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広大な北上山地の中に「ポツン」と開けた空間・・・、遠野盆地。
太古の昔、この盆地にはタップリと水が湛えられていたそうで、アイヌの言葉「TO(湖)+NUP(丘)=トオヌップ」から「遠野」と呼ばれるようになったという。岬や谷や沢を意味する水に因んだ地名があちらこちらに点在していることには頷けるものがあり、そして周囲を取り囲むのは山また山。遠野三山に数えられる早池峰・六角牛・石上をはじめとして、大小幾つもの山々が盆地に押し寄せるように折り重なる。唯一西側だけがいつしか切れて、湖の水は猿ヶ石川となって流れ出し、そして現在の遠野盆地になったとか。
かつてこの地からは馬や米や煙草や衣類などが搬出され、それと引き換えに塩や魚や油などが運び込まれた。宿場町として大いに栄えたというこの地を訪れるには、何処から入るにしても
(そして何処へ向かうにも)、必ずやそれらの山々を縫い峠を越さねばならなかっただろう。「民話のふるさと」として広く世に知られているこの地ではあるが、決して無視できないのがまず「峠」の存在ではなかろうか。白き冬に閉ざされた古い時代を思えば、峠はまさに生と死の境であり、希望と失望、過去と未来が接する出窓だったと言えるだろう。
さて、数ある峠の中で、以前から最も惹かれていたのが遠野-釜石間に跨る仙人峠である。この美しき名前の峠には幾つかの云われがあり、峠の祠には仙人が住んでいる・・・とか、写真を撮ると見知らぬ老人が写っていた・・・とか、或いは、千人もの金掘が生き埋めになったとかで千人峠と書くべきだ・・・とも。
その呼称はさておき、遠野-釜石間の鉄路が全通するまでの長きの間、ここを行き交う人々は皆、双方の終着駅から約3時間を要し、徒歩または馬で厳しい山越えをしたのだそうだ。そして昭和25年、戦後になってようやく国鉄トンネルが開通し、更にその9年後、鉄路の北側に巨大な流通のパイプ・仙人トンネル(現/仙人峠)が開通したことで、この峠はひっそりと寂れていくこととなった。多くの人々に歩かれたという歴史がありながら、車道に成長することなく寂れていった峠は当地では他に見当たらない。遠野を旅するにあたり、まずはこの峠を訪れないわけにはいかないだろう。
・・・平成18年には、更に立派な仙人峠道路が開通の予定と聞く・・・。
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