タイトル[3.3KB]

カブで厳冬の九州2週間(1992.02.07〜1992.02.19)


はじめに

第1週目(1992.02.07〜13)第2週目(1992.02.14〜19)
第1日目鎌倉〜川崎港〜阿久根市にて[41.2KB]第8日目長崎
第2日目〜日向港〜宮崎第9日目長崎〜虹ノ松原
第3日目宮崎〜鹿屋第10日目虹ノ松原〜太宰府
第4日目鹿屋〜桜島第11日目太宰府〜中津
第5日目桜島〜指宿第12日目中津〜大分
第6日目指宿〜本渡第13日目大分
第7日目本渡〜長崎第14日目大分〜日向港〜

終わりに



はじめに

 この旅行を決行した少し前、1992年から1993年にかけての年末年始に、鎌倉の とあるそば屋でアルバイトをした。当時学生だった僕はアメリカンフットボール に夢中だった。そんな僕ですら、高度消費社会の現実に放り出されていた。物欲 は無限に膨らみ、どうにもならない出費の連続で、僕の財政はかなり悪化し、そ の日の生活にも困っていた。
 僕のような学生にとって、年末年始は稼ぎ時である。一念奮起して、参拝客で にぎわう鎌倉で、人の食べた年越しそばの器を洗うという仕事を見付けてきた。 ここでの仕事は、かなりきついものだったが、何とか日程を無事に終えてまとま った金を手にすることが出来た。
 同じ皿洗いの仲間に一人の大学4回生がいた。彼は就職先も決まり残された時 間を持て余していた。僕らは皿を洗いながらいろいろな話をした。彼の顔すら忘 れてしまったが、彼の口から出た言葉の一つが、当時の僕の頭から離れなかった。
 「時間はいつまでもあると思うな、ゆとりがあるのは学生の間だけだ」
今となっては月並みな、誰でも知っている言葉だ。しかし、当時の僕にとって、 彼の言葉はとてもショックだった。周りの連中は大人になって忙しくなっても、 自分だけは違うと、心のどこかで思っていたに違いない。もしかしたら、その現 実に気づいていながら、意識の奥の方に押しやることで自分の安定を図っていた のかも知れない。
 僕の中でタブーとなっていた言葉を、彼が僕に対して投げかけてくれたことで、 僕はそのことを現実として対応していかなければいけなくなった。僕には皿洗い で荒れた手とちょっとした金がある。足元を見ればスーパーカブがある。無計画 のまま、九州行きのフェリーのチケットと地図を買った。

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