春のセンバツ「沖縄S高校初優勝!」の歓喜から未だ醒めやらぬ中、私達を乗せたJTA085便は、分厚い雲を突っ切って、無事石垣空港に到着してくれた。
窮屈なシートから解き放たれ、笑みがこぼれたのも束の間(?)。太陽サンサンを期待して、早々とTシャツ短パン姿になる心積もりをしていただけに、冷たい小雨が降っていたのにはいささか気分消沈・・・。まだ4月初旬、八重山諸島の気候はあまり安定せず、雨の日が多いらしい。
空港から石垣港までは至近の距離。
港付近で買出しと食事を済ませて、第38あんえい丸に乗り込む。この小さな船は旅客用としてだけではなく、各島民の命綱的存在で、生活物資も相当量積み込まれている。サイクリストの自転車が4台、そんな物資に追いやられ、所在なさげに揺られていた。
約40分で西表島の南の玄関口・大原港に到着する。当初の予定では船浦港に向かうつもりをしていたが、海が荒れているらしくその便が欠航となったため、やむを得ずこちらの港にやって来た。16:00。島北部にある星砂キャンプ場までは、アップダウンが続く約35kmの道程。単独ならば日没までに走っていけそうな距離ではあるが、嫁さんの足では心許ない。今日は早朝から大移動してきたし、女性特有(?)の都合によりバス輪行で船浦へと向かった。
船浦でバスを降りる時、ちょっとしたトラブルがあった。
バスの中には、物資を運ぶために確保されたスペース (座席を取り外した枠) があって、そこに輪行袋を乗せていただいたのは有り難かったのだが・・・、ちょうどサドルがその枠に填まってしまってビクともしない。後方の乗客からのブーイングを受けながら、周囲に協力を求めたものの「壊すとマズイから」と誰も取りあってくれない。「一体誰が乗せたんだっけ?」と声には出せない心の叫び(?)。乗せる時「ガクン」と変な音がしていたので、当の本人が一番判っているはずなのに「知らぬ存ぜぬ知らんぷり」と決め込んでいる。文句を言っても損をするのは自分達?になりかねない・・・というわけで、我慢我慢。こんなことはアジアで慣れっこなので、我々は強い
!?。結局嫁さんと二人掛かりで何とか無理矢理に外しものの、BROOKSの銘板が捲れあがってしまったのが痛かった。新品のミニベロなのに。
旅先での「その土地の印象」というものは、初っ端に出会う人や出来事によって左右される!と言っても過言ではない (・・・と思っている)。だが幸い、この西表島はそんなことはなかった。
僅か二泊三日の滞在では、レジャー産業ばかりが目について、生憎昔ながらの伝統や風情といったものをほとんど感じることができなかったのものの、主にマングローブやジャングルへと足を運び、日本では少なくなった手付かずの自然を満喫することができた。そして丸二日間安定した晴天が更に好印象を与えてくれたものだ。昨夏訪れた礼文島を「可憐な花の絨毯に包まれた島」と例えるなら、ここは「濃厚な樹液のヴェールに包まれた島」と言えるだろう。
桜ではなくデイゴの花が真っ赤に咲き誇る白浜小学校には、新入生としてたった一人で入学の「○日和くん」の名前があった。全島民1914人の中の一人。彼が大きくなったその頃にも、素晴らしい自然が残っていますように。
波照間島へは石垣港から約1時間で到着する。イナセな船長が外海をぶっ飛ばすのでかなり揺れたのだが、途中の竹富島や黒島近辺のエメラルドグリーンに染まる海には、あたかも宝石を手にとるような感動を覚えたものだ。自宅から五時間ほど移動しさえすれば、こんな美しい場所に来れるのだから・・・、心の中の日本地図が改めて大きく広がった。
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波照間島は、地図で見れば豆粒ほどの小さな島だが、延々と広がるサトウキビ畑や、およそ放し飼いに近いヤギや牛の放牧風景に、何となく、北海道の景色がオーバーラップしてしまった。ここは本当にノンビリできる。
外周道路を30分も走れば「日本最南端の碑」がある。私達がそこへ到着するや否や、後方からグリズリーが?・・・・いやいや、4サイドに荷物満載のMTBサイクリストが現れた。どうやら日本縦断の完結地として、この碑を目指してやって来たそうだ。総重量40kgを超えるというその装備に「チョット大袈裟?」とも思ったが、21歳の偉大な冒険が無事成し遂げられたことを素直に賞賛したい。彼曰く、「今夜はラフテーと泡盛で陶酔する!」とのこと。オメデトウ!
さて、この島にはキャンプ指定地が示されていない。ある旅行者からの情報によると、浜崎辺りでテントが張れそうな場所があるとのことだったが、島の風紀やサイクリストとしてのモラル(?)を重視すべく、民宿で泊まることにした。お世話になる素朴な土地なのだから、その御礼にお金を落とすのもいいだろう。
小さな島の小さな民宿は何処も満室で困ったが、なんとか「勝○荘」に投宿できた。おかげで宿の親父さんからいろんな話が聞けたものだ。曰く、「旅行者がキャンプしていることを島民は黙認しています。が、一番恐れていることは火の不始末です。島の生命線であるサトウキビ畑に火が移るのを懸念しているのです。風が強いからアッという間に燃え広がるのだから。以前火事になって島民総出で消化にあたったのです」と。 また、「家内が腰を痛めてから台所に立てなくなりました。つい数年前までは料理も出していたのですが、それも今はできなくなりました。しかし、長旅に疲れた者や、雨のキャンプも忍びないという者のためにも細々と看板を上げ続けてます」や、「この島にはお招きしたくないお客様も時々いらっしゃいます。船から降りた姿までは確認されているのに、その後の消息が不明で。そんな時は島民が何日も捜しまわるのですが・・・・」など。
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この波照間島に限らず、島という土地柄は、一つの独立国のような雰囲気があるもので、余所者を寄せつけない強力な絆や文化が根づいていると感ずることが多い。だから旅人は、奢らず、侵さず、求めず、汚さず、ただ島を渡る風のようにやって来て、そしてそっと去ればいい。
夜の帳が落ちた頃、何処からともなく三線の高らかな音色が響いてくる。
オリオンの缶ビールを片手に程よく酔った私は、いつの間にか、仄かな裸電球の灯りを頼りに、暗がりの夜道を、その音色の聞こえるほうに向って歩いていた。辻から辻へと音色の出所を求めてフワフワと歩む・・・。そして最も至近の辻にやって来た時、おもむろに胡座をかいて座り込んでみた。腰を下ろせば、昼間にあれほど熱く焼けついていたはずの地面が、意外にもヒンヤリと心地よく感じる。三線が幾度となく高鳴り、そして一息つくその時々に、あまりにも静寂な闇が訪れ、改めて「ここはアジアだ・・・」と思い嬉しくなった。
生活感が溢れていて、気負いのない素朴なこの島は、都会人にとって「心の宝島」ではないだろうか。またいつか再訪するに違いない。
天気は下り坂。外海が荒れると欠航が予想されるので、去りがたい気持ちを併せ持ちながら波照間島を後にする。
一旦石垣港に戻り、再び船に乗り込み竹富島へ。わずか10分ほどの乗船とあって、観光客が結構多い。竹富島は、先の波照間島より更に小さな島でありながら、美しい浜に囲まれているということと、昔ながらの民家が集落を築いていることにより、観光地としてのカラーが非常に濃い。だからだろう「見せるため」の保存がなされているようで、生活感があまり感じられないのが残念なところである。珊瑚で築いた垣根も美しすぎてスキがなく、昼間など「一体どこにいるの?」と思うほど住人が見当たらない。丁度、あの合掌造りで有名な白川郷のイメージがダブって映った。しかしながら、やはりここは南の島。照りつける太陽の下、咲き誇るハイビスカスやブーゲンビリアの原色が、モノトーンの垣根から顔を覗かせると、頭の中は感嘆符でいっぱいになる。
「なごみの塔」は、都会人の心を穏やかにさせるのに一役買っているようだ。そこからの眺めを楽しんでいると、嫁さんが言った、「グーがパーになるね」と。
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何処の浜に出掛けるにも、自転車なら5分とかからない。
緑のトンネルを潜り抜ければ、眩しい砂浜のその奥に、コバルトブルーかエメラルドグリーンかは判らないけれど・・・とにかく、そこには青い海があった!。日本にもこんなに美しい海があって心底「ホッ」とする。砂浜に爪先さえ触れることなく、すぐさまUターンしていくマイクロバスの観光客を気の毒に思いながら、長々とビーチで佇む。
民宿「小○荘」には夕食のみお願いしてチープな投宿。食事のボリュームもさることながら、旅人が快適に過ごせるスペースと、切り盛りが上手で元気な女将さんがこの宿の魅力である。リピーターも多く、半年のうちに9回も来たという人もいれば、青春時代に長逗留していた者同士で同窓会を開くというオジサン達もいる。一応(?)時間の限られた私達は、やはりここでも去りがたい気持ちを胸に・・・竹富島を後にした。
石垣島はトライアスロンで燃えていた。港を囲む公道をコースに仕立て、島を挙げての一大イベントだ。私達もしばらくの間、熱戦を繰り広げる選手達に熱いエールを送ることにした。女子選手の男子並みの体格や迫力には驚かされる。51.5kmに渡るレースは、今の自分の体力でも何とか完走できそうかな?とも思えたが、「ツーリングのほうが俄然おもしろい!」などと言い訳を残して川平湾へ。そしてこの旅最後の宿泊地・米原キャンプ場へと向かった。
4月中旬ともなると、学生達はすっかり引けてしまい、キャンプ場は風来坊の楽園・・・というか、場末的雰囲気を醸し出していた。利用者はバイク乗り達がほとんどだったが、その中で最も威光を放っていたのが、どう見ても50代で、長く伸びた白髪にTシャツと赤いジャージ、そしてテントの前には一升瓶が。傍に赤いフレームのキャンピングが無かったら、きっと「・・・・・・?」。
「金は無いけど時間だけはタップリ有るんだ。気に入ったところがあれば一ヶ月ぐらい滞在することもある。ここはまだ二週間くらいかなぁ。暖かくなるにつれ北上するつもり。これで三回目の日本旅行だよ、・・・・。」 リストラだろうか?。世の中に負けてしまったり、はみ出してしまう人は沢山いるけれど、このオジサンには大好きな自転車があって少しは救われているのかも知れない。挨拶程度の会話しかしなかったけれど、また何処かで会えそうな気がする。
翌朝、バケツをひっくり返したような雨の中、石垣空港へとひた走り、濡れた輪行袋に濡れた自転車を押し込んでチェック・イン。帰りも雨に沈んだ八重山諸島を見下ろすこととなり、生憎のフライトではあったが、「きれかったなぁ」と場所さえ特定せず、旅の余韻に浸りながらシートに身を任せていた。また再び、この地を訪れようと思いつつ。 (完)
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