毎年この季節が近づくと・・・「自転車を押し担ぎつつカサコソと、落ち葉を踏みしめながら野山を歩きたくなる」・・・あたかも恒例的に巡ってくるそんな思いは、いつもの山サイ・パートナー・oookaさんからの愉しげな話が舞い込むや否や、早速ヒートアップすることとなった。魅力的なターゲットが2つ3つ挙げられた中で、まず今回は「野営具を背負ってルート途中でビバークしよう!」といった新しい試みをテーマに加え、そして手応えのあるルートは?と選んだ先が、鈴鹿山脈をダイナミックに横断する「千種越」である。このルートは2つの峠を越える変則的な山越えの道であり、一度上がってしまえば向こう側に下りるまでエスケープできないハードな行程である。今シーズンの「山サイ初め」としては、かなり内容の濃いものと言えるだろう。しかも計画段階で、オプション案をも検討するほどだから・・・どうやら私達は、余程「物好き」なようで?^^
しかしながら業爆と腰痛、そして数日前から風邪をこじらせてしまったため、際になってモチベーションが急降下となった。ところが無情にも(?) 予報では天気回復の兆しを伝えてくれるではないか!・・・。嬉しくもあり辛くもある、そんな微妙な心境ではあるが、約3ヶ月振りになる「お出掛け」に心が躍らないわけがない。予定を延期してしまうと冬の到来もあり得るため、是が非でも一発でキメたいところである。そんなわけで、近年稀に見る5日間晩酌抜き!の善行苦行を乗り越えて、そしてアタックの日を迎えた。
※ 写真「o」印は、oookaさんからいただいた画像です。
前夜まで「あれやこれや」と悩みつつ、ちょっとした不安も「ギュッ」と一緒に詰め込んだザックは、病み上がりの身体にはずいぶん大きく思えた。朝から黒糖生姜湯を飲んで温まりつつ、日野駅に集合したのが13:00。驚いたことに、oookaさんの装備は非常にコンパクトに抑えられていたのである。「今夜は冷え込むみたいですけど、それで本当に大丈夫ですか?」なんて失礼なことを聞いてしまったのだが、どうやら私のほうが甘えを多めに背負い込んできたのかもしれない。それはともかく、例のアルミ缶だけはしっかりと隠し持つ。
さて、「秋の日は釣瓶落とし」ということで、初日の今日はさほど行動時間が取れるわけではなく、計画段階からせいぜい4時間と見ていた。まずは千種越の起点である甲津畑に何時に着けるかだが、今回は、つい横着して2.5万図を持ってこなかったため
(私が用意したのは『山と高原地図』5万図まで)、oookaさんの地図を頼りに「原」という集落を経由してのアプローチとなる。その集落を離れ、なだらかな坂を詰めて行った所が小さな峠になっていて、そこにはお地蔵様が祀ってあった・・・しばし小休止。
緩いカーブを抜けた先で、ザワザワと茂みの中に潜む猿の群れを確認した時には、思わず「ギクッ」とした。目を合わすことなく知らんぷり(?)して素通りする。広い道に出れば程なくして甲津畑に到着(14:25)。ここに来て、およそ本日のビバーク・ポイントが予想され、「とにかく暗くなる前にツェルトを張ることにしましょう!」ということで進んでいった。しばらくの間は、急坂を交えつつも広い舗装路なので、まだまだ快適なアプローチである。
「ここは鳴野・杉峠まで3時間」と書かれた案内板の立つ”林道岩ヶ谷線”を入って行くと、道幅は急に狭まり、徐々に荒れたダートに変わっていくが、さほど傾斜がきつくないため乗車率は低くはない。ザックの負荷と相談しつつ、歩いたり走ったりを繰り返す。下調べされてきたoookaさんの話によると、その昔、甲津畑の人々は、この道を自転車を使って物資を運んでいたのだそうな。そんな道を私達は今、ミニベロという現代の山岳用自転車で辿ろうとしている。桜地蔵15:35着。概ね緩やかで、あたかも水平歩道のような道がフジキリ谷に続いていた。
小さな木橋を渡った先の、鬱蒼とした杉林の中の
炭焼き跡と思われる窪地o にツェルトを張る(16:20)。風を避けられる絶好の立地条件だが、そこは既に、人工的な灯りなど全く届かない山の中・・・もし独りなら、おそらく心細くて寝付けたものではないだろう・・・そんな場所での野営である。こんな時は、やはりパートナーの存在が非常に大きく有り難いと思う。律儀に持ってきたお米を冷たい沢の水で砥いで、夕飯の支度をする。ご飯が炊き上がるまでの時間、「仲間と一緒にこんなことをやってみたかったぁ」などと話しながら、早速「プシュッ」と開けて
小さな宴会o が始まった。 ------その様子は御想像にお任せします------
荷揚げした量などたかが知れているが、とにかく久々に飲むビールに早々と酔いが回る。21:00就寝。
真夜中に月明かりで目が覚めた。その光は、ツェルトの生地を通して内部まで覗いてくれるのか?と思えるほど明るかった。そして3時頃だったろうか、鹿の鳴き声が大きく響き渡った。それからしばらくの間、寝袋の中で、妙に神経が昂ぶる時間を過ごす。
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| 杉峠(1042m) にて o |
未だ夜も明けやらぬ前からヘッドランプの灯りを頼りに身支度を整え、慌しく朝食を済ます。各々のツェルトを撤収し、ようやく森が明るくなった頃を見計らって行動開始(7:00)。
昨日にも況して、フジキリ谷には水平歩道を思わせるような素晴らしき道が続いていたことに早速笑みがこぼれた。右に大峠への分岐o を見送り、谷に沿って左にカーブを描くと、「見えた!」、杉峠と思わしき鞍部が。本日一つめの関門は、まだまだ遠くて高いが、目標が見えると俄然気合が入るというものだ。途中、大きな鹿を目の当たりにして、蓮如上人御旧跡やシデの巨木o そして参道を思わせる石畳と苔むした石垣に当時の生活を窺いながら、少しずつ高みを目指す。下り勾配の木橋oを緊張しながら渡り、更に沢を詰めて行くと、ゴロゴロの岩が目立つようにもなり、道はまさに崩壊状態を呈してきた。そんな先にもしっかりとした炭焼き小屋跡と思われる石組みが確認でき、そして撓みに吸い込まれるかのようなoウットリする道を踏みしめることとなる。・・・ここに来て、荷を少しでも軽くしたいが為に広角レンズを持ってこなかったことを後悔した。そんな美しき道が高みへと続く。
奇妙な荷物を担いだ私達のことを、何処か物陰から興味深げに眺めているのだろう・・・鹿の鳴き声が谷に木霊する。吹き上げる風を強く感じる峠直下に来て、緊張する場面に出くわした。ロープこそ張ってあるものの、足元が切れ落ちたスリップしそうな急斜面が続いていたのである。先に荷物をデポして偵察に向う。積雪期ならさぞかし「おっかない」のだろうが、切れ落ちた箇所はそれほど長くはなく難なく突破。ほどなくして明るく開けた景色が飛び込んできた。杉峠、9:00着。峠のシンボルともいうべき杉の木の奥に、向うべき根の平峠の撓みが確認できた。峠と峠とが挟んだその空間は、思いの外広く深く感じた。「まだまだ遠い」。
西からの風が強い。小休止した後、杉峠を下っていく。ところが、「そこそこ乗車も楽しめるだろう」と算段していた東側斜面は全く乗れず、自転車をずり下ろすような緊張する場面が幾つかあった。このところの台風の影響か?道の崩壊がかなり目立つ。そんな場所では自転車など全く用を成さず・・・邪魔なだけ。しかしながら急峻な斜面を離れると、道は徐々に穏やかとなり、サドルに跨るポイントも幾つか現れる(小峠との分岐までの区間)。御池鉱山跡の規模の大きな石組みに、かつての営みを想いながら再び小休止。明るく開けた此方側は、滋賀県側のそれとは違い、さほど苔むした様子は見てとれない。谷を占める割合から察しても、相当な人数が住んでいたのだろうと想像できた。だが、既に廃鉱となった今日、辺りに林立する木々の幹に・・・鹿が剥いだのであろう、一定の高さだけ飴色が露出していた様が何だか物悲しく映った。
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| 【左】小峠に向う道で o 【右上】御池鉱山の住居跡? 【右下】高昌鉱山跡に転がるトロッコの車輪と滑車 |
比較的平坦な道を押し担ぎを交えつつサドルに跨る。次の分岐を左折すれば、高昌鉱山跡を経由して小峠へと道は続く。だがその道は、「!」。
重々承知の上ではあったが、一般ルートではなく破線表記の道を自転車を担いで進むとなると、なかなか骨の折れる作業となる。ロープなど張られていない、足一つしか置けないような斜面を緊張しながらトラバース。もちろん、荷物を先にデポして偵察を済ましてからの行動である。たとえ短い区間であれ、そんな箇所を行き来していると、それだけで疲労が増すというものだ。
ほどなくして高昌鉱山跡に辿り着いた(10:25)。そこには、赤く錆びついたトロッコの車輪、滑車、転がる一升瓶、苔むした廃材・・・などなど、ここで過ごした人々の営みを感じるモノ達が、幾つか点在していたのである。その後偶然出会った軽装のハイカー(?)3氏によると、ここには分校をはじめ、2階建ての事務所が建てられていたこともあり、最盛期には300〜400人を抱える大きな集落だったとか。そしてまた、昭和初期には谷を挟んでケーブルも張られていたそうだ。赤く錆びついた滑車はその頃に使われたものだろう。尾根を左に巻くと、岩壁に幾つもの
坑口がポッカリと口を開けており、何ともいえない異様な雰囲気を醸し出していた。
尚も探索(?)は続く。「自転車では無理だろう」と先の3氏に言われた小峠に、ひとまずリュック姿で行ってみる。鞍部から見下ろす光景に「なるほど・・・」と思った。だがしかし、ここでのoookaさんの判断は鋭かった。即「下降すべし!」の判断を下されたのだ、嗚呼恐るべし!。もし独りなら、おそらく躊躇してしまうだろう・・・眼下に在るのは、ルンゼ状に抉れた狭い急斜面の谷筋である。この先は「安易にハイキング気分で下るべきではない」・・・そんなルートだと思った。垂れ下がるロープに半信半疑な思いで身を委ね、下降を開始したのが11:05。私達は、いつの間にかミニベロ担いだ沢下りを演じることとなった。微妙なバランスを保ちつつ、時々「ズリズリッ」とスリップしながら、思わず「楽しいですね」と笑いを誘う一幕も(?)。谷筋の半ばから小峠を振り返れば、とても登り返すことなんて不可能だ!と思える斜面が視界を覆う。そして沢出合に11:40。飛び石伝いに水量豊富な沢を渡り、平坦な場所に来てようやく一息入れる。黄昏時のような陽光に身体が錯覚しているのか?、まだ昼前だというのに・・・すでに疲労困憊。
沢を離れ、不明瞭な雑木林をしばらく進んだ後、ようやく実線表記の一般ルートに出た。よく踏まれた道に出くわすと、ただそれだけで「ホッ」するものだが、その安堵感とは裏腹に、身体のほうはかなり重い。ギッシリと積もった落ち葉o の下には、コブシ大の石が幾つも転がっていて、乗車を楽しめるところは皆無に等しく、自転車は単に重荷でしかない・・・そんな嫌気が差し始めた頃、前方から歩いてこられた初老の登山者に、「おぉ、杉峠からかぃ?、15年振りぐらいに出会ったよぉ、自転車で越えてきた人!」と、さも懐かしげにおっしゃるその笑顔を見て、そしてそんな先人がいたのだと知り得たことで、萎えかけた身体に再び鋭気みたいなものが蘇えってきた。徐々に行動しているピッチが短くなり、幾度か小休止を交えつつも、根の平峠、12:45着。
さて、ここまで来れば、あとはもう下るだけ・・・と思いきや、「水晶岳は?」とoookaさん。「マジですか〜」なんて言ってしまったものの、確か計画段階で、鉱山跡巡りの他に水晶岳もオプションに入れていたのだから、当然といえば当然か?。体力的にはともかく、まだ時間的には何とか余裕あり・・・ということで、自転車もザックも峠にデポして空身でハイキングとなった。それでも山頂まで小一時間を要するのだから・・・やはり私達は、余程「物好き」なようだ。
水晶岳、13:30着。山頂からは御在所岳が大きく見えた。「あの山に登ったことはないけれど・・・」、山懐にある壁には少しばかり思い出が(?)。冬型の気圧配置の影響か、西よりの風が相変わらず強かった。山頂ではほんの少し佇んだだけで、すぐに下りにかかる。そして再び峠に戻ってきたのが13:50。ようやく苦痛から開放されると思いきや、朝明へと下っていく道はゴロゴロの石が延々と続き、乗車なんてまったく楽しめたものではなかった。担ぐ気力も徐々に消えていき、自転車を半ば引きずり下ろすようにして下っていく。その途中、渇いたノドを潤すため、朝明渓谷の沢の水を口に含む。すでにボトルの中身は空っぽだった。行けども行けども難路は続く。そして幾つか堰堤が現れ始めて、ようやく自転車の域となる。下山していくハイカーを横目に颯爽と下る。ここに来てようやく、本当にようやく、自転車を駆る”鈴鹿の風”になれたような気がした。
鈴鹿山脈を右手に見ながら、この旅のファイナル・オプションに向ってペダルを回す。そして湯の山温泉の心地良い湯に浸かり、「乾杯!」と共にしばし沈没。・・・・・。
大きな”ヤマ”を無事成し遂げたことで、酌は進み、笑みがこぼれた。だが、千種越の達成感に酔いしれるには、まだもう少し時間を要するのかもしれない。「ズシリ」とその思い出が詰まった輪行袋を抱え、それぞれの帰路へ・・・ (完)
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