『・・・旅の中で、ボクは、いつも小さな嘘つきになる・・・』
このくだりは、確か北の大地を列車で移動している時に読んだ、ある小冊子に書かれていたように記憶している。それは、本来の自分の姿を誤魔化して、少しだけ背伸びしたくなる旅人の心理を著したものだった。そして何故だか、『ボク』もつい、今回の旅で嘘をついてしまった。
その一つめの嘘が、天王寺から同じ電車に乗り合わせたオジサンに、「何処から来てん?」と尋ねられ、咄嗟に出た答えが、「あぁ、寝屋川です」、「ふ〜ん、寝屋川かぁ」、「えぇ、 ・・・・・」。
『ボク』は寝屋川になんて住んではいない。未明に起きて家を出て、寝ぼけ眼で電車に揺られてきたものだから、誰にも邪魔されずに、ただ「そっと」シートに身を委ねていたかったところ、オジサンが興味深げに幾つもの問いを投げかけてくるものだから、少しばかり疎ましくも思い、咄嗟に口にしてしまった極小さな嘘だった。その街のことを聞かれたら何一つ答えられないという気まずさはあったものの、単にそれぐらいのことで、別に背伸びしたつもりもなく、罪の意識を持つ必要などないのかもしれないが、そのオジサンと三国ヶ丘駅で別れる際、「えらい寒いから、気ぃつけや」などと席を立ってまで丁寧に見送られたものだから、妙に後味の悪い思いが心の奥底に残ってしまったのである。輪行袋を抱えたプラットホームで、とりあえず「ごめんなさい」とポツリ。朝から詰まらぬ嘘をついてしまったため、どうもスッキリせず、このことが後々に響くことになったのかも?。
一日の始まりが何かで躓くと、その日一日が上手く回らないことがよくあるから・・・。
紀見峠に積もった雪には唖然とした。
暖かい日が多いように思えた今年の冬。そして日増しに暖かさを感じる日々が続いていたところ、数日前の天気予報で、「週末は寒波再来!」との報せを聞いていた。今冬は一度も雪を見ていなかったため、「少しの雪なら期待したいところだ!」なんて思ってはいたが、まさかアタック当日、これほどまで見事に的中するとは思いもよらなかった。電車の扉が開く度に身震いしてしまう、そんな真冬の気候に逆戻り。これから向かう高野山は、さぞかし
!?。
7:20に着いた橋本駅では、チラチラと雪が舞っていた。駅前から見上げる前衛の山が、モノトーン調で如何にも寒そうだ。
「てっきり輪行袋を解かずに待っているものだと思っていた」と、紀見峠の雪景色を見て、同じく唖然とされたというoookaさんがほどなくして到着。「せっかくここまで来たのに、何もせずに帰るなんて出来ないでしょ
!?、とりあえず行ける所まで行ってみましょう」などと気合充分な私ではあったが、今回のルートは最後の最後に難所が控えているため、内心「どうなることやら?」と、不安がよぎっていたのが本当のところである。さて、8:20出発。
氷点下にまで下がった寒空の下、防寒対策バッチリで走り出したものの、明星ヶ田和への登りが始まった途端、早くもウインドブレーカーを脱ぎ、フリースも脱いで薄着となり、背中から湯気を立てつつ急坂を登って行く。辺りには薄っすらと雪が積もっていて、そして時々、チラチラと新たな白いものが舞い降りてくる。そんな中、急遽ギア比の改装を間に合わせたという、oookaさんのミニベロが小気味良くシフトチェンジされていた。インナー30Tが何とも頼もしい。舗装路をウネウネと登って行くにつれ、次第に路面も雪で覆われはじめ、インナー&ローのハイトルクで駆けると、時々「スルッ」と舐めるように後輪が空回り。その度に「ヒヤッ」としつつも思わず笑みがこぼれる。この辺りはまだまだ序の口、楽しめる域。
9:15に到着した明星ヶ田和では、尻尾を激しく振る人懐っこい番犬に出迎えられた。駅からここまで45分。あるガイドブックのコースタイムによると、徒歩で1時間20分と記されているため、自転車の機動力が如何に大きいか!ということが早々と表れた形となった。行く先々を思うと、早くもタイムをストックできて心にも余裕が。・・・だが、しかし・・・。
迂闊にも、明星ヶ田和から乗っ越すように下るコンクリートの急坂は、見事にコース・ミスとなってしまった。民家の真ん前からダート林道が延びているのだが、その入り口が何やら民家の庭先のような雰囲気もあって、コンクリートの急坂のほうがはるかにルートらしく見えたからである。下りきった所にようやく立入禁止の看板があり、その先は廃道模様。ご丁寧にもしばらくの間その先を探索し、よく踏まれた道を確認できたものの、とにかく無駄足を踏むこととなった。地形図を確認すると、まさかこんなに急降下するはずもなく、そして虚しく登り返す羽目に。結局35分ほどもタイム・ロスしてしまい「ガックリ」。・・・思えば、民家の軒先に繋がれた番犬が、コンクリートの急坂を下り始めた途端、急に激しく吠え始めたのは、きっと、私達に
”まちがい”を知らせたかったのだろう。気を取り直して再スタートを切ったのが10:00。
水平に延びるダート林道を進む。概ね右側の展望が開けていて、向かうべき上空がグレー色なのが気掛かりではあったが、快適なダート走りを楽しめる区間である。僅かなシングルトラックを難なく下り、柿畑の景色が飛び込んでくると、そこが青淵の集落だった。晩秋の頃ならさぞかし柿色が賑やかなことだろう。目の前には次に越えるべき大きな山塊が迫っている。「これを越えるのか
!?」などと斜面を仰いでいると、突然!狂ったかのように吠えまくる、放し飼いの犬が飛び出してきたのにはビックリびっくり。怯むことなく威圧を試みるが、相手も番犬の意地か(?)なかなか手強い。対岸へと向かうルートを探すため、とある民家へと続くコンクリート道を下ってみるが、どうやら行き止まり?。相変わらず激しく吠え続ける犬のせいで落ち着いてルート探索もできず、左側に見えた舗装路で丹生川まで急降下。下りきった付近で右手から合流するコンクリート道が確認できた。これが本来のルートかな?と思いつつ、僅かに進んだところに吊り橋が掛かっていた。10:35着。
| 市平〜久保のイメージ図 |
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丹生川を挟んだ対岸に渡ると、右手に細いコンクリート道が激坂となって待ち構えていた。周辺住人にさえ踏まれていないのか?その道は苔むしていて、うっかりするとスリップしそうである。谷から這い上がるかのように登ったところが市平の集落。車道を横切り、真正面の民家の右をすり抜けて、柿畑の中の小道を進む。足元には、この時季らしくフキノトウが顔を出していた。御神木を祀る石組みの前を更に右に進んで行けば、古道らしい山道が続いている。その途中、カモシカのものと思われる屍が、ゴロリと道の真ん中に転がっていたのには思わずたじろいでしまった。
2.5万図に記されている破線からは決して読みとれない、九十九折れの山道をしばらく進む。そして徐々に南西方向に向かいつつ進んだ先で、ガイドブックには記されていない祠を確認することとなった。ちょうど尾根を南に巻く辺りにそれは在る。南方向に転じた山道は、やがて2〜3に枝分かれし、その中で私達が選び進んだ道は、すぐ先でダート林道に寸断されるような形で吸収された。
ダート林道を右(南西)方向に進み、左に分岐する林道を見送った後、直進してきた林道はすぐに行き止まりとなる。行き止まりの地点からは水田跡へと下りる山道が延びており、そして水田跡には幾つもの目印が確認できた。しかしながら、それらはルートを示すものなのか?或いは単に植林へのマーキングなのか?、辺りを探索中、しばらくの間それらの見分けが付かなかった。そして狭く危なげな右側斜面を詰めて行くと、ようやく古道らしき道が現れて「ホッ」とする。ピーク650.1と思われる付近を越え行く地点で、曖昧な高度計が地図に記されたそれとの近似値を示していたことに再び「ホッ」と。12:55。峠を越せば久保の集落まではすぐの距離。1000m内外の大きな壁が、いよいよ近づいてきたと実感する眺めがチラリ
!?。
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山道を下ってきた所が久保小学校。その入口には、『左
まにさん 右 かうや』と彫られた石仏が祀られた祠が在る。これから向かうのは『左
まにさん』、つまり摩尼山方面である。携帯食で軽く補給しつつ小休止。そして今回の山旅の核心部である黒河谷へと下って行った。
黒河谷に延びるダート林道の入口に着いたのが13:20だっただろうか。そこには高野山へと誘う案内板が立てられていて、予想に反し(?)多少は整備されているかのような期待感が持てた。だが、ここに来るまでに既に5時間が経過していた。コース・ミスやルート探索により、予想以上に時間がかかってしまっていたのである。これから難所に挑むにしては・・・きわどい時刻と言えよう。ただ、幸か不幸か、黒河谷に延びる林道は乗車可能なところもあって、まるで何かに急き立てられるかのように進んでいった。林道の途中には、黒河集落跡であろう石垣が、そしてその先には祠も在った。寒々しい景色の中で、それら一つ一つを確認していくことが、疲労や焦りに対する唯一の慰めになったようだ。
林道は、谷を分ける”二又”のところで行き止まりである。そこから左へ。黒河峠への入口は、実に鬱蒼とした雰囲気で口を開けていた。14:00。ここから標高差約300mの山道かと思うと、やはりかなり微妙な時刻だが、つい生意気にも、「ここまで来たからには・・・」なんて台詞を吐いてしまった。天上には街が在るだけに、突破すべし!という思いが強かったのかも知れない。 |
| 峠道の序盤はかなり荒れた感じで、まずはいきなり、小さな沢を跨がされる。急峻な山道は沢のすぐ傍に付けられているため、積雪もあることからスリップしないよう慎重に一歩を進めざるを得ない。自転車を担いでいるので尚更か
!?。何処かの山の会(?)が記したであろう目印のテープが所々に確認できたため、自分達の進み行く道が間違っていないことに自信を持つことができた。が、それにしても実に閉鎖的で、決して整備されているとは言えないような山道である。張り出した枝木を潜る度に雪を被ること幾度か。冬場でもこの状況だから、夏場なんて・・・さぞかし!。「ここを古人が物資を運んだなんて・・・」昔はよく踏まれていたのだろうが、ついそんなふうに思ってしまった。 |
ようやく沢筋を離れた所で小休止。そのついでにスパッツも装着する。
沢筋から抜け出すと、どうやら古道らしいU字状に抉れた道が現れた。その少し先には本ルート4つめの祠が。14:45。尾根状の道を行くようになると足元は安定し、足裏全体で踏みしめる感覚が得られて、あとは残る体力に任せて担ぐのみ!となる。実はこの時点で、(否、正確にはもう少し前からだが)、既に泥ヨケとタイヤの間に詰まった雪が凍りつき、押すこともままならず、いよいよ疲労感が増し、とにかく自転車が重荷でしかない・・・そんな雪中行軍の形相を呈してきた。自転車を下ろし、時々「ふ〜ッ」と息を整えては、杉木立ちの中から薄暗い空間を仰ぐ。どうやら雲行きが怪しいようで、林立する木立ちの隙間からは、白いものが次々に舞い降りてきていた。
突出した尾根道を登りつめた所を”桜峠”というらしい。だが、ただ茫然とそのT字路に辿り着いたこと以外に何も憶えてはいない。900mラインを超えたところに水平に付けられた山道は、その標高や地形図からは想像もできないほど薄暗く陰湿な雰囲気だった。歩いても歩いても、モノトーンの縦縞が永遠に続くかのようにも思え、そして視角の裏側へと、数えきれない程その縦縞が過ぎ去っていく。U字状を辿った先程までの尾根道からは一転して、辺りにはクマザサが目立ち始めた。膝から太腿、太腿から腰、そして胸まで達するクマザサを掻き分けたその先で、ようやく、峠の祠に出会えた!。降りしきる雪の中、黒河峠 15:30到着。
雪の山道を転がるようにして高野山の中心部へと向かう。その様は、まさに”ほうほうの態”と言っても過言ではないだろう。山道を下っている最中、橋本駅からの行程を振り返ってみると・・・
核心部である『黒河谷の林道入口に13:20、そして二又に着いたのが14:00』だった。確か計画段階では、『・・・もし仮に、自転車の機動力を活かすことができず
”歩き同様”、或いはそれ以上の時間を要した場合、 ------中略------ 決して無理しないよう、あくまで控え目に考えておくことにしませんか・・・』、などと言っていたクセに、私は半ば強引に、雪の峠を目指して突き進んでしまったようだ。冒頭の『ボク』は、”小さな嘘つき”ではなく、すっかり”大嘘つき”に変貌していたのである。反省!。 (完)
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