紫陽花(あじさい)の小道


あじさい(紫陽花)


ユキノシタ科アジサイ属で、日本特有の花木です。日本の暖地に自生するガクアジサイを基に改良した園芸品種。西洋アジサイは江戸末期に長崎のオランダ商館の医師シーボルトらがヨーロッパに持ち帰って改良した品種の逆輸入品種です。「紫陽花」とは唐の詩人白居易が命名した別の紫の花のことで、中国では「八仙花」・「綉球花」と呼ぶ。平安時代の学者、源順(みなもとのしたごう)がアジサイに漢字をあてたため、誤用が広まったと伝えられている。花は解熱薬、葉は「おこり」の治療薬。花言葉は「移り気」・「辛抱強い愛情・元気な女性」  ガクアジサイ・・・「謙虚」    

酸性土壌では青色が強く、アルカリでは赤色が強くでるといわれている。また花の色は、土によるものではなく、遺伝的に決まっているという説もある。

日本特有の種ではあるが、まだ十分に解明されてなく、謎の多い植物であります。

(我が家のあじさい H18・7・4)

医王寺(1)

福島市飯坂温泉の近くにあります。「奥の細道」で、芭蕉が訪れたお寺です。源平合戦で忠義の為に戦死した源義経公の家来、佐藤継信・忠信兄弟の墓地のあるお寺です。芭蕉が佐藤兄弟を偲んで詠んだ俳句が残っております。

「笈(おい)も太刀(たち)も 五月(さつき)にかざれ 紙幟(かみのぼり)」

医王寺(2)

本堂から佐藤一族の墓所までの参道にある紫陽花の道です。まだ4分咲きで紫陽花の花も小ぶりでした。   (H18・7・2)

医王寺(3)

土合舘(どあいだて)公園

福島市松川町にあります。土合山は標高228.1mの独立山で、二本松の畠山氏に対する、伊達政宗の拠点(舘)が有った所です。昭和53年に土合舘公園として整備され、現在約1.7kmの遊歩道沿いに、約4,000株の紫陽花が咲く公園として有名です。今年(H17)は、7月2日から10日まで、あじさい祭りがありました。混雑を避けるため、6月30日に、公園に行って来ました。今年は、5月・6月とも、雨が少なく、例年より、紫陽花が小型で、見頃も1週間遅いそうです。      (H17・6・30)

日経ランキング

5月28日付けの日経新聞の「プラス1」で、アジサイの名所ランキングでは、(東日本)、
@ みちのくあじさい園(岩手県一関市)
A 相模原麻溝公園・北公園(神奈川県相模原市)
B 麻綿原高原(千葉県大多喜町)
C 下田公園(静岡県下田市)
D 東京サマーランド花の里(東京都あきる野市)

だそうです。しかし、見頃を選べる近郊のあじさいの名所も、なかなかのものです。
一雨ごと、日々色彩が変化していく紫陽花を見られるのも、またおつなものです。

その2

その3

きれいな、水洗トイレが完成していました。素晴らしい名所なのに、トイレがいまいちで、がっかりすることがありますが、ここは二重丸です。ただし、駐車場が少ないことは、残念でした。

あじさい寺(東和町・高林寺)

あじさい寺で有名な、東和町の高林寺までは、川俣町から国道349号を利用して、車で約30分の距離です。道の駅「ふくしま東和」を過ぎて、すぐの信号機(岩代町方面行きで)を右折し、 約3.5kmで到着します。途中、道路の両側に紫陽花が植えてあり、あと3年後には、立派なあじさいロードになると思いました。 

その4

撮影日 7月6日 道路から本堂を見る、入り口は右手の方です。

その5

その6

あじさい忌

昭和62年7月17日、俳優の石原裕次郎氏が死去しました。祭壇は、彼が生前こよなく愛した「紫陽花」で飾られました。白いヨットは白い紫陽花で、空は水色の紫陽花で、海は、深い青色をした紫陽花で表現されたそうです。その祭壇を飾った紫陽花はすべて、ここ福島県東和町の高林寺から運ばれたそうです。土壌の酸性が強いので、他の地域の紫陽花より青味が鮮やかだそうです。裕次郎のファンや葬儀の参列者に、強い印象と感銘を与えたことであったと想像されます。これ以降、裕次郎の命日を「あじさい忌」と呼ばれるようになったといわれています。




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