待ちに待った新雪の報せを聞いたのは、つい先週の半ば頃?だっただろうか。
例年のことながら冬の訪れが遅いのは、重々承知の上ではあったのだが、絶好の紅葉期には仕事云々で旅立ちを逃してしまい、山岳展望を楽しむには「ヤキモキ」と苛立つ日々を送っていた。そしてようやく、今月下旬・・・ 最寄の駅から列車を乗り継ぎ、終電に近い時間帯に河口湖駅に到着。定宿にしている駅前ビジホに飛び込みで泊り、明日に備える。
最低気温2℃。河口湖はこの秋一番の寒い朝を迎えた。暖かい関西からやって来た身にはずいぶん堪える。しかしながら山頂はもっと寒いだろうから、こんな所で震えてはいられない。冷たい工具を握り締め、そそくさと自転車を組み上げた。
輪行袋やペダルレンチ、それに着替えなどの不要なものを手荷物一時預所に預けて、まずはしっかり腹ごしらえ。山に入ったら粗末なモノしか無いのだから、是非とも旨いものを食べておきたいところである。が、しかし、早朝にそんな気の効いたメシ屋が開いているわけもなく、いつものことながら、コンビニ・サンドをモグモグと。「あぁ冷たい・・・」
三ツ峠は再訪の地である。とはいえ、今回は自転車に跨っているわけだから、それなりに別ルートからの入山とする。
河口湖の東北東、霜山林道を進んでいった。林道入口からいきなり急登が始まる。背中には10kgを越える荷物を背負っている為、すぐに「押し」が入る軟弱者。山の神川沿いを遡上しながら押したり乗ったり・・・落葉がゲンコツ大の石を隠してしまっているので乗車が難しい。
林道に入ってから一時間ほど経っただろうか。高度計が1045mを指した辺りで、突然道がプッツリと途絶えてしまった。車がUターンできる程度の空き地の奥に、金網で区切られた水道関係の建物があるだけで・・。この道は本当に霜山林道だったのだろうか。手元にあるのは1995年発行の6万図。アテにならないとは思えない。水が流れる沢伝い(右側)に、車幅くらいの「跡」が激坂となって続いているようだったが、しばらく進むと完全に枝木に遮られ、ゴロゴロの岩もあったりで廃道化してしまっていた。逆に、水の無い涸れた沢(左側)に登山道らしき踏み跡があったのだが、50mほど先に空き缶が一つ転がっていただけで「キジ打ち場」のようだった。上へは?・・・踏み跡は確認できない。そもそも入る道を間違えたのか。しかし、林道に入ってから「霜山○×」といった、やはり水道関係の設備を見かけていたのだが・・・。結局、報酬のないアルバイトをさせられたようだ。無駄に使ったこの一時間は大きい。しかも、せっかく稼いだ標高を「ゼロ」に戻すのはもっと大きい。標高差200mほどを踵を返して下る、やはり落葉に隠されたゲンコツ石に乗車を躊躇させられつつも。 |
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河口郵便局前まで下ってきた。仕切り直すにしてはラクしたほうが無難だろう。いずれは「担ぎ」が待っているのだから。
国道137号線を御坂峠方面に向かう。20インチのミニベロ、しかもインナー32Tというパワフルさながら、先のアルバイトと重いバックパックのおかげで、早くも腰痛が出てきてしまった。この先は辛い山旅となりそうだ。だが、旬こそ逃したものの、まだまだ美しい紅葉を楽しめたことがせめてもの救いといえる。山肌を遠望するとまるで錦織だったのだから。
御坂トンネルの手前を右折し、三ツ峠登山口へと向う。九十九折れのカーブが多いが、意外と緩やかな坂道が続く。道中を行き交う車にはハイカーが乗っているようで、時々窓を開けては「元気だねぇ〜」と関東調イントネーションのオバサマが声をかけてくれるのが嬉しかった。
三ツ峠の登山口には、祭日を当て込んだハイカーの車が所狭しと駐車されていた。皆、新雪を纏った富士山を拝もうとやって来ているのだ。天気は上々。気温もグッと上がってきた。
私は、ハイカーの道ではウヤウヤしく自転車に跨りたくはない、と思っている。ましてや休日で、天気も良く入山者が多いから、横柄なふるまいに映ってしまうのが最も恐いのだ。ここからの道は、ジープなら簡単に登っていけそうな、一車線(?)の登山道である。山荘への荷上げに使うルートだそうだ。前後の車輪を外し、ザックに自転車を縛り付けていると、話し好きなオジサン(実は環境庁の監視員)が「若い人達なら乗ってくよ。オートバイは禁止だけど、自転車なら文句言わないから。」とおっしゃってくださったが、「ハイカーの道ですからね。迷惑かけるとマズイから・・・」と、丁寧に我を通す(?)。
そしてキャンプ装備と自転車とで、我バックパックは20kg以上の重装備となった。重い荷物を背負っての山登りには、そこそこ慣れているつもりだから、20kgなんて大したことはない重さである。それよりも、乗車しづらい山道を、荷物を背負ったままで走ったり、押したり、肩に担いだりして、アクティブに登る方が断然腰に悪かろう。ここからせいぜい1時間半ほどだから、ノンビリ着実に行くのがベストである。さてさて
歩荷(ボッカ)の始まり始まり。
自分のペースも結構良いのだろうか、追い抜いていったハイカーは僅かに一人だけ。それよりも、昨夜山荘で泊まったハイカーか?、或いは既に往復or縦走してきたハイカーか?、とにかくどんどん下山してくる。まだ午後を少し回った時間なのに、ざっと30人には出会っただろう。やはり「背負って」正解だった。中高年の方々は目を丸くして驚かれているが、刺激せずに「歩荷トレーニングなんです」などと変わり者的台詞をこぼしておく。しかしながらカワイ娘ちゃん3人組には、「スッゴォ〜イ、ココを下るんですかぁ、頑張ってくださ〜ぃ」と、立て続けに黄色い声を浴びせられたのには少々恥かしかった。自転車担いで・・・って歳でもないもの。
登山口から約1時間15分。山荘の建つ尾根を乗っ越せば、5合目辺りまで雲海を従えた富士山が現れた。ポッカリと大きく浮かんでいる。久々に見る富士山・・・いつ見てもいいものだ。あいにく午後からは逆光となり、薄っすらボンヤリとしか見えないが、今夜は「泊まり」で明日があるから特に問題はない。やはりココから見る富士山は午前中、しかも明け方に限る!。
そのままの歩荷姿で山頂を目指す。最後の急登はさすがに堪えたものだが、1785mの山頂からは南アルプスまでもが一望できた。「やっぱり山はいい!」。
さて、とりあえず基本的儀式の記念撮影。
傍らのハイカー氏が親切に「撮りましょうか?」と訊ねてくださったが、「いぇ、三脚とセルフタイマーでやりますから・・」と丁寧にお断りする。まずは三脚の上に一眼レフと135mmのレンズを載せて構図を決める。そしてザックの位置や自分が収まる位置を思案していると・・・「ガッチャン!?」。な、な、なんと!カメラごと三脚が倒れてしまったのだ。ゾッとする出来事である。慌ててカメラを手に取り揺さぶってみると、幸いレンズは大丈夫のようだった。が、しかし、・・・しかぁ〜し、シャッターが切れなくなってしまったのだ!。「ここまでの荷上げの苦労は一体なぁ〜に???」。言いようのない怒りの眼差しが、三ツ峠の山頂碑に向けられたのは言うまでもない(?)。
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しばし呆然とした時間が過ぎる。快晴無風がせめてもの救いか。
気を取り直し「写○ンです」を求めて一気に山荘まで引き返す。一軒目は休業中、二軒目は売り切れ、最後の三軒目に・・・「有ったぁ〜!」。この時ばかりは、三ツ峠山荘に本気で投宿願いを出そうかと思ったほどである。再び登り返し、「写○ンです」でパチリ。 |
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14:00。三ツ峠山荘前のベンチで少し遅い昼食の準備。
早朝にサンドイッチを食べて以来、水以外に何も口にしていない。我ながら恐るべき燃費の良さだと思うが、さすがにハラペコ状態である。こんな時は、「すぐ美味し♪すごく美味し♪」のチキ○ラーメンに限る。山にはぴったりの食材である。軽いし、手間がかからないし、ガス燃料も節約できる。オマケに乾燥した状態でもイケルのだから。そしてチキ○ラーメンが上げる湯気の向こうには、銀色に輝く富士山の姿があった。「美味いッ!」。
15:30。ぼちぼちハイカーも下山してしまったようで、辺りはすっかり人気が無くなった。山荘の宿泊客は僅かに一人とのこと。女将さん曰く、「下界が不景気なら、ウチも不景気だよ」と。たとえ巷が4連休であろうと、さっさと日帰りが多いのだそうな。「アナタは自転車で頑張って来たんだし、テントだから、水、安くしとくよ」。・・・ 山での慎ましい暮らしの中で「甘まやかし」は御法度なのだろうが、この有り難さを何と言えばいいのだろう。とにかく本当に嬉しかった。 |
ツェルトを設営にかかる。
すでに斜陽しきった淡い光の中で、富士山のシルエットがクッキリと浮かび上がっていた。雲一つない快晴の夕暮れ時。今夜はかなり冷えそうだ。
17:30。気密性の高い生地が使われているツェルトは、結露した水分が早々と凍りはじめた。恐るべし晩秋の冷え込みである。できるだけ結露を避けたいので、ツェルトの外で夕飯の仕度をする。持参した全ての衣類を着込んでも尚寒い。
今夜のスペシャルディナーは「シチュー餅」。と言っても単にレトルトパックと薄切り餅である。このメニューは旅の定番で、ものの10分で仕上がるのでお気に入りだ。
「フホフホ」言いながら、レトルト袋を持ってお餅をその中に漬け込んで食べる。シチューは決してコッヘルには開けない。洗うのが無駄手間になるし、レトルト袋は立派な食器なのだから。「フホフホ、フホフホ」。豪華なディナーはツェルトから上半身を突き出して楽しむ。「美味しい!」。レトルト袋と餅を暖めた湯も勿論飲み干す。「美味しい!?」。身体がずいぶん温まった。
食後は何もすることがない。一人ぼっちの長い夜だ。少しばかり余分に荷上げした「福沢諭吉さん」で、山荘からビールを買い込み、チビチビ、グイッとやる。あまり呑むと「夜中に小便を」という事態を招くが、本日の頑張りを身体が素直に求めているのだから仕方があるまい。チビチビ、グイッとやる。ラジオから流れてくる懐メロが今夜の肴だ。
11月24日 AM1:00。
尿意に耐えきれず、薄着にレインウェアを羽織っただけの姿で思い切って外出。ブルブルと震えながらの放尿だったが、見上げれば、満天の夜空に我家が包まれていた。カシオペア座やオリオン座が、今まさに天空を舞台として煌々と稼動中だったのである。
概ね無風・・・時々悪戯に吹く微風が、ツェルト内に「氷の雫」を落とす。時々瞼や頬に落ちるそれが嫌味な夜だった。
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標高約1700mの尾根上で野営
快晴の朝 |
ウトウトしながら夜明けを待つ。結局昨夜は眠れたのか眠れなかったのか。それはともかく、ツェルトの入り口を半開きにして、寝袋に包まりながらこの旅のクライマックスをひたすら待つ。6:20。既に浮かび上がっていた富士山の頂が、モルゲンロートに染まった。淡いピンクに染まるわずかな一瞬・・・なんと贅沢な朝だろう。一人っきりで味わうには全く勿体無い眺めである。「写○ンです」なんて今更期待してはいない。とにかく、この眺めを心に留めておこう。ミレニアムツーリングの1ページを語るにしては完璧な朝だったのだから。辺りには、ザクザクと7〜8cmにもおよぶ霜柱が所狭しと立っていた。
我家であるツェルトに朝陽が当り始めると、暖かくなって「ホッ」としそうになるが、実にヤバイ時間が迫ってくる。凍っていた屋根が、アッという間に融け始めるのだから。すぐさま荷物を表に出して、ツェルトを干す。朝一番の仕事はコレ。ものの10分でツェルト内はビショビショになった。本日も快晴無風。静寂の中で、「パサッ・・・、パサッ・・・」と、霜柱が倒れる音を初めて聞いた。うれしい旅の朝になったようだ。
荷造りを済ませ、山荘の女将さんへの挨拶もそこそこに、霜柱だらけの山道を下る。
木無山を右折して延々下る。結構滑る霜柱地帯が抜け出せば、次は落葉だらけの道だった。昨日の霜山林道と同様に、ゲンコツ大の石が隠れてしまっているので乗車が難しい。無理せずに自転車を後輪だけで立てて歩きながら下る。ハイカーとは全く出会わない。西川新倉林道までは小一時間だっただろうか。そこからは完全舗装の道を行く。乳酸の溜まりきった太腿ながら、久々のペダリングが心地良い。既に見慣れた富士山が、木々の間から見え隠れする・・・良い道だ。天気さえ良ければ、この道だけを目的に訪れたとしても、充分にお釣りがくるサイクリングが楽しめるだろう。今度は嫁さんと「この道」を走ろうか。終日快晴なり。(完)
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