MARATHON

マラソンコラム
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今月のマーフィーの法則

 38km地点から39km地点までの距離は2km地点から7km地点までの距離に等しい。

今月の川柳

少しでも 軽くと前日 散髪し

コラム4.ランナーって偉い

 ランニングを趣味にされている方(特にフルマラソンやウルトラマラソンに参加されている方)は必ずこう言われたことがあるはずです。
 「ランニングするなんて(続けているなんて)偉いねえ」
私も友人のみならず、親にさえ言われます。そのたびに、返答に困り「はあ、はあ」と生半可な返事をしていますが、本当はその手の発言はランニングに対する偏見と誤解に満ちているモノだと思っているので、とても不愉快に感じています。
 私自身、ランニングは楽しく、やりがいを感じるからやっているだけで、麻雀が好きな人が麻雀をしているのと同じことだと思っています。だけど、どうも世間はそうは見ていないようです。「ランナーは偉い」という発言はとりもなおさずランニングはツライ、それをするのは大変なことだ、ということが前提になっています。

 これは、マスコミにおける駅伝やマラソンの取り上げ方にも言えることですが、もっと顕著なのは芸能人(特にコメディアン)のマラソン参加に関してです。芸能人がマラソンをしたら悪いと言っているわけではありませんが、その参加の意図は明らかに「普段はバカなことをやっているのに、本当は根性のある立派な人間である」ことを視聴者にアピールすることです。それは、芸能人ゴルフ大会とかとは全く異なった切り口でマスコミが取り上げることを見ても明白です。このような意図が成立するのは、明らかに「ランニングはツライ」という公理が少なくとも我が国世間一般 には何の疑問もなく存在ことによるモノだと思います。

 このような一般的理解は私が感じている「楽しいランニング」とはかけ離れているので、なんとか世の中の認識を変えたいと思っているのですが、なかなか難しそうです。駅伝選手、マラソン選手が逆にそのような一般 的認識に飲み込まれ、ストイックな面を強調しすぎて一種のナルシズムに陥っているような気もします。

 逆説的な言い方になってしまいますが、「ランナーは偉い」 と言われなくなったときこそ、また、コメディアンなどのマラソン参加が取り上げられなくなったときこそ、真にランニングが理解されたということだと思います。

 これを読んで頂いた方には、ランナーの方やそうでない方もいらっしゃると思いますが、どう感じられているでしょうか?

コラム3.トレッドミルって楽?

 トレッドミル(ベルトコンベヤーみたいな器具)の上で走るのは、地面 の上を直接走るのよりも楽でしょうか、また、走り方は変わるものでしょうか。雑誌などで、トレッドミルは楽とか、上に飛び上がるような走り方になるとか書かれていますが、本当かな?

 確かに、室内のトレッドミルの上で走るのは、風が当たらないため、確実に空気抵抗分は楽です。しかし、それ以上に楽な要因があるでしょうか。よく言われているのは、「トレッドミルでは跳び上がっている間でもベルトは勝手に回っているので、上に跳んでいるだけで進んでいることになるから楽である」という議論です。かなりのトップランナーでもそう言う人がいます。でも、それなら、地上を西向きに走っているときは、ランナーは上に跳んでいるだけで地球が勝手に西から東に回っているということも言えるわけです。西向きに走るときと東向きに走るときで負荷やフォームが変わるでしょうか。地球まで持ち出さなくても、等速直線運動している列車の中での歩行でも同じことで、どちらに歩いても負荷に変化はないはずです。

 結局、速度というのは基準位置とランナーの位 置偏差の変化率であり、ランナーのする仕事(エネルギー)は基準位置とランナーの進んだ位 置の差に比例するので、基準が地球であろうとトレッドミルのベルトであろうと同じだと思うのですが、みなさんはどう思われるでしょうか?

コラム2.レースで走る目的は?

 先日、雑誌「ランナーズ」のレースに対するアンケートを記入し始めたとたん、やめちゃいました。というのは、レースを選定する基準として、参加賞とかサブイベントの楽しさみたいな項目が多かったからです普通 の市民ランナーは本当にそういうのが目的でレースの参加するのでしょうか。

 私は個人的には、大会のサブイベントなどより、自己ベストの達成を目的に参加しています。自分だけが特別 で、普通の市民ランナーはファンランを目的にしているのかな?と思ったりもしたのですが、最近、スカパーのCMで「日本の市民マラソンは約1300、市民ランナーの主な目的は自己ベスト」という趣旨のがありました。見られた方も多いかもしれませんが。そのCM作成にあたって、参加者の目的に関して正確に統計をとったわけでもないとは思いますが、「やっぱりそうやろ」と思って安心しました。

 このホームページのレースの紹介もそういう視点を主体に記載しました。私のようなランナーにとって、かゆいところに手が届くような紹介になるようにしていきたいと思います。

コラム1.苦しいときに考えることは?

 ハーフマラソンぐらいまでなら、結構あっという間なので、苦しいからどうしようとか、気持ちを紛らわそうとかする必要はあまりありません。フルマラソンでも基本的に走っているときは楽しいモノです。しかし、30km前後から苦しさを感じる頻度が少しずつ多くなります。そんなとき、周りのランナーはどう感じているのかな、などと思ったりもすると思います。私も苦しさを少しでも感じない気持ちの持ち方について、何度も試行錯誤しました。

 一つ目は、ゴール後のことを考えること。例えば30km地点であれば、「1時間後にはどう転んでもビールを飲んでいるはずだ」と思うこと。すべては時間が解決してくれる、と思えば気が楽になります。でも、この方法だと、逆に今が一層苦しく感じることもあるし、少しネガティブですね。

 最近は、「このレースを楽しみに1年間練習してきた。なのに、もう1/3も残っていないなんてなんて寂しいんだろう。もっとレースが長ければよいのに。この素晴らしいレースがずっと続けばいいのに」と思うことにしています。もちろん、苦しいときに、こんなことを素直に思えるわけではありませんが、ある意味で事実だし、しばらくは前向きな気持ちに復活できます。本当に最初から最後までこう思えれば理想的なんですがね。なかなかそうはいかないものです。

 苦しいとき、みなさんは、どうされているのでしょうか。

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