近現代史生き生きシリーズ |
(1)生き生き教材の発掘 (2)生き生き討論の組織 という二つの柱を立てて、「子どもとつくる近現代史の授業」の実現をめざしています
|
| HOME|6回大会(2004年・東京)|7回大会(05年・大阪)|書籍案内|近現代史生き生きシリーズ|8回大会(06年・埼玉)|会員のHP |
![]() |
河原和之『近現代史生き生き How To 発言・討論の授業』 |
中学2年生も終わりごろになると,授業中,発言も少なくなり,まだ話を聞いてくれればいいが,眠る,私語,はては授業エスケープという事態がおこりかねない状況になってくる。なかでも行事の続く2学期や夏休み前後の暑い最中には,教師の足も教室から遠のき,楽しい教材でもあればいいが,今日はどうも子どもたちが乗りそうもないなと予想される授業のときなどは,もううんざりである。 こわおもての顔をもっているとか,気の利いたジョークでも連発できるような才能でももっていれば,なんとかこの危機をのりきれるが,たいていの教師はそのような技量もなく,毎日ためいきをつきながら教室にむかっているというのが現状ではないだろうか? しかし,本来子どもたちは「わかりたい」「知りたい」という知的好奇心をおおいにもっており,内容がよくわかったときや,興味をもったときなどに真剣な眼差しや笑顔をこちらにみせてくれることは,だれでもが経験するところである。「へっ,そうだったのか」「○○君の意見を聞いてよくわかった」という子どもたちが本来もっているものをなんとか引きだしてやりたいとすべての教師が考えていることである。 わたしは,これまでいくつかの書籍をつうじて子どもたちがとびつき,しかも授業の軸になるさまざまな「授業のネタ」を発掘し,その実践について紹介してきた。この「授業のネタ」は今の子どもたちにこそよりいっそう必要になってきていると思っている。しかし,討論をつうじて子どもたち同士の認識のきたえあう実践をあまりしてこなかった。必要と思いつつも自信もなかったし,今時の中学生には無理だろうなどと考えてきた。 しかし,討論についても,さまざまな HOW TO を駆使すれば可能であることが実践によってあきらかになった。つまり,本書では読者の皆さんに,「こんな方法をすれば子どもたちが発言し討論になった」「こんな討論課題を設定したら授業が盛り上がった」等の,いわゆる「討論ネタ」を近現代史の実践にしぼって紹介したいと思う。 【目次】 1.現在の中学生と発言・討論の授業 ―発言・討論の授業のための基本的視点 2.士族の反乱と農民の不満から明治維新を総括する ―「ダイヤモンドランキング」で討論 3.どうして KAZUYUKI KAWAHARA なのか? ―条約改正成功の要因をビンゴで学習 4.近代日本の選択を問う ―「部屋の四すみ」をつかった討論学習 5.“レーニン”漢字でどう書くの? ―漢字に直すだけで見えてくる社会主義の本質 6.あの当時,戦争ってしかたなかったの? ―紙上討論で戦争認識をきたえる 7.太平洋戦争は日本が悪いのか,どっちもどっちなのか? ―8・6平和登校での学年パネルディスカッション 8.世界平和と日本の進路について考える ―ラスト3時間の歴史のまとめの授業をビンゴとフォトランゲージで 注文は 581-0831 八尾市山本町北8−5−6 河原和之 まで |
![]() |
![]() |
鳥塚義和『近現代史生き生き 15年戦争 教材発掘あれこれ』 |
まえがき 今の職場に移り,私は教員になってはじめて職員会議で採決を経験しました。自分の1票が学校運営に生かされるうれしさ。そして,合唱祭,文化祭の演劇,服装の自由化,宿泊研修のディベート,沖縄修学旅行,「日の丸・君が代」のない卒業式,三者会議などはじめて経験することの連続。それらのとりくみの中で,生徒たちのすばらしい力にしばしば感動させられました。 職場の仲間と生徒たちに支えられて,私の授業づくりもはじめて可能なのだと実感しています。逆にいえば,私の発掘した教材が,どれだけの「射程距離」をもちうるのか――他の学校で通用するか――は,これから試されるのだと思っています。読者のみなさんの批判を待ちたいと思います。 この半年の間に,見過ごすことのできない動きが続きました。傲慢な『戦争論』の流行。歌と旗の強制は1人の校長を死に追いやり,「支那」や「徳目教育」を連発する人物が東京の知事に当選しました。アメリカでは,高校で銃の乱射事件が起き,大統領はヨーロッパで武力行使をする一方,若者に「暴力の否定」をお説教しました。そのアメリカと一緒に戦争をする国づくりのための「戦争マニュアル」が今,国会を通過しようとしています。 教材発掘の過程で知り合った多くの人びとから託された平和への思いや決意――「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすること」――を本書で紹介することは,私の務めだと思っています。 1999年4月 【目次】 私の「もの教材」発掘史 実物,模型,写真,スライド,歌などの「もの教材」の作り方,入手法から授業での扱い方まで。 第1章 旅に学ぶ 地下道戦の村―中国 読谷村のガマと戦跡―沖縄 第2章 歌は語る 国民革命歌―15年戦争前史 松花江上―抗日戦争の中で 前線への行進―「大東亜共栄圏」の実態 第3章 物をつくる 赤紙;千人針 教育勅語;カンカラ三線 第4章 場を再現する 「愛国イロハカルタ」ゲーム 劉連仁さんの裁判 付録「実物の赤紙」 注文は 270-0032 流山市東初石3-126-55 鳥塚義和 まで |
![]() |
![]() |
久保田貢『近現代史生き生き 15年戦争発表・紙上討論の授業』 |
まえがき 「国歌斉唱」の号令で,「君が代」を歌うのか,拒否するのか。「新ガイドライン関連法」が発動されたとき,「周辺事態」への協力に応じるのか,拒むのか。憲法の改正を認めるのか,認めないのか…… これからの一つ一つの選択が重大な岐路となるのかもしれない。私たちはそんな時代を迎えてしまったようである。再び戦争への道を歩むことになるのか,あるいはこの危機の時代をのりきり,真に「平和」な社会を築いていくのか。そのとき,先の「15年戦争」から何を学ぶか,がポイントになるだろう。この戦争を,戦後に生きる私たちがどうひきとるか。それを誤まると,私たちはとんでもない隘路にまぎれこんでしまうかもしれないのである。 しかし,「歴史修正主義」者らによる,『国民の歴史』が喧伝されている今,「15年戦争」の授業をすすめることが難しくなっているという状況もある。どうすればよいのか? 子どもたちの前でその誤謬を暴き,時代の危機を力説するのは,かえって逆効果であろう。それよりも,子どもたちを授業の主役にしながら,「15年戦争」をともに考え,論じあっていく。その方が,危機をのりこえ,「平和」を見出していくことができるし,それは,とりもなおさず,困難な状況が増えつつある子どもたちに,学びを復権させる道でもある。本書は,私がそのような方法を模索しようとした実践記録となっている。 ここに登場する子どもたちは,あとわずかで高校を卒業する。学びの場をともにつくりあげようと努力してくれた彼らにも,心からありがとうと申し述べたい。彼らとともに,これからも「平和」を築いていくことができれば……。それがいまの私の切なる願いである。 1999年9月18日(15年戦争はじまりの日に) 【目次】 いま,なぜ発表・紙上討論の授業が必要か 第1章 発表授業――自分たちで調べる,まとめる,発表する 1. 自分で本を探す・調べる・まとめる 2. 発表班をつくる・各班のテーマを決める 3. 発表授業の授業案・資料をつくる 4. 他のクラスの班と検討会をする 5. リハーサルをする 6. 発表授業! 7. クラス全員がコメントを書く[発表直後] 8. 教師から補足をする[発表直後] 第2章 「戦争責任」「戦後責任」についての紙上討論・レポート・班討論 1. 子どもたちのなかに論争を 2. 「七三一部隊」をきっかけに 課題 「教科書検定,最高裁判決,その他731部隊関連の話題について,どう思うか?」 3. 教科書検定最高裁判決についての子どもたちの意見 (1)「最高裁が判断することがおかしい」 (2)「検定」を批判する立場 (3)検定は正しい,とする立場 4.レポート課題「戦争に関する日本の歴史教育」 藤岡派,反藤岡派両方の見解を調べ「従軍慰安婦教科書記載について」「歴史教育のあり方について」意見を述べる 5. 日本の戦争責任について考える 細川元首相「侵略戦争」発言をめぐって 課題 「日本の戦争をどのように総括するべきか −侵略戦争か否か」 (1)細川「侵略戦争」発言は不快である (2)細川「侵略戦争」発言を支持する 6. 戦争の個人責任について考える 天皇の戦争責任より民衆の戦争責任を中心に 《民衆の戦争責任を問う2つの教材》 課題 「一般の兵士,一般の民衆に戦争責任はあるのか」 (1)戦争の個人責任についての子どもたちの意見 (2)現代に生きる私たちの責任を問う意見 7. 私たちに戦争責任はあるのか・戦後責任を考える 論題 (1)「戦後世代に戦争責任はあるか?」 (2)「戦後補償要求にどう対応すべきか?」 (3)「日本の戦争についての歴史教育はどうあるべきか?」 (4)「藤岡氏らの主張に賛成か,反対か?」 課題 「班討論の経過と,君自身の意見について」 (1)戦後世代の戦争責任について,子どもたちはどう考えたか (2)日本の歴史教育についての子どもたちの意見 8. 定期考査問題で最後の総括を 課題 (1)「私たちの戦争責任,戦後補償要求について」 (2)「日本の社会科教育,歴史教育について」 注文は 480-1198 愛知県立大学 文学部 久保田貢 まで |
![]() |
![]() |
三橋広夫『近現代史生き生き 韓国・台湾に向き合う授業 』 |
まえがき 韓国の教師や子どもたちと交流を続けてきて,感じたことがいくつかある。 その1つは,当たり前のことかも知れないが,韓国人の中にもいろいろな考えの人がいるということである。このことは,子どもたちにもぜひ感じてもらいたいことでもある。私たちはつい「アメリカ人は」とか「韓国人は」というように,十把一からげにして論じてしまうことが多い。日本にもさまざまな意見が存在するように,それぞれの国にもさまざまな意見が存在することを知ることから,はじまるのだと思う。 同時にこれを実感することもむずかしい。実際に交流してみないと,頭ではわかっているつもりでも,なかなか気持ちがついていかないものである。以前,ソウルで「地下鉄1号線」というロック・ミュージカルを見たとき,侍の格好をしてへまをする,明らかに日本人を揶揄した場面に遭遇した。そのとき,まわりの観客は笑い転げていたが,私は笑うことができなかった。そうしたことがくり返され,その民族に対する一定のイメージが再生産されていくのだろうと思う。 その2つは,韓国ばかりに目を向けていると,実は韓国のこともわからないことがわかった。今年はじめて台湾を訪れた。韓国はハングルだらけだが,台湾は漢字だらけだった。屋台に行っても,中国語(台湾語)がわからず,適当に頼んだりした。私にとっては,ちょうど10年前の韓国だった。 台南市の長栄中・高校は,夏休み・冬休みもなく,授業を行っている進学校である。どうしてそういう教育課程を実施しているか,聞いてみた。数年前に韓国に行って,韓国の発展の秘訣は,補充授業にあると感じ,それを台湾でも実践したいと考えて実施に踏み切ったという。こんなところで,韓国と台湾の交流が「実を結んで」いた。だが,それは,台湾の子どもたちにとってどうなのか,という疑問は残る。 こうした韓国,台湾,日本の教師たちの交流の実現が,私の課題でもある。 【目次】 第1章 韓国に向き合う授業 1)全橄準らの行動には意味があったか −韓国の教科書で学ぶ日清戦争 ☆韓国の東学農民運動を学び,日清戦争の本質にせまる 2)韓国併合と3・1独立運動 −日本は韓国を併合すべきか− ☆ユ・ガンスンを通して3・1独立運動を学び,日本の歴史の可能性を考える 3)植民地朝鮮の「経済発展」を考える −朝鮮に進出した日本窒素と日本人 ☆朝鮮で暮らした日本人の体験から,植民地支配を考える 4)孫基禎選手の「8月15日」 −韓国人は解放をどうむかえたか− ☆孫基禎選手がどう生きたのかから,解放のもつ意味を考える 5)ベトナム戦争と日本・韓国 −日本や韓国はアメリカに協力すべきか ☆枯葉剤による被害者から学び,日本・韓国・アメリカの関係にせまる 第2章 台湾に向き合う授業 1)日本は清と戦うべきか −台湾の教科書で学ぶ日清戦争− ☆台湾からみた日清戦争を学び,日本の歴史の可能性を考える 2)岩里立夫さんを授業にむかえて −台湾人・李立夫に学ぶ ☆1人の台湾人を通して歴史を学ぶ 3)解放後の台湾と日本 −日本は台湾と中国のどちらと平和条約を結ぶべきか ☆冷戦を生き抜くために選んだ日本の選択は正しかったのか考える 4)戦後補償問題と台湾 −日本はイヨンハバオさんに保障すべきか− ☆台湾原住民の訴えを学び,日本は植民地支配を清算したのか考える |
![]() |
![]() |
楳沢 和夫 『近現代史生き生き 絵画・写真・地図を使って討論を 』 |
まえがき 「どの国についても,“歴史”という言葉を聞いただけで逃げ出したくなるくらい大嫌いです。その原因はほぼ明確なんです。本格的に歴史の授業を受けたのは中学1年の時からです。その先生はひたすら板書をし続け,生徒が一心にそれをノートに写していると,勝手にぼそぼそと何かを話していました。あまりに板書の量が多いので,手を休めるわけにもいかず,気づいたら次の授業の開始チャイムが鳴っています。あわててその準備をしていました。後でノートを見返してみても,何が書いてあるのかさっぱりわからず,頭をかかえてしまいます。 そこで私は,板書をいらない紙になぐり書きすることで,先生と同時に書き終え,その後すぐに始まる説明に耳を集中させました。ところが先生は難しい専門的な言葉を並べ,1人で教科書をどんどんめくっていき,周りを見向きもせずに突っ走っていました。フランス語でも聞いているかのように, 少しも内容がつかめなかった。 テストはどんどん近づいてきて,焦りと不安で心は満たされていきました。教科書を読んでもノートを読んでも,中国語でも読んでいるかのように全く理解できなかったのです。その時の私には,質問をしにいく勇気もなかったんです。質問に行ったところで,先生がわかるように説明してくれるかどうかもわかりません。その授業がいやでいやでたまらなくなり,恐怖心が増し拒否感が募ってきました。 他の教科では,好きな先生,嫌いな先生に当たるたびにころころと見方が変わり,好き嫌いも変動していきました。でも“歴史”に関してはダメなんです。今まで一度も面白いと思ったことはありません」 『日本史授業のーと』に書いてきた生徒の文章である。この『日本史授業のーと』とは,授業の内容や,授業を受けての感想・質問・意見などを書いてもらうノートで,各クラス2冊のノートを出席番号順に回しているものである。毎年,4月頃の『のーと』には決まってこのような,いわば「悲痛な叫び」にも似た“声”が登場する。 「ひたすら年号を覚えさせられた」「ただ板書を書き写すだけ」「暗記・暗記・暗記……とにかく暗記」というイメージで,今まで受けてきた歴史の授業の様子を語る生徒は多い。このような授業では,生徒は教師から与えられた知識を,ただ一方的に受け入れるだけの存在(客体)でしかない。いわゆる「進学校」では,先ほどの生徒のように受験のために必死でくらいついてくる生徒もいるであろうが,受験に関係ない生徒にとっては「内職」の時間になるのは目に見えている。 また「教育困難校」「課題集中校」と呼ばれる学校ではなおさらのことである。学習規律を保つため,注意する教師の大声が響き渡る教室の様子が目に浮かんでくる。では,こういった授業を転換させ,生徒を授業の主体として位置づけるためにはどのような授業が構想されるだろうか。 宮原武夫氏は,生徒が考えること,学ぶことの喜びを体験できるような,「絵画・画像史料を使った討論授業」(千葉県歴史教育者協議会日本史部会編 『絵画史料を読む日本史の授業』国土社)を提起している。絵画・画像史料は文献史料よりも情報が少ないために,多様な解釈の可能性が残されている。だから生徒に歴史の知識があまりなくても,日常生活の常識で解釈し,判断することが可能となる。つまり多くの生徒が授業に参加できるのである。そこで生徒たちに絵画・画像史料と対面させ,自分たちの経験や知識を動員させてさまざまな歴史の解釈を引き出し,自由に歴史像を描いてもらう,そのような授業を構想している。 しかし,「自由に歴史像を描く」といってもそれが独りよがりのものであってはならない。より多くの事実(根拠)に基づいて自らの歴史像が展開されなければ,合理的な歴史の解釈に到達することはできない。合理的な歴史の解釈とは,なるべく多くの人に納得してもらえる,支持される歴史像を作り上げるということである。そして,そういった歴史像を作り上げる過程こそが「討論」である。討論では生徒自身が描いた歴史像に対して,他の生徒から質問や批判がだされる。そしてそれに,答え,反論するなかで根拠が検証されると同時に,自分の考えの誤りが訂正され,より豊かな歴史像が描かれるようになるのである。 本書には,4本の授業実践が掲載されている。それぞれ「絵画」「写真」「地図」を中心教材に位置づけて,討論を試みた。生徒たちが主体的に授業に取り組んでいる姿の一端でも見ていただければと思う。 【目次】 1)北のシルクロードの謎を追え―蝦夷地の幕領化とアイヌ ☆幕藩体制下,アイヌを仲介とした北方の交易ルートが存在したことをふまえ,18世紀末の蝦夷地をめぐるアイヌ・松前・幕府・清・ロシアの関係を総合的につかむ。 2)「御真影」が崇拝されたのはなぜか―近代天皇像の成立 ☆江戸時代「見えない」存在であった天皇が,明治以降「見える」存在となり,近代天皇像が民衆にイメージされていく。民衆が天皇崇拝を受け入れたのはなぜか,「御真影」を通して考える。 3)マッカーサーはなぜ日本国民に支持されたのか―GHQ と戦後改革 ☆歴史上まれにみる「成功」であったといわれる対日占領は,多くの民衆の積極的な支持がなければ実現しなかった。民衆がどのような改革を望んだのか,占領政策とのかかわりで考える。 4)「北方領土」はなぜ返らないのか―近・現代の日ロ関係 ☆「北方領土」が日本に返還されるべきか,されるべきでないかを考えさせ,領土・国境の問題を「国家」の視点からではなく,「民衆」の視点から迫る。 注文は 284-0045 四街道市美しが丘1−3−6 楳澤和夫 まで |
![]() |
![]() |
| HOME|6回大会(2004年・東京)|7回大会(05年・大阪)|書籍案内|近現代史生き生きシリーズ|8回大会(06年・埼玉)|会員のHP |
|