|
平坦な戦場 僕らの愛
『リバーズ・エッジ』 |
|
|
|
ハルナが通う学校の近くには汚くよどんだ川があり、川岸には背の高い草が覆い茂っている。 彼女はクラスメートの観音崎とつきあっている。その観音崎は同じくクラスメートの山田をよくいじめる。ハルナは山田を何度か助けた。お礼のつもりだったのか、それとも気を許したのか、山田はハルナに自分の宝物を見せてあげることにした。その宝物とは、川岸の草むらの中に無造作に置かれ、朽ち果てた死体だった。そして、もう一人の少女吉川こずえと山田、ハルナの3人で死体の存在を共有しながら彼女たちは日常をつづける。 うーん、岡崎さんの切れ味にはなんだかよくわからんけどシビレます。 この世に存在するたいていのモノには名前がついています。実体の無いモノ、たとえば愛や憎しみといったものなどにも名前がついている。 名前の無いものがあるとしたら、まだ人間が見つけていないか、その存在をあいまいに意識しながらも人目にさらすことなく隠しているかのどちらかです。 ともかく、その日常に隠されている『よくわからないモノ』の象徴が『死体』です。 死体を見て、山田は「勇気がわいてくる」と言い、こずえは「ザマーミロ、私にもあんたにも逃げ道は無いんだぞ」と思う。2人にとって、死体と向かい合うことは自己のリアリティの確認作業なのだ。しかし、彼らは生きている人間とは見つめ合おうとはしない。「見る」か「見られるか」の一方的関係しか築かない。生と向き合うことは、彼らにとっては実感の無い、不快なことだからだ。 こんなふうに、登場人物達は常に無力感と深い諦めを感じている。しかし、生きている限り、やはり希望を抱いてしまう。「まだ見ぬ世界やモノがあるのではないか?」というような。 だから山田は来るはずの無いUFOを呼ぼうとするのかもしれない。 残念ながらわたしには分析力も文章力も無いんで、これ以上は語れません。とにかく一読をオススメします。演出や小物がまた気が利いててイイんですよ。 わたしにとっては、この作品自体が作中における『死体』のようなものだと思いました。読後、置いてけぼりにされちゃったような奇妙な不安感にくるまれたんですけど、不思議と心地よい感覚です。 |