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カブで厳冬の九州2週間(1992.02.07〜1992.02.19)


第2日目 1992.02.08(月)〜日向港〜宮崎

 明け方、何度か起きる。目覚めたのは8時。テレビがうるさい。小さな窓から 外を眺めると晴れている。うねりにもだいぶ慣れて、遊園地の過激ではないアト ラクションのごとく気持ちよく感じられるが、ないに越したことはない。だいた い一日中そんなアトラクションに乗っていることは、ふつうの生活をしていれば、 まずあり得ない。便所に行くと、「ここで吐いてくれ」というスペースがあった。 こんなところにも船らしさを感じる。立っているのも困難な状況の中での小便は、 なかなかのものだった。
 入港1時間前のアナウンスが入る。「海上荒天のため」2時間ほどおくれている らしい。右側の窓から、かなり前から陸地が見えている。おそらく四国だろう。 うねりは朝に比べればはるかに少なく、海上も静かだ。雑誌を読んだりもしてみ たが、時間を持て余す。持ってきた小説は午前中に読み終えてしまった。陸地は 霞がかっているが、晴れているのは確かだ。「日本海に低気圧がある」らしいが、 気象のことは僕には分からない。今日晴れればよい、それだけである。明日雨が 降れば、そのときに考えればいい。どうせ気楽な一人旅だ。川崎港までの雨で濡 れたグローブは、パリパリに乾いた。
 17時を少し過ぎた頃、日向港に到着する。ルート10をひたすら南下。「健康教 育推進中学校」という立て看板を見付ける。いったいどんな教育をしているとい うのだろうか。少し進むと、今度は猪狩りの罠の広告を見付ける。左手には漁村 が見える。一次産業のかなり盛んなところらしい。来るところまで来たなあとい う感じ。
 起伏のある、しかし走りやすい道だった。幅もかなり取ってあり、トレーラー を追い越すのも楽だ。
 途中、かなり遅いトレーラーを追い越したたが、寒くなったのでアンダーグロ ーブをつけているとそのすきにまた抜かし返された。その2・3台後からパトカー が! 発進したのはよいが、時速40キロメートルのパトカーを追い越すに追い越 せなくてイライラしながらしばらく走る。17時40分頃。車の流れが止まり、ここ ぞとばかりにパトカーを抜き去り、ぶっ飛ばす。真鍋大橋の手前が工事中片側通 行だったので、渋滞していたらしい。待っていると、後方からバイクが一台。先 に行けと言わんばかりに道をあけるが、追い抜こうとしない。手旗信号が白にな って少し進んでからパスしていく。その時手を挙げていくバイクのナンバーは 「川崎」。何だ、同部屋だった人か、と思う。市内にはいると、彼が左に寄って 止まっている。ちょうど赤信号だったので、クラクションを鳴らして寄る。話を すると、彼はこれから鹿児島に行くらしい。
 真鍋大橋を西から見ると、紫色の山並みをバックに据えて、とても綺麗だった。 目の前を走っていく自転車に乗った中学生のヘルメットにも、「来たなあ」とい う感じを受ける。
 今日の宿である宮崎 のユースホステルは、すぐに見つかった。チェックインし てからすぐに飯を食いに行く。さすがに駅前、田舎らしいデカさがある。大学受 験で行った仙台を思い出す。チキンカツ定食750円、まあまあ。帰りに本を買う。

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