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Kenzy’s Page の お気に入り〜小説編〜です。
ここでは、ボクのお気に入りの小説についてうにゅ、うにゃと書いて行きたいと思います。
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最初の小説は、『銀河英雄伝説』です。
徳間書店刊 「銀河英雄伝説」全10巻・外伝4巻 著者:田中芳樹
のっけから思い入れ強すぎです。(^^ゞ
読み始めたきっかけはなんだっけ?うっ、すでに忘却の彼方に沈んでしまいましたが、’87の12月20日が最も古い日付なので、その少し前に出会いがあったのでしょう。
ちなみにその日付は本編の最終巻ですから、おそらく一気に読んだのではと思います。
田中氏の文体に共通してボクが感じるのは、対象を突き放したというか、乾いた…、いやちょっとちがうな、冷徹でもないし…、一番近いのは科学者が対象物を最大限の関心を持ちながらも、論理的に見定めるような感じです。
こんな表現をすると、もしかしたら田中氏のファンは怒るかもしれませんが、それがボクの素直な感想です。銀英伝がいわゆる「後世の歴史学者」の視点で書かれていることが、そんな印象をボクが感じる大きな原因のひとつであることは、確かなことではありますが、田中氏の他の著作からも同様の匂いを感じるのです。氏の著作をすべて読んでいるわけではないので、間違っているかもしれませんが、田中氏の著作の多くは三人称で書かれていると思います。そしてそれは、ボクが氏の著作から受ける強い吸引力の源でもあるようです。
さて、銀英伝です。ボクはヤン・ウェンリー派で、しかもキルヒアイスが大好きです。(←自分も!という人は多いと思いますが…。)
単行本2巻でいきなりキルヒアイスが亡くなってしまった時は、作者に「ちょっとまずいのでは?」とツッコミそうになりました(^^;。これに関しては、田中氏ご自身もあとがきの中で、述べられていますね。ただ、ボクがなぜキルヒアイスを好きなんだろう?と考えた時、この早過ぎる死の影響が大きいのではと思うようになりました。彼がいわゆる「いいひと」であり、かつそれだけでは無い、例えば特権貴族達に対する確固とした姿勢や、アンネローゼへの青年らしい純粋な気持ちを持っているなどの要素に加えて、彼が早世であったことがより強く働いているように思えるのです。(桜を愛でる日本人らしい無常感の現われか?)
ヤンの方はというと、どうやら彼が一番作者の田中氏を感じられる(と、ボクが勝手に思っている)からでしょうか。例えば、ヤンは民主主義というものを、本気で信じていて、その前では国家は副次的なものと言いきっていますが、そんな芯の強さ(公人としての地位の高さからして、致命的かもしれない!)と、天邪鬼さが田中氏の人となりを表しているように感じられるのです。(実際には、氏には迷惑な話かもしれませんが…。)
でも、読者には作者を勝手に想像する権利がありますから(楽しみのひとつですよね?)、ボクとしてはヤンに作者を投影してあれやこれと想像して楽しめるというわけです。
ヤンの言葉の中には、これまでボクの中で当たり前過ぎて、疑いもしなかったことを覆すような考え方があふれていました。政治の腐敗と政治家の腐敗の違いなど、まともに考えたことなどありませんでした。これまでボクが強い影響を受けたことを自覚している小説家は、平井和正氏と田中芳樹氏の二人のみです。尤も、元々他人から影響を受け易い性質なので、当てにはならないかも知れませんね(^^ゞ。それだけに、ヤンの最後が描かれている個所では、読み返すたびに泣いてしまいます。ボクは男性であり、しかもいい年なのですが、こうゆうのってだめなんですよね。(困ったもんだ(^^;)。マシューがアンに告げる最後の言葉でも泣いちゃったし(←いきなり世界が飛んでるし)、ドラマとかでもちょっと油断すると、危ない時があります。家族であっても、誰かに見られるのってすごく恥ずかしいんですよ。(話がずれてる…。)
銀英伝というと、ビデオの存在を忘れる訳にはいきませんよね?実は、本編すべて持ってます(^^ゞ。ボクは小説から入ったので、ビデオの方はすべてリアルタイムで見ていました。
ビデオ化のときに最も心配したのが、銀英伝の世界観が壊されるかもしれないということでした。往々にして映像化の過程における諸々の要素によって、素晴らしい小説がとんでもない駄作になることがあるからです。しかし、銀英伝に限ってそれは、杞憂に終わりました。
最も印象深いシーンのひとつに(英語っぽい表現だなぁ)、ベーネミュンデ侯爵夫人の処刑があります。彼女に唾を吐きかけられたラインハルトが、一瞬目をみはるシーンがあるのですが、ビデオではそれに対する説明は一切ありません。これは、外伝を読んでいなければわからないシーンなのですが、これを見たときは思わずニヤリとしてしまいました。(見方がヘンかな?)
いいところばかりでは何ですから(←何が?(^^;)、残念な点をひとつだけ。それは、ヴェスパーラントに対するブラウンシュヴァイク公の熱核攻撃を利用する決断をラインハルトにさせなかったことです。ラインハルトの下したこの決断は、とてつもなく重要で、その後のストーリーを左右するほどのものなのに、ビデオ版ではオーベルシュタインの計略を追認するという形にしてしまっています。ラインハルト自身が決断したということが重要であるのに、これではラインハルトは、オーベルシュタインの傀儡に成り下がってしまいます。その後のキルヒアイスとの対話中に、赤ワインの陰をラインハルトの手に投影することで、血に汚れたことを表すという素晴らしい演出をしているのも、台無しになってしまっていると思います。こんなことを書いてしまいましたが、脅迫状とか送らないでね。(←めっちゃ臆病です)
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2冊目の小説は、『銀河帝国の興亡』です。
創元推理文庫刊 「銀河帝国の興亡」全3巻 著者:アイザック・アシモフ
ボクが中学生の時に初めて自分で買った小説です。
翻訳もののSFとしては、もはや古典としての地位を得ていると言っても大げさでは無いでしょう。作品を読んだことがない方でも、どこかで聞いた名前だなと思うのではないかな?それでは、トドメに(何がトドメかわかんないけどネ)、「ロボット三原則」でどうだ!と言うことで、これでわからない人は、SFが好きな人に聞いてみてね。
もう、何回読んだかわからんです。ここ何年かは読み返してないけど…。発行日をみたら、1974年11月でした。ウーーン年をとるわけだ。このころはボクも紅顔の美少年だったわけで。(^^;
まあ、冗談は置いといて。こちらは、冗談抜きなんですが、本はもうボロボロです。第1巻なんかカバー無いしね。(叔母に貸したら無くなって返って来た。プンプン!)
あー、何か話が進まない。で、この小説を読んだときのボクの反応は、まさしくカルチャーショックそのままでした。それまで、本好きの子供で、SFなんかも好きで、よく読んでいたのですが、学校の図書館にあるジュブナイル、いわゆる子供向けにカスタマイズされたものしか読んだことが無かったボクにとって、まさしく目くるめく世界が開けたのです。
もし、ボクが初めてSFを読む人に薦めるとしたら、まず殆ど絶対薦めないと思います。ちょっと刺激が強すぎて、逆効果になり兼ねないからです。ボクの場合は、幸か不幸かその刺激にまともに反応してしまい、現在に至るわけですが…。
これは、どの解説にも書かれていることなので、事実だと思いますが、アシモフ氏(最近はアジモフと書かれていることもありますが、ここではボクが慣れているアシモフでいきます!)は、この小説の題材をローマ帝国興亡史から採ったとされています。残念ながら、ボクはそちらの方は読んでいませんが、安く手に入れば読んでみたい気もします。
さて、題名に関しては、ちょっと注意が必要です。この3冊は、「興亡」にはなっていません。実は全3巻というのも、正しくありません。より正確に言うと、「銀河帝国の興亡」という一連の作品の中核をなす3冊というところでしょうか。この作品では、第1銀河帝国の衰亡とそれを予言し、その後に来る暗黒時代を最短に縮めるべく考えられた「セルダン計画」を中心にした、最初の300数十年を描いています。
まず、「ハリ・セルダン」です。彼は心理歴史学という学問の創始者であり、天才数学者でもあります。しかし、彼が生きている時代の描写は60ページもありません。第1巻が340ページを超えているのを考えると、プロローグと言ってもよいくらいでしょう。そこから先は、様々な登場人物が、心理歴史学の方程式に従った(あるいは従わない)歴史を生きていくわけですが、ここらへんの描き方にすごいものがあります。
「セルダン危機」というものがあります。これは、歴史の選択肢を狭めてセルダン計画に沿った歴史を辿らせるために用意された道しるべで、この危機を乗り越えることにより、歴史をひとつの方向、つまり第2銀河帝国の創生へと導いて行きます。このセルダン危機が起こる時、遺品館にセルダンの映像が甦ります。最初にその部分に差し掛かった時、
−それは、通学のバスの中でしたが−、ドキドキして興奮を押さえられずに、かといってそのまま冷静に読みつづけることなんか出来るわけも無く、乗り合わせている人が見ていたら、きっとアブナイやつだと思われたに違いありません。何しろ未だにあの時の様子をありありと思い浮かべることが出来るくらいですから。
最後に、ボクがとっても気に入っている個所を紹介しましょう。
第3巻に登場する14歳の女の子が、一人乗りの巡航艇に密航します。彼女−アーカディ−が、ドアを開けて中の様子を伺おうとする場面で、こんな描写がされています。
"彼女は、頭を動かさずにドアの外に目をつき出そうとしたが失敗した。頭も目についていってしまった。"
このくだりを読んだとき、「うわー、面白い表現をするなぁ」と、とても感心したのを憶えています。
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