前回の旅の疲れが抜けているのかどうか?。56kgに減った体重は、一向に回復することなく、再びハードな旅に向かうこととなった。土日にかけて、大陸から優勢な高気圧が張り出してきたからである。初秋の晴天と休日、こんな良い巡り合わせを逃すわけにはいかないから・・・。
ようやく片付けたばかりの旅道具を引っ張り出してきて、しばし吟味。今回は、標高約1400mの峠で野営という必然的(?)なルート設定のため、寝袋とシュラフカバーを追加して、テントの代わりにツェルトを、お米二合とその他諸々・・・バッグの中に「ギュッ」と押し込む。
大阪南港までの道程は、なかなか遠い。ニュートラムのフェリーターミナル駅に着くまでに、都合4回もの乗り換えがあるからだ。そしてフェリーターミナル駅から乗船までの道程の長いこと長いこと。ヨタヨタと、輪行スタイルでここを歩いた者でないと、その辛さ(?)は判らないだろう。だがしかし、旅立ちの開放感が輪行袋を軽く感じさせてくれるのだから、これまた不思議なものである。22:50、南港を出航。
四国オレンジフェリーを利用するのは今回で何度目だろう。値段の割にゴージャスな雰囲気が味わえて、「お気に入り」の船である。いつもの如くチープな二等室ではあるが、全席指定のそこはずいぶん空いていたこともあり、『大の字』になってゆったりと過ごすことができた。
 |
|
愛媛の東予港には定刻通りに到着。こじんまりとしたフェリーターミナルの前で輪行袋を紐解き、朝の心地良い陽光を浴びながら走り始めたのが7:00丁度。港からいきなり真正面に石鎚山が見えた。「長い一日になりそうな・・・」そんな予感がする眺めである。
まずは不要な荷物をコインロッカーにデポするため、この辺りでは比較的大きな駅・伊予西条に立ち寄る。そして駅前のコンビニで、カレーのレトルトや即席ラーメンなどを買い込み、オニギリを2つ頬張って、そして再スタートを切ったのが8:30。賀茂川橋を渡って左折して、彼岸花が田畑を縁取る国道194号線を進んでいく。 |
【左】 東予港7:00出発 港付近から遠望した石鎚山
|
『寒風山トンネルまで15km』と書かれた看板は、おそらく新トンネルのことを示しているのだろうが、そこまでの道中、序盤こそ緩やかながら、後々結構な勾配も現れてくる。ずいぶん広く立派な国道ゆえ、見た目には大したことなさそうにも錯覚するが、まだ涼しい朝のうちからヒートアップしきり。9:25、『チロルの森』の傍にあった自販機に早速手が伸びた。
独りで黙々とペダルを回していると、新トンネルの少し手前でロード氏が追いついて来られた。新居浜のサイクルショップでお世話になっているという方で、レースに備え『朝練』の際中だとか。鍛えあげられたシャープな身体つきに惚れ惚れしつつ、「実は私も、昔はロードに乗ってたんですけどねぇ・・・」などとお伝えすると、サイクリストらしい気さくな会話が少なからず続いた。お互いの目的に「じゃ〜がんばって!」と励まし合い、そしてまた独りになって黙々と。
国道194号線を左に分かれ、ダイナミックな山岳展望を仰ぎつつ、九十九を切って標高を稼ぐ。
|
思った以上に前回の旅の疲れが残っているようだ。時計と高度計を見比べると、その遅々としたペースがはっきりと判る。素晴らしい晴天に恵まれているわけだから、ノンビリと周囲の雰囲気を味わえば良いのだが、「今日中に予定の場所まで辿り着けるのか?」とも思えてきたりして、まだまだ高いところにある稜線を仰いでは、「ふぅ〜」と一休み。
|
|
 |
暗くて長い、旧寒風山トンネルを潜りぬけたのが11:35。標高約1120mのここまで、伊予西条から三時間もかかったことになる。
トンネルの東側には、休日の晴天を狙ってか?登山者のものと思われるマイカーがギッシリと停まっていたのには興醒めしてしまった。これから進む道が「さぞかし賑やかなことだろう・・・」と容易に察することができた。傍らの茶屋で水分補給して、そそくさとその場を離れる。さて、ようやく瓶ヶ森林道である。 |
| 【右】 旧寒風山トンネルへと向かう道で 「稜線は、まだまだ高い」 |
|
瓶ヶ森林道に入ってから、一つ目の素彫りのトンネルまでの勾配が厳しかった。しかしながら鷹ノ巣山や伊予富士を巻く辺りからの展望は、快晴の天気も手伝って、実に見事
「バツグン!」の眺めである。そして手軽な登山を楽しもうとするマイカー族が度々通り過ぎる中、好奇の視線を感じつつ、ここまで自転車で登ってきたことに『二重丸』をつけてしまう自分が居た。エンジン音が通り過ぎた後に訪れる静寂の中で、まるで時が止まったかのような・・・風景画の一点に嵌め込まれていくような・・・そんなシーンが次々に展開する。
若干の平坦路を交えつつも、まだまだ登り勾配が続く。
南側には、遥か遠くまで広がる四国山地の深い山並が見渡せた。また、進みゆく道では、岩が露出した男性的な山容が見受けられたかと思えば、ジネンゴの頭(1701m)のように、熊笹に覆われた山肌に女性的な雰囲気も感じ、実に変化に富んだそれらの眺めに、ついペダリングを止めざるを得なくなり、何度もファインダーを覗き込んでしまう・・・ 瓶ヶ森林道は、そんな素晴らしい林道であった。稜線を越えてくる北風が実に心地良い。
この時季の神鳴池は水を湛えていないようであった。ただ「ザワザワ」と、風に揺れる熊笹が一面を覆っていただけである。しかしこの辺り一帯には、なんとリンドウの花の多いことだろう。ペダルを踏み下ろしたその足のすぐ傍にも、いくつもの青紫色の花弁が咲き誇っているのだから。
瓶ヶ森の登山口に着いたのが13:50。オニギリ2つで何とかここまで登ってきたが、さすがにお腹がペコペコの状態。「お昼用に」と取っておいた残る1つのオニギリを頬張り、そして生温いお茶で流し込んだ。いつもながらの遅い昼食である。
東予港を出発してここに来るまでに、すでに7時間近くが経過し、そして約1700mもの標高を稼いで来た。もう疲労はピークを迎えている。
さて、瓶ヶ森。この山は、「調子が良ければ登ろうか?」といったプラス・アルファの計画として、自宅に残してきたメモに、ごく小さく記しておいた一つの”ヤマ”である。疲労困憊で、すでに売り切れた足には厳しい”ヤマ”ではあるが、心の中では、「♪なのに〜何故〜何を探して〜君はゆくのか〜そんなにしてまで〜♪」などと、もう一人の自分が口ずさむのだから呆れたものだ。
瓶ヶ森(1896m)女山・山頂から、
走ってきた林道を見下ろす。
|
 |
決して楽しいことだとは思えない。ただシンドイだけなのに、モヤモヤとした何かを払拭するかのように登ろうとする気持ち。何度か立ち止まり、振り返り、「もう十分やろ?」と自問もして、登るのを辞めて引き返せば良いものの、5分が過ぎ、10分が過ぎ・・・そして自転車をデポした登山口よりも山頂のほうが近く思えてくると、再び意欲みたいなものが湧いてくる。標高1800mを越えた稜線に吹く風は強く冷たかった。そして僅か30分の、他の登山者からすればほんの微々たる時間かもしれない”自分だけの真っ白な時間”を経て、14:20、瓶ヶ森の山頂に到着。思わず「疲れたッ」と一言こぼれた。熊笹に覆われた山頂から来たし方を振り返れば、つい先ほど走っていた林道が。そして北側には、遥か下方に東予や西条の街が確認できた。二本の足で稼いだ素晴らしき眺めが広がる。
 |
|
太腿が張り、膝の柔軟性が失われ、自分の足とは思えないようなチグハグな歩みで下山し、再びミニベロに跨る。「本日、あと僅か・・・」。ほんの少しの登りをクリアし、一気に1400mラインまで下っていく。途中、瓶ヶ森男山や子持権現山といった奇峰を仰ぎ、そして逆光に霞む石鎚山がいよいよ近づいてきた。先行する車を追走しつつ、豪快なダウンヒルを決めた先がシラサ峠だった(15:10)。今夜の寝床はこの峠である。
|
| 『山荘しらさ』にてキャンプしたい旨を伝え、チェックイン。利用料210円というチープな値段が有り難い。9月下旬、標高1400mのここは、朝晩すでに10℃を下回るのだそうな。今回は寝袋とシュラフカバーを持ってきたから、寒い思いをすることもなく、きっと「スヤスヤ」と眠れることだろう。まずは今日の頑張りに、それなりのアルコールを御褒美として与えつつ、キャンプサイトでのんびり過ごす。 |
ツェルトを設営した後、チビチビと一人で飲んでいると、大荷物のキャンパーが御二人。・・・どうやら明日行なわれるという『四国のてっぺん・酸欠マラソン』に参加されるとのことで、このキャンプ場にいらしたようだ。今夜は一人寂しく過ごすことと思っていた私としては、少しばかり心強くも感じ、何だか「ホッ」と。
狭いテント場を囲んで、お互い夕飯の仕度をしながら世間話をいろいろと。そして私が山らしい食事(?)を楽しんでいると、ずいぶん御親切に美味しい物を分けてくださった。明日参加されるマラソンのための食事のはず・・・でしょうに、「どうもありがとうございます」。
| 深夜、ツェルトは度々強い風に揺らされた。結露した水滴が、雫となって頬や瞼を濡らしてくれる・・・そんなイヤミな風が吹く。夜中に目が覚め、おもむろにラジオのスイッチを入れると、ジョンレノンやサイモン&ガーファンクルが優しく語りかけてくれた。小用に立つと、まさに手が届かんばかりの星屑が散りばめられた、満天の星空のもとに”我家”が包まれていた。 |
|
 |
明け方にかけて、ついウトウトしてしまった。寝袋を這い出したのが5:20、まったくの遅刻である。が、外に出ると意外にも周囲はガスに包まれていて、「ありゃ」とも「ホッ」ともつかぬ妙な心境。「まぁ慌てることないか」と割り切ってのんびりと朝仕度を始める。多めの水量で一握りのお米を軟らかく炊いて、そして即席ラーメンを入れる。大抵これで昼までもつのだから、我ながら燃費の良さを有り難く思う。
|
「昨夜はありがとうございました、マラソン頑張ってください!」と、向かいのテントに小さく声をかけ、キャンプ場を後にしたのが7:00。これから山に向かうとしては、実にゆっくりとした出発である。
しばらくの間、ガスに包まれた道を行く。自分にとって「この先に一体何があるというのだろう」・・・そんな気にさせられる、手探りするような、彷徨うような、夢の中であるかのような、そんな幻想的なグレーの世界を行く。
上空はやや曇りがちながら、予佐越峠に着く頃にはガスはおおかた消え、辺りはずいぶん明るくなった。時々見え隠れする岩黒山のいかつい山容に、早くも登高欲をかき立てられる。
手持ちの地図には、その先に”名野川越”とハッキリ記されているものの、通過した林道上からは峠らしき所は判らなかった。軽いウォーミングアップ程度のペースで走り、石鎚山への登山口である土小屋に着いたのが7:30。大きな駐車場はすでにギッシリと埋めつくされていた。登山道での渋滞を想像すると・・・寝坊した自分に「×印」。
昨日の疲労がタップリと残った身体を「じわり」とストレッチさせる。北からの風が強い。ここから往復四時間とみて、それなりの装備をディバッグとウェストバッグに詰め込み、歩き始めたのが8:00頃だったろうか。ミニベロは?しばらくの間この駐車場でお留守番。
いわゆる”山サイ”のスタイルであれば、自転車で入って行っても楽しそうな?そんな比較的平坦な山道をしばらく進む。いくつかのアップダウンや桟道やルンゼを渡り、二ノ鎖元(小屋)に着いたのが9:00過ぎ。ここに来るまでに何人もの登山者を追い越してきたが、すぐ先にもすでに何人かが取り付いていて、「ぁ〜やっぱり」という感じだった。
ボトルの水に口をつけ、一息いれて。さて・・・鎖場に取り付いたものの、15mほど登った所で動けなくなってしまった。渋滞である。しばらく岩に留まっていたものの埒があかず、こちらはソールの軟らかい靴ゆえ、早々と”ミシン”を踏み始めてしまうハメに・・・(!)。きっとペダリングによる脹脛への疲労も溜まっていたのだろうが、いやはや実にカッコ悪い。「早く行ってよ」とも言えず、後続が来て身動きできなくなる前に、そそくさと逃げを打つことにした。登ることより厄介とも思えるクライムダウンをして、巻道のインチキルート(?)で弥山へと。他ルートからの登山者も交じわって、山頂付近はなかなかの混雑ぶりだった。
北から吹き上げてくる風が雲を呼び、稜線を境として白と青が二分していた。東予港からじっくりと時間をかけて、ようやくここまで登って来た。否、「登らせていただいた」と言うのが適切だろうか?。辺りは信仰の山らしい雰囲気に満ちている。まずは御賽銭とともに手を合わす。そして更にもう少し高いところへ・・・
鞍部をガスが流れていく。時々閉ざされる視界の先に、左に傾いだ鋭利な刃物のような頂が見え隠れしていた。
短い鎖場を下りてヤセ尾根を行く。やや緊張しつつ約10分。左右に切れ落ちた絶景を眼下に、スリリングな快感に満たされながら、再び”真っ白な時間”が訪れた・・・そして9:50、天狗岳に登頂。山頂では、一抱えほどの小さな社が迎えてくれた。北側は雲に遮られがちで生憎の眺めであったものの、二ノ森方面の眺めが素晴らしく、時間をかけてここまで来た価値を存分に味あわせてくれるものであった。「やっぱり山はいいな!」
 |
| 石鎚山天狗岳から見た、「二ノ森」方面の眺め |
そして時は夕刻・・・
陽は西の山の彼方へ沈んだ。東予港に向かう道すがら、来たし方を振り返れば、幾重にも重なる四国の高峰らしい鋭い山々が立ち並んでいる。わざわざ地図を出して照らし合わさなくとも、どれがどの山か?なんて重々判っていたのだが、通りすがりの村の方に「石鎚山はどの山でしょうか?」などと尋ねてみた。じっくりと、心満ち足りた山旅だったから、そんな気持ちを誰かに伝えたかったのかも知れない。
石鎚山の上空には雲が棚引いていた。しかしながら全ての山のシルエットは鮮明で、たわわに実った稲穂が描く「アール」とのコントラストが面白く、思わずファインダーを覗きこみ、シャッターを切ろうとしたものの・・・・・その風景から決して切り取れない思い出だけを写すこととなった。それは、いつまでも心の中だけに写し出されるであろう、現像できるはずもない『37枚目』の写真である。 (完)
|