愛読している、池澤夏樹氏のメールマガジン「新世紀へようこそ」を1通丸ごと転載してみました。ぜひぜひ読んでみてほしいです。m(_ _)m

 

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『憲法なんて知らないよ――というキミのための「日本の憲法」』
 池澤夏樹著 集英社刊/1300円
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 日本の憲法を、池澤夏樹が英文による原文から日常語に翻訳した。
 全文がすらすらと読めて、本当の意味がすっきりわかる。

 同時収録のエッセイは、憲法を取り巻く事情がよくわかる。
 まずは理解して、議論を始めよう。

■『イラクの小さな橋を渡って』(光文社刊)
  文・池澤夏樹、写真・本橋成一
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 イラクに起こった本当のことを理解するための一冊。

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 新世紀へようこそ 100


 なぜアメリカは戦争をしたか


 2001年の9月24日、つまりニューヨークとワシ
ントンへのテロ攻撃の13日後に一回目を発信した「新
世紀へようこそ」もこれで100回目になりました。

 振り返ってみれば、この100回はすべて世界の不幸
についての考察ばかりでした。作家としてぼくはできる
ことなら世界の幸福について書きたいと願っていますが、
ここはその場ではないようです。

 たぶん、不幸を論じるのは義務なのでしょう。なぜな
らばそれは不幸な人々への関心の表明だから。

 充たされた者にとっては、充たされない者の身を案じ
るのは義務だから。

 皮肉なことに、この間、ぼくが発表した文章の中で、
最も具体的に幸福を語ったのはイラクについてのもので
した。

 『イラクの小さな橋を渡って』でぼくは、2002年
11月にはイラクはぜんたいとして幸福な国であったと
書いたのです。

 今のイラクは不幸です。

 多くの死者を出し、社会システムを破壊され、先の日々
には不安が満ちています。

 しかし今のイラクについて、新聞やテレビの報道はす
っかり減ってしまいました。

 混乱と無秩序について、食糧の流通について、社会の
雰囲気について、知りたいことはたくさんあるのに、そ
れを伝えるニュースは少ない。

 戦争はゲームだから報道されたのか。人々の関心はそ
れだけだったのか。

 今、メディアの中には、まるでイラクが生まれ変わっ
たようなことを言っているところもあります。

 しかし、実際にはイラクは壊されたのです。水を入れ
た壺を割れば、水は地面に流れてしまう。壺は破片とな
って散る。

 アメリカは暴力で壺を割りました。人々は破片を拾っ
てなんとか修復しようとしています。それが今イラクで
起こっていることです。

 博物館が略奪にあったという報せはショックでした。

 あそこはぼくが好きな場所で、一日かけてたくさんの
収蔵品を見てまわりました。その日の興奮をよく覚えて
います。

 その収蔵品が大量に盗まれた。

 ミロのヴィーナスが盗まれたらどれほどの騒ぎになる
か。イラク国立博物館にあったのはあれよりずっと古い
時代の重要な遺物の数々です。それが散逸したというの
に、かくも無関心な扱いしかないことにぼくは憤慨して
います。

 アフガニスタンで、バーミヤンの磨崖仏がタリバンに
よって破壊された時、西側のメディアは大騒ぎをしまし
た。とんでもない蛮行だと言いました。

 しかし今回の略奪については数日に亘る散発的な報道
の後はもう何も言わない。だれも追跡しない。

 磨崖仏の爆破は政治的なメッセージでした。だから西
側諸国は反発した。

 それとは別に、戦乱の中で、アフガニスタンの文化財
が多く持ち出され、外国のコレクターに売られました。
日本に入ったものも多かったようです。

 一度、個人のコレクションに入ってしまったものはな
かなか出てきません。特にそれが盗品の場合、公共の目
には触れなくなる。学者は研究の資料を失うし、ぼくた
ちのようなファンも見る機会をなくす。

 イラクでも、奪われたものは国外に運ばれたのでしょ
う。普通の市民が文化財を盗むはずはない。イラク社会
の不満分子に文化財が金になることを教え、買い取り、
国外へ搬出した業者がいたはずです。

 イラクには厳格な文化財の輸出規制がありました。開
戦に先立ってアメリカの美術商たちがこの規制を撤去し
ろとアメリカ政府に圧力をかけていたという報道があり
ます(英ガーディアン紙 4月18日)。

 盗品の行く先は先進国の富裕な人々しかあり得ない。
西側諸国はそういう形でまたもイラクの富を奪った。

 これは今回イラクが被った不幸のほんの一例にすぎま
せん。

 それにしても、なぜアメリカはイラクを攻撃し、破壊
したのか。

 湾岸戦争の時に比べれば、国際的な支持はほとんどな
かった。多くの国が反対し、賛成にまわった国でも、政
府は賛成しても国民の過半数は反対というところが多か
った(同盟国であるイギリスでさえ、議会が開戦に反対
する可能性はあって、そうなったらブレア首相は辞職し
ていただろうと言われています)。

 それでもアメリカは戦争をした。

 その理由についてぼくたちはさまざまな憶測をしまし
た。大きなものは二つです。

 第一は、イラクの石油資源を支配下に置きたいと願っ
ている。

 第二は、アラブの盟主としてイスラエルに対抗しうる
最も強力な政権を倒したい。

 どちらもある程度の説得力を持ってはいるけれども、
何か決定的ではない。

 どうも心理として納得できない。

 なぜアメリカは(ブッシュ政権だけでなくアメリカ全
体が)あんなに感情的になったのか?

 理性的な説得ではなく、国民の感情に訴えたからこそ、
ブッシュ政権はあの戦争を遂行できた。そのためにメデ
ィアが動員され、フセイン悪魔説が広められ、アメリカ
の崇高な使命がファンファーレと共に宣伝された。

 そのけばけばしい宣伝の中で、反戦の声は抑えこまれ
た。およそ非現実的な戦争の理由をアメリカ国民は受け
入れた。

 となると、やはりこれは心理の問題です。
 
 この重大な問題について、おもしろい本を読みました。
エマニュエル・トッドというフランスの人口学者が書い
た『帝国以後』(藤原書店)です。人口学というのは、
統計的な人口動態から世界の動きを分析する学問で、ト
ッドはソ連の崩壊を予言した人として有名です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4894343320/impala-22/

 彼の説をぼくなりに要約してみます。

 冷戦の頃、アメリカにはソ連に対抗して西側諸国を護
るという使命があった。しかしソ連という敵がいなくな
って冷戦が終わってしまうと、この使命も消滅した。

 つまり、今、世界はアメリカを必要としていない(こ
の場合、世界とは世界全体からアメリカを除いた残りの
部分のことです)。

 それに対して、アメリカの方は世界を必要としている。
資源の供給地として、マーケットとして、さらに投資者
としての世界がなければ、アメリカ人は今の生活水準を
維持できない。

 中東の石油を輸入し、代わりにディズニー映画とマク
ドナルドとコカコーラを売り、アメリカの国債を日本に
押しつけて資本を得る。

 自分たちが必要とされていないのをアメリカはずっと
不安に思っていた。

 だから必死になって自分たちの出番を作った。

 世界の安全が脅かされているという冷戦時代のままの
図式を、オサマ・ビン・ラディンとタリバンを相手に作
り、それが終わってしまうと今度はイラクとテロリスト
の結びつきや大量破壊兵器の脅威を言い出した。

 しかしそれが幻想であることを世界は知っていた。ア
メリカにとって都合のいい幻想。

 だから国連は動かなかった。
 
 では、イラクの民主化という、アメリカが最後に掲げ
た大義はどうだったか。

 アメリカが軍を動かさなくても世界は民主化されつつ
あるとトッドは言います。

 ここで彼が民主化を図る指標として用いるのは、識字
率の向上と出生率の低下です。

 アラブ圏も含めて、いわゆる途上国では字が読める人
が着実に増えています。字が読めれば人は知識を得るし、
社会全体について自分なりの判断をするようになる。

 また特に女性が字が読めるようになると、その社会の
出生率はぐんと低下する。少なく産んで大事に育てるよ
うになる。

 一部の者が社会を自分たちの利益のために勝手に動か
すことがむずかしくなる。これが民主化ということです。

 今も例外は各地にさまざまあるけれども、それでも世
界は民主化に向かって着実に進んでいる。

 アメリカが武力によってそれを加速する必要はないし、
またその資格もない。今回、国連が戦争を認めなかった
のはそのためです。だから、アメリカは国連をあからさ
まに無視し、その権威をおとしめようとしている。

 もともと国連は第二次世界大戦の戦勝国が中心となっ
て作られた機関です。あの戦争では連合国と枢軸国が戦
って、前者が勝った。そして、英語では国連も連合国も
共に United Nations です。すべての国が平等ではなか
ったし、その影響は安保理の常任理事国の顔ぶれなどに
今も残っています。

 その国連とアメリカの間に亀裂が生じた。

 これを機に国連は戦勝国の意思の代理機関ではなく、
本当に世界のすべての国の考えを論じる場になるのでは
ないか、非常に困難な道ではあるけれどもそちらへ一歩
踏み出すのではないか、という期待もぼくにはあります。

 この一年、アメリカの帝国化が心配されました。ここ
で言う帝国とは、直接統治以外の手段によって広大な版
図を支配する政治システムというくらいの意味です。当
然、軍事力と経済力が重視される。

 軍事と経済で他を圧倒するアメリカがこれからしたい
放題をする。それをぼくたちは懸念しました。

 しかし、トッドに依れば、アメリカの経済にはそんな
力はない。また軍事力もそれほどの規模ではない。今回
イラクを敵に選んだのは、イラクならばまず負けないと
わかっていたからです。

 湾岸戦争で痛めつけ、経済制裁で国力を奪い、飛行禁
止区域を作って防備を骨抜きにした。アメリカ軍にとっ
てはこれほど叩きやすい相手はいない。

 だいたい、自国の若者をたくさん死なせてまで戦争を
するコンセンサスは今のアメリカにはない。

 その意味では、平和な日々の暮らしの価値を最もよく
知っているのがアメリカ国民であるはずです。

 この常識と好戦的な使命感はなかなか結びつかない。
無理に結ぶためにメディアが使われた。

 それでも、最も貧しい階層の若者ばかりを戦場に送っ
たという後ろめたさは残ります。だから彼らを英雄に仕
立て上げる。

 これから世界が相手にしなければならないのはこうい
うアメリカです。

 アメリカが背伸びをやめて本来のサイズに戻るまで、
たくさんの困難が予想されます。

 21世紀はそういう時代になるでしょう。

        (池澤夏樹 2003−05−05)

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