北海道新聞(1999.9.26)

初めからエンジン全開

 音がうねる。寄せては返す荒波のうねり。木下伸市の三味線は、パワフルに、そして情感豊かに、聴き手の心をつかんで、揺さぶる。
 「出だしで引きつけなきゃ、お客さんは聴いてくれない。だから曲に入る前に調弦しながらどんどん気持ちを高める。十分高まったところで、掛け声を掛け、自分に気合いを入れて入る。初めからエンジン全開でないと」
 津軽三味線の俊英。伝統芸能の枠にとらわれず、ロックやジャズなど、さまざまなジャンルの一流奏者とセッションを重ね、注目されている。
 1994年までは七年間、苫小牧出身の民謡歌手、伊藤多喜雄のバンドのメンバーとして活動。力強い三味線で「多喜雄サウンド」を支え、道内にもファンが多い。
 「多喜雄さんに誘われる前は三味線ひとすじ、民謡ひとすじで、音楽も民謡以外聴いたことがなかった。それが、いろんな楽器や音楽に触れて、こういう音もあるのかと、いろんな発見があった。刺激も受けた。もし多喜雄さんと知り合わなければ、今の自分はなかったのかもしれない。」
 津軽三味線は即興演奏が基本。「同じじょんがら節をやっても、十人いれば十人とも違う。自分でも同じ演奏は二度とできない」と話す。「一番の練習は、本番をこなすこと。その場の雰囲気によってつくりだされるものがあるし、勝手に手が動いていく。ものすごく雰囲気に左右される。生き物ですよね、音楽は。

土のにおいがする音楽

 先ごろ来日したジプシーバイオリンの名手、ロビー・ラカトシュとも共演。達人同士、火花散らす演奏はNHKの衛星放送で放映され、見ごたえがあった。
 セッションには、真剣勝負の楽しみがある。刀を合わせれば、お互いの力も分かる。初めは硬い表情だったラカトシュが、演奏後は打ち解けた笑顔で再共演を求めてきた。
 「演奏していて、向こうも楽しんでくれているのが伝わってきた。ジプシーバイオリンは、津軽三味線と共通するものがある。どちらも旅芸人の音楽。土のにおいがする。それがいいなと思う。

古いイメージ消したい

 芸人だった父に習って津軽三味線を弾き始めたのは十歳の時。自分の自由に弾ける楽しさに、すぐ夢中になった。「学校に行く前に弾いて、走って帰ってきてまた、寝るまで弾いていた。努力とかじゃなくて、とにかく、好きで好きでしょうがなかった」と笑う。
 「でも、三味線をやってるってことを、友だちに言えなかった。古いとバカにされるかなと思って。それが今でも心の傷になっている。だから、三味線をもっともっとポピュラーなものにしたい。ポップスやロックにも自然に参加したい。三味線や邦楽は古いものというイメージをなくすことが、僕の理想です」
 銀座のビルの屋上で、一曲弾いてもらった。その音は、古びることなく、都会の風景に溶け込んだ。
文・森川 潔記者

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