もみじの帳



地球という、宇宙的には辺境にあるこの星に来て、
初めて目にするものはいくらでもある。

軍人として数多の星に行く俺たちがいちいちそれに驚いてたら
やってられねぇが、ここのコレはちょっと……いや、かなり強烈だった。

一人で見るには、もったいない。










抜けるような青空の広がる、文字通りの秋晴れのある日のこと。

テントの前で日課の銃磨きをしていたギロロは、不意に手元が翳ったので
顔を上げた。

「なんだ、クルルか」
「ずいぶんな出迎えようだな。まぁいいや。先輩……ヒマならちっとばかり
つきあわねぇかい?」

すぐには答えず、わずかに身構えた。
珍しくそんな誘い方をするクルルに、警戒感を持ったとしても
責められるものではない。
何しろ、今までが今までなのだ。

「……おい、何だよ。そのいや〜な感じの『間』は」
「いや、その……つい」
「ついぃー?」

ギロロの向かいに座り込んだクルルは、拗ねたような口調で続けた。

「どうせヒマだろ。銃磨く他に、することねぇんだろ
なら俺にちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃねぇか」

いくら事実だからってそんな言われ方をしたらギロロだって当然
面白くない。できるだけ不機嫌そうな表情を作ってクルルの顔を見た。
これですぐにうなづいたら、クルルのペースでコトが進んでいきそうで、
多少、面白くない気分になりそうだからだ。

「何なんだ、いったい。また実験とやらか」
「こんなにイイ天気なのに、そんな不健康なこと言ってんじゃねぇよ」
「――この世で誰よりも、お前だけには言われたくない台詞だな」
「さっきから失礼だな、先輩。俺と出かけるのがそんなにイヤなのかよ」
「そういうつもりではないが……行く先も目的も判らずお前についていくのは
かなり不安だと、それだけのことだ」
「充分失礼だよ。まぁいいや……目的は散歩、だな。行く先はちょっと遠いぜぇ
早くしねぇと夜になっちまう」
「そんなに遠出するのか」
「たまにはいいだろ――隊長には報告してあるからこのまま出発するぜぇ」

妙に手回しのいいことにさらに不審を抱いたものの、背中を押されるようにして
テントに武器を片付ける。
五分と経たないうちに二つのフライングボードが日向家の庭から飛び立った。




小春日和の穏やかな陽射しの中、心地よい風を受けて二人は飛んでいた。
クルルが先導して行く先は、都下ではなく、山深い地方の一角のようだ。

「……先輩って、普段は兄貴のこと『兄ちゃん』て呼んでんのかい?」
「そ、その話はもういいっ」

つい先だって、実兄のガルル中尉が休暇を利用して地球にやってきた時の
ことは、ギロロにとってある意味で悪夢のような出来事だった。
うっかり気を抜いた拍子に出てしまった、昔の呼び方を小隊の連中のみならず
夏美たちにまで聞かれてしまい、からかわれること夥しい。

確かにかつては兄のことをそう呼んでいたのだから仕方ないが、あそこで
口走ってしまったのはいかんともしがたい。

「いいじゃねぇか……微笑ましくてなぁ」
「だから――うむ、まぁ、いいか」

クルルにそんな言われ方をすると、どうでもいいかというような気もしてくる。
そんな他愛のない会話を交わしながら一時間以上は飛び続けてきただろうか。
さすがに焦れたギロロが、クルルに尋ねる。

「おい……まだなのか」
「んー、そろそろだなぁ」

連なる山並みは夏の頃の猛々しいような緑色からすっかり趣を変えていた。
もちろん、木々は何ら変わらない。
ただ。

鮮やかな赤や黄色が絵の具を散らしたように、山を彩っていた。

紅葉か。

地球の、それも日本というこの国に顕著だという秋の自然変化を眺めつつ
クルルについてゆく。
わずかに高度を上げ、重なり合った峰を越えると……ギロロの目を銀色の光が射抜いた。
眼下に大きな銀色の円盤があるのだ。

「う、うわ……っ!」

あまりの眩さに思わず腕で顔を覆う。
一瞬、どこかの大型母艦でもそこにあるのかと思った。

「どうしたんだよ」

クルルの不思議そうな声にそろそろと腕を下ろすと、円盤だと思ったそれは
大きな湖だった。
満々と水を湛えた表面に陽光の照り返しで一面輝いているように見えたのだ。

その湖を囲む、鮮やかな彩りを見て、ギロロは息を呑んだ。
黄色に紅色、まだわずかに残る緑色の葉がさわさわと揺れている。

「これは……」
「人造湖なんだが、これを作った時に、一万本ていうもみじの木を植えたらしい。
周りは山だし、おかげで今は立派に紅葉の名所だそうだ」

そう。山々にはとりどりの色が溢れているが、水辺にあるのはひたすら、
鮮やかな紅色の葉を揺らす木々だ。

クルルに促されるまま、なだらかな斜面の少し開けた場所に降り立つ。
見上げると見事なまでに赤く色づいた葉をつけた枝が、腕を絡ませるように
重なり合っていた。
その向こうに見える青空は吸い込まれるかと思うほど蒼くて、ギロロは
思わずふらりと揺れた。

「おっと、大丈夫かよ。あんまり見上げてっと疲れるしな……こうするか」
「わ……お、おいっ」

腕を引かれ、二人そろって地面に仰向けに倒れ込む。
心構えのできていなかったギロロは思い切り頭を打ったが、地面を覆う落ち葉で、
さほどショックもなかった。

辺りには他に物音もなく、頭の下で落ち葉がかさこそとたてる音がやけに耳に響く。
遠くで百舌の声がした。

「静かだなー」

のんびりした調子で呟くクルルを振り向く。
滅多に人には見せない顔つきで空を見上げていた。

コンピュータに向かってしている難しい顔や、他の隊員たちに見せる皮肉めいた
表情よりも、ずっと寛いだ様子だ。
クルルがこんなに穏やかな目つきをすることは、ギロロしか知らない。
そう思うと、少しどぎまぎする。

「機械ばかり相手にしているんだ。たまにはいいだろう、こういうのも」
「……アンタこそ。銃磨いてるよりはいいんじゃねぇ?」
「違いない、な」

顔を見合わせて、どちらからともなく笑い合う。

「こういうの、『もみじの帳』って言うらしいぜ」
「もみじの、帳」
「そう。こう、一面幕みてぇになってるだろ……キレイだよな」

帳、というあまり馴染みがない言葉を舌の上で転がしてみる。
ドロロ辺りに聞けば即座に説明してくれるような感じの言葉だ。
それでも、ギロロは素直に美しい言葉だと思った。
そして、目の前に広がる鮮やかな景色も。

よくよく見れば、どの葉もそれぞれに色合いが違う。
真紅、黄の混ざった赤、緑を残した赤、茶色くなり辛うじて枝に
しがみついている風情の葉もある。

様々な色が混ざり合い、重なり合い、山を彩っているのだ。
春の芽吹きからの一生を終えようとする葉たちが、最期の命の炎を
燃やしているようにも見える。
そう思うと、わずかにもの寂しくもあった。

「初めはさ……」

空を見上げたままクルルがぽつりと言う。

「新しく小隊に編入されて、地球なんていう辺境が任地だなんて聞いた時は、
正直参ったけど、今は……よかったと思うぜ」
「そう、か」
「本部の口うるさいジジイどもから解放されたってのもあるけど。アンタと
知り合えて……こうしていられることが、さ」

それ以上は言葉にせず、握る手に力を込めてきたので、ギロロもそっと
握り返す。
相変わらずギロロの方を見ようとはしないけれど、くすり、とその口元が
やわらかくほころんだ。

クルルは変わったと思う。

ケロン本星にいたときは、評判を聞くだけで直接話すこともなかったのだが、
あの頃は確実に周りに対して自ら壁を作り、心を鎧で固めていたように思うのだ。

ケロロを隊長とする小隊に編入したことか、地球に来たことが原因なのかは
ギロロには判らないが、確かにクルルは変わった。
それは決して嫌なものではなく、周りにとっても彼自身にとっても、きっと
良い方向に変わっていると思える。

皮肉屋なのはきっと一生かけても治ることはないだろうが、たまにはこうして
二人でゆったりとした時を過ごすのも悪くない。
クルルもきっと同じ想いだと確信するのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。

「……キレイだな」

落ち葉の上で、手をつないで寝転がる。

それだけのことなのに、やけにときめいてしまう自分の気持ちが気恥ずかしくて、
意味もなくそんなことを呟く。
わずかな風にも吹き散らされ、舞い落ちる葉が体に降りかかってくるのも
いっそ心地いい。

幾星霜の刻が過ぎて、地球でない、他の惑星に行ったとしても、
もしかしたら、クルルとは離れ離れになることになったとしても。

この光景は忘れない、とギロロは思った。

秋から冬へ、季節の移ろうわずかな間しか見られない自然の織り成す
ショウの中で、自分達もその彩りの一つになったような気分だ。

「なぁ、先輩」
「ん?」
「……キスしていい?」

ことさら振り向かなかったが、クルルも空を見上げたままでいるはずだ。
顔にも体にも馴染んだあの視線を全く感じないから。

「……ああ」

がさり、とクルルの腕が動きその下で落ち葉が音を立てる。
クルルの体温が近づいてくるのを感じ、ギロロはそっと目を閉じた。