好む傾向は明らかに男性に多い。男性の四八パーセントと女性の三六パーセントは自分の選んだ性の名前を使っていた。ホルモンを使用し、衣裳倒錯があり、異性の名前で名乗り、同居しているという四つの要素は手術によらない性転換志向の現われであるが、男性の七パーセントと女性の五パーセントがこの四つを実行していた。このうちの一つを除く(たとえば同居していない)三つを実行している者を含めると、男性の一八パーセント、女性の二二パーセントが異性の役割を演じようとする積極グループと判断された。
マイヤー博士と知り合って以後、私のところには種々の資料が送られてくるようになった。資料はマイヤー博士の紹介によって、メキシコ湾に臨むルイジアナ州バトンルージュに本部のあるエリクソン教育財団(EEF)からのものが多かった。この財団は一九六四年、リード・エリクソン氏によって設立されたもので、「肉体的、精神的あるいは社会的条件によって制約を受けている人間の潜在的能力を助けること、および通常の援助では成果をあげることがむずかしいような、新奇の論議の多い野心的な研究分野を支援すること」を目的としている。性転換願望対策では、ジョンズ・ホプキンズの研究者をはじめ、多くの研究活動を支援している。
私は、ジョンズ・ホプキンズ研究所を訪ねた後南米諸国を一巡して九月末に帰国した。そうこうするうちに、突然マイヤー博士が日本へやってきた。私の訪米の二カ月後、一九七〇年十月のことである。ヨーロッパを回っての帰りに立ち寄ったとのことであった。マイヤー博士は観光旅行を含め一週間滞在したが、私はこの間、博士を招いて訪米時のお礼を述べるとともに、性転換手術に関する新しい情報を聞かせてもらった。
アメリカの医師の間では、性転換手術が性転換願望者に対するもっとも賢明な措置として意見が一致しているわけではないが、手術は実際に行なわれており、これを合法と認める法制も整備されつつある。アメリカとカナダでは一二の医療機関が性転換願望の研究と治療にあたっているが、ジョンズ・ホプキンズ性判定クリニックのやり方はその典型的なものとされている。ここでは、性転換願望者である可能性のある患者は、精神科医、心理学者、内科医(内分泌専門医)、外科医で構成される医師団によって広範囲の検査、面接、鑑定をうける。その結果、患者が治療の必要な性転換願望者であると診断されれば第二段階へ進み、さらに精密な医学的な検査と、第二次性徴を変化させるためのホルモン療法が行なわれる。
そして、その患者が心理的にも身体的にもすっかり準備がととのったと医師団によって判断された後に、いよいよ性転換手術が行なわれる。この準備期間は少なくとも半年から一年くらいがよいとされる。その間患者は異性の服装をし、異性として生活し、社会に順応するようにすることが望ましいとされている。医師団は手術後も追跡調査を続け、新しい性を得たその患者を助けて完全に社会に同化させようとする。このため、その人はなるべく連絡のとりやすい近い所に住むよう要求される。
ジョンズ・ホプキンズでは、次の点を考慮して患者を評価している。
^患者は真性の性転換願望者であるか、またほんとうに手術に心を動かされているか。
性転換願望は、同性愛に関する矛盾ではなく、生殖能力の発達の前に横たわる矛盾と考えられ、同性愛とははっきり区別しなければならない。
_患者は精神病者ではないか。
性転換願望者に似た既往を示した幾例かが、諸検査の結果、分裂病とわかった。このような患者は、手術の対象から除外すべきである。手術した患者のほとんどは分裂病でないばかりか心理試験でも思考異常は示していない。分裂病は一般人にくらべ性転換願望者により多く起こるが、これは分裂病と性転換願望の関連性を暗示するものといえよう。
`患者は手術よりむしろ心理療法を望むか。
心理療法はふつうは性転換願望者には受け入れられない。彼らの関心は、生まれつきの解剖学的な性に調整するより手術によってそれを変えることに向けられている。もっともそれ以外の情緒安定には心理療法も受け入れられよう。
a患者は手術を受けたら境遇が激変するだろうか。
性転換をしても、本人は実際にそこで生活してみるまでは反対の性風習についての正確な知識を持つことはできない。患者はこうしたことを十分考え、新しい生活に順応する覚悟が必要で、反対の性風習の中での生活テストはそこに意味がある。性転換願望者はその反社会的行為の原因を性の障害に帰そうとする傾向があるが、手術が患者の人格に影響を及ぼすことは期待できない。患者の犯罪記録には注意すべきである。手術が社会的に有効であるなら患者の状態や環境によっては早い方がよいが、法律的には二一歳以下では困難である。
これらの点はミネソタ大学でもほぼ同様で、手術の対象者は二一歳以上の未婚者に限定されている。患者はまた、手術承諾書の効力や手術についてあらかじめ十分知らされていることを保証する弁護士を必要とする。弁護士は患者が承諾書に署名するのに立ち会い、手術後、法的な身分の変更を助ける。ジョンズ・ホプキンズでは、患者の最近親者から手術の承諾書をとることにしている。これには、患者が経歴などについて虚偽の申し立てをするのを防ぐこと、近親者からの手術の不当性を追求されないことも考慮されている。
手術に先立つ準備期間に、ミネソタ大学では次のような点を確認することにしている。すなわち、その患者が性転換願望者であること、手術が唯一の有効な治療法であること、手術の可能性と限界について患者が十分認識すること、患者はすべてを了解した上で承諾書に署名する能力があること、その手術が患者の身体的、情緒的状態をほぼ確実に改善する見込みがあること等である。
●第二章 性転換問題の深刻化と世界の現況 (続き)
第二回国際性転換シンポジウムは、一九七一年九月十二日から三日間、デンマークのコペンハーゲンの北方三八マイルにあるエルシノールで開かれた。私は、ジョンズ・ホプキンズ大学性判定研究所長マイヤー博士の推薦で、アメリカのエリクソン教育財団の招待を受けたので唯一の日本人として初めて出席することになった。会場であり、宿舎であるマリンリストホテルのすぐ前には、シェクスピアの「ハムレット」の居城のモデルとして知られるコロンボルグ城があり、海峡を隔ててスウェーデンが指呼の間に見える素晴らしいホテルであった。
会議の参加者はアメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、カナダそれに日本の私を含めて八カ国、約六〇人で、国別ではアメリカの二五人がとび抜けて多かった。アジアからは前述のような経緯で出席することになった私だけであった。今回も外科、内科、精神科等の医学者、心理学者、社会学者、法律学者、社会事業関係者などの顔ぶれで、第一日目は性転換願望の心理学療法、ホルモン治療、外科治療について、二日目は性転換願望の社会学的および法的側面について、三日目は性転換願望の病因について、報告と討議が進められた。
まず第一日目には、シンポジウムを後援するエリクソン教育財団のエリクソン氏の代理として出席したアメリカ・バッファロー大学のエアハルト女史が議長席について開会の辞を述べ、アメリカのこの分野の先駆者、ハリー・ベンジャミン博士(欠席)の祝辞を紹介した。ベンジャミン博士はそのメッセージで、デンマークの内分泌専門医のクリスチャン・ハンバーガー博士、精神科のG・スツループ博士、外科のダール・イバーソン博士、同ホグ・アンダーソン博士の名前をあげ、この人たちがクリスチーヌ・ヨーゲンセンの性転換手術を勇気を持って成し遂げたことが、性転換問題に展望を開くきっかけになったとしてその先駆的業績を賞賛した。このうちスツループ博士とアンダーソン博士はこのシンポジウムでも論文を発表した。
ベンジャミン博士は引き続いて次のように述べた。
人間は、もって生まれた肉体と、幼い時の環境、一口にいえば天性と養育によってつくられると一般に考えられている。最近の研究はこれに第三の要素、神経内分泌をつけ加えた。この第三の要素は、三カ月以後の胎児の時期が問題で妊婦の健康状態、とくに彼女の内分泌の働きは胎児の脳の発育に影響する。今日では、この三つの要素が複雑に組み合わさって人間の肉体的、精神的特徴を決定すると考えられている。
性障害については、しばしば過大評価されがちな心理学的原因だけでなく、器質的原因について注意が払われるべきである。もし心理学的原因だけであるなら、心理学的療法はなぜあまり効果がないのだろうか。臨床的に、私は出生前のできごとが生後のそれと同様、性障害の基本的な問題であることを痛感している。
しかしながら、学説や科学的研究以上に、私たちは患者を忘れるべきではない。彼、あるいは彼女は、原因が何によるものであれ、苦痛から救ってやらねばならない。
客観的にみて、内分泌療法は外科療法と同様、性転換願望の治療に役立つ。それによって貴重な人生が救われ、社会の除け者だった哀れな男が社会に順応できる女になっている。もちろんその逆の場合もある。こうした治療によって個人だけでなく、社会も恩恵を受けているのである。
次いでロンドンでの第一回シンポジウムにおいて論議された議題の要旨が、初めての参加者のために紹介された。このあと、初参加者から性転換手術を認める必要があるのか、それはいかなる理由によるものであるか、との基本問題について若干の質問が出た。しかし、この点についてはロンドンですでに論議をつくしており、既刊の文献を参照されたいということで質疑を打ち切り、スケジュールに基づく報告と討議が進められていった。
第一日目はアメリカおよびカナダにおける性転換手術の実状が紹介された。ミネソタ大学のマークランド教授は同大学で製作した性転換手術のカラーフィルムを上映して具体的に説明した。それらを見たり聞いたりした感じでは、技術的には相当進歩したものであることが認められるが、半面、かなり手数のかかる面倒な手術であるとの印象を受けた。人間の性を変えるなどという医術はかつて考えられもしなかったたいへんなことなのであるから、それがむしろ当然であるかもしれない。
私は第二日目の午前、時間を与えられて「日本における性転換願望とその取り扱い」について報告した。わが国ではまだこの問題についての関心は薄いが、暗々裡に手術が行なわれている形跡があることを述べ、表面に現われたものとして次の二つを紹介した。
一つは一九六〇年に東京の下町で起こった殺人事件に関連するもので、検視の結果被害者である売春婦が、実は陰茎を切断、去勢し、直腸を用いて人口造膣術をうけていた男性であったというものである(日本における性転換手術九九ページ)。この事件では手術を施した医師は法的には責任を問われなかった。もう一つの例は一九六四年、東京で二人のゲイボーイが性転換手術を受けたことがわかり、医師が起訴されて優生保護法違反で有罪とされた事件(第五章一三三ページ)である。またわが国でも同性愛が増えており、性転換願望者も早晩顕在化が見込まれるので、法的にも社会的にも対策が必要となるであろうことをつけ加えた。
私はシンポジウムをつうじて、アメリカでは多くの大学ですでにかなりの数の手術が行なわれていること、手術の願望を拒否すれば自殺や犯罪に走る懸念もあるために司法当局の要請で手術を行なうケースがあること、また手術後、医師の証明書により戸籍の性別を変更することができ、元男性が女性として、元女性が男性として結婚生活を送っているケースが少なくないことなどを知った。手術を受けた人の中には、医学者や評論家、教師や聖職者もいるとのことであった。性転換願望はさまざまの階級の、さまざまな人間にあり得るのである。
シンポジウムでの発言から参考になりそうなものをいくつかかいつまんで紹介する。
アメリカ、オレゴン大学のイラ・ポーリー博士(精神科)は男性の性転換願望者に重点を置いて「一一年間に八〇例を扱ったが、男性の性役割を演じることに合格したのはそのうち一九・七パーセントに過ぎなかった。出現頻度は概算で二〇万人に一人、また女性性転換願望者は治療がしやすく、精神的疾患は発見されなかった」と述べた。スウェーデンの精神科医ジャン・ワリンダー博士は「はじめは性転換願望は男性に多かった。しかし現在の比率は一対一くらいで女性の患者が増えている」といい、ノルウェーの精神科医パー・アンチュルソン博士は「三〇人の候補者から選ばれて手術を受けた三人の男性性転換者のうち二人は八年経った現在、幸福な結婚生活を送っている。三人目のことだが、実はオスロからこの会議のためコペンハーゲンへ飛んだ飛行機で会った。彼女はスチュワーデスをしている」と報告した。このほか、「性転換願望の原因について学説の確立されていない二例の患者の生い立ちについて研究を進めている。一八人の患者がいるが、八人については近く手術が始まる。」(ロンドン・チェルシー婦人病院アーノルド・ジレスパイ博士)「男性から女性への手術が遺憾にも六カ月後外国で行なわれた例がある。この患者は男性の役割を取り戻しはじめていた。完全に女性の役割をする二年間のテスト期間には不確かな診断がチェックされたり、適応不能と判定されることがありうる」(ジョンズ・ホプキンズ大学ジョージ・ウルフ博士)などの発言もあった。
性転換手術に対し強力に反対するのは、一般大衆でもないし、宗教家でもない。彼らの多くは同情的で、偏見を示してはいない。多分驚かれるであろうが、強い異論を唱えるのは一部の医学専門家である。他の新しいことについての偏見がそうであるように、この異論は無関心と恐れに由来している。医師の中には、もし外科的な処置を勧めたり、援助したりすると、告発されるのではないかと心配する人もいる。実際には一、〇〇〇人もの人がこうした手術を受けているが、法廷にもち込まれたケースはない。性転換手術の成功例が増え、文献が多くなって現在よりもっと受け入れられやすいふんいきが生まれるであろうことを考えると、こうした争いは将来も起こりそうにない。
世論調査によると、医師は、自分たちの態度が手術を受けなかった性転換願望者に対してよりも、手術を受けた人により積極的であると感じている。この態度は、科学的判断ではなく、危険と責任を恐れる気持ちを反映したものである。道徳的な反対も同様に表面的で、根拠に乏しい。こうした論議の一つは、手術がその個人の生殖能力を奪うという事実に基づいている。しかし、ちょっと考えればすぐわかるように、性別意識の障害に悩む者が、結婚し、子どもを育てることはきわめて稀である。たとえばその人が男性の場合、男性であることをT証明Uしようとして結婚したとしても、結局は失敗して妻と子どもを苦しめることになろう。
リハビリテーションの処置としての性転換手術に異論を唱える人がいるが、これは手術によって幸福な、社会に受け入れられる生活を取り戻した人々の例を無視した意見である。人道的見地からすれば、危険にさらされた人の救助とリハビリテーションは、治療を評価するさいにまず第一に考慮に入れるべきことである。この分野の草分けの一人であるジョンズ・ホプキンズ大学病院のジョン・マネー博士は「性転換願望者と直接面接してみると、医師は性転換手術に好意的になるものです」といっている。人生の他の領域でもそうであるように、経験は偏見と不寛容を駆逐する最上の手段なのである。
アメリカの性転換願望者の多くは、すでに手術を受けた者も、これから受けようとしている者も、性転換願望の状態と手術によるその治療について、自分のしたがう聖職者たちがどのように考えているかに、重大な関心を持っている。性転換願望者はまだほんの最近になって一般的な注意を集めるようになったもので、諸教会ではこの問題についての公式な立場をきめていない。
しかし、驚いたことには、聖職者たちの方が、医師よりも性転換手術に寛大なようである。これは、医師がそのような手術に関係することによって営々として築き上げてきた評判を落とし、信用を失うのではないかと二の足を踏むのに対して、聖職者は患者の悩みの訴えに虚心に耳を傾けるからなのだろうか。とすれば、そのような悩みを打ち明ける患者は意外に多いということにもなろう。
かつてボルチモア・サン紙が一三の地域の聖職者を対象に調べたところ、意見を述べなかったカトリック教会の役員をのぞいた全員が性転換手術を認めた。カトリック教会も、少なくとも一例の手術については「性転換願望者の精神的、情緒的安定のために、正常な生活のために必要である」と容認している。この時、教会は洗礼の新しい証明書を発行した。また、ある長老教会の宣教師は、自ら手術を受け、アイオワ州で新しい出生証明をしてもらっている。何人かのルーテル教会の宣教師たちは、最近、性転換願望者の手術を受けるという選択は道徳的な選択であるという点で意見が一致した。こうした例は性転換手術に対する宗教界の好意的な態度を示すものといえる。
エリクソン教育財団がこの問題の宗教的、倫理的側面について良心的な考察をすることに同意した各宗派の代表12人に意見を求めたところ、注意深い、同情的な考え方がはっきりと表明された。
これらはいずれもそれぞれの教会の考え方の線に沿ってまとめられた個人的見解であるが、どの回答も性転換願望者または他の性的問題に悩む少数グループに対するカウンセリングなど個人的な経験に裏打ちされており、宗教的指針を得たいと望んでいる性転換願望者にとっては、心の支え、慰めを見出すことができるものである。これらの回答を紹介したプリントには次のような解説がつけられている。
意見を述べた聖職者は、宗派に関係なくほとんどが、神は慈悲深いと信じていると述べている。そのため、人間は神を真似て同情心が厚くあるべきだと教示している。しかし実際には、多くの人は知らず知らずのうちに同情心に限界を設けている。その限界は普通、我々が、一見して自身の生き方とあまりに異なっているために、その不可解なものへの恐れがその人に厳しい判断をさせてしまうような場合につくられる。もしもわれわれが差異と差別を混合するならば、われわれはすべての人間が一つの神の具現であり、人は一人たりとも、人間の領域の外に置かれることはあり得ないということを忘れてしまっているのである。キリスト以前にさえもローマの作家テレンスは「我は人間なり。人間的なもので余にとりて異質なるものなし」といっている。もし各個人が神に捧げられているならば、我々は仲間である人間一人一人の中に神との相似点を認めるように大いに努めるべきである。無知が当然もたらす副産物は偏見であり、偏見の病弊を癒やす唯一つの薬は知識である。科学知識も宗教的、つまり人間的自覚とともに、性転換願望者に対する偏見を取除くことができる手段となる。医学、心理学の専門家はすでに以前から、男性と女性とは反対のものではなく、人間性の幅の拡がりの中で相対的に両極をなしているものであるという点で合意し、有力な証拠を提出している。われわれの男性、女性の判別は、常識ほどにははっきりはしていないのである。
たとえわれわれが科学的な態度になっていないにしても、この真理を自身で確かめることができる。正直に内省してみれば、通常は、異性に属していると見做している何らかの関心、特徴、好み、傾向を誰しもがもっていることに気づくはずだ。現在進行している性的役割りの革命は、男性的と女性的との絶対的な定義を破壊しはじめ、その区別をなくしはじめているが、これは人間に内在する複雑さへの意識の高まりを反映している。
われわれの肉体もまた、このことと関わりがある。なぜならば、これはまったく明らかなことだが、われわれはすべてあるていどは異性の肉体的外観の特徴をもっている。つまり男性に乳房があり、女性に陰核があるということである。
性転換願望者のもつ絶対に妥協できない心の争い、充実した人生を送りたいという願いを間断なく邪魔するその争いを解消した彼らの気持ちを理解するためには、われわれは自身の性別上のわずかな矛盾が生み出す不満感を何層倍も強力にしてみればよい。
道徳上の理由から性転換手術に反対すると心から信じている何人かの人々は、最高の道徳性は悩みからの救いを与えることであると認めながらも、性転換願望者に対してはこの救いへの権利を拒否しているのである。この人たちは自殺は罪であると主張するであろうが、その一方で医学の助けの得られない性転換願望者は絶望のあまり、人生とのひどい離間への唯一つの代案として死を選ぶことが大いにあり得るということを認めたがらないのである。
宗教哲学者はたいてい、宗教的な生き方をした人生の目的は完全に機能する、充実した人間、つまり生きた人間にあるといっている。各個人が完全さで全体性を実現することは人間と神との前で奪うべからざるその人の権利である。性転換願望者は、その肉体と精神の矛盾に打ちひしがれ、自身のユニークな才能を発揮して社会に役立てるなどはいうにおよばず、最低限の機能さえも満足に果たせないようになってしまっている。だが彼らは今や自分のために専門家の職業的な助力を求めることができるので、この神から与えられた権利を要求できるということを知っている。
いったい誰が道徳上の理由に基づいて、この悩める仲間の人達に対してこのような助力を禁ずることができるだろうか。
性転換願望者の精神的性倒錯のためには、彼の内的な自己感覚と合致させる必要がある。われわれはもはや外科手術を肉体の切断、損壊とは考えていないのであるから、その同じ判断基準を性転換手術に適用することはできないだろうか。そうなればわれわれはもっと容易に、精神と肉体との矛盾、抗争がこのハンディキャップを取り除く権利の要求ということにおいて正当化されると認められるのではないか。
宗教哲学者アラン・ワッツは彼の著書の一つ『自分が何者であるかを知ることに対するタブーについて』で、この自己実現への要求の基礎について次のように論じている。「一人一人の人間は誰もが、ちょうど木の枝がどれも1本の木から伸びた一部分であるかのようにT全体Uのそれぞれ独特な現われである。だから魂が肉体の中にあるのではなくて、肉体が魂の中にあるのである。……個人は宇宙全体がその姿を現わす際の一つの焦点とみることができる。……この見方が、個人個人はある面で神聖であるというわれわれの考え方を支持し、そして強めているのである」換言すれば、性転換願望者は神の宇宙の神秘の現われにおけるすべてのものと同様に神聖なのである。
精神科医と一般医師は、ごく最近まで性転換願望をたちの悪い同性愛の一種と診断し、精神療法の効果を問題にする傾向があった。しかし、性転換願望者に対する効果的な治療法は外科手術による以外にはないことがしだいに明らかとなってきた。こうした臨床的研究と新しい効果的な治療技術の確立は、主としてアメリカおよびその他の国々の性判定クリニックにおける多方面の専門家たちの功績である。
普通、性判定クリニックは、大学病院と提携していて、厳密な臨床研究上の計画の一環として限られた数の患者を治療する。クリニックのこのような行き方から、性転換手術は通常その決定がなされてから実際に手術が行なわれるまでには一〜二年の長期にわたり、何度も診療を受けなければならない。
心理学的な診察では、徹底した面接とテスト、できれば患者の家族との面接、さらに場合によっては一連の補助的治療が行なわれる。医学的な検査では一七ケトステロイドその他の内分泌検査、染色体の分析、時には精液分析等が行なわれる。患者は異性の性ホルモンによる治療を受け、異性として生活し、異性の服装をし、異性として社会復帰することを求められる。データや検査結果等の基礎的、他覚的所見が十分できた時、医師団は手術するべきか否かについて協議し、決定を下す。広範囲な臨床的観察によって、今日では性は四歳までに固定してしまうことが定説になっており、いったん性転換願望者の診断が下された人に対しては心理学的に治療しようとか、説得して手術の希望を捨てさせようといった試みをやってみる余地はない。
性判定クリニックの徹底した医学的処置は、科学的知識を積み重ねる大きな意味があったが、性転換願望者を診療する内科医、内分泌専門医、外科医などが増えているため、こうした徹底した検査と観察の繰り返しは必ずしも必要ではなくなっている。大多数の性転換願望者は、生理学的にみて生まれつきの性には格別目立つ点はないことがテストで明らかにされている。これらの医師によれば、包括的な検査はもはや必要ではなくなった。患者の側にしてみれば、こうした検査の時間と費用は大きな負担になる。
性判定クリニックは、財団の基金と個人の寄付によって維持されているが、このことには二つの障害がある。第一は、クリニックの運営は万事小心翼々とやらねばならず、もし治療に失敗するとか、誤診をしたりして評判を落とすと基金を打ち切られることにもなりかねないこと、第二は、クリニックを訪ねる患者が年々増加しているのに、ごく限られた数しか治療できないことである。評判の高いあるクリニックでは、今のところ年間一〇人から一二人しか受け付けていないが、六〇〇人あまりが順番を待っている。この割合でいくと、待っている人たちが全部診療を受けるのは五〇年も先になってしまう。
こうしたことから、すべての大学付属病院に性判定クリニックを併設し、もっと多くの内分泌専門医、外科医が性転換願望者の治療に当たれるようにすべきであると関係者は望んでいる。現に性転換願望者のさまざまな関心に応じ、診断と治療の見事な水準を保っている医師たちは、経験を重ねるにつれて鋭くなる臨床診断に最大限に依存しているという感じをもっている。これらの医師たちは、性転換をすることは、みじめな暗い一生を送るか、さもなければ自殺するかの性転換願望者の悩みに対する唯一の救いであるという研究者たちの結論を積極的に承認している。
この論文の相談に乗ってくれた医師たちは、性転換クリニックが集めたデータに太鼓判を押した。そのデータによると、大多数の性転換願望者は、手術後の生活の順応においてきわ立った社会的、情緒的改善を示している。ある外科医は次のように述べている。「人々は性転換をした人間は人生の落伍者であり、自殺したも同然だという。しかし、外科手術を受けない性転換願望者こそ人生の落伍者なのだ。観察してきた六〇人の患者のうち、一人だけ自殺したが、彼の場合は別にはっきりとした理由があった。治療を受けた性転換願望者の自殺率は、その他の悩める人々の自殺率より決して高くはない。自分の患者のほとんどは大変うまく順応しているし、手術を受けたことを後悔している人は一人もいない。一方、もし彼らが手術を拒まれていたとしたら、おそらく一〇から一五パーセントは自殺を図ったであろう。人間のさまざまな悩みのすべてを手術で解決できるものではないが、少なくとも性転換願望の悩みは解決することが可能である」。
性転換願望と表面的に、あるいは本態が似ている病気がある。これらの症状を性転換願望者のそれと混同しないよう外科的手術に先立って細心の注意を払って診断すべきである。性転換願望者にとって唯一の効果ある治療とされてきている根本的な肉体上の変更は、関連はあるが異なった病気にかかっている人にとって、取り返しのつかない悲劇的な終末になる可能性があるからだ。同性愛、衣裳倒錯、性転換願望の間には、一種の同族的類似がみられるが、それらが共通の症状なのか、本質的に違うものなのかは経験を積んだ臨床医にははっきり診断がつくものである。臨床像をあいまいにするそれらの基本的な違いを取り上げてみよう。
男性の衣裳倒錯者が、女性の服装をしたり、そのまねごとをするのは、実は異性愛的な関係において満足を得るためである。女性の役をする同性愛者も、時には異性の服装をすることがあるが、衣裳倒錯者特有の、どうあっても異性の服装をしたいという衝動は感じない。そのような男性の衣裳倒錯者は、男性相手に女性の役割を果たすけれども、女性になりたいとの衝動を感じることはないし、時には性器の感覚的快楽をかなり感じることもある。
男性の衣裳倒錯者、性転換願望者が異性の服装をしはじめるのは、普通、思春期前である。彼は後にこのことで大いに悩み、自分を本来の男性としての性役割に適合させようと努力し、時には結婚まで漕ぎつけようとする。しかし結局のところ、女性的であることをかくせなくなって、男性の役割や服装を捨てるだけでなく、男性としての肉体上の特徴を変える以外には心の安らぎを決して得ることができないほどになってしまう。そのような男性にとっては、同性愛的な関係は一般に嫌悪すべきものとなってくる。彼らはいつも、性器を取り去って、まぎれもない女性として、異性としての男性を相手にしている自分の姿を心に描いているからである。
女性の役割をする同性愛者、性転換願望者には、幼児期までさかのぼれる一つの傾向がある。それは男性的な競争や活動をきらい、少女的な友情や関心、服装を偏愛する傾向である。その話し方やしぐさなどもまた、過去、現在を通じてきわめて女性的で、かなり幼い時から同性愛的な関係にひきつけられることも起こり得る。そして衣裳倒錯的男性性転換がついには認識するのと同じような、精神と肉体との大きな違和感を覚え、ただ性転換することだけが自分の悩みを解決してくれるのだという確信を持つようになる。
性転換願望を伴わない衣裳倒錯は、普通女性には見当たらないようだ。したがって男性の役割をする女性の同性愛と女性の性転換願望とを区別する必要がある。男性役女性同性愛は同性愛的関係を受け入れ、とくに自分の体が与えてくれる満足から女性としての肉体を受け入れるところが多少はある。
女性性転換願望者は、男性役をする女性同性愛者と同じように、女性的なものを拒み、幼い時から男性の役割を果たしたいとの願望を抱いていて、他の女性に誘われ、しばしば彼女らと関係する。しかし、男性役をする女性同性愛者とは違った点として、女性性転換願望者は思春期初期に女性としての肉体的機能を拒否する。それらは、男性的な自分とはいかんともしがたいほどに異質なものなのである。男性の性転換願望者の場合と同様、性転換だけが充実した人生、すなわち、夫として父として、また男性的職業について家族を養っていく家長として生きるための解決法なのである。女性の性転換願望者を扱ってきた臨床医や精神医学者は、しばしばこのような人々がすばらしい安定した生活を築き上げることを知っている。
性転換願望者に対する一時的な幻想と強迫観念を伴った境界域の精神分裂病と、本来の性転換願望も注意して区別しなければならない。
以上の例のように、臨床症状がはっきりすることは、実際にはほとんどない。ある性判定クリニックで手術を拒絶された患者が別のところで手術をしてもらうことも決して珍しくない。また先に拒絶したクリニックが別のところで手術を受けた患者に出会い、自分の方がむしろ間違っていたと認めることもある。診断の基準は決して絶対的なものではないのである。そして両性の問題にかかわるさまざまな病気の識別をさらに綿密にするための研究が盛んに続けられている。今日までのところ、性転換不適者を排除するための最善のよりどころとして一般に承認されている方法は、手術前に六か月ないし二四カ月、自分が変わりたいと願っている異性の役柄を、生活と仕事の両面で見事やってのけられるかどうかでテストしてみることである。
性判定クリニックの専門家のほとんどは、性転換願望の下地は子どもが意識的に選択できるようになる以前の二歳までに形成されると考えている。中にはさらに以前の、出産前の胎児期に形成されるのだという専門家もいる。こうした調査研究の結果から、次のことが明白となった。すなわち、性転換願望は自分の意志でそうなるのではなく、意識する以前に、自分ではどうしようもない多くの原因によって選択がなされてしまうということ、したがって正真正銘の性転換願望者に対しては、精神療法で治療しようとしても必ず失敗するということである。
しかし、多くの場合、性転換願望者の苦しみは大変なもので、自殺したり、自分で性器を切断したりすることも珍しくない。こうした人たちには何らかの緊急の治療をしなければならない。ある著名な医師は「もし精神を肉体に適応するように変えられないなら、肉体を精神に適応するように変えることが、おそらく唯一の方法ではないだろうか」との結論に達したが、この意見には多くの医師が賛成している。
性転換願望の下地が形成される原因は、まだはっきりつかめていないが、最近の広範囲にわたる研究の結果、いくつかの生物的・心理的要因が指摘されるようになった。それらを簡単に紹介しておこう。
動物実験の結果からは、ある限られた胎児期にホルモンのバランスが変わると、男性的、女性的行動の調節をする脳の部分に影響が及ぶことが示唆されている。妊娠中の母親に対するある種の投薬(たとえばバルビタール剤)は、ある種の子宮内ウイルス感染と同じように、胎児の発達に影響する可能性がある。
もっとも、このようなことによって性転換願望の症候が必ず現われるわけではない。誕生前の要因とみられるものも、単に性転換願望を発達しやすくするだけである。それゆえ、幼児期の社会環境を形成する人々と子どもとの関係が性別に関する出生後の決定因子になり、その関係が性別の明確な形成期である出生後の重大な時期に、非常に乱されたりすると、性転換願望に進む可能性がある。
今日では、世界中の内科と心理療法の大家たちが、性転換願望の原因と治療法の探求に取り組むようになり、原因についての証拠、治療効果についてのデータがしだいに蓄積されている。さらにいっそうの早期診断、より効果的な予防法、リハビリテーションの方法も研究されている。これらは一般大衆に対する教育と相まって、人間の苦しみの源の一つを減少させたいとの願いを、より現実的なものにしつつある。
心理学者や内科医の報告によると、性転換願望者を初めて診察したときは、ほとんど例外なくまず自分が拒絶反応を起こしてしまう。これは医師でない人々の反応と同じである。とくに男性の医師たちの告白によると、診察室へ入ってきて去勢して欲しいという男性の性転換願望者には、ほとんど反射的に抵抗を感じるという。
しかし、このような患者たちの深刻な心理的葛藤を軽減する手助けをするうちに、医師たちは、治療によって明るい変化が現われるのをみてかなり満足を覚えるようになる。実際に、この精力を費やす、専門知識を必要とする仕事に没頭するために、自分の本来の診療活動をだんだん減らしている医師もいる。内分泌学の分野では開拓者として知られているニューヨークのハリー・ベンジャミン博士もその一人である。今日までに同博士は約八〇〇人の性転換願望者を治療し、顕著な成功を収めている。
医師自身の拒否反応は、性転換願望者の治療を成功させるための第一の関門であり、克服しなければならないものだ。一度自分で研究し、同僚と話し合い、性転換手術で救われたことが明らかな患者を直接自分の目で確かめて納得すると、拒否反応は軽くなる。そして実際に、性転換願望者の治療を自分でやってみると、拒否反応は雲散霧消してしまう。
ある内分泌専門医は、自分の最初の反応もそれとほとんど変わらなかったことを認め、これから性転換願望者を扱おうとする医師に次のように助言している。
a、患者の新しい悩みが性転換願望である場合、それに対する自分自身の反応で判断しないようにする。
b、間違っているように思えることが患者にとっては正しいばかりか、どうしても必要なことかもしれないと考えなければならない。
c、好奇心ではなく、思いやりをもって訴えに耳を傾けてやる。
d、患者は、自分が精神病患者として扱われているのではないとわかると、それまでは思い切って打ち明けられなかったさまざまな症状について、心を開いて話すようになることを心得ておく。
e、治療が進み患者に治療効果が現われて、だんだん女性的になってくるにつれて、自分を患者とオーバーラップさせるようなこともなくなる。したがって自分自身が投影されている人間ではなく、患者を治療しているのだということがわかってくる。
これらのことは、男性の医師が、男性の性転換願望者を相手にしている場合を想定しているが、女性の医師が女性の性転換願望者に対する場合にも当てはまる。また、男性あるいは女性の医師が、成熟した女性から乳房切断を求められた場合にも、医師の側には同じような抵抗があるものである。
ほとんどの性転換願望者に見受けられるのは、現在の医学的処置には限界があるのを知らなかったり、肉体上の転換によって得られるものについて漠然とした希望をもっていたりすることである。そこで患者の期待を現実的なものに修整するため、治療をはじめるにあたって十分な知識を与えておく必要がある。
手術の結果は外見的にも機能的にも大きな幅があることを患者に説明しておくべきである。性器の移植は現在の技術では無理である。それゆえ手術を受けてしまえば、男女とも生殖能力を喪失することになる。性的満足がどの程度に得られるかも予測できない。場合によってはオルガスムスの能力が失われてしまう可能性もある。逆にその能力がT発見されるUこともあるが。
男性の性転換願望者は、手術後に膣が狭窄して治療が長びくかも知れないことを覚悟していなければならない。女性の性転換願望者には、陰茎をつくる技術がまだ完全ではないことをわからせておくべきである。必要な手術を何度も重ねた後ですら、陰茎の外見と機能は本来の期間のそれとはほど遠いものである。陰茎は勃起せず、感覚もなく、また性感もまったく得られない。エストロジェン(女性ホルモン)は、男性の性転換願望者の声を高くすることにはほとんど役立たないし、また均整のとれた女らしい体つきになる助けにもならない。またそのホルモンでは、ヒゲなどの顔面の毛を少なくすることもできないので、電気分解に頼らねばならない。
テストステロン(男性ホルモン)は、女性の性転換願望者に使うと、声を低くしたり、月経を抑制する効果がある。しかし乳房の大きさを目に見えるほど減じることはできない。そのため乳房切除が必要となってくる。陰核は大きくなるが、陰茎の大きさにはとても及びもつかない。リビドー(性衝動)をエストロジェンは減少させ、アンドロジェン(男性ホルモン)は増加させる。
なんとしても性転換したいという性転換願望者に対して、精神科医が客観的態度をとらなければならないのは当然である。もしかりに、手術を希望する患者にはその許可を与えるべきだとか、逆にどんなことがあっても許可は与えられないとかいった立場をとるとすれば独断的になり、性転換願望者のさまざまな苦しみに対して有効な診断が下せないのは明らかである。したがって医師は公平に相手の話や立場を受け入れるという姿勢をとり続けて、患者が自分のさまざまな事実を自然に口に出すようにさせ、あたかも彼らの秘密自身が口をきいて告白するかのようにもっていくことである。
性転換願望者の兆候を示し、かつ手術を希望している患者は、ほとんど決心をひるがえすことはないが、一時期、ホルモン治療と、自分が変わりたいと思っている異性になりきった生活をしてみることは大いに必要である。そうすることによって、動機があいまいだったり、薄弱だったりする患者は、それを自覚するようになる。このような患者は実際はまれではあるが、彼らに対しては、精神科医は性転換願望の動機を探る援助をしてやり、その苦しみを手術以外の手段で解決する道を探してやらねばならない。このように、動機をはっきりさせることは、手術の必要な患者にも有益なことである。
さらに、患者は自分が社会の中でこれからの新しい役割を果たしていくために必要なさまざまの順応をしたり、自分の決心に対する家族の反応に対処していくための支えを必要としている。情報を提供したり、法律の専門家を紹介したりして、性の転換を法的に公認してもらえるよう援助してやらなければならない。
とくに男性の性転換願望者は、普通の女性の思春期と似た思春期的時期を短期間ではあるが経験することが多い。新しい女性としての役柄を試そうとして大げさな、不釣合いな服装をしたりメーキャップをしたりしてしまうのがそれである。このような場合には適正なアドバイスをしてやるのがよい。
性転換願望者の多くは、手術後の人生に対してまるでバラ色の夢を描いているものである。このため、精神科医は患者にもっと、より現実的な期待をもたせるよう努力しなければならない。同じような誤解が身体を変えて得られる結果についても、しばしば見受けられるが、このような誤解もなくしておかなければならない。
●第三章 性転換の医学 (続き)
医学的処置についてさらに詳しく紹介することにしよう。これは最近の医学的文献と、この分野の専門家の話し合いをまとめたものである。(原文の重複する部分を編者が項目ごとに整理、再構成してある)
最初の面接は次のようなことを知るために行なわれる。まず患者の育った環境についての情報を引き出すこと(これには家系と患者の両親、兄弟との関係が含まれる)、性別の問題で悩み出したのは何歳の時かはっきりさせること、何歳で異性に服装をしたか、家族の反応はどうだったか、最初に自分が異なった性に属する人間なのではないだろうかと感じたときの記憶を問いただすこと、個人的な経歴について詳細に記録を集めること(対人関係と性体験を調査し、他人とうまくいっているか、異性愛的関係をもったことはないか、同性愛的関係はどうか、こうしたことについてどんな感じをもったかなど)。
典型的な場合、三歳から五歳までの間に、社会的にうまく適応できない何らかの兆候が出てくる可能性がある。その子供は、その時は両性の間の肉体上の区別にしばしば気がつかないが、たとえば他の少年よりも自分の姉により親近性があるといったことには気づく。そのような子供が同性の他人と自分が適合すると感じることはまずない。
患者はしばしば異常なほど慎重で疑い深くなっているため、身の上話を完全に聞き出すには、多分数回の面接が必要である。いずれにしても、ホルモン療法をしている間にでも何回か話し合って、患者が自由に話せるような雰囲気をつくっていくことが望ましい。このように、自分がまじめに扱ってもらえるのだという雰囲気の中で、患者が信頼をもつようになるにつれて、おそらく他人に対しては初めて、自分の性の所属についての限りない悩みを打ち明けるようになるであろう。
性転換願望者はほとんど例外なく、肉体的にも内分泌学的にも正常である。適正な投薬量を決めるためのホルモン分析は普通は必要がない。投薬量については、臨床上の観察で決めることができる。ごくまれにみられる生殖腺異常の場合だけ、染色体と内分泌腺の検査が必要である。
患者は、精神科医による診断と鑑定を受けなければならない。多くの性転換願望者は、かつて精神科医の診察を受けたことがあるが、それは子供か少年の頃のことがほとんどである。時が経過していることと、当時診察した医師は性転換願望のことなど知らなかったであろうから、カルテが残っていてもあまり参考にはならない。
いろいろな型の同性愛と異なって、性転換願望は基本的には精神病学的な治療の仕方ではどうしようもないところがあるので、診察の目的は、外科医の臨床的印象を十分にまたできるだけ確認するためのデータを得ることである。それには性転換願望者についての臨床経験が豊富な精神科医に診てもらうのがよい。精神科医に回わすというと、患者はよく次のような反応を示すものだ。「よろしい。会いましょう。でも私の気持ちを変えることはできないでしょう」。これに対しては、患者に、精神科医の診察は、他人の意見を聞いて裏づけと参考にするために行なうにすぎないもので、何らかの説得をする意図はまったくないことを納得させるべきである。
治療する医師は、そのために影響を受ける人々の存在を考慮に入れておくことが大切である。未成年者の両親には、自分の息子や娘の計画について知る権利がある。そして医師には、患者の配偶者に、患者の結婚生活を根本的に変えてしまうような状況について知らせる義務がある。
診療過誤の訴訟を起こされるのを防ぐことも重要である。もし患者が二一歳(アメリカでは州によっては一八歳)未満の場合には、その患者の治療に対する両親の署名入りの公証人の証明した承諾書を一札取っておく。もし患者が結婚していれば、配偶者と面談するさい、治療についての説明を聞き、その実施について納得した旨を署名入りで書いてもらうべきである。夫あるいは妻が、性転換の治療を受けることを承認する配偶者の法的権利については、最近法廷でも争われているが、この訴訟の決着がどうであれ、性転換願望者の治療計画についての話し合いに配偶者を加えることは、関係者全員にとってプラスになるであろう。また、人工の性器の形と機能が不十分だということを最初に伝えておくべきである。とくに男性の性転換願望者は、苦痛の範囲がしばしば変化するので、手術直後にかなりの不快感が伴うことを覚悟していなければならない。また手術後少なくとも二、三カ月は性交を慎まなければならないことも忠告しておいた方がよい。糖尿病とか高血圧とかの全身病がある場合は、手術ができないわけではないが、とくに慎重にやらなければならないのはいうまでもない。
その後、患者を内分泌専門医、または内科医に回す。その診断が手術を支持するものであり、外科医と精神科医の診断と一致するものであれば、ホルモン療法を開始する。外科医は、男性の性転換願望者には、乳房が発達してきたという兆候が現われるまで、また女性の性転換願望者にはヒゲの成長が目立ち、月経が止まるまで、それぞれ手術前のホルモン療法を続けさせる。このような身体上の変化は、不安をやわらげ、手術に対する積極的な準備になる。ホルモン療法のもう一つの利点は、その鎮静効果である。以上のような理由から、手術前の少なくとも六か月はこの治療をすることが大切である。
肉体上の変化は、とくに男性の場合に著しい。皮膚はなめらかな感じになり、体毛が少し減り、頭髪の伸びが増すこともある。しばらくすると、筋肉が減少し、皮下脂肪のつき方が女性的になったりする。乳房はだんだん大きくなり、最後には十代終わりの少女くらいになる。このていどで満足してもよいであろうが、満足できなければ後に豊胸手術を受けることになる。声の高低は普通変化しない。しかしこれは訓練して声の調子を変えるようにすれば、あるていどうまくいくようになる。ヒゲが伸びるのを抑制するのはあまりできないので、ホルモン療法と併行して電気分解をすべきである。
普通は毎週あるいは隔週、注射で十分効くていどのホルモンの投薬が望ましいが、そのため女性は一時的に月経が閉止することもある。女性の場合、声帯がしだいに厚くなってくるため、声が太くなるがこれはもとに戻すことができない。ヒゲが伸び、筋肉が発達し、体毛が方々に生え、陰核は大きくなってくる。乳房が目に見えて小さくなるのは若い女性に限られている。その場合は乳房を切除する必要はない。女性の性転換願望者の場合、ニキビと浮腫がでる副作用が起こり得る。ニキビが目立つ場合は、一般にテトラサイクリンが効果的である。浮腫の場合は利尿剤を与えるかホルモンの量を減らすことになる。
男性の性転換願望者はヒゲの電気分解(普通、完了までには一年か二年かかる)の少なくとも半分を手術前にやり終えていなければならない。これにはいくつかのもっともな理由がある。かなりの不快感だけでなく、かなりの時間と費用がかかるこの電気分解をやり遂げられるとすれば、この患者の忍耐力は性転換手術を受けたいという気持ちの真剣さを計るよい尺度になる。
さらに重要な理由は、手術を受けて肉体的には他のどんな点でも女性であるのに、ヒゲが目立って伸びてくれば、その患者は手術をして果たして自分が本当に女性になれたのかどうか、深刻に悩む場合が十分あり得るということである。
何人かの外科医の経験では、このような肉体上の矛盾が直接の原因となって、深刻な心理的葛藤に悩み、あげくの果ては自殺しかねない患者がいるのである。
患者がこれから新しい生活のための実際的基盤を得られるように手助けするため、手術前に患者と社会的、経済的計画について話し合うことが重要である。ほとんどの性判定クリニックや開業医は、六か月から二年というかなりの期間、患者が望んでいる異性になりきっての生活をさせ、働かせ、服装をさせてみてから初めて、その患者に手術を受けることをすすめる。たとえば男性の性転換願望者が、自分は女性であると確信しているというだけでは十分とはいえない。他人がまだ女性とは見てくれないならば、そのようになるまで、女性としての雰囲気まで身につけるように努力しなければならない。そうしているうちに内部の感情も強められ、女性としての振舞いも習慣的になり、わざとらしさが消え、不自然さが目立たなくなってくるのである。この試験期間は、自分の決心が果たして妥当かどうかを患者自身に判断させるために重要である。
ただし、異性の服装をすることが許されない職業についていて、しかもその職業にそのままとどまって働かなければ手術の費用がまかなえない場合には、例外的に異性の服装を継続的にはしなくてもよいとされる。
医師は、患者を経験豊かな弁護士に紹介して、そこで自分の市民権の性別変更について相談してみることをすすめた方がよい。離婚手続きは手術前に済ませておくことも忘れてはならない。
こうしてすっかり準備がととのったところでいよいよ手術を行なう。手術のやり方としては一回で済ませる場合もあるし、二段階に分けて実施する場合もある。二段階に分ける外科医は、まず去勢を自分の診療所で行ない、四、五週間後に病院で陰茎切断と膣の形成をする。このやり方を推賞する外科医は、一回で済ませるよりは患者の苦痛が少なく、また二回目の手術をしてからの回復が早いと主張している。しかし、一回の手術で済ませてしまう外科医の方がずっと多い。
去勢手術後、患者は痛みとはれを多少感じるかもしれないが、普通の場合、一週間以内でおさまる。感染を防ぐため、抗生物質を服用し、苦痛をやわらげるため、鎮痛剤の投与と温浴療法を行なう(一〇〇−一〇四F)。二段階手術の場合、性器形成に先立って抗生物質を一週間服用させる。腸を浄化するためサルファ調合剤と浣腸剤を四〜五日間毎日与える。
性器形成にはいくつかの異なった技術があるが、変法と改良が絶えず行なわれている。この一、二年ですら、外科医が論文で発表した技術を当の本人が使っていないのが実状である。公刊された論文は、改良と変法が日に日に進んでいる現状ではあてにはできない。性転換手術を試みようとする外科医は、性判定クリニックで直接その処置を観察すべきである。
イ、食事――経静脈栄養補給を手術後三、四日行なうが、それは腸からの排泄が膣と直腸とが共用している内壁を緊張させ、敗れる恐れがあるためである。四日後には完全な流動食を、七、八日後にはさらに堅い食物をとってもよい。
ロ、投薬――抗生物質を、入院中および退院後一〇日間、多量に服用させる。その他に感染予防のため腰湯をひんぱんに使わせ、刺激性のない石鹸かフィソヘックスで軽く洗ってやる。感染はまれであるが、万一感染した場合には、傷口を切開して排膿しなければならない。
3 家庭での手当て イ、補綴――手術の間、膣にはガーゼが詰められている。治療が十分進んだ段階で、患者に人口膣の使用法を教える。人口膣はいろいろなもので合成して作ってある。気泡ゴム、透明樹脂、シリコンゴムあるいはバルサ材である。使いはじめて最初の数日間は、一度使ったら数分間は膣口の収縮を妨げるため取り去らないようにしなければならない。手術後、少なくとも六か月間は、その人口膣を一日に四、五回、そのたびごとに一、二時間続けて挿入しなければならない。これは湯に入って横になりながら行なうともっとも容易にできる。筋肉組織がリラックスしていて挿入が楽だからである。
ロ、拡張――適量の滑剤を使って、ゴムをはめた一本の指か外科用拡張器を用いて、その膣を少なくとも日に二回拡張しなければならない。油性、あるいはシリコンタイプのクリームを毎日内部に塗らなければならない。
ハ、衛生――傷口を洗浄し、手術後のはれを引かせるため、一日二回二十分ずつ湯に入るとよい。膣の部分はひんぱんに洗浄(消毒)しなければならない。
ニ、診察――次のような場合、患者は診療を受けるようにしなければならない。熱が出た場合、手術したところが熱をもったりはれてきた場合は感染の兆候である。排尿が困難になった場合は、新しい尿道が狭窄を起こした可能性があり、医師に器具で拡げてもらうか、医師の指示を得て自分で拡げるかしなければならない。ホルモンを服用している患者は、水貯留、下肢の血液凝固といった副作用のおそれがあるので、必ず定期的に診断を受けることが必要である。
ホ、その他の手術――造鼻術、豊胸術といった手術を希望する場合は、最初に手術したところが完全に治癒し、機能を発揮できるようになってから受けるようにすべきである。
へ、一般的な健康管理――《休息》手術後、まだ十分回復しないうちに職場に戻るのは、かえって高いものにつく。十分回復するまで待つべきである。長時間立っていると、分泌液が手術したところに集中するので、患者は長い間立ち続けないようにしたほうがよい。長く座っていると、はじめのうちは不快感がある。
《食事》毎日、蛋白質を適量含んだ片寄らない食事をとることが治癒を速める。補いとして複合ビタミン剤と、毎日一〇〇ミリグラムのビタミンCをとるようにする。塩および塩気のある食物は、過度の水分貯留を防ぐため避けるか控えめにする必要がある。適量の水と繊維素は便秘を防ぐが、便秘は新しい膣壁を圧迫する恐れがあるから気をつけねばならない。体重は一定に保つ。体重の増加は手術したところに圧力をかけるのでよくない。
ト、性行為――感染および縫い目の裂ける危険があるので、手術後少なくとも二、 三カ月は性交は慎まなければならない。その後、最適の体位をみつけるため実験してみることが必要であろう。骨盤の骨、あるいは膣口の角度が初めは障害になりがちである。滑剤を多量に使用し、排尿して性交に先立って腸を空にして膣口が最大に開く余裕を生み出せるようにしなければならない。
陰茎を作るには技術的に二つの方法があるが、現在のところ、外見も機能もともに満足のいくようなものはない。一つの方法では、軟骨か硬骨を移植して陰茎に似たものを作るのであるが、性交にたえるだけの硬さにするには通常補綴(何か詰めること)が必要である。排尿の機能を果たす陰茎は、人工管で尿道を延長すればできるが、この管それ自体には洗浄能力はないので、感染の危険に絶えずつきまとわれる。今までのところ、いかなる人工器官も性交と排尿の両方の機能を一つで果たすことはできないし、またいずれも感覚はない。
どの方法を選ぶにせよ、段階的に一つ一つ片づけていかなければならないので、十数回も病院へ通わなければならない。その苦痛と費用は大きいし、器官自体も決して満足のいくような代物(しろもの)ではない。患者は、もし手術をしないでごまかしてしまうならば、つまり、手術をする以外には心理的、社会的に安心感を決して得られないのだという確固たる信念がなかったら、とても思いきってやってみることはできないであろう。たとえそのような信念を持ち続けていても、手術の結果には大いに落胆させられることが十分あり得るのである。
別の、はるかによい便法は、患者に補綴器具の使用法を教え、性行為の相手を満足させる方法を説明してやったり、ときには性の手引き書を選んでやることである。両方の卵巣は必ず、子宮は場合によって切除しなければならない。乳房手術も十代を過ぎた患者には必要であろう。
女性から男性への手術は外面的には日進月歩しているようであるが、失敗も多く、機能的にも危惧の念がある。
性転換願望者は、一生ホルモンの服用を続けなければならない。表現型性徴の抑圧は、去勢と、両側の卵巣とともに子宮を切除することによってうまくできるようである。しかし、手術後もホルモンを服用する第一の目的は、異性の特徴を発達させること、維持すること、刺激することである。そのほか皮膚の調子を保つこと、骨のカルシウムを適当に保つこと、動脈硬化を防止することのねらいもある。手術後、半年ごとに身体検査のため患者と会い、変更の必要はほとんどないが、一応ホルモンの量をチェックすることが必要である。患者の社会への順応を助けるため、理解のあるカウンセラーか精神科医を推薦してやることが望ましい。
ホルモンを一生使うことになるので、もと男性であった者には普通の経口薬がつごうがよい。もと女性であった者には、毎月注射するのがよい。効能の強い注射は、男性性転換願望者の場合には、もし利用するとしても、治療の初期の段階に限ったほうがよい。女性の場合には、まず男性化をはかるため、一般により多量のホルモンが必要である。
性転換願望についてもっとも深い経験を積んでいる内分泌専門医のベンジャミン博士は、危険な、あるいは好ましくない副作用を警戒して、二、三カ月ごとに二、三週間、内分泌腺関係の投薬を中断することを提案している。手術後の薬の量は、手術前にくらべて一般的には半分かそれ以下が好ましいとされている。第二次性徴をいっそう変えていきたいという場合には、注射によるか、さらに効力のある投薬を一時的に試みることもできる。
ホルモン療法は、肺動脈塞栓症、血栓性静脈炎、悪性腫瘍、肝臓機能障害の既往症のある者には行なってはならない。
医学の進歩は、かつては不可能だった病気を治し、とてもできないとされていた手術をも可能とした。性転換手術も医学の進歩によって新しく道が開けたものの一つである。しかし、もちろん人間は万能ではなく、性転換にしても完全な男性あるいは女性をつくり出せるわけではない。男性の肉体をもつ女性、あるいは女性の肉体をもつ男性に対して、肉体を外科的手術で変え、本人の望む反対の性の解剖学的構造に類似した器官をもたせることによって精神的な葛藤を解消させ、苦痛を取り除いてやろうとするのがそのねらいである。
手術をすれば生殖機能は失われるし、手術によって得られる器官のその他の機能にも欠陥が少なくない。また手術には多額の費用が必要であるし、肉体的な苦痛をも伴う。しかもいったん、手術を行なえばふたたび元に復することは不可能であるにもかかわらず、手術の希望者は少なくない。「異性の肉体の牢獄」に閉じ込められて苦しむ人がそれだけ多いということであろうか。そのような手術を受けて後悔することはないのであろうか。
ジョンズ・ホプキンズ性判定クリニックのジョン・マネー博士は、どう研究所初期の性転換手術の結果を次のように発表している。自分が行なった初期の手術のうち、二四例を追跡調査したが、患者が手術に満足しているかどうか、就職状況、警察の記録、精神医学的記録、それに性関係である。
その結果、一七人の男性の性転換者は全員が手術を受けてよかったと答えた。七人の女性のうちの一人は不満足であったが、これは彼の手術の一部、陰茎の成型に問題があったためとわかった。就職状況では一二人がよくなり、他は変化がなかった。手術以前には六人に逮捕歴があったが、手術後に逮捕されたのは二人で、手術後は社会に迷惑をかけるようなことは少なくなった。また、誰も精神療法を必要としなくなった。半数の一二人はかつて精神医学的治療を受けていたが、手術後治療を中止することができた。性的関係では安定する傾向にあることがわかった。この調査は要するに手術が成功だったことを示している。
医学文献に報告されている一二一人の男性の性転換者について追跡調査したイラ・ポーリー博士も、社会的、情緒的適応が手術前に比べて著しく改善されたと報告している。、こうしたデータを見る限り、手術は患者のためになっており、結果的におおむね成功しているようである。前章で紹介したように、きびしい条件のもとで、慎重、細心に行なわれるものであれば当然であるともいえる。しかし、中には男性から女性に変わったものの、女性構造のできが満足すべきものでなく、セックスがうまく行なえぬことから自殺したケースもあるという。
すでに述べたように、性転換願望は男性から女性への方が女性から男性を希望する者の何倍も多い。興味深いのは、一般に女性の性転換願望者の方が、反対の役割を果たすうえで社会的な問題が起こることが少ないということである。男性の性転換願望者は、日常生活において、太い声やヒゲをかくすのに苦労するが、女性の場合は髪をカットし、胸の隆起を小さくし、男性の服装をしてそれらしく振舞えばよい。
いずれにせよ、男性、女性を問わず、変身には三つの段階がある。第一回は一年ないし数年を要するホルモン療法の段階で、ホルモンだけでもかなり反対の性に近づくことができる。この期間は、反対の性の役割を果たす練習の期間でもある。
これが成功すると第二の段階、手術へ進む。女性の場合、性器をつくるのがむずかしいが、今日では実物とそっくりで、立小便ができ、プラスチックや骨片を使ってエレクトするペニスもつくられている。もちろん、人工のものは性器そのもので快感を味わうことはできないし、とてもほんもののようにはいかないが、男性になりたい一心の人たちはそれを甘んじて受け入れているようである。
手術のあとが第三段階で、最初に名前を変え、証明書やライセンスを書き替えてもらう。ホルモン療法は望ましい状態を維持するために一生続けなければならない。こうしてつくられた第二の性は、ほぼふつうで外見でそれと見分けるのはむずかしい。男性になった者はたいていふつうの女性と結婚し、一人前の男性として働き、人工受精で子供を育てている者もある。彼らは亭主として隣人、友人と交際し、男性の役割を果たすことに満足しているように見える。オーストリアの有名な女子スキーヤーだった人で、男性になったエリク・シネガー Erik Schinegger(旧名エリカ・シネガー Erika Schinegger)(二〇歳)もその一人である。
手術によって生まれ変わった例をいくつか拾ってみることにしよう。
今日のいわゆる性転換手術のハシリは一九三一年に西ドイツで行なわれたとされている。しかし、それがどのように行なわれ、その結果がどうであったのかあまり知られていないようで、私の手元にも資料はない。最初に世界的に有名になったのは、一九五三年に、デンマークのクリスチャン・ハンバーガー博士の手術によって女性になったクリスチーヌ・ヨルゲンセンである。クリスチーヌはロングアイランド出身で当時二六歳、男性であったころはジョージ・ヨルゲンセンと名乗っていた。
男性から女性への性転換手術によって彼女もハンバーガー博士も有名になったが、後年、心臓移植を手がけた一部の人が次々に症例をふやそうとしたのとは違って、ハンバーガー博士は性転換手術をさらに続いて行なおうとはしなかった。もちろん、クリスチーヌの手術が失敗したからではない。手術は当時としては最高のもので、手術を受けた本人も満足し、人々を驚嘆させたものであった。ハンバーガー博士がなぜその後積極的にならなかったのか、あるいはなれなかったのかはっきりしない。はっきりしているのは、このケースが世界の注目を集め、これをきっかけに各地で性転換を手がける医師が出はじめたことである。
一方、クリスチーヌは珍しさも手伝って有名になり、自叙伝を出版したりして第二の人生の幸福感を味わったようだ。二〇年経った今日ももちろん健在で、デンマークで開かれた第二回性転換国際会議にも祝辞を寄せている。
一九五三年、ヒラリーの率いる英国エベレスト登山隊は、栄光に輝く初登頂を成し遂げた。このとき『ザ・タイムズ』の記者として彼らに随行し、登頂成功の第一報をスクープして一躍有名になったのがジェームス・モリスであった。
しかしながら彼は、「自分は間違った性を背負っている」という、四歳の時に自覚してそれ以来もち続けていた感覚から逃れることができなかった。
この彼の苦悩を初めて正しく理解してくれたのが、ニューヨークのハリー・ベンジャミン博士であった。それまで、彼が相談した英国精神科医は彼の訴えに対し、当惑し、精神分析を勧めるかあるいは原因を何とかして肉体的な異常に求めようとするのが常であった。
彼は自らのジレンマが、彼自身にとっての性別(ジェンダー)が明白に女性であるにもかかわらず、その性(セックス)が男性であるという決定的な誤りに起因することを理解していた。そしてこのジレンマから脱するための手段がベンジャミン博士によって示唆されたのである。それは性別(ジェンダー)に合わせて性(セックス)を変えること、つまり、長期にわたるホルモンの投与と手術により身体をつくり変えるということである。
結局のところ、この著名なジャーナリストであり、ライターであり、5人の子供の父親であるモリスは、八年間におよぶ女性ホルモンの摂取で女性としての第二次性徴を徐々に獲得したのち、一九七二年に最後の仕上げとしての外科手術をモロッコで行ない、四五年目に初めて、性と性別との自己同一性(ジェンダーアイデンティティー)を得た喜びを味わった。
長い男性としての生活ののち、女性となったという劇的な経験に対し、多くの人々が興味をもった。そして「いったいどんな感じがするのですか」という質問に、自分は一度として男性だと思ったことがないのだから答えようがないといった。
また性転換をして後悔することはないのかという質問には、彼自身の自叙伝にも記しているように(Conundrum 最近「苦悩」と題して竹内泰之氏の訳本が日本でも出版されている)きっぱりと一瞬たりともそのように考えたことはないといいきっている。最大の問題であると思われた、妻および子どもたちとの関係もなにも深刻な事態をひき起こさなかった。妻とは離婚したが、以前にもまして親密な友情にとって代わった二人の関係は続いている。子どもたちは、女性に変わった父親に深い理解を示している。
東京都墨田区菊川町二丁目で、殺人事件が発生した。検視の結果、被害者は、性転換手術を受けたT元男性Uとわかった。昭和三五年九月一六日のことである。彼は睾丸摘出、陰茎切断、直腸を用いた造膣術を受けていた。また売春婦として取締り当局のリストにも載っていた。本人はすっかり女になったつもりで客をとっていたのだが、その前夜、酔って彼女の客になった少年が、朝になってだまされたと怒り出し、彼女を絞殺したのである。おそらく肉体的にまだ女性として不十分なところがあったために悲劇を招いたのであろう。性転換手術には捜査当局もびっくりしたらしい。
それにしても、このような肉体の改造は医師でなければできないし、しかも外科的に相当熟練を要する手術であることがわかり、捜査の結果、手術した医師がだれであるかも突きとめられた。警視庁科学検査所は、このような手術は当時流行の形成外科医学の邪道ではないかとの疑いを持ち、法的に正当であるか否か、もし違法とすればどんな条項を適用すべきであるか、について私のところに問い合わせてきた。私は「わが国には、直接このような手術を禁止する法規は見当たらないが、少なくとも医師法第一条(医師は、医療および保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする)の精神に違反するものであるから行政的な処理が適当であると考える」旨回答した。
結局、本件では、術者である医師は刑事責任を追及されることなく、一件落着に至った。しかし、これがわが国では性転換手術の表ざたになった初のケースと考えられる。
性転換手術の違法性が法廷で問題になったケースは、わが国ではこれまでのところ、第八章に紹介した事件がひとつあるだけである。この種の手術が法的な責任を伴わないものかどうかははっきりしていないため、わが国にはまだ公然と手術を引き受ける医師はいない。しかし、国内でも手術が行なわれていないわけではなく、ひそかに手術を受けた例がかなりあるようである。それも特定の医師によるものではなさそうで、とすると、何人かの医師が性転換手術を手がけていることになる。
私の聞き及ぶ範囲でも、九州の某市では五人兄弟の長兄と末弟の二人が手術を
受けて水商売で相当の産をなしたということだし、名古屋にも男から女に変身してダンサーとなり、のち結婚して妻として暮らしている者があるという。京都生まれのフロアショーのダンサーが大阪で手術を受け、女性に変身して結婚生活を送っているとの話もある。彼女はダンサーのころホモであったが失恋して女性になる決心をし、それを実行したのだが、「彼女」の夫は再婚でありながら夫婦になった当初は「彼女」が性転換者であることに気づかなかったという。「彼女」の母は三味線の師匠で宝塚のファンだったことから「彼女」も小さい時から舞台の上の女性の美しさにあこがれ、高校のころ、正妻の子でない出生の秘密を知って家出、ついにはどうしても女として生きたいと考えるようになったといわれる。わが国にはまだ女性から男性への手術を受けたという確実な情報はないが、東北地方の某市で警察が暴力団狩りをし、患部の体を調べたところ、男性と考えられていた者が実は女性だったという例がある。この幹部は女から男になることを望み、すでに男性になるための一部の手術を受けていたという。
わが国ではカルーセル麻紀(芸名)が公然と性転換したことを自称している。彼女は昭和四〇年一月東京のミュージックホールに初出演して以来人気スターになっている。
彼女は、北海道に男性として生まれ、大阪のゲイバーなどでブルーボーイとして働いていたことがあるらしい。数年前二回にわたって海外で性転換手術を受けている。相当の経費をかけての手術であるから安易に要求に応じられないといっていたが、手術後間もなくフランスの男性と結婚したようである。現在は別れたのか独りで歌ったり踊ったりして愉快そうである。舞台では、本物の女性以上に肉体的には綺麗であるが発声は男性そのものである。
第三回国際性転換会議が一九七三年九月八日から一〇日まで三日間、ユーゴスラビアの西南海岸アドリア海に面した景勝地ドブロブニック(Dubrovnik)の新市街にあるホテル、「リベルタス Hotel Liberta」に於いて開催された。私は、第二回のコペンハーゲンで開かれた時と同様に、アメリカのエリクソン教育財団の招請を受けたので、九月三日羽田を発って南回りで、パリ、ベオグラード経由で七日ドブロブニックに到着、翌八日から開会の研究会議に出席した。
たまたまベルギーのゲント大学で開かれた第三回世界医事法会議に出席の帰途ドブロブニックに立ち寄った私の同僚、医事法制研究の城西大学助教授中村敏昭氏もオブザーバーとして出席した。
会議は、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学のジョン・マネー教授(John Money, Ph. D.)の司会で開始された。出席したのは、アメリカ、スエーデン、オランダ、西ドイツ、ハンガリー、オーストラリア、イギリス、カナダ、日本およびユーゴスラビア等の国々から集まった者約四〇人であった。前回のときと異なり、北欧諸国からの参加者が意外に少なく、大部分がアメリカの各大学からの参加者であった。会議二日目の午後アメリカからの参加者数名が交通事故に遭い、一時会議が中断されたが、三日間にわたり終始活発な論議が交わされた。
原因については、主として出生時、出生直後の染色体やホルモンの観察についての研究発表やこれに対する質疑応答が行なわれた。結論的には、男女とも反対の性に対する思考や動作が、普通の幼児より多少異なっているていどで著しい差異を見出すことは困難であるが、一七、八歳くらいの思春期に異常が現われてくる場合が多いとのことであった。
テスト期間(約一年くらい)を経て審議の上で手術をした場合でも、蓄積された緊張感を緩和するため催眠療法を利用することが効果的であるという発表があった。
手術後の経過についてオランダのアムステルダム大学ボア博士から数例の発表があったが、多くの場合、暫定的であるかも知れないが、手術を受けて結婚したものの夫婦生活は、普通の夫婦よりも情こまやかなものが認められるとのことであった。
アメリカでは、最近約五万人に近い性転換願望者が各大学のクリニックに殺到し、その手術の適否の審査と関係者の手不足に困っているとの報告があった。その原因は、自由の氾濫とのみ考えることはできない。幼年時代の環境がもっとも大きな影響を与えているという見方が支配的であった。
私は、第二日目に発言する機会を与えられたが、第二回のコペンハーゲンにおいて報告した以後、わが日本においては、幸か不幸か性転換手術に関しては非合法であり、何等の進展した事実もないことを簡単に報告してその責を果たした。
●第四章 性転換の後に (続き)
性を変えた人々の、第二の人生はしあわせだろうか。どんな心境でいるだろうか。ここにはエリクソン教育財団の資料から、劇的な変身をしたアメリカ人の例を二、三紹介してみよう。
ベティー・H・ムーアさんはかつてはジョン・レイモンド君だった。彼女の自伝によると、生後六カ月のころ、祖母は「この子は男の子じゃない、女の子だよ。性質が女の子だねえ」といった。両親は「腹当てをとってごらんなさいよ。男の子ですよ」と笑った。だが、やがて彼女は自分が少女であったこと、T男の子の体に閉じ込められた少女Uだったことを知る。そして祖母の言葉が正しかったことがわかったという。
顔も声も、すべての感情も関心も少女のものでありながら男の子の性器をもっているとなると、本人の苦悩は言葉ではいい表わせないほど大きい。少女の服装をしていたいが、そうすると変な目で見られ、就職もできない。そして肉体を改造して心身ともに少女になることを強く願望するに至るのである。ベティーさんは「自然は私に残酷ないたずらをしました。私はほとんど女性につくられたのですが、T完全にUではありませんでした」といっている。
幸い彼女の母親はものわかりのいい人で、彼女が女であることを理解する。彼女は5、6歳のころには、母親の着物を着たり、化粧品を使うのを喜ぶようになり、裁縫や編み物、料理などが上手になった。一三歳になって体操着を着ると、少年たちは胸が大きいことや足が女のようにきれいなことから彼女をからかった。ある日、彼女は泣いて母親に訴えた。「ぼくはどうしてこんなふうに生まれたの?」母親の答えは、多くの人々がいつもいうように「神さまがそのようにされたのです」だった。
一四歳の時、初恋をし、絶望感を味わう。彼女は体つきが女性的であることを誇りに思い、女性の服装をして女の子たちと一緒におしゃべりしたいと望んだ。彼女はカールと男の子の名前で呼ばれていたが、一六、七歳のころには彼女を女の子として扱ってくれる若者と恋に陥り、デイトを重ねている。
ベティーはステージダンスが好きで、一三歳の時からこれに熱中してきた。ダンスは彼女の中にある女性らしさを十分表現できるものだったからだ。彼女のダンスは上達してステージに立てるようになり、生計もそれで成り立つようになった。性倒錯者として警察の手入れを受けるまでは、すべてうまくいっていた。不幸にも、多くの人がそうであるように、彼らは性転換願望者が必ずしも同性愛者ではなく、性倒錯でもないことを知らなかった。性別障害者は生まれてくるのであって、後天的につくられるのではないのだが……。
結局のところ、ベティーは幸運だった。すぐれた外科医にめぐり会い、三回の手術ですっかり女性になることができたからである。遂には彼女は結婚の喜び、女性生活の楽しみをも知るようになった。彼女はこのごろでは、性転換願望者に親切な外科医を見つけてやる手助けをしているという。
私は海軍にいますが、昨年暮れ家に電話をかけて気になる話を聞きました。弟のデーびっどが、一年以上も前から進めていたあることについて手紙を書いたといい、手紙が着くまで心配しないでいいし、電話では話せないというのです。
間もなく着いた弟の手紙にはルック誌の一九七〇年一月二七日号が入っており、それには性転換願望者の記事が載っていました。私はびっくりしましたが、弟が「私は男性性器をもった女の一人です」「もうデービッドとは呼んでほしくない」「私は弟じゃなくて妹なのよ」と書いてあることには、そんなにショックを受けませんでした。(彼女はエストロジェンを二年近く飲み続けていました)私は雑誌の記事を何度も何度も読みました。よく考えてみると、彼女のこれまでの生き方は、女性のそれでした。本当は少女で少年ではなかったのです。私はそれを証明しようとは思いませんし、彼女と会えばすぐおわかりいただけることでしょう。私がこの手紙を書くのは私も妹もしあわせいっぱいであることをお伝えしたいからです。
彼女の写真にも興味をひかれましたが、直接彼女に会うため家に帰ったとき、私はほとんど口もきけませんでした。私は休暇で一九七一年のエープリル・フール(四月一日)の午後、町の駅に着きました。電話するとリサ(デービッド)が出ました。私はすぐ顔を見たいと思いました。彼女は車ですぐ迎えに行くといいました。私は、彼女が写真の通り立派だろうかと考えながら行ったり来たりしていました。窓の外を見たり、内部を捜したり「オー、ブラッド、私の一生は絶望だわ」と泣きながら手を差しのべてくる様子を思い浮べたりしました。
そのうちリサが現われました。私たちは抱き合い、リサはおえつし、私たちは車へ向かいました。リサはすばらしく、人柄がよく現われていました。彼女は純粋に女性らしい女性でした。電話で話したリード・エリクソン氏の言葉を借りていえば「彼女はまさに花開いたのです」。
彼女の声は彼女の感触と同様、ソフトで澄んでいました。デービッドとリサの間には何の関係もないようでした。デービッドは私の心から消えました。いやリサがいうようにT彼Uは最初から実在せず、そのような状態は自然の過ちだったのです。
リサは私に「私たちはお互いに知っていると思ってもほんとうは知らなかったのだし、それほど近い間柄でもなかったのだわ」といいました。しかし今はお互いに外見や境遇について真実を述べ合うことができます。二人とも母に対していっそう近づけました。妹の変身はほんとうに驚くべきものでした。私は神さまに感謝します。
新しい性役割に生きようとされる人々に、私はこういいたいのです。私は彼女について知った瞬間から、彼女が女性の肉体をもって生まれてきたのと同じように彼女を受けいれました。母も同様ですし、さらに彼女を知るすべての人々がリサとして受け入れてくれました。世の中には少数の悲観的な人、がん固者、わからず屋がいて間違った考え方をするものです。(私の父もその部類にはいります)。しかし、これらの人々にはかかわり合わずにじっと耐えてください。私の妹は古い言葉をこう引用しています。
「私が変えられないものを受けいれるおだやかさを、変えられるものを変える力を、神はすべて認めてくださいます。二つの差異を知る賢さについては、その大部分を認めてくださいます」
きょうは私にとっては他の日とは違う日です。あなたの方は引き続いてお仕事をなさっていらっしゃるでしょうから、私にはこういえるだけです。あなたは神様と手をつないで働いておいでになり、神様とともに創造の仕事をなさっていらっしゃるようですと。
それはこういうことです。昨日、私は息子に会いに空港へ参りました。飛行機は着いたのですが彼はいませんでした。その代わり、最初に降りた背の高い輝くばかりに美しい娘が、まっすぐ私の方へ歩いて来ました。彼女は私の名を呼び「あなたの息子さんとは車の中で会えます。どうぞこちらへ」とおだやかにはっきりいいました。彼女の表情はとてもうれしそうで、私は万事うまく行っているのだと思い、彼女に従いました。
車に近づきながら「彼はどこです」と聞くと「あそこです」と彼女は答えました。私がキョロキョロしていると「車の中でお待ちしますわ」と彼女はいいます。「彼はあなたのところへ来るというんですか」と私がためらっていますと、彼女は私の腰に手を回してやさしくいいました。「私がわかりませんか?母さん、私はずっとここにいたんですよ」彼女はしばらく神秘的な笑いを浮かべ、高価な贈り物をする人のような表情で、その瞬間を大事にしたい様子でした。そしてすべてを明らかにすることには気が進まないが、もはや黙っていられないようでした。
私は彼女を前席にすわらせたまま、当惑してキーをしっかり握り、息子をみつめていました。「でも、あなたは私の息子じゃありませんわ。彼はそんなに背が高くないんです」「ハイヒールのせいですよ。母さん、私の目を見て。わからない?」この人は私をからかっているのだ、私は笑い出しました。「ええ、私にはわかりません。しかし、あなたは私が知る限りもっとも美しい娘さんです」「どうか車に乗ってください」彼女はまだ探るようにいうので、私はシートにすわり、息子の細かい特徴を探りながら彼女の方を向きました。「手を見せて」と私はいい、そして、そうです、証拠となる傷跡を見たのです。それから私はあのやさしい音楽のような声を聞いて、いくらか親近感が出てきました。目は長いカールしたまつ毛だったのが変わっていました。しかし、あの微笑、まなざし、くすくす笑う楽しげな様子は彼のものでした。私の息子だったのです。「知らなかったの、母さん?私いつも女の子になりたがっていたのに」
(神よ、彼の喜びを分かつのをお助けください。彼の新しい誕生を私が妨げたりしませんように、神よ、何年もの間、彼はどんなに苦しみ悩んだことでしょう。彼の喜びを私にもお与えください)私は神に祈り、それから笑い出し、叫びました。「まあ、なんて素敵!お帰りなさい」
私は車を出すまえ、気を静めるためにしばらくすわっていました。「何か手伝いましょうか。母さん、気絶しそうな感じだわ。母さんをばかにするつもりなんてなかったんだけど。(入力者註:fool=だます、の誤訳と思われる。以下同様)私を見てだれかわかる人いると思う?」「いないわよ。自分の母親をばかにできるのなら、だれだってばかにできるでしょ」
それから私たちは家に向かい、彼は苦しかった何年間もの戦いのことを話しはじめました。私たちは家に着いてからもこのことを話し続けました。「でもあなたは男としてそんなに変じゃなかったわ」「いいえ、私は精神的なふたなりでした。私は男の体で生まれてきたけど、女の心をもち、心の底から女になりたいと思っていました。今日では、何十万人かに一人は肉体の性と精神の性が違うことがわかっています。私は間違った肉体をもったのです。私は何年も勉強しました。ジョンズ・ホプキンズへ行き、有名な多くの精神科医にも会いました。精神を生来の性にマッチするよう変えることができなければ、肉体の方を精神に合わせる道があります。私は建設的で創造的な生き方をしようとするには不幸で、私は女性に変わることを希望し、長年の願望を実現したのです」
私たちは、この転換までの過程について長々と論議し、夕食後になって二人ともようやくくつろいだ気分になりました。「空港では、あなたをがっかりさせたくなかったのよ」「すてきな母さんだわ」
こうして私の大切なものが家に帰ってきました。そしてこれは、私が亡くなった夫にプロポーズされた時を除き、私にとって最大の贈り物だと彼女に話したことでした。前途は新しく、時に危険や困難にもぶつかるでしょう。しかし、私の子供はもう決して孤独ではないのです。
神様、お導きくださいましてありがとうございます。
それから、親愛なるゼルダさん(エリクソン教育財団副理事長)、私の息子は1冊の本と一九五二年以前からの医学、心理学の関係参考資料と、同様な状態にある人々への家庭での注意のファイルをくれました。その中にはあなたの「必要な時は電話してください」との添え書きがありました。私はあなたに電話し、ゼルダさんと感謝をこめてファーストネームでお呼びします。あなたは私の子どもの手をとってくださいましたが、あなたのもう一方の手は神様の手の中にあるように私には思われてなりません。
私の夫は存命中、生まれつきの性の誤りについて説明してくれたことがあります。多くの人がそれによって苦しみ、私たちの助けを必要としています。夫が生きていたら、きっと子どもが彼女のほんとうの性を解放したことを歓迎したことでしょう。
ゼルダさん、私は悩める魂を救う奇跡に感謝し、喜びの涙にくれています。キリストは天国には男性も女性もないといわれています。キリストの不滅の霊魂は完全です。すべてはうまくいくでしょう。私にはその用意ができています。
ゼルダさん、ありがとうございました。同じような境遇にある親御さんやご本人たちに、信仰心をもつようお伝えください。神の仕事にも似た自己発見の先駆的な仕事への援助と理解が得られますように。
●第四章 性転換の後に (続き・2)
性転換者が手術を受けようとするさいの大きな障害の一つは、その手術の合法性についての医師の危惧である。もっとも、司法当局の考え方には、国により、アメリカでは州によっても、多少の食い違いがあり、このおそれには常に理由があるわけではない。各国の実情を次に紹介する。
アメリカ アメリカにおいては、すでに数多くの性転換手術が行なわれているが、裁判になったケースは見当たらない。
ルイジアナ州とイリノイ州では、性転換手術を受けた人々の出生証明書の書き替えが認められている。手術が違法であるとすれば、州の司法当局がこのような便宜をはかるとは考えられないので、これらの州では違法でないとみてよい。
性転換手術を行ないたいと思っているアメリカの外科医は、一般に身体障害法に問題があると考えている。身体障害法はもともとイギリスでつくられたもので、人々が自分や他人の手足を切断したりして、いざというときに国王のために戦えないことにならないようにするのがねらいであった。これによると、自損にせよ他損にせよ、故意に行なうからには一定の目的がなければならないとされており、その場合は、本人の同意は、同意すべきことではないとみなされているので理由にはならない。身体障害法は州によってかなり内容が違い、去勢を処罰するところもある。この法律があるために手術はできないと考えるべきではないが、手術をする場合には事前に地方検事や州の法務官の意見を聞いた方がよいとされている。
性転換願望者にとっては、手術の合法性の問題以前に取締りの対象にされるおそれがある。最大の問題は異性の服装をすることで、これは少なくとも11の州で罰せられる可能性がある。その法的根拠の一つは、悪役人を襲った農民を牽制するための100年以上も前の治安立法である。当時、農民はインデアンに変装した。そこで法律は、顔にペンキを塗ったり、見分けがつかないようにして公衆の面前に現われるのを禁じた。このような法律は、好意的でない警官や裁判所によって悪用されやすい。このほか、一般の人々の行動風俗を規制する地方条例の中にも、問題のあるものがある。
これらの法規が、少数の性転換願望者を考慮して早急に改廃されるとは考えられない。とすれば、法規にふれないやり方を研究すべきであり、ジョンズ・ホプキンズのマイヤー博士は「もし異性の服装をしたいなら、目立たないようにしなさい」と助言している。
また、同性愛を禁止する法律も逮捕の口実にされることが考えられる。
カナダでは、性転換願望者がそのために激しい精神的苦痛にさいなまれており、手術によって救われるという場合には、手術は合法と考えられている。アメリカと地続きであることもあってこの分野の研究は活発であり、手術を行なう施設もいくつか存在する。
デンマーク デンマークでは、去勢手術のための必要条件が法律で定められている。デンマーク医学・法律委員会が承認してから司法大臣が許可を与える仕組みで、条件としては性的本能から犯罪に走るおそれがあるとみられる場合とか、性転換願望者で明白な精神的苦痛があり、社会的立場が損なわれるとみられる場合などである。間者は二一歳以上、精神医学的に正常で、手術を希望する者であることを要する。国内に住所のない外国人には認められない。デンマークは、クリスチーヌ(ジョージ)ヨルゲンセンに対する先駆的手術で知られるが、関係法規もよく整備されている。
オランダ 公式の機関であるオランダ調査委員会は一九六五年、性転換手術について否定的な結論を出している。委員会はデータの不足を認めながらも、形成手術の結果はほとんど常に不満足なものであり、患者の状態は一時的に改善されても、多くの場合、ラフ病(入力者註:rough=不幸な、不快な、の意か?)の症状が再発するとし、心理療法の継続の方が効果的なのではないかとの疑問を表明した。同委員会の報告書は、性転換手術のブレーキとなったが、手術そのものについてはデンマークと同様、自由意思で行なう去勢を認めており、合法化されている。
イギリス 手術の費用が国民健康保険で支払われるようになっていることは、手術が合法化されたことを意味する。一九六七年に性犯罪法第一条が成立したことも、手術に対する法的反対意見をおさえるのに役立っている。(同法第一条によると、二〇歳以上の私的な同性愛行為は法的取り締まりの対象とはならない)
西ドイツ 西ドイツでは性転換手術は違法であり、裁判所は手術後の法的身分の変更を認めようとはしていない。ここでは、手術によるものであれ、事故によるものであれ、性器を失っても本来の性は変わらないとされている。
ベルギー ベルギーでは、患者があらかじめ事情をよく知ったうえで同意し、医師が医学上の検査を十分行なってから実施する場合は手術は合法とされている。
スイス スイスでは、治療を目的として行なわれる限り、手術は違法ではない。
性転換手術によって首尾よく肉体と精神の調和と安定が得られたとしても、それだけではまだ市民としてしあわせな生活が送れることにはならない。性転換者は、手術以前には主として自分の中の、心の葛藤に悩まされたのであるが、手術後は正常な社会生活を送るために必要な身分の変更――名前や性別を変えること、出生記録を改めることなどに一苦労しなければならない。こうした手続きは自分の意志でさっさと片づけられるのであれば問題はないが、どこの国でもなかなか面倒なようである。しかし、放っておくわけにはいかない。模試もとのままにしておくと、就職をはじめ、各種免許資格、保険、兵役義務など日常生活に大きな支障を生じる。もちろん結婚もできない。
アメリカでは一五の州で性転換後の戸籍上の性別変更が認められる。しかし、法令で許可しているのはイリノイとルイジアナの二州だけだ。イリノイ州の場合は簡単で、性転換手術を行なったこと、その結果、戸籍の性別を変更すべきであるとの医師の証明書を提出すればよい。
ルイジアナ州では裁判所に申請して新しい出生証明書の交付を受けることができるが、それにはまず申請者が性転換願望者かまたは半陰陽であると正式に診断されたこと、第二に性転換手術あるいは矯正手術が行なわれたこと、第3に手術とその後の治療によって身体的な構造が登録されているものとは別の性別のものになっていることの証拠を添えなくてはならない。ここでは、性転換手術は半陰陽の手術と同じ扱いをされているわけである。裁判所は必要な証拠がそろっていると認めれば新しい出生証明書の交付を命じる。証拠は本人のほか、裁判所の命令があった場合を除いては公表されない。
その他の州で出生記録の変更に適用される法規は3つに分類できる。@出生記録の訂正、変更、修正、改訂を特に許可も禁止もしていない場合 A訂正だけを認めている場合 B修正または改訂を認めている場合である。Aの訂正だけを認める州では、最初の登録が誤りであることが明らかになった場合だけ許可されるわけで、手術による変更は認められない。Bは@とAの中間型といえる。ミネソタ州では性転換者は裁判所命令で名前を変更してもらったあと、弁護士を通じて州保健局に新しい出生証明書の交付を申請すれば、新しい名前の新しい証明書がもらえる、という既成事実ができ上がっている。法規以前に行政当局の理解があるかないかで結果は大きく違ってくるといえよう。
ニューヨーク市では、一九六五年に性転換者から新しい出生証明の交付申請が出されたさい、ニューヨーク医学アカデミーにその是非について諮問したところ、同アカデミーは性別変更は認めるべきでないとの答申を出した。染色体はもとの性のものであるし、心理的に不完全な人間が社会に適応するのを助ける手段として利用されることに疑問があるというのがその理由であった。しかし、これに対しては、染色体で性別を判定することの非合理性や、ほとんどの性転換者は性別の問題以外にはまったく正常であるし、その社会的適応を法が拒むべきでないことを指摘した批判が多かった。
その後、ニューヨーク民事裁判所のフランシス・N・ペコラ判事は性転換者の戸籍上の性別変更願いを認めた。同判事は、心理的な性と肉体的な性に食い違いがあるときは、社会的性別は肉体的な性で決められるが、医学の介在の有無にかかわらず、心理的性と肉体的性が調和した場合には、社会的性別もそれに合わせるべきだとしている。
西ドイツでは、性転換手術そのものが合法とされておらず、性別の変更も今のところ認められていない。性転換手術を受けた少年の出生証明変更の申請に対し、フランクフルトの上級地方裁判所は、出生時の性別を正確に記載した出生証明の変更を命じることはできないと答えている。これはドイツ高等裁判所の従来の判例にしたがったもので、判例によると、人間の性別は出生時の外部的身体的形状で定められるもので、精神的なものは重要ではないし、また、性転換手術は、災害、戦傷、去勢等による外性器の損傷と同じであって、反対の性がつくり出されるのではないとされている。
しかし、こうした考え方も徐々に変わりつつあるようで、一九七〇年九月には、ベルリン高裁が、身体的変化を伴う場合には、心理的要因が性別変更について考慮されるとし、性転換者を心理的半陰陽として取り扱い、身分法上の性別訂正を認めている。もっとも、この事件は翌一九七一年九月、連邦裁の決定でくつがえされた。連邦裁は、性転換手術を受けた人の身分の訂正には承認に値する必要性があることを認めながらも、この種の性転換は「男女の択一的カテゴリーへの人間の一義的、不可変的編入の原理」に立脚する法秩序に対して広範で重大な影響を及ぼすものであるから、裁判官による法形成ではなく、立法者の決定にまつべきであるとしている。
結婚はにんげんの基本的な権利の一つとされているが、性転換者の場合は法的にみてどうであろうか。この問題を裁判所が取り上げたケースがイギリスにある。一九七〇年のコルベット・アシュレイ訴訟と呼ばれる事件がそれである。この事件は、性転換者と結婚した男性が結婚の取り消しを求めたもので、オームロッド判事は「この結婚は無効である」と申し立てを認めた。
性転換者は二五歳の時、男性から女性への性転換手術を受けたエープリル・アシュレイで、彼女は生まれたときは男として登録され、男として育てられた。手術前はジョージ・ジャミーソンという名で、一六歳の時船員となり、自殺しようとするまで一年間船員をしていた。精神科医はジョージについて「女性になりたがっている生来のホモセクシャル」と述べている。
エープリルの夫。アーサー・コルベットは衣裳倒錯者で、多くの男性と性的関係を結んでいる。二人の同せいは二週間だけであった。
専門医の証言から、エープリルはXYの染色体をもつ男性で、手術前は睾丸があり、男性の生殖腺、男性性器をもっていたが、性転換願望者であることが明らかになった。彼女は女性として生活し、女性としてとおっていた。外観は一見女性的で、身体は巧妙な手術の結果、男性より女性に似ており、人口膣をもっていた。
オームロッド判事は「結婚は本質的に男性と女性の関係であり、本件における結婚の合法性はエープリルが女性であるか否かによる」とし、性転換手術やホルモンによって後天的に女性をつくることはできないと断定した。そして結婚のために性別決定には、染色体、生殖腺、性器の検査を基準にすべきであると述べた。同判事によれば、真の性別は出生時、あるいはそれ以前のおそらくは受胎の瞬間に、生物学的に決定されるものである。
性転換者の結婚は実際には珍しくないが、法的に認められるかどうかということになると、いろいろむずかしい問題が多い。一度結婚した男性が、性転換手術を受けて次には女性として再婚する琴緒も考えられる。夫婦のそれぞれの本質的役割とは何なのか、男性とは、女性とは何か、子どもを産めるかどうかは結婚や離婚の条件にならない時代にあっては、これらを正確に定義することもますますむずかしくなっている。
欧米諸国の例からも、国内でホモが話題になり、ゲイバーやホモスナックが各地に出現していること、ブルーボーイの一部に性転換者がいることなどからも、性転換手術が今後わが国においても大きな問題になりそうである。私の友人であるジョンズ・ホプキンズ大学のマイヤー博士も、性転換願望者の問題が日本で表面化するに至らないこと、医師の間に関心が薄いことに、むしろ奇異な感じがするといっている。私は、早かれ遅かれわが国でもこの問題が起こってくると考えているが、その場合、性転換は法的にどう扱われるべきであろうか。
まず手術が合法であるか、違法であるのかが大きな問題であるが、わが国には性転換を想定した法規は存在していないし、第五章にかかげた優生保護法違反で有罪の事例も、具体的ケースについての条件つきの判断であって、性転換手術そのものが常に違法行為であると断じたものではない。優生保護法違反といえばいえるが、これもほかに適当な法律がないからで、かなり苦しい法の適用といえよう。
もう少しさかのぼって考えると、手術はなぜ傷害罪を構成しないのか、という問題がある。医師の行為が故意または重大な過失のある場合を除いて刑法上の犯罪にならない理由としては、国家の免許を受けた医師が当然の業務としてなす行為であるから、違法性が阻却されるとする業務権説と、医療は身体の故障を排除するために行なわれるものだとする正当行為説が有力である。しかしこのほかにも患者の同意があるからとする患者承諾説、古くから何人も犯罪でないとみなし
ている慣習法説、小害をもって大害を排除する行為だとする必要行為説、侵害ではなく身体の故障を排除するのが目的だとする目的説、国家が正当な行為として認めているとする国家認容説などがあり、必ずしも見解が一致しているわけではない。ただ、人間には自己の身体の完全性を保持する一身専属権があり、原則として本人あるいは親権者、後見人などの承諾なしに医療行為をすることはできない。その場合も、手術の方法が医学界一般に承認されていないもので生命身体に重大な損害を及ぼすおそれがあったり、大きな副作用を伴うかも知れない新薬を使用しようとする時などは、医師が本人や近親者によく説明して納得を得ることが望ましいとされている。しかし、それも納得があればよいというものではなく、法規に違反していたり過失を伴ったりすれば責任を追及されることになる。
最近医師のミス、いわゆる診療過誤事件が多いが、わが国では民法七〇九条の「故意または過失によりて他人の権利を侵害したる者はこれによりて生じたる損害を賠償する責に任ず」により、損害が発生した場合にその原因について責任の追及ができることになっている。この点に関連して刑法二一一条は業務過失致死傷の罪として「業務上必要なる注意を怠り、よって人を死傷に致したる者は五年以下の懲役または二〇万円以下の罰金に処す。重大なる過失により人を死傷に致したる者また同じ」と規定している。
したがって診療過誤で問題になるのは、医師の過失、損害の発生、過失と損害との間の因果関係である。「業務上必要な注意」とは、医師として社会通念上必要とされる注意ということで、通常一般の医師の標準的な注意義務をさし、民法四〇〇条にいう「善良なる管理者の注意義務」をつくすことが要請されている。
性転換手術を考えると、資格のある医師が、ぜひにと懇望され、術後の見通しについても納得づくでこれを行ない、まずまずの結果になった場合、果たして違法行為といえるであろうか。ただしこれには、性転換手術は医療行為であるとの前提が必要で、この手術が医療行為とは認められないとすれば話は別である。医師法第一条は医師の使命について「医師は、医療および保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする」と規定しているが、これは倫理規定で罰則はない。
第五章に紹介する優生保護法違反事件の判決では、性転換手術については一応治療行為として認める方向であるが、そのやり方が慎重さに欠け、軽率であった点に責任があるとしている。法定の理由なしに生殖を不能にする手術をしたということよりも、その過程を問題にしたものである。いずれにせよ、この判決にみる限り、アメリカ並みのきびしい条件が必要であるにせよ、わが国でも性転換手術が正当な医療行為と認められる日もそう遠くはなさそうである。
人間を男と女に分類するのは、これまで疑問の余地のない当然のこととされ、法体系の中にも深くはいり込んでいる。男か女かが決められるのはふつう生まれたときで、わが国の民法には「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」(第一条ノ三)と規定されている。この世に生をうけた者は、生まれるのと同時に権利能力を認められる。しかし出生にはじまるという原則を貫くと、出生以前の胎児はまったく人格を認められないことになり、不都合を生じるので、わが国の民法は損害賠償、相続、遺贈について胎児を生まれたものとして扱うことにしている。この場合、両性は本質的に平等とみなされ、出生児あるいは胎児が性によって差別されることはない。
しかし、出生の有無ないし時期は、身分法上重大な意義をもつ。そこで、戸籍法は、これを明確にし、ひいては産児の家族法上の地位を明らかにするために出生届に関する手続きを規定している。(第四九――五九条)。これによると、届出期間は一四日以内で、届書には@子の男女の別及び嫡出子または嫡出でない子の別 A出生の年月日時分および場所 B父母の氏名および本籍、もし日本の国籍を有しないときはその旨 Cその他命令で定める事項を記載しなければならない。また医師、助産婦その他の者が出産に立ち合った場合にはやむを得ない場合を除いて出生証明書を届書に添付しなければならない。届出場所は出生地が原則で、届出義務者は嫡出子の場合はまず父親、嫡出でない子の場合はまず母親とされているが、これは実際上祖父母などでも差しつかえない。これらの手続きを怠った者は処罰される。
戸籍上の規定によると、出生届にはまず男女の別を記入することになっている。出生児は男でなければ女であることが当然とされているわけだ。医師や助産婦が立ち合った場合は、出生届けを書いてくれるが、性別の判定には格別の苦労があるわけではない。一見、解剖学的な特徴から、つまり性器の形状からどちらの性に属するかを決めるのであって、この点、しろうとのやり方と変わりはない。だが、赤ん坊の方は、これによって生涯のうんめいを決められ、男としての、あるいは女としての人生がはじまることになる。
現実の社会には中性の存在は認められない。赤ん坊が中性的存在であるにしても、本人には性を選択する自由はない。人間は生まれ落ちると同時に、性別化を強いられ、その成長とともに男は男らしく、女は女らしく生きるよう期待され、教育されるのである。
こうした性別化は、日常生活の中でも、ごく普通に行なわれているし、読者もそれぞれに思い当たることが多いに違いない。生まれた子供にはまず衣服が用意されるが、男の子と女の子ではその色や形が違っている。大人のあやす言葉、話しかける言葉も異なる。髪がのびてくれば髪型も別にする。ものごころがつくようになって、周囲の人たちの動作や言葉をまねたり、自分で何かをしようとする場合には、ほめられたり叱られたりする。その中には男の子だから、あるいは女の子だからしてはいけないということが多い。与えられるおもちゃも、遊びも同じではない。親や周囲の人々は、子どもの言動に対する受容と奨励、拒否と禁止によって人為的な性別化を推し進める。男と女の行動特性、態度、性格の差の多くはこうして形成されるのである。
このように、法も社会も男と女の存在を前提にしてはいるが、昔から存在した少数の半陰陽はもとより、最近現われはじめた性転換者についての考慮はないといってよい。社会の方は、激動の時代が続いていることもあって、わりに寛容であり、男の子が女の子のような格好をしても、その逆の場合も、あまり極端なものでない限り拒否反応は示さない。一部の夜の世界では、男が女装をし、女が男装をすることも行なわれており、アメリカなどと違って、法的にもそれをとがめようとはしていないのが実情である。
とはいっても、これは性転換者が法的に受け入れられることを意味するわけではない。性転換手術が正当な医療行為として公認されたとしても、手術を受けた者の社会的適応はとくに法的身分については大きな難関となる。実際にそれがどう扱われるか、まず半陰陽の場合からみてみよう。
(入力者註:こう書かれているが、これに関する記載はない。出版に際して半陰陽の事例以下の記述は削除されたものと思われる)
性転換は法的にはどのように扱われるのか、法律で認められているのか、あるいは違法行為なのか、その理由は何か、問題点はどこのあるのだろうか。
わが国では、性転換手術が刑事責任を追及された例は、これまでのところ、優生保護法違反事件が一件あるだけである。これは昭和四四年二月一五日、東京地裁刑事一二部(熊谷弘裁判長)の判決で、被告の産婦人科医(当時四一歳)は懲役二年、執行猶予三年、罰金四〇万円をいい渡された。被告は優生保護法の中でもっとも罰則の重い第二八条「何人もこの法律の規定による場合のほか、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術またはレントゲン照射を行なってはならない」に違反したとして有罪判決を受けたものである。
第二八条違反は、死亡させた場合で三年以下の懲役、そうでない場合は一年以下の懲役または一〇万円以下の罰金となっている。宣告を受けた刑が重いのは、麻薬取締法違反事件がからんでいるためで、量刑の事情によると、優生保護法違反については懲役刑ではなく、罰金刑として併科されている。
このように、刑のウエートは麻薬取締法違反にかかっているが、法廷での審理では麻薬関係が中心ではなく、性転換手術の方が焦点になった。わが国初のケースでもあり、裁判官は扱いに苦労されたようで、多くの専門家に意見を求めるなど慎重な審理が行なわれている。性転換手術については、結局、精神科医等の協力による総合的診断をしておらず、カルテもつくらないで安易にメスを振るった点で正当な医療行為として容認できないとされた。このことは性転換手術のすべてを違法行為と見做し、処罰の対象とするわけではなく、一定の厳しい前提条件ないし適応基準によって慎重に行なう場合には、正当な医療行為として許されることを示唆しているといえる。
これについては量刑の事情でも、アメリカ等で一定の厳しい条件のもとでこれを許そうする傾向が生じつつあることを考えると、あまり厳しい量刑はできな
い、との判断が示されている。この判決は性転向症(性転換願望症)を広い意味の同性愛と見做すなど問題点もあるが、全体としてみれば、まだ性転換手術が公然と行なわれるまでに至っていないわが国の現状からみて妥当なものといえよう。判決は前半の部分で性転換とは何であるかについてかなり詳しく述べているが、本書を読み進んでこられた読者には、性転換手術が医療行為として許されるかどうか、正当な医療行為として容認されるためにはどのような条件を充足しなければならないか、を問う後半が重要である。
性転換手術は、やがてわが国においても、一定の条件のもとで医療行為として認められるようになるのではないかと考えられるが、それだけに性的倒錯や性転換願望(判決では性転向症と呼んでいる)に対する法的検討には参考になる点が多い。そこで次に事件と判決の内容を紹介する。なお被告は控訴したが控訴審は一審判決を支持、控訴を棄却している。
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被告は昭和二三年九月、○○医大を卒業、二五年に医師免許を受け、同大学産婦人科助手、三一年博士号取得、三二年同教室講師となった。その傍わら二六年以来、東京都内に実兄が開設している診療所甲野医院において産婦人科担当医として診療に従事していた。罪にあたるとされたのは次の二点についてである。
第一に、いずれも甲野医院でゲイボーイから睾丸摘出、陰茎切除、造膣等いわゆる性転換手術を求められてこれに応じ、法定の除外理由がないのに、故なく生殖を不能にすることを目的として昭和三九年五月一三日ごろから一一月一五日ごろにかけ、A(当時二二歳)、B(同二三歳)、C(同二一歳)に対し計三回にわたり、睾丸全摘出手術をした。第二に、麻薬営業者ではなく、法定の除外理由もないのに、四年(入力者註:四三年か?)三月五日ごろ、同医院で、小学校時代の同級生で露天商のOから依頼されて拒みきれず、翌日ごろ、医療用麻薬オピアト注射液一ミリリットル入りアンプル一〇本を六万円で譲渡したのをはじめ、その後も同年九月九日ごろまでの間に甲野医院で前後一五回にわたり、同麻薬アンプル一〇本ずつ代金五〜六万円で、合計一五〇本(代金八三万円)を譲渡した。
ここで問題は第一の優生保護法違反であるが、被告、弁護側は、この手術は性的倒錯者に対する治療としてなされた性転換手術の一段階であり、正当な医療行為であることは以下の諸点から明白であると主張した。
a 手術を受けたA、B、Cはいずれも性的倒錯のうち性転向症の症候群にはいる精神異常者である。すなわち3人は肉体的には男性でありながら性対象を男性に限り、異性に対してまったく性的興味や関心をもたないだけでなく、自己の生物学的性を否定して反対の性へ転換し、それを維持しようとするいわゆる性転向症者であり、肉体と精神が完全に分離しているため、性に関する精神的葛藤がきわめて大きく、反対性への肉体的転換を切願していた。
b 本件手術は性転換手術(睾丸全摘出、陰茎切除、外陰部整形、造膣の各手術を終わる)の一段階として行なわれた。
真性同性愛者や性転向症者などの性的倒錯者に対する精神療法、外科的療法やホルモン療法はいずれも効果がないから、むしろ性転換手術によって性的倒錯者の希望する反対の性の肉体に近づけ、精神的葛藤を減少させることこそ彼らに社会適応性を付与しうる有効適切な治療というべきである。現に性転換手術はスカンジナビア諸国や米国等においても相当数行なわれ、医学的に治療行為として承認されている。
c 手術を受けた三人はいずれも自己の自由意思により、被告人に対し単なる承諾以上の積極的な治療依頼をしている。
d 被告人は長年産婦人科医として診療に従事し、しかも大学において講師を勤め、産婦人科のみならず医学全般にも通じており、性的倒錯者についても数多くの臨床経験をもち、造膣手術の経験も豊富で性転換手術を行なう能力も十分あった。
したがって本件手術が正当な医療行為である以上、優生保護法第二八条に抵触するはずがないし、仮に形式上抵触するとしても違法性が阻却されるべきである。
これに対し裁判所は睾丸全摘出手術が医学上当然の治療行為として従来一般に承認されてきたのは、結核性の副睾丸炎、睾丸の悪性腫用、睾丸捻転症、ホルモン依存性の前立腺ガンや睾丸が外傷を受けた場合のほか停留睾丸や真性半陰陽に対して行なわれる場合であるとされているが、手術を受けた三人にはいずれもそのような疾病は存在していなかった。また三人とも生物学的には男性であって、真性半陰陽でも女性仮性半陰陽でもないことが認められる。したがって本件においては、被告人および弁護人等が主張するように性的倒錯者に対するいわゆる性転換手術そのものが医学上広く治療行為として認められているか否か、それが肯定されるとしても本件手術が具体的に正当な治療行為として評価しうるか否かが最も重要な問題点であるとして次のような事実認定と判断を示した。
性転換手術の概念は必ずしも明確でないが広義に用いられて半陰陽を対象としてなされる場合には奇形に対する整形手術の一種として医学上当然の治療行為として認められている。半陰陽は解剖学的な奇形の程度や部位によって真性半陰陽(胎児二カ月の状態、つまり睾丸と卵巣の両者が併存するもので生物学的に両性であるが、その純粋型ははなはだ稀である)と、仮性半陰陽(元来男女いずれかに属する半陰陽であって、それが男性か女性か、外陰部のみか否かによってさらに外部男性半陰陽、内部男性半陰陽、内外部男性半陰陽、外部女性半陰陽、内部女性半陰陽、内外部女性半陰陽に分けられるが、これらはいずれも性器の発育不全である)とに分けられる。いわゆる性転換手術といわれるものには、真性半陰陽に対し睾丸あるいは卵巣を除去して外陰部を整形する手術や、仮性半陰陽で外見上の錯誤から反対の性として育てられた者が本来の性を認識されて外陰部等を整形する手術を意味することがある。これらの場合は、肉体的奇形をできるだけ正常に近づけようとする者であると同時に、社会生活の場における人間存在のあり方を本来的な姿に戻すもの(仮性半陰陽の場合)であるから、真性半陰陽に対する場合のように生殖腺を除去する手術であっても積極的な医療行為として当然に許容されているのである(加藤正明「異常性欲」)
性転換手術という場合、狭義においては、半陰陽のような肉体的な奇形に対するものでなく、もっぱら性的倒錯者を対象としてその肉体を反対性のそれに解剖学的に類似させるために、性器、外陰部等に一連の肉体変更を行なう手術を指すことがある。この意味での性転換手術が本件で問題とされているのであるが、男性に対する場合であれば、睾丸全摘出、陰茎切除、外陰部整形、造膣の各手術を行ない、生殖力は生じ得ないものの女性としての性交渉を可能にし、ホルモン置換療法を随伴させて女性らしい肉体に近づけようとするものであり、女性の場合であれば、乳房切断、子宮摘出、人工的陰茎造成等の各手術により男性の外観を備えさせようとするものである。(「ジョンズ・ホプキンズ医学研究所における性的倒錯者診断部設置に関する声明」イラ・B・ポーリー「性転換手術の現況」)
こうした性転換手術は従来隠れた存在であったが、イラ・B・ポーリーによれば、性転換手術の第一例は一九三一年にドイツで行なわれ、その手術方法は一九五三年にオランダ人医師(筆者註、デンマーク人の誤り)クリスチャン・ハンバーガーがクリスチーヌ・ヨルゲンセンの症例を報告して以来、手術とホルモン療法の合併あるいは単独施行による性転換を希望し実施された患者の症例報告が各国で多数みられるようになったとされている。
ポーリー博士は、性転換を要求する人々に対し、より理解のある協力的な態度をとるヨーロッパやスカンジナビア諸国の医師に比較して米国の医師が保守的であることを批判しているが、米国においてもジョンズ・ホプキンズ医学研究所に性別鑑定診療施設(性判別クリニック)が設立され、性転換手術を実施している。しかしながら日本では性転換手術が公然と実施されてその症例が発表されたことはなく、大都市の個人開業医がひそかに行なった例があるのではないかとうかがえるていど出あり、公的にも私的にも性転換手術に関する委員会等の設立があったことを聞かないし、立法措置も採られていない。
性転換手術の対象とされる性的倒錯者は真性同性愛ないし性転向症が考えられている。異常性欲は性欲の質的異常(いわゆる広い意味での性的倒錯)と量的異常(たとえば色情狂や男性のインポテンツ、女性の冷感症)とに大きく分けられ、質的異常には性対象の異常と性目標の異常(たとえば露出症、窃視症、サディズム、マゾヒズム等)とがあり、同性愛は、自体愛、服装倒錯、小児愛、獣愛等とともに性対象の異常に含まれ、性対象として自分と同性のものを求める傾向を意味している。そして同性愛はそのていどや持続性により、次の三つに分けられる。
a 完全な同性愛または真性同性愛=性対象は同性のものに限られ、異性はまったく性的興味や関心の対象とならず、むしろ冷淡で性的嫌悪感をもつものもある。
b 両性的同性愛または仮性同性愛=同性も異性もともに性対象とするもので、たいていの同性愛は多かれ少なかれ両性愛的である。
c 機会的同性愛または代償的同性愛=異性に接し得ない特殊な外的条件のためにある期間だけ同性愛を示すもので兵営、寄宿舎、刑務所等のような集団間にみられる。性倒錯(自己の属する性と反対の性であるように感じ、その役割を演じるもの)を考慮しつつ、能動的同性愛ないし対象的同性愛(たとえば男性の場合男性としての感情を持ちながら男性の対象を求めるもので、その対象となる男性は多くの場合女性化した男性が多い)と受身的同性愛ないし主体的同性愛(たとえば男性でありながら自己を女性であるように感じ、女性としての性衝動から男性を求めるもの)に分類する考え方もある。
さらに真性同性愛と性倒錯とが同一人に同時に存在している場合、すなわち右の分類によれば受身的同性愛者または主体的同性愛者とされるものの中には自己の生物学的、肉体的な性を嫌悪し、反対の性になりかわることを希望し、それだけに自己の性器に対する憎悪と、不用の器官を除去して反対の性の肉体に近づきたいという衝動を強くもっているものが存在する。たとえば生物学的、肉体的には男性でありながらあたかも自己が女性であるかのように感じ、女性の服装をして女性の肉体を備えたいと願っているものがある。
このような同性愛の特殊型ないし発展型ともみられる場合を性転向症と名づけている。
性転向症には衣裳倒錯や同性愛が付随してみられるが、これらは女性を自己と同一視するという基本的な現象と関連して理解されるべきであり、したがって精神上の性の倒錯がみられない衣裳倒錯や同性愛とは区別されるのであって、単なる同性愛者が自分の性器から大きな喜びを得、性器を除去することなど決して考えず、自己を他の同性との性的関係を享楽する同性愛者と認めているのに対し、男性の性転向者は自己の性器を憎悪し、自己の性器を除去できる日を夢みて暮し、自己を女性とみなし、女性として認められることを望みつつ、異性の男性にのみひかれる。
すなわち、性転向者は性器上、解剖学上の意味からは同性愛的であるが、性の意味からは異性愛的である。しかしながら、性転向症もやはり広い意味の同性愛の範疇に含まれるものとして以下その原因や治療等について考察を進めることとする。
同性愛の原因はどのていどまで生物学的な素質因子に基づきどのていどまで社会的、心理的な環境因子に基づくものかは明確でない。たとえば同性愛者は思春期体験から期待神経症またはヒステリー様の衝動の構えの固着が起こったものであるとする考え方があり、また人間がもともと両性的傾向をもつことは主張されてきたところであるが、精神分析でもいわゆる真性同性愛者ですら青少年期には異性愛傾向があり、それが抑圧されているとし、ことに同性愛者は性的早熟のため異性愛の抑圧が早くかつ強く起こるとするものもある。しかし男らしさ、女らしさの決定は生物学的要因よりも社会的心理的要因によることが多く、性的早熟についても同様のことがいえるとされ、精神分析ではこれを近親愛恐怖と去勢恐怖に結びつけて説明している。たとえば男性の同性愛では小児期に母に対する強い固着があり、異性に対する対象者に発展せず、母との同一視から母と同様に男性を愛するというのである。しかし同性愛の現象が多様であり、おのおの異なる固有な根底をもっていることは多くの論考によって指摘され、精神分析による近親愛の抑圧や去勢コンプレックスのための反対性との親との同一化もある事例ではみられるが、すべてに共通とはいえないとされる。
また実存分析の立場では、フロイトのいう人間一般の両性傾向の概念を発展させ、同一人のなかに反対の性の現存在可能性の痕跡を見、あるものでは身体的および衝動的精神的領域が反対の性の方向に発展し得るとする考え方もある。
またイラ・B・ポーリーによれば、性転向症者の病因は器質的障害をまったく否定することはできないし、アンドロジェン(男性ホルモン)が胎児期の初期に作用して後の性決定に影響を及ぼすと示唆するものもある。幼児期の躾けと親子関係に含まれる心理的、社会的因子は性の指向を決定するうえにきわめて重要であると思われるが、現段階では性的転向症の病因は明らかでない。
同性愛者に対する治療としては精神分析的な心理療法を中心とする精神療法ないしホルモン療法(この効果はほとんどないとされている)が主に行なわれているが、従来の男性同性愛者の臨床的研究の結果によれば、同性愛者が自からその傾向をもつことに悩み、治療を求めてくることはきわめて稀であり、みずから治療を求めるものは多かれ少なかれ神経症的傾向をもつものであったり、家族や周囲の者の社会的評価の圧力のために己むをえず他動的に治療を受けにくるに過ぎない。したがってその圧力がなくなると治療を中止してしまう。治療の対象である同性愛自体に快楽的要素が強いため、患者が治療を嫌うことが多い。とりわけ同性愛のうちに自ら安んじている者の治療はきわめて困難であるとされている。
そこで性転向症者のように性に関しては肉体と精神が完全に分離し逆転している者に対しては、精神の異常を精神科的接近により治療することがほとんど絶望的であるから、これらの者の精神的苦痛を除去するために、異常な精神の欲求に対し本人の希望するように、肉体の方を外科的手術で変更し、生物学上反対の性の解剖学的構造に類似させることにより一応の自己満足を得させ、精神的意識を減少させて均衡をとろうとすることが治療行為として考えられてくる。これが性転換手術のもつ積極的な意味であろうと思われる。
しかしながら性転換手術を医療行為としてただちには肯定しない医師が多く、社会的、倫理的批判のほか次のような医学上の批判が存在する。
a 性転向症の異常な精神的欲求を満足させることは麻薬患者に麻薬を与えるのと同じであって、本質的に医学的な意味での治療行為とは認めがたい。
b 性転換手術といっても解剖学的に類似させるだけであって生殖能力も付与できず、結局は中性化した人間に変えるにとどまるものであるから、医学倫理上許されない手段である。
c 性転向症者について精神療法等による治療が絶対不可能といえない以上、性転換手術のような不可逆的手術はなすべきでない。
d 性転向症者に対する性転換手術を医学的にも治療行為として認める余地はあるが、現段階においてそれが最善の方法であるか否かは未確定であり、したがって医学上、法律上の問題点を確認し、制度的な規制をしたうえで手術を行なうべきである。
e 性転向症を装っているものや手術癖のある者が手術を受けてしまう危険性があるほか、性器異常、精神病、器質的障害等からひき起こされている性転向症の場合、精神療法等で治療させ得る可能性のある者に対してまでも手術をしてしまう危険性があるから、できるだけ不可逆的手術は避けるべきだし、少なくとも対象者の選択は厳格になされるべきである。(イラ・B・ポーリー「性転換手術の現況」)
これに対し現に性転換手術に踏みきった医師やこれを支持する医師は、a、bの批判に対して医学の対象は人間であり、男女の区別は人間にとっての単なるオスとメスではなく、文化内容をもったオスとメスであるから、性転向症者が人間としての社会的なあり方について苦痛を感じるのであればこの病的苦痛を除去するのが医師に課せられた任務であり、医学の進歩に伴って苦痛除去の方法すなわち治療の方法、内容も進化し、医学的な倫理、道徳も変遷すべきであると反論する。
またc、dの批判に対しては、それらの批判は現実に苦悩している人々に対し、最高の技術を用いて積極的に取り組んでいる医師の人間的な姿勢のまえには単なる保守的な弁解に過ぎないとしている。(イラ・B・ポーリー「性転換手術の現況」)しかしこれらの医師も性転換手術が不可逆的な手術であることから生ずる危険性や弊害を排除すべきことを強調し、d、eの批判を十分考慮する必要があるとしている。ポーリー博士も「総合的検討の結果、ある種の適応基準に合致した少数の選択された症例にのみ性転換手術がすすめられるべきで、性転換を望む人だれにでもすすめるべきでない」と警告している。
「ジョンズ・ホプキンズ医学研究所における性的倒錯者診療部設立に関する声明」によれば、同研究所には性転向症者の問題を取り扱う性別鑑定診療施設(性判定クリニック)精神科、形成外科、産婦人科、小児科、泌尿器科、医学心理学、心理学等の専門家グループによる綿密な作業のもとに手術対象者を厳格に選別し、術前療法の他術後療法、追跡調査を行なうなどきわめて慎重な作業がなされている。性転換手術に批判的な立場をとる医師でも、このような手続きを経て実施される性転換手術に対しては、医学的に価値のある試みとして評価しているものが多いように認められる。
また前記ポーリーの「性転換手術の現況」によれば、従来の経験の集積により性転換手術の適用のための指標ないし基準が一九六六年ベンジャミン博士により提示されているという。その指標は、
a 精神科学的観察により、反対の性を自己と同一のものと認識することが固定化しており、精神病や極端な感情の動揺がないことが確認されていること。
b 身体的外観や振舞から、男性の性倒錯者の場合その男性が女性として社会的に通用するほどに異性のまねができると考えられるか、さらに確実なのはその男性がすでに世間的に女性として通用しており、女性の一員として生活し機能を果たしている場合であること。
c 性転換手術のもつ危険と限界を理解し得るだけの知識のあるものであること。
d 術前の検査に参加し手術をより詳しく評価するために必要な長期の経過観察に協力することに同意していること。
e 医師あるいは病院をいかなる訴訟問題にもまきこまぬことと、自己の特異な性的状態を不当に宣伝したり、公表したり、あるいはそれを資本に営利を追求したりしないことに法律的に合意していることなどである。
これらの要件と前記ジョンズ・ホプキンズ医学研究所の作業過程とを併せ考えると、現段階における性転換手術のあるべき姿をうかがい知ることができる。
●第五章 性転換と法律 (続き)
以上のような性転換手術の内容および医学的評価に照らすと、性転向症者に対する性転換手術はしだいに医学的にも治療行為としての意義を認められつつあるが、性転換手術は異常な精神的欲求に合わせるために正常な肉体を外科的に変更しようとするものであり、生物学的には男女いずれでもない人間を出現させる不可逆的な手術であることから、一定の厳しい前提条件ないし適応基準が設定されていなければならないはずである。こうした基準を逸脱している場合には、現段階においてはやはり治療行為としての正当性をもち得ないと考える。ところで現在日本においては、性転換手術に関する医学的研究も十分でなく、医学的前提条件ないしは適用基準はもちろん法的な基準や措置も明確でないが、性転換手術が法的にも正当な医療行為として評価され得るためには少なくとも次のような条件が必要であると考える。
イ 「手術前には精神医学ないし心理学的な検査と一定期間にわたる観察を行なうべきである」。性転換手術は前述のように不可逆的手術であるから、性転向症を装っている者や手術癖のあるものが手術を受ける危険性をなくし、その患者が性転向症者であることの厳格な確認をするとともに、性転向症者であっても一時的な感情の動揺に支配されて手術を受けてしまうことを避けることが必要であるし、また精神病や神経症と合併している場合には精神療法等による治療をまず試みるべき者と考えられるからである。
ロ 「当該患者の家族関係、生活史や将来の生活環境に関する調査が行なわれるべきである」。性転換手術は患者の精神と肉体の不均衡を減少させるために肉体を変更して精神的安定をもたらし、社会適応性を付与することに積極的意義があるのであるから、その患者がこれまでどのような環境においていかなる人間関係を形成してきたか、また将来どのような生活の場を得られるか等について慎重な調査、検討を要するものと考える。
ハ 「手術の適応は、精神科医を交えた専門を異にする複数の精神により検討されたうえで決定され、能力のある医師により実施されるべきである」。性転換手術が不可逆的手術であり、現段階にあってはまだ調査的、実験的要素を含んでいるから、精神科学的な治療の可能性に配慮し、患者の選択を厳格になすべきだからである。
ニ 「診療録はもちろん調査、検査結果等の資料が作成され、保存さるべきである」。手術が右のような性格をもつから術後の治療や追跡的観察、調査に役立つよう手術に至るまでの経過を確認しうる資料か作成され保存さるべきである。
ホ 「性転換手術の限界と危険性を十分理解しうる能力のある患者に対してのみ手術を行なうべきであり、その際手術に関し本人の同意はもちろん配偶者のある場合は配偶者の、未成年者については一定の保護者の同意を得るべきである」。
a 弁護人らの主張するように、被告人は長年産婦人科医として診療に従事してきたもので、個人的にみれば性転換手術を施行する能力もある技術のすぐれた医師であり、本件各手術は被手術者らから積極的に依頼されたためこれを行なったものであることが関係証拠により認められる。
b 本件における三名の被手術者が果たして性転換症者であったか否かは必ずしも明瞭にしがたいが、証拠を総合すると三人の経歴や性格に次のような点が共通して認められる。すなわち、三人はいずれも兄弟姉妹のなかで末子ないし末子に近いものであり、上に姉がおり、両親や兄弟に精神異常や注目すべき遺伝性の病気は認められず、幼少のときから男性と遊ぶことは少なく、もっぱら女性と一緒に遊ぶことを好み、女性的性格の持主であったこと、また思春期になっても女性に対し性的関心と興味をまったくもたず、むしろ自己を女性のように感じていたため男性を異性と感じ、学校でも男性の同級生にひかれたこと、高等学校または大学に進学してからも同性愛行為に興味をもち、地下劇場内で同性愛の相手を見出して男娼として働いているうち、二十歳をすぎてまもなく男娼仲間等から被告人が性転換手術をするということを伝え聞いて手術を受けることを積極的に考えるようになったこと、なお自慰行為の経験はあるが女性との性交渉はほとんどなく、女性に対しては仲間としての親愛感はあっても性の対象とはみていないこと、自己の性的倒錯を強く意識しているもののその治療のために医師の診断を受けたことはなく、女になりたいという気持ちから本件手術を受け、その結果についても一応満足し、造膣手術も受けたいと願っている(ただしCは他の医師に造膣手術をしてもらったが結果は必ずしも良好でない)異などである。
これらの事実と証人および鑑定人の各供述内容を併せ考えると一応本件被手術者はいずれも性転向症者であると推認することができる。
c したがって、本件手術は性転向症者に対する性転換手術の一段階と見うるから表現的には治療行為としての形態を備えていることは否定できないであろう。しかしながら、性転換手術の性格と現段階における医学的評価から、前記の通り正当な医療行為といい得るためにはいくつかの条件が充足されていることが必要で、とりわけ前記イ、ロ、ハの手術前の措置が問題とされねばならない。
本件手術に至るまでの経過について見るにAは、昭和三九年五月一二日ごろ甲野医院を訪れて、被告に性転換手術を依頼したところ、被告から性転換手術について説明を受け、手術を受ける気持ちがあるのなら一晩考えて翌日来院するようにいわれ、翌一三日再び甲野医院に赴き手術を依頼した。その時、検査を受けたり、既往症を訪ねられたほかはとくに検査や診断も受けないでただちに睾丸摘出手術をしてほしいむねを話したところ、被告人が承諾してくれたので、同年一一月一四日ごろやはり男娼のCを誘って二人で手術を受けることに決め、被告に電話で手術を依頼したうえ、翌日二人で同医院に行きただちに二人とも睾丸摘出手術を受けたものであることが認められる。(入力者註:Bに対する記載が抜けているほか文章の続き具合から見て一部脱落があると思われるが確認していない)
このように、被告人は手術前に被手術者らと会った回数がわずか一回ないし二回で、それもきわめて短時間にすぎず、精神医学上の検査はもちろん、問診その他の診察もほとんど行なわずに簡単に手術を承諾して単独の判断により実施している。また被手術者らがいずれも男娼であることを認識し、女性客で彼らを知ってはいたが、その本名、住所、家族関係、生活史、将来の生活環境等に対する調査確認をまったく欠いていたほか、法が命じている正規の診療録等も何ら作成することなく手術を行ない、手術費および入院費用として一人約六万円ずつの料金を徴していたことが認められるのである。
そこで性転換手術が正当な医療行為として許容されるための前記の条件に照らしてみるに、本件各手術は以下のとおり多くの点で条件に適合していない。
イ 被告人は手術前に精神医学ないし心理学的な検査をまったく行なっていないし、一定期間観察を続けていたこともない。もっとも被告人はこの点に関し、長年の経験から本件被手術者らがいずれも性転換症者であることは一見してわかったと述べているが、かりに性転向症者であっても、安易に手術を行なうことは前記のような弊害が生ずる可能性があり、また当該性転向症者にとっても手術が最善であるか否かを厳格に確認すべきであり、被告人がいかに優秀な産婦人科医であるとしても、独断に陥いる危険性がないとはいえない。
ロ 被告人は本件被手術者らの家族関係、生活史等に関し問診をせず、調査、確認がまったくなされていない。むしろ被告人は彼らが男娼であることを知っていたようであるが、前記ベンジャミン博士の提案する指標上に徴してもこのような者に対する性転換手術については相当慎重でなければならないのに、その点の配慮を欠いていた疑いがある。
ハ 被告人はまったく単独で手術に踏みきることを決定し、精神科医等の検査、診断を仰ぐこともなく、他の専門医等と協議、検討をすることもしていない。性転換手術の現段階における医学的評価をわきまえるならば、やはり精神科学的な治療の可能性を配慮し、手術をすべき患者の選択についてはできるだけ多くの専門分野から検討されるのが望ましいのに、それをまったく欠いている。
ニ また被告人は正規の診断録も作成せず、被手術者から同意書を取るなどのこともせず、きわめて安易に手術を行なっている。
したがって被告人が本件手術に際し、より慎重に医学の他の分野からの検討も受ける等して厳格な手続きを進めていたとすれば、これを正当な医療行為と見うる余地があったかも知れないが、格別差し迫った緊急の必要もないのに右のごとく自己の判断のみに基づいて、依頼されるや十分な検査、調査もしないで手術を行なったことは何としても軽率の謗りをまぬかれない。現在の医学常識からみてこれを正当な医療行為として容認することはできないものというべきである。
弁護人らは、優生保護法第二八条が同法による場合のほか生殖が不能になる手術を全面的に禁止しているのは、国民の幸福追求の権利を否定するものであり、とくに本件性転向症者の場合しかりであって、憲法第一条(基本的人権の享有)第一三条(個人の尊重と公共の福祉)に違反すると主張する。
優生保護法第二八条は「何人もこの法律の規定による場合の外故なく、生殖を不能にすることを目的として手術またはレントゲン照射を行なってはならない」と定めているが、同法第三四条の罰則規定とも考え合わせると、第二八条は同法第三四条、第四条、第一四条に掲げられたような特殊な場合においてさえも公共の福祉の見地から最少限度の肉体的侵襲により法の所期する目的を達しようとするものであるから、むしろ性的自由をできるだけ保証しようとするものでこそあれ、性的自由を抑圧しようとするものでないし、したがって立法目的それ自体はきわめて正当であるというべきである。しかも第二八条は同法による場合のほか生殖が不能になる手術を絶対的に禁止しているのではなく、それを「……故なく」行なうことを禁止していることもまた明白である。同条が国民の幸福追求権などの基本的人権を侵害しているとはとうていいい得ず、この点に関する弁護人らの主張は理由がない。なお本件の睾丸全摘出手術が正当な医療行為としてなされたものであるならば、優生保護法第二八条に違反することもありえない。
本件においてはたまたま一定の前提条件を欠くためにその手術が治療行為と評価されなかったに過ぎないのであって、同条が性転向症者の幸福追求権をとくに侵害しているとも解せられない。
また弁護人らは、同条が禁止の対象としている「手術」とは同法所定の手術、すなわち「優生手術」と「人工妊娠中絶」を指すもので第二八条はこの二つの手術にのみ関する技術的制限規定に過ぎないと解すべきであり、本件の手術は性転換手術の一環としての治療的医学的去勢であり、そもそも第二八条の対象とはなり得ない。また生殖不能の結果が附随的に発生したにしても、目的そのものは「生殖を不能にすることを目的」としていないのであるからいずれにしても本件手術は第二八条に該当しない、と主張する。
しかしながら同条は、「故なく、生殖を不能にすることを目的として手術またはレントゲン照射を行なってはならない」とする条文上からも明らかなように、単に優生学上の見地から断種を行なおうとするとき、すなわち優生学的断種に関してのみ技術的制限規定にとどまるのではなく、優生学上の理由の有無にかかわらず去勢手術については治療行為等客観的に許容しうるものを除き禁止しているものと解することができる。したがって医師が、本件のような睾丸摘出や卵巣摘出手術(単なる断種ではなく去勢手術である)を行なった場合には、たとえ優生保護法上断種の対象となりうる者に対して優生学的ないし社会的(同法第一四条第一項第四号参照)見地からそれを行なったとしても同法第二八条違反とされることはもちろん、右のような手術が優生学的な目的をもたない場合でも、治療等正当な行為として認められない限り同法違反はまぬかれがたいところである。また「生殖を不能とすることを目的」とする手術というのは、その手術により生殖が不能になることが客観的に明らかであり、その事を手術者も認識して行なうような手術あれば足り、生殖を不能にすることのみをもっぱらの目的とする手術に限るものでないことは解釈上当然である。
本件睾丸摘出手術が正当な医療行為として認められない以上、法律的には「生殖を不能にすることを目的」とする手術と評価せざるを得ない。
さらに弁護人らは、被告人は本件手術を患者らに行なうことが医師としての正当な医療業務に属すると信じ、産婦人科医としての豊富な経験を基礎に権威ある他の外科医など立会いの上手術を行なったのであるから、まったく犯意はなかったものであり、少なくとも被告人が本件手術を違法でないと信じたことはまったく無理からぬことであって、この点に過失はなく故意を阻却する、と主張する。
なるほど被告人は本件手術を性転換手術の一段階として行なったものであるが、それが前記のとおり客観的に正当な医療行為の範囲を逸脱したものとされる以上、本件手術の外形的具体的事実を認識してこれを行なった被告人に犯意がなかったとはいえないし、また前記のような本件手術の性格や手術が行なわれるに至った経緯、態度をみるならば被告人が本件手術を違法でないと信じたことがまったく無理からぬことであるとはいえないから、この点に関する弁護人らの主張も理由がない。
本件中麻薬取締法違反の点はその数量がきわめて多量であるのみでなく期間も約半年以上にわたる長期間に行なわれ、譲渡の対価も薬価に比してはなはだしく高かった点から考えると悪質というほかないが、ただ本件麻薬の譲渡が行なわれるようになった動機原因が小学校時代の友人から懇請されたという事情にあり、しかもその友人が暴力団の幹部にあたる人物で、これに逆らえば被告人が主張するほど差し迫ってはいなかったにしても種々の不利益を受けることが危惧される状況にあったことは窺知しうるところであるから、被告人がその譲渡については必ずしも積極的でなく、むしろ嫌々ながらも応じていたことは理解し得るので、この点は十分しん酌する必要があると考える。
また優生保護法違反の点は、刑事事件としては本邦初めての事案であるばかりでなく、それが医療行為として許されるものなりや否やもまだ定説がなく、最近アメリカ等で研究的に一定の厳しい条件のもとでこれを許そうとする傾向が生じてきつつあることを考えると、本件についてもあまり厳しい量刑をすることはできない。
「性転向症者(性転換願望者)は、性に関して肉体と精神が完全に分離し、逆転している精神的異常者である。これらのものに対しては精神療法はほとんど絶望的で、その精神的苦痛を除くため、本人の希望するように肉体の方を外科的手術で変更し、反対の性の解剖学的構造に類似させるのが性転換手術である。こうした手術はしだいに医学的にも治療行為として認められつつあるが、異常な精神的欲求に合わせるために正常な肉体を外科的に変更しようとするものであり、生物学的には男女いずれでもない人間にする不可逆的な手術であるので、一定の厳しい前提条件ないし適応基準が設定されていなければならない。こうした基準を逸脱している場合には、現段階においては治療行為として正当性をもち得ない」「この事件では手術の権限をもつ医者が性転向症者に依頼されて手術を行なっており、外見上は治療行為の形を備えている。しかし、必要な条件を満しておらず、緊急の必要もないのに自分の判断だけで十分な検査、調査もせず手術をしたのは軽率で、正当な医療行為とは認められない」以上が一審判決の要旨である。
これに対し、被告、弁護人は、この手術は正当な医療行為であり、優生保護法二八条に該当するものではないとして控訴した。しかし、東京高裁刑事一部は四五年一一月一一日「控訴棄却」の判決をいい渡した。判決理由要旨は次のようなものであった。
(一)被告は産婦人科専門医に過ぎず、手術当時において性転向症者に対する治療行為、とくに本件のような手術の必要性(医学的適応性)および方法の医学的承認(医学的正当性)について、深い学識、考慮および経験があったとは認めがたいうえ、一審判決にあるように、手術前に被手術者等に対し、精神科医等に協力を求めて、精神医学ないし心理学的な検査、一定期間の観察および問診等による家族関係、生活史等の調査、確認をすることなく、また正規の診療録作成および被手術者等の同意書もとっていない。
また、性転向症者に対する性転換手術を医療行為として肯定しない医学上の諸見解もあるが、治療行為としての意義が認められつつある。これらの事実と被告の供述その他の関係証拠を総合考察すると、被告が性転換手術の能力をもち、性転向症と推認できる者の積極的な依頼に基づき、性転換手術の一段階として本件手術をしたものであり、外見的には治療行為としての形態を備えていることを否定できないとする一審の判決はおおむね是認できる。しかし被告に性転向症治療の目的があり、被手術者らにこれを行なう必要があったとしても、本件手術を正当な医療行為といえるかどうかは疑問である。
(二)優生保護法第二八条は、比較的人身に対する影響の少ない優生手術でさえ、正当な理由がないかぎり一般的にこれを禁止している。同条にいう手術は優生手術に限らず、本件のような身体に種々の障害を及ぼすおそれの大きい去勢手術をも含むと解するのが相当である。同条にいう生殖を不能にすることを目的として手術をしてはならない旨の文言を、一審判決のように、その手術により生殖が不能になることを認容して行なえば足りると解することは文理上いささか無理があるが、優生保護法の主旨からみれば合理的で正当な解釈であると考えられ、被告にその意識があったことは明らかである。
以上のように刑事事件としてとりあげられたことは本邦で初めてのことで、法定で論議されたことのない未開の分野として相当の注目をひいた。とくに本判決は、わが国における性転換問題に一石を投じたものとして高く評価されている。
日本における性転換症は、欧米に比しその数も少なく、手術を受けた者もまれであるが、衣裳倒錯症についてはその数も相当に達している。芸術家、学者、教育家などの聖業に従事している人にもその例を多く見ることができる。
これらのことに関してアメリカの『性と夫婦生活のくらし方』の最近号に、コーネル大学医学部教授のウォーデル・ポメロイ博士の「衣裳倒錯者と性転換者の診断と治療」という研究調査が発表されているので追録としてその要約を紹介することとした。
性転換症は、一九五三年に初めてハリー・ベンジャミン博士によっていい出されたことばであるが、二十数年を経た今日でもまだ系統的に研究された文献はきわめて少ない。
衣裳倒錯症については、もっと古い歴史があるが、このことに関する調査研究についてもまだまとまった文献が少ない。
性転換症は、自分自身が本来の性と異なった性であると感じ、肉体的にも異性になることを熱望する一種の性役割の混同あるいは分裂と考えることができる。手術によってその肉体的願望を達したものもあるが、手術をするしないにかかわらず性転換症として処理しなければならない者が相当の数に達している。
衣裳倒錯症は、性転換症とは表面的には似ているようであるがまったく別の症状である。
これは性的または精神的慰安を、異性の衣裳を身につけることによって満足しようとするものである。男性でありながら女性の着物やパンティ、ブラジャーなどを身につけようとする一種の物品偏執症である。したがって精神的にも肉体的にも異性であることや、そうなりたいとも考えないのが特色である。
男性の衣裳倒錯症は、衣裳の関係でいくぶん柔軟に振舞うが、女らしい動作をするわけではない。女性の衣裳倒錯症の方は、男らしい活発な動作を一つのジェスチャーとする傾向がある。しかし、女性には衣裳倒錯という病症で扱うべきものはきわめて少ない。というのは女性の服装が時代の変化とともに一般的に男性化しているからでもある。
また身につけるものは男性と同様のものには興味がわかないのが普通である。露出症(Exhibitionism)や窃視症(Voyeurism)も女性にははなはだまれであるのと同様である。アメリカでは、たとえ一度でも女性の衣裳や装身具を身につけたことのある男性は、少なくとも一〇〇万人以上を数えることができると思う。
一面性転換願望者は全人口に比しきわめて少ないがそれでもすでに手術を受けたものは一〇〇〇人を越え、その予備検査をしてその手術の順番をまっているものが約二〇〇〇人はいるはずである(最近アメリカの新聞報道では、すでに手術を終了した者は三〇〇〇人を越していると報じている)。
性転換願望者は、最初男女の比は五〇対一であったが、昨今では四対一となり女性の願望者が一般に多くなりつつある。ウェリンダー氏の発表によればスエーデンでは一対一に上昇しているとのことである。
性転換症と衣裳倒錯症に対し精神科医が行なうことのできる寄与は、一つには適切な診断を下すことであり、一つにはカウンセリングを行なうことである。
診断についてはハリー・ベンジャミン博士によって考案された方法がある。それは性別の感覚、服装の習慣、交際、性対象の選択と性生活、性転換手術への願望、性ホルモン療法、心理療法の効果などが考慮に入れられている。
治療者としての第一の課題は、施術者と被術者とのあいだのコミュニケーションの確立であると思う。そのためには、まず患者の状態をできるかぎり理解し、治療者が患者のことをよく知っているのだと言う感情を伝えることがたいせつである。さらにもっとたいせつなことは、治療者はその状況について評価したり、判断をくだそうとしているのではないことを患者に知らせるべきである。
治療医の中で、もし仮に性転換症あるいは衣裳倒錯症者を病気もしくは神経症あるいは少なくともある種の弱さのせいだと信じている人や、あるいはこれについてなにかよくないことという感情を抱いているような人は、そのような感情をもっていない他の治療者に診断と治療をまかせたほうが懸命であると思われる。
最後に、治療者は、患者が彼らの望むままの性に属するものとして取り扱うべきだと考える。とくに彼らが異性の服を着けて現われた場合にはこれを批判しないことである。このほか注意すべきことは、決して時代や性別を表現する言葉を用いないことである。たとえば「あなたが子どもだったときに」とか「あなたがまだ若かった頃」とか「あなたが結婚する前には」といった言葉を用いないことである。また、ミニスカートをつけた女性が男性として振舞っているようなときでも、治療者は相手を男性として認めてやる態度が必要である。これらの考慮がなされるとともに、患者の社会生活および性体験についての完全な記録が得られねばならない。
ここに用いられるテクニックは非常に複雑であるが、それらについては、キンゼイ博士の『男性における性行動』(Sexual Behavior in the Human Male)の第二章を読むことをすすめたい。それには履歴によって幼年期を通じての患者とその両親とのあいだの関係を知らなくてはならないことが述べられている。その場合には、性転換症者は、衣裳倒錯症者にくらべて困難な子供時代をおくったことがわかる。しかしながら、ここにもやはり多くの例外がある。性転換症は衣裳倒錯症にくらべ、普通三歳から四歳という早い時期に発生する。衣裳倒錯症は、しばしば十代かそれ以降でないと始まらない。異性の服を着けた最初の経験や性認識に対する極初期の感じ方などについても研究されなければならない。治療者は、疑いもなく、これらの患者が、自分が異なっているという感情がしみこんでいたために、他の子供らといっしょに遊ぶことが非常に少なかったということを知ることができる。
男性からの性転換症者は、しばしば少女のグループの中にとけこんでいるにもかかわらず衣裳倒錯者の場合はほとんど孤独である場合が多い。
そこでこれらの症状を診断するためには、詳細にわたって隠しだてのない性の体験を知ることがたいせつだと思う。治療者が患者に対してあまりかたぐるしくないザックバランな態度で話しかけてゆけば比較的簡単に診断することができる。
これは男性あるいは女性の患者に対して質問するときに、単に、マスターベーションをしたかどうかというふうに聞くよりは、いつ、どれほど頻繁に、どのようにして知ったか、それについてどんなふうに感じたか、どのようなテクニックを使ったか、どれだけの時間がかかったか、さらにマスターベーションの最中にどんなことを空想したか、などということについて聞くほうがよい。たとえば、「あなたはマスターベーションの間にどのようなことを考えますか」という聞き方をすれば、「私は男性とセックスをしている女性になったような感じがします」という答えが返ってくるであろうが、それでは不十分なのである。もっと進んで、どのような性行為を行なったのか、それはいつも同じような空想なのか、サド・マゾ的な空想があったか、グループセックスはどうなのかなどと聞くべきである。これらの質問が、今まで知らされることのなかったさまざまなことを明るみに出すことになるのである。
これと同じ原理は、他のすべての性の体験を探るのに適応されるであろう。いうなれば、患者に自分からすすんでこうした情報を提供させようとすると、それは彼らにとって非常な重荷になるのであるが、患者が話そうとすること以上の質問をこちらの方から向けると彼らの気持ちを楽にしてやることができるのである。文献の中ではとくに性転換症者は自分らの幼年時代についてはきわめて不正確なことを述べているが、これは彼らが治療者に対して自分らの悲劇的な状況を印象づけ、また手術の必要性を強調したいためだといわれている。しかしながら、私の体験では、それはあまり問題にならないと思われる。近親者(とくに両親および兄弟)を通してのインタビューはクロスチェックの有効性を助けるものとなる。逆説的ではあるが、私がインタビューを行なった結果として患者が提供する幼年時代の情報というものは、その両親が提供する情報と同じていどにしか信頼できない。つまり両親といえども真実を曲げる必要があるということである。とはいえ、性転換症者の幼年期については、患者とその両親の述べるところはほとんど一致しているといえる。二歳から三歳にわたるころの経歴についてはまったく類似性をもっている。
マスターベーションは、その患者が性転換症者であるか、衣裳倒錯者であるかを決定する最適の診断手段となる。衣裳倒錯者は、普通平均あるいは平均以上の率のマスターベーションを行なうが、一方、性転換症者は率が低いかまたはぜんぜん行なわない。衣裳倒錯者は、しばしば異性のドレスを身につけているときにマスターベーションを行なうが、性転換症者は、普通、服装とマスターベーションとは関連がないようである。男性の性転換症者にとって、手を使って行なうマスターベーションは、彼が男性自身であることを肯定することになるため、彼らにとっては禁制なのである。同じことが女性の性転換症者にもあてはまる。彼女たちがマスターベーションを行なう率は非常に低いかあるいはまったくそういうことをしないかである。もし性転換症者がマスターベーションを行なうとするとそれは手を使って行なうよりベッドマスターベーションが普通である。なぜならば、そうしたほうが、彼自身の性器を最小限に認識して楽しむことができるからである。
欧米においては、性転換症の問題も含め、各方面で人間の性に関連する研究と調査が真剣に取り組まれ、活発に行なわれていることはすでに述べたとおりである。
所で、近年、アメリカでは、これらの性を扱う研究と治療行為の過程でいくつかの問題が生じ、早急の対策が必要となっているようである。
以上の事情を、一九七六年一月のニューヨーク・タイムズ紙がジェーン・E・ブロディ博士の特別寄稿として掲載していたので、参考のためご紹介したい。
最近、自称T性治療学者Uが急増し、性に関連する研究に対して異議が集中している状況のなかで、各分野にわたる三二名の専門家が立ち上がって、人間の性行為に関する研究と治療のための倫理的ガイドラインを設けるための第一回の会合を催した。
二日間の会議で専門家たちは、性治療を実施するに当たって誰が適格であるのか、患者および研究対象者のプライバシーをどのように保護するか、患者と性交渉をもった医師をいかに処遇すべきか、性治療のための訓練を受けた売春婦を使用することの是否、そしてまた、人間を使う実験に対する結果の発表とこれに対する批判がますます多くなってきている現状で、性の研究調査をいかに処理してゆくべきかについて検討した。
この会議を主催したのは、ウィリアム・H・マスターズ博士とヴァージニア・E・ジョンソン博士が指導している「生殖生物学研究財団」で、国立科学財団と国立精神衛生研究所が一部これを後援した。
この会議の発起人の一人である副理事のコロドニー博士は、性行為の研究調査とその治療のいずれにおいても、われわれはつねに人間の尊厳を尊重することに心を配っている、すなわち、知識を広め、人々の基本的人権を侵害することなく、また人間の価値を傷つけることなく、人々の役に立つことだと述べている。
マスターズ、ジョンソン両博士は、過去一〇年間にわたって性の問題の取り扱いに革命をもたらした臨床医家として有名であるが、マスターズ博士の推計によると、現在三五〇〇から五〇〇〇の診療所が、いわゆる性治療を行なっているが、その中で専門的な技術を採用し、適切な訓練を受けた専門臨床医を使っている診療所の数は、おそらく一〇〇にも満たないであろうとのことである。
性のための臨床医はどの州でも認可されておらず、規制もされていない。しかし、ニューヨーク州とカリフォルニア州をはじめとする七つの州が、認可のために必要とされる条件を指導するよう要求している。これらの州では、美容師、マッサージ師、訓練されていない医師を含めて、いわゆる性治療家と称するものの数が最近とみに増加しているからである。
ニューヨーク病院の性治療部長であるへレン・シンガー・カプラン博士は、T性研究家まがいの者Uや実験的な手法を使うよう訓練されていない医師が人々の弱みにつけこんでいるのだと述べている。
マスターズ博士は、この問題およびこれと関連する問題についてどこか国立の財団が考慮してくれるよう望んでいたが、今日までどこも取り上げなかったので、自分のところの財団が性治療と研究のための倫理的な枠をつくり出すため、第一歩を踏み出したところだと語っている。
問題を研究と治療だけでなく、歴史、神学、および倫理の大局的見地からも考えようとするこの会議は、問題点を確認することに重点が置かれた。
重大な論点の一つである機密性、すなわち患者および研究対象者のプライバシーの保護は、一方で必要なことであるとともに、反面研究のための障害ででもある。
アルフレッド・キンゼイ博士が設立したインディアナ大学の性研究所の所長であるポール・H・ゲバード博士は、医師、弁護士、聖職者の記録とは異なって、「研究者の記憶と記録は召喚されることがありうる」と述べた。
同博士の研究所は、きわめて厳しい規定を維持していて、研究所の研究に参加している者についての身元あるいはいかなる情報をも発表することを禁止しており、生死にかかわる情報であっても例外としないと発表している。
しかし、ストーニー・ブルークにあるニューヨーク州立大学の精神科医で性研究者であるリチャード・グリーン博士は、秘密を守るという問題は、性転換手術などを行なった後の経過や、以上染色体型のような遺伝学的状況の成り行きなどを知るため、患者を追跡調査する場合に妨げとなっている、と語った。
博士は、コードによる登録制度が確立されて、そのような患者が、研究者以外の何人にも身元を知られることなく、将来必要となった時に追跡できるようにすべきである、と提言した。
シアトルにあるワシントン大学の社会学者ペパー・シュワルツ博士によると、研究するに当たってもう一つ要求されること、つまり研究対象者から同意書を得なければならないということが、機密を保持する必要を妨害しているのである。
彼女は、両性体(男女両性に性的魅力を感じる者)を研究するなかで、彼女が面会した者はすべて同意書に署名しなければならず、「今私の手元には二〇〇人の名前があるが、私はそれらの名前を知る必要がなかったし、むしろ知らないほうがよかった」と語っている。
性治療において、売春婦とか、グループセックスの経験者などの、専門家でない治療者によって患者が扱われると患者のプライバシーは危険にさらされると会議参加者の一般的意見であった。
倫理的考慮が、いくつかの価値があると思われる研究プロジェクトの邪魔になっている場合がある。ジョンズ・ホプキンズ大学の精神病学者で性研究者であるジョン・マネー博士は、性犯罪者の薬剤治療研究は、囚人たちを対象とした研究が倫理的な理由で非難されているためにやりにくくなっているが、その理由は、囚人たちが研究の対象となることに同意せざるをえないように、微妙な圧力を受ける可能性があるからである、と語った。しかし、性犯罪者を治療するには、彼らが現に罰を受けている時、すなわち刑務所に服役中が最適なのである、と同博士はいっている。
このような束縛は、倫理道徳の誤用であるとマネー博士は述べて、その理由としてかかる束縛は研究対象者から同意する権利を奪い、将来の患者を救助することができるかもしれない知識の獲得を妨げているからであると述べている。
アメリカ・ユダヤ神学校のロバート・ゴーディス牧師は、科学者、倫理学者、神学者が「性研究が本質的な目的になってしまわないように」協力すべきであり、「研究成果が、人間の生活向上に寄与すべきである」と力説した。
マスターズ博士は、いかなる研究も人権を尊重しなければならないことを主張している。しかし、博士とジョンソン夫人が一九五八年に始めた人の性的反応についての研究は、もし、人間を対象とする実験に関しての現在の調査委員会が要求していることがらに規制されていたら、「決して行なわれなかっただろう」と述べている。両博士の先駆的研究には、売春婦の募集、性交中および手淫中の人々の研究室内での観察という難事がつきまとった。
性治療に関して、無資格で非倫理的な治療者から大衆をいかに守るかという点に会議参加者は焦点をしぼった。カプラン博士は、治療者として最適なのは、大学あるいは病院に準拠した性治療計画に関係している者を選ぶことである、と語っている。
患者と性行為を行なう治療者はいかなる者でも、患者に治療前にその旨を語るのでないかぎり、有害で非倫理的であると会議の参加者は非難していた。ある場合には、訓練された売春婦が、性交渉の相手をもたない患者を治療する場合に使われることもある。
このT代用品Uの使用は、ひきつづき行なわれる模様であると述べたグリーン博士は、性治療に参加するすべての者のため、質の管理と治療上のガイドラインを規制する必要の急を説いた。
ロスアンゼルスにある南カリフォルニア大学のジュッド・マーマ博士は、アメリカ精神医学協会の会長であるが、性治療者は心理療法に習熟していなければならない。その理由は、「もし治療者が性的機能障害に伴う感情的な葛藤を認識せず、それに対して効果的に対処できないならば、きわめて重大な害をもたらしうるからである」と述べている。
カプラン博士は、有能な性治療者になるには、何カ月も何年もの特殊訓練を必要とすると信じている。それは週末のセミナーとか、性治療について書かれた本を読むだけで学習されるものではないと強調した。
国際性研究学会(International Academy of Sex Research)が一九七五年九月一五日から一七日まで三日間アメリカ、ニューヨーク市ストーニーブルークの国立大学において同大学医学部精神科のリチャード・グリーン教授司会のもとに、その第一回が開催された。会する者欧州各国と地もとアメリカおよび日本からの参加者を加え七八名であった。性に関する各方面からの研究発表が行なわれたが、アメリカ側からの研究発表の中にホモセックシュアリズムに関することが大半を占めていたことは、ニューヨーク州その他でホモの法的規制を行なわんとするときだけに一般の注目をひいた。
日本からの参加者は、大阪市立大学名誉教授の朝山新一博士と私の二人であった。朝山博士は、日本における学生生徒の性行為の実情に関する研究発表を行ない、私は日本における性転換の実情について報告した。
この会合によって国際的な研究組織とその規約が決定した。その後それぞれの役員が選出され、次回の研究学会をドイツのハンブルグ大学において開催することを約して散会した。
第二回国際性研究学会が一九七六年八月二日から四日まで三日間ドイツのハンブルグ大学医学部精神科教室講堂において開催された。同大学精神科のシュミット教授司会のもとで進められ、アメリカ、イギリス、オランダ、デンマーク、ユーゴスラビア、日本からの参加者のほか地もとドイツ各大学の参加者を加え六〇数名が出席して熱心な討議が行なわれた。日本からの参加者は、ニューヨークのときと同様に、大阪市立大学名誉教授の朝山新一博士と私の二人であった。朝山博士は、日本における学生の性行為の初体験に関する調査研究の結果を、私は日本における老人の性問題に関し、日本不老協会主宰者の立場からその調査結果を発表した。
Harry Benjamin, M.D. : The Transsexual Phenomenon (1966)
John Money : Sex Error of the Body (1968)
Norman I. Knorr, M.D., Sanford R. Welf, M.D. & Eugene Meyer, M.D. :
The Transsexual's Request for Surgery (1968)
Intersex and Gender Identity Disorders. Clinics in Plastic Surgery (1974)
Wardell Pomery, Ph,D. : The Diagnosis ans Treatment of Transvestites and
Transsexuals (1975)