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我が家の危機管理 <1> サバイバル・ウオーク編 「帰 宅 難 民 の 会」 代表・ 吉 武 正 一 1996年9月1日 |
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阪神大震災は死者六千余名、倒壊家屋二十万余戸、歴史上未曾有の大地震であった。
この教訓を生かし、防災対策の一環として、帰宅難民の会を組織した。
自分の身は自分で守らなければならないと言う事を震災直後の現地で感じ、帰京してまもなく、知人に呼びかけ、会の結成に至る。
私達、東京とその周辺に勤務する者にとっては、もし仕事中に大地震が発生し、全ての交通・通信機関がマヒし、何時復旧するか全く見通しが立たず、帰宅が困難となり、一時的に難民化する可能性を予想して悲観的な会の名称にした。尚「帰宅難民」と「帰宅難民の会」の言葉と名称はィミダス・IMIDAS 2001年版に新語として初登場し、これからは一般語として通用されます。又帰宅難民の会は東京都の「震災時における昼間都民対策推進協議会」の61人の委員の一人として委嘱
され、唯一都民代表の市民団体として同会議でいままでの体験を活かし具体的提言をおこないつづけています。2001年9月1日の東京都の災害訓練も大勢の会員が積極的に参加してます。
当面は関東地区では地震に注意を払う必要があります。
その時はなるようにしかならない等と言わずに家族・隣人を助ける気持ちで日頃から心掛けが肝心ですよ。
家人にお父さんは必ず歩いて帰ってくると言って置くだけでも、我が家の危機管理になりますよ。
体 験 記 録 資 料
次のページは第8回帰宅難民の会の実行プログラムの
おしらせだよ!
防災ボランティア活動の一環ですぞ。
通常、私達サラリーマンは郊外にある自宅まで歩いて帰る等とか馬鹿らしくて考えもしないし、まして帰宅までの道順も知る由もありません。
災害は遭って見ないと痛みはわかりません。我が家は転勤先の静岡で昭和49年7月7日に集中豪雨に遭い、家財全損。以来、高台の水はけのよい所に住んでおります。
災害は何時やってくるかわかりません。
日頃の備えがあなたを救う!!
以上の事から震災対策の一環として、都庁から各自宅までの数十キロから五六十キロメータのサバイバル・ウォークに挑戦。所要時間は6時間から14時間余りで、夏、冬の7回の歩行体験を延べ2000名以上の方が試みた。
現実問題として、都心近くで直下型地震が発生した場合、交通機関は完全にストップし、各幹線道路は歩いて帰る何百万の人の群で数珠繋ぎになると言われている。
しかし、ほとんどの道路は看板、電柱、ブロック塀、車、倒れた建物等で覆われ、恐怖の中での帰宅行となるであろう。
都庁〜区内・都下方面
目的地
距離
所要時間
世田谷区 12km 2時間20分
練馬区 14km 4時間40分
江戸川区 15km 3時間35分
武蔵野市 14km 3時間50分
田無市 20km 3時間40分
調布市 21km 5時間40分
小平市 24.9km 6時間30分
多摩市 27.83km 6時間50分
多摩市 30km 6時間30分
立川市 31km 6時間56分
国立市 32Km 8時間
町田市 29.2km 7時間35分
町田市 30km 6時間30分
町田市 30km 7時間13分
町田市 35km 8時間20分
八王子市 36.3km 7時間33分
昭島市 38.9km 10時間20分
秋川市 39.7km 8時間20分
都庁〜神奈川方面
目的地
距離
所要時間
川崎市 17km 5時間15分
川崎市幸区 25.3km 6時間5分
横浜市緑区 24.2km 4時間58分
日吉 29.7km 7時間38分
瀬谷区 35.8km 7時間20分
相模原市 40km 10時間40分
相模原市 43km 13時間25分
都庁〜埼玉方面
目的地
距離
所要時間
所沢市 23km 5時間45分
所沢市 28km 6時間20分
狭山市 30km 8時間50分
狭山市 38.5km 9時間25分
大宮市 30km 7時間38分
志木市 33km 9時間20分
飯能市 38.3km 10時間8分
上尾市 40km 11時間13分
鴻巣市 51.8km 14時間36分
坂戸市 52.5km 9時間51分
都庁〜千葉方面
目的地
距離
所要時間
市川市 25km 6時間30分
松戸市 25.5km 6時間20分
松戸市 28km 6時間30分
船橋市 33.2km 7時間53分
習志野市 35km 8時間45分
流山市 39km 9時間54分
白井町 47.5km 8時間45分
佐倉市 56km 12時間25分
市原市 56km 9時間15分
市原市 60km 10時間5分
なお、帰宅難民の会は政治・思想団体ではありませんよ