津軽三味線、所謂“太棹”の紡ぎ出す楽曲の世界は奥が深い。私は母方の祖母が小唄の名取りだったので、幼少の頃から三味線の音色には親しんでいた。ピアノやヴァイオリンといった洋楽器にはない、弱そうで強い、強そうで弱い、なんとも形容しがたい微妙な色合いに惹かれていたのかもしれない。
「オレは洋食より和食、ピアノ・ヴァイオリンより琴・三味線」
と何事も和風であることが自分の好みだと若い頃から強調していたように思う。
その三味の音に慣れ親しんでいた私も、三十路を越え、人生の何たるかを少し知り始めた頃初めて耳にした高橋竹山の「津軽じょんから節」には強い衝撃を受けた。
「これが同じ三味線の音なのか!?」
竹山の撥から弾き出されて来る音の連続は私の心を底の方から揺さぶったのだ。太棹ならではの音色の力強さが胸にズシン、ズシンとこたえるだけでなく、そこには貧困や風雪といったネガティブな世界から浸み出してくる暗いパッションだけが持つ迫力と魅力が間違いなく存在した。
その後、何人もの津軽三味線を聞いてきた。
誰もがこの楽器の持つ底知れぬ可能性を生かすべく様々な実験にトライし、挑戦し続けている。それはこの世界に入ったものの宿命のように思えるのだが、“竹山に入り、竹山を出る”ことへのもがきと苦しみなのだろう。
今回、木乃下真市の5thアルバム『パッション!』を試聴するチャンスに恵まれたが、私は初めて竹山に出会った時と同じ衝撃を受けたことを正直に告白したい。
木乃下の撥から弾き出される世界はこれまで津軽三味線アーティストたちが呪縛のように背負い続けて来たものを軽々と越えているように思える。
そこに紡ぎ出されているテイストは実に華やかで、それでいて聞くものの心を抉り出すような率直さにも満ちている。これまでは簡単なようで実はそうさせない、何かが邪魔をしていた洋楽器―ピアノ、サックス、ヴァイオリン、ギターとの融合にも見事に成功している。聞く者に絶対損はさせない、心から楽しめる一枚のアルバムが誕生したのだ。